第8章
それは、少しずつだった。
でも確実に、凛の世界は二つに分かれて動き始めていた。
昼の世界では、ハルとの距離が変わっていった。
教室で、廊下で、ふとした瞬間に目が合う。
今までならすぐに逸らしていたはずなのに、最近は一拍、視線が絡む。
ハルの方から声をかけてくることも増えた。
何気ない一言。
課題のこと、天気のこと、どうでもいい話。
「最近さ、凛とハル仲良くない?」
友達にそう言われて、凛はうまく笑えなかった。
仲良くなった、という言葉が、どこか現実味を持たなかった。
近づいているはずなのに、触れてはいけない何かが、まだ間にある気がして。
一方で、夜の世界。
凛は、雪を探すために外へ出るようになっていた。
必ず会えるわけじゃない。
それでも、あの空き地、あの路地、あの街灯の下を辿る。
足が覚えてしまった道を、無心で歩く。
雪に会えた夜は、少し話すようになった。
大した会話じゃない。
言葉は少なく、沈黙の方が多い。
凛は雪の後を、少し距離を空けてついて歩く。
雪は振り返らない。
嫌がりもしない。
でも、凛を気遣う様子もない。
それが、妙に楽だった。
拒絶も、期待もされない関係。
――ある夜だった。
遠くに見えた雪の背中が、いつもと違った。
歩き方が、明らかにおかしい。
片足をかばうように、体の重心がずれている。
「……大丈夫?」
思わず声をかけると、雪は少しだけ立ち止まった。
「慣れてる」
短く、それだけ。
振り返りもしない。
「今日は、帰れ」
その声は、命令でも拒絶でもなく、ただ事実を告げるようだった。
凛はそれ以上、何も言えなかった。
――その日から、雪には会えなくなった。
夜、いくら歩いても、あの背中は見つからない。
空き地も、路地も、ただ暗いだけだった。
そして、昼。
ハルが、学校を休むようになった。
病欠。
理由はそれだけ。
凛は胸の奥に、同じ形の不安が沈んでいくのを感じた。
昼も夜も、探している。
けれど、探すことしかできない。
数日後。
久しぶりに、夜の街で、あの気配を感じた。
「……雪」
姿を見つけた瞬間、凛の胸が熱くなる。
ようやく会えた。
それだけで、足取りが軽くなる。
でも――
街灯に照らされた雪の姿を見て、凛は言葉を失った。
そこに立っていたのは、
凛が知っている「夜の雪」と、どこか決定的に違う何かだった。




