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交差  作者: りな


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第4章

夜、部屋の電気を消してから、

 凛はベッドの上でスマホを手に取った。


 画面の明かりだけが、天井を薄く照らす。


 ロックを解除する指が、少しだけ迷ってから動く。

 写真フォルダを開く。


 一枚。


 放課後の校舎。

 人影の中に、ハルの背中が写っている。


 改めて見ると、

 やはりおかしかった。


 構図がどうとか、

 光の加減とか、

 そういう話じゃない。


 ハルの周りだけ、

 余計なものが削ぎ落とされている。


 ざわつくはずの放課後が、

 そこだけ静止しているみたいだった。


 凛は、無意識に画面を拡大した。


 制服の皺。

 肩のライン。

 うつむいた横顔の輪郭。


 ――見すぎだ。


 頭の中で警告が鳴る。


 それでも、

 指は画面から離れなかった。


 ハルは、

 このとき、何を考えていたんだろう。


 そんなことを考える自分に、

 凛は軽く息を詰めた。


 考える資格なんて、ない。


 友達でもない。

 話したことも、ほとんどない。


 それなのに、

 自分はこの写真を、

 まるで大切なものみたいに扱っている。


 スマホを伏せ、

 枕に顔を埋めた。


 胸の奥が、

 じっとしてくれなかった。


 翌朝。


 教室に入ると、

 自然とハルを探している。


 いる。

 窓側の席。


 それだけで、

 息が少し楽になる。


「凛、おはよ」


 声をかけてきたのは、桜だった。


「おはよう」


 いつも通りのやりとり。

 なのに、

 凛は少し遅れて返事をしていた。


 桜は、

 一瞬だけ凛の顔を見て、

 何も言わなかった。


 昼休み。


 桜は凛の隣に座る。


「ねえ」


「ん?」


「最近、ちゃんと寝てる?」


 唐突な質問だった。


「……普通だと思うけど」


 桜は、

 じっと凛の目を見る。


「なんかさ、ぼーっとしてる」


 凛は、

 思わず視線を逸らした。


「そう?」


「うん。前より」


 それ以上、桜は追及しなかった。

 けれど、

 その沈黙が、逆に重かった。


 桜は、弁当をつつきながら、

 少しだけ声を落とした。


「凛ってさ」


「?」


「前は、周りあんまり見てなかったよね」


 心臓が、わずかに跳ねる。


「……どういう意味?」


「悪い意味じゃなくて」

 桜は慌てて笑った。

「なんていうか、自分の場所だけ、って感じだった」


 凛は、何も言えなかった。


 桜は、

 凛の視線がどこへ向いているか、

 もう分かっていた。


 凛自身より、

 先に。


 午後の授業中。

 凛はノートを取りながら、

 何度もハルの方を見ていた。


 気づかれない程度に。

 でも、焼き付けるように。


 ハルは、

 前を向いて、静かに授業を受けている。


 変わらない。

 普通だ。


 それなのに、

 凛は確認せずにいられない。


 そこにいるか。

 ちゃんと、ここにいるか。


 放課後。


 桜は、

 凛の視線の動きに、

 もう気づかないフリをできなかった。


「ねえ、凛」


「ん?」


「ハルのこと、よく見てるよね」


 言葉は穏やかだった。

 責める調子でもない。


 それが、余計に刺さった。


「……そうかな」


 凛は、

 否定とも肯定とも取れない返事をした。


 桜は、少しだけ笑った。


「前はさ、私の話も、ちゃんと聞いてくれた」


 その言葉に、

 凛の胸が、きゅっと縮む。


 桜は、

 自分の好意を、

 はっきり言葉にしなかった。


 でも、

 その必要がないくらい、

 伝わっていた。


 凛は、

 謝るべきか、

 何か言うべきか分からないまま、

 黙ってしまった。


 その沈黙が、

 答えみたいになってしまうのが、

 怖かった。


 桜は、

 凛の様子を見て、

 それ以上は踏み込まなかった。


「……変わったよ、凛」


 それだけ言って、

 友達の方へ戻っていく。


 凛は、

 その背中を見送りながら、

 胸の奥に広がる痛みを、

 どう扱えばいいのか分からなかった。


 自分は、

 誰かを見ているだけなのに。


 名前も呼ばず、

 近づくこともしない。


 それでも、

 誰かを傷つけている。


 凛は、

 ハルの席を見た。


 ハルは、

 何も知らない顔で、

 カバンを持ち、立ち上がる。


 その背中を、

 凛は今日も追ってしまう。


 気づかれていると、分かっていても。


 この視線が、

 どこへ連れていくのか、

 まだ分からないまま。


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