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交差  作者: りな


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第5章

 最初に気づいたのは、

 ハルの手だった。


 朝のホームルーム。

 出席を取る担任の声を聞きながら、

 凛は無意識に窓側の席を見ていた。


 ハルは、

 膝の上で両手を組んでいる。


 強く。

 白くなるほど。


 視線を落としたまま、

 爪が、皮膚に食い込んでいた。


 ――あんなふうに、前からだっただろうか。


 授業中も、

 ハルはあまり顔を上げなかった。


 ノートは取っている。

 当てられれば答える。


 「普通」から外れてはいない。


 それなのに、

 凛の中で、警報みたいなものが鳴っていた。


 昼休み。

 ハルは弁当を半分ほど残した。


 友達が何か言っても、

 短く笑ってごまかす。


 その笑顔が、

 前よりも薄い。


 凛は、

 気づいてしまったことを後悔した。


 気づかなければ、

 見なくて済んだ。


 でも、

 一度見えてしまったものは、

 もう元には戻らない。


 だからといって、

 凛にできることは何もない。


 話しかける理由もない。

 手を伸ばす資格もない。


放課後。


 凛は、

 またハルを追っていた。


 距離を保って、

 同じ方向へ歩く。


 足音を立てないように。

 視線が合わないように。


 そして――

 ポケットの中で、

 スマホを起動する。


 画面越しに見るハルは、

 昼間よりも、さらに輪郭がはっきりしていた。


 夕方の光の中で、

 ハルの周りだけ、

 やはり澄んでいる。


 ――おかしい。


 そう思いながら、

 凛はシャッターを切った。


 止められなかった。


 撮りたくない。

 でも、撮らずにいられない。


 自分が何をしているのか、

 ちゃんと分かっている。


 これは、

 好意でも、友情でもない。


 もっと、

 醜いものだ。


 家に帰ると、

 凛はすぐにカーテンを閉めた。


 部屋の灯りを落とし、

 ベッドに座る。


 スマホを手に取るのが、

 怖い。


 それでも、

 見なければ落ち着かない。


 写真フォルダを開く。


 増えていく。

 ハルの写真が。


 背中。

 横顔。

 遠くからの全身。


 どれも、

 話しかける勇気もないまま、

 ただ撮ったもの。


 写真の中のハルは、

 やはり澄んでいた。


 余計なものがなく、

 静かで、

 冷たい。


 凛は、

 自分の指が、

 ハルの輪郭をなぞっていることに気づき、

 慌てて引っ込めた。


 ぞっとした。


 まるで、

 触れてはいけないものに、

 触れようとしたみたいだった。


 ――汚い。


 はっきり、そう思った。


 誰にも触れていないのに、

 誰にも知られていないのに。


 自分の中だけが、

 どんどん濁っていく。


 ハルと、

 どうしたいのか分からない。


 話したいのか。

 近づきたいのか。

 守りたいのか。


 それとも――

 ただ、

 消えてほしくないだけなのか。


 分からない。


 分からないまま、

 こんなことを続けている自分が、

 一番怖かった。


 スマホを伏せ、

 凛は立ち上がった。


 このまま部屋にいたら、

 また画面を見てしまう。


 頭を冷やしたかった。

 息ができる場所へ行きたかった。


 夜の空気に、

 触れたかった。


 凛は、

 上着を羽織り、

 静かに家を出た。


 街は、

 昼とは別の顔をしている。


 人の気配は減り、

 音も、

 必要最低限しか残っていない。


 歩きながら、

 凛は思った。


 ――もし、

 ここにハルがいたら。


 その考えが浮かんだ瞬間、

 凛は立ち止まった。


 胸の奥が、

 ひどくざわつく。


 見たくないのに、

 見たい。


 近づきたくないのに、

 近づきたい。


 凛は、

 夜の街に足を踏み出した。


 自分が、

 どこへ向かっているのか、

 分からないまま。


 ただ、

 このまま部屋に戻ることだけは、

 できなかった。



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