第2章
ハルが学校を休んだのは、
それから三日後だった。
理由は、誰も知らない。
担任が「体調不良」とだけ言って、
それで終わった。
凛は、
朝のホームルームで名前を呼ばれなかった席を、
思わず見てしまった。
窓側の、少し奥。
昨日まで誰かが座っていた場所。
机の上は何もなく、
椅子もきちんとしまわれている。
それだけのはずなのに、
教室の空気が、ほんの少しだけ欠けた気がした。
――いない。
そう思った瞬間、
自分がその事実を気にしていることに、
凛は少し驚いた。
ハルと話したことは、ほとんどない。
同じグループでもない。
親しい理由なんて、どこにもない。
それなのに。
授業中、
黒板の文字を写しながら、
凛の視線は何度も空いた席へ向かった。
昼休みになっても、
その席は埋まらなかった。
「ハル、まだ休み?」
「さあ。昨日もいなかったよな」
誰かがそんな会話をしていたが、
深刻さはなかった。
すぐに別の話題へ移る。
それが、普通だった。
凛は、弁当を食べながら、
なぜか箸の進みが遅くなっていることに気づいた。
恋愛の話が始まる。
昨日と同じような流れ。
でも今日は、
あの静かな席が、
視界の端でずっと気になっていた。
まるで、
音が消えた場所みたいに。
二日後、
ハルは何事もなかったように戻ってきた。
「おー、復活?」
「大丈夫なん?」
声をかけられて、
ハルは軽くうなずく。
「うん。もう平気」
その声も、
笑い方も、
前と変わらない。
……はずだった。
凛は、自分でも説明できないまま、
違和感を覚えた。
何が違うのか、分からない。
服装でも、態度でもない。
ただ、
ハルの存在が、
前より少しだけ「遠い」。
休み時間。
友達に話しかけられているハルは、
ちゃんと笑っている。
でも、その笑顔が、
一拍遅れてから貼りつくように見えた。
授業中、
先生に当てられたときも、
一瞬だけ、
返事が遅れた。
誰も気にしない程度の間。
気にしなくていいはずの違い。
凛だけが、
それを拾ってしまっていた。
――気のせいだ。
そう思おうとした。
でも、
昼休みの終わり、
ハルが立ち上がるのを見たとき。
凛は、
ハルを認識した時のものと、
同じざわめきを胸に覚えた。
ハルは、
席を立つ前に、
一瞬だけ視線を落とした。
机の上。
何かを確認するように。
それから、
誰にも声をかけずに、
教室を出ていく。
その動きは、
以前よりも迷いがなく、
そして、少しだけ急いでいるように見えた。
凛は、
自分が立ち上がりそうになったことに気づいて、
慌てて踏みとどまった。
――何をするつもりだったんだ。
名前を呼ぶほどの関係じゃない。
理由を聞く立場でもない。
それでも。
凛の視線は、
ハルが消えた廊下に、
しばらく縫い止められていた。
その日の放課後、
凛は気づいた。
自分が無意識に、
「ハルがいるかどうか」で、
教室を見渡していることに。
欠席していないか。
途中で消えていないか。
ハルの存在を、
確かめずにはいられないみたいに。
理由は、まだ分からない。
ただ一つだけ、
はっきりしていることがあった。
ハルは、
確かにここにいる。
けれど同時に、
どこか別の場所へ、
少しずつ近づいている。
凛は、その距離を、
言葉にできないまま、
見ていることしかできなかった。




