十一話 邪纏いて玉歩す霊山
十一話 邪纏いて玉歩す霊山
朝。雲と雲の割れ目から、東の山々の雪を、無力にも溶かすように照らしていく。粒立つ訳のない雪ゆきは燦々と照り輝き、そして大地は揺れる。
数人、亜人と獣人の兵士たちが小銃を抱えながら、息を絶え絶えに防壁へ走り込んでいく。空の薬莢で大砲が街の空に発射され、空中で爆発する。住民たちは叩き起こされ、同時に警告の鐘が鳴り響く。
兵士たちは防壁前に召集され、ヴァルヴァラが仮設の壇上に上がる。
「さて諸君、今日も今日とて化け物退治だ。今いま、哨戒により報告された。玄武【シュエンウー】……奴は今日、来る。事前に通達してある通り、その化け物は我らの東側にいる山々と同程度の大きさだ。ハッキリ言っておこう、奴がこの街にたどり着いた場合、我々ギムレーの民は滅びる。我らの先祖は、アドリエンヌやイェレミアスから抜け出して、そして原住の亜人・獣人と雑ざり、そして今がある。我々は彼らの努力と幸運の果てに息する。我らの滅びは、努力の敗北を意味するだろう。我らの滅びは、悲痛の埋もれとなるだろう。何を信じ忌み嫌い、何を考え主張するにしても、我らは生きるために、まず全力たる必要がある。壁はある、だがそれは我らあっての壁・守りの盾である」
ヴァルヴァラは、懐から、切り詰めて極限まで短くし、片手の拳で握り込めるような小銃を取り出し、腕を伸ばし、空に銃口を向ける。
「皆、今日も、自分を、そして愛する者を守るために、立て、戦え、生き残れ!!」
空砲が発射され、雄叫びがギムレーを包んだ。機関車の汽笛が鳴らされ、蒸気を煙突から吹きこぼしながら、倉庫を離れ、壁上に駆け上がるように、速く走り込んで、停止する。
線路と車輪の間に悲鳴が上がり、機関車は停止する。繋がれた列車砲は装填を完了しながら、防壁に対して垂直に、少し上向きにして、山々を照準に定められた。砲身の比重で傾き始めるも、釣り合わせるように重りが繋がれた。機関車から少し離れつつ、大砲が一列にして、防壁上に並べられ、小銃を構える兵士も並んだ。防壁の内部から外側に設けられた窓の間から、小銃が山々をぞろりと覗いている。
ヴァルトやノイ、フアンたちは機関車のあたりに配備され、深々と頭巾を被って待機している。ヴァルヴァラがノイに近寄る。
「ノイちゃん、少しいいかな」
「ぇ?あぁ、うん」
「さっきデカくいったから、分かってると思うが、生き残るために戦え。なにぶん、戦えるやつほど自分の命を大切にしない。それに、君は女の子だろ」
「……違う」
「?」
「そうじゃなくて、私はなんていうか……私なの。だからその……分かんないや、できることは、なんだってしたい、複雑だけど」
「君にとって、生き様と命は等価なのか?」
「……よく分かんない、難しい。でも、自分にできることやって、それがやりたいことだったら、きっと命をかけても大丈夫だと思うの」
ヴァルヴァラは、黙る。
(……そうやって、若いヤツは死んでくのか)
ヴァルトは機関車に手を掛け、昇る。
「お前ら、正直いつも前に出すぎだ」
ノイとフアンは、ヴァルトをみる。
「……はい?」
「シレーヌのときだってそうだ、あんま気張んな」
「ヴァルト、珍しいですね」
「俺はいまただの職人だ。戦闘要員のお前らがくたばったら、全部終わりだかんな。もういっぺん言う、気張んなよ!」
ヴァルトの腰に携えた刀剣は、鉄と革で構成されている。鞘に宛がわれたボルトが輝く。ヴァルトが大砲に昇ろうとすると、首元から首飾りがぶら下がっていた。そこには、ヴァルトの以前と刀剣に刻まれた、あの名前があった。
【Rafale・du・soleil】
首飾りは飾りにしては質素であり、ただその鉄細工の部分を、武器から剥ぎ取ったものであることが伺える。
ノイとフアンは、自分たちの歩みの始まりを思い出した。犠牲者と天使が過り、涙の果てに自分を殺そうとした少女がいることも。血相を変えてそれを止めた女性がいたことも。
静かな揺れは、やがて大地に伝わり、風が止まる。大きくなっていく揺れの中に、まりで鋼材がネジきられるような金切り声と共に、鯨のような戦慄きが、山向こうから、どもって聞こえる。室内で、イェングイが椅子から立ち上がった。
「……これです、この音」
山向こうからの振動が山々に伝わり、急斜面のところから順に雪が崩れ、雪崩を引き起こしていく。
山々はその過ぎた化粧が落とされ、荒々しい素肌を晒す。そして、山々は一瞬のうちに、蛇の出す、空気を吸って吐くような轟音が、音圧を上げておく。
一瞬で山々が吹き飛ばされ砂利で見えなくなる。鳴り響く音は足音のようで、しかし地面をに転げ落ちる岩も合わさり、地面の揺れは強くなっていく。土と雪の煙を首を振って仰ぎ、それらを吹き飛ばす大蛇が現れ、一瞬にして山々を超え、まるで窓枠から見下すように山を登る巨大な亀の怪物が、その蛇に巻かれながら現れた。
腕はうねりおりたたまれるように地面に突き刺さるようにして動き、崩れた山々から、千差万別のザションが現れ、突撃を開始してくる。山々から前方はザションとの戦闘で肉の焼け野原であり、それらを踏み越え、牙を剥いて、血の混じったヨダレを足らしながら前身してくる。その数にヴァルヴァラは驚いていた。
「これまでより、随分と多いじゃないか……お前らが現れてから何年たったか、お前たちは、数を増やす以外で、我々に勝てる算段を。どうやら立てられないようだな!!」
落石でもあったかのような地点にザションが足を入れる。
「砲兵、列車砲、砲撃用意!!」
単眼鏡でそれを確認するヴァルヴァラは、手をまっすぐ上げる。兵士たちは大砲の照準を次々と合わせていく。
「……撃てぇ!!!」
腕が正面へ向けられたと同時の掛け声に合わせて、大砲はほぼ一斉の発射された、声の届かない箇所は、先導する砲撃を合図に砲撃する。弾着と同時に砲弾は炸裂し、弾頭が破片としてザションに突き刺さり、また発破の勢いで、引き裂かれ、爛れるように臓物を撒き散らして倒れていく。榴散弾による広範囲への塩による弾丸が炸裂し、四肢が溶解して千切れて、あるいは全身が溶け出すものもいる。腕や脚の爪の飛翔でさらに雑凶【ザション】は倒れていく。
列車砲から放たれた砲弾は4つに分裂し、1つの矢が空間を切り裂いて飛んでいく。巻き付いた大蛇は、正面から見れば小さ過ぎるそれを発見できず、防ぐこともままならず、亀の脚と甲羅の間に命中し、深々と刺さったかのように体勢を崩した。
ヴァルトが驚く。
「こりゃいい、また誤算だ!野郎、俺たちの砲撃が見えてねぇ」
ノンナが両手を上げて大い喜ぶ。
「そっか、矢の形状で初速の向上、それに弾頭自体も、正面から見れば小さいんだ!!」
「ノイ!!次を装填しろ!!」
脚を止めることのない、その色彩・容貌・種族の全てが違うような怪物たちは、一様に飢餓であるかのように、防壁を睨み付けている。廃莢・装填・砲撃が繰り返されていくなか、飛翔するザションが現れた。それらに向かって、兵士たちは小銃を向ける。
銃を持つ兵は固まり、それら一つひとつが、束ねる隊長のようなものの号令で一斉に射撃を開始する。10発以上の弾丸が一体いったいのザションに飛んでいき、大砲よりは短いが、それでもかなりの遠距離から、飛翔する鳥なのかタコなのかも分からないような怪物を撃ち落とした。
巨大な鳥も現れる。大砲に散弾が装填され、大鳥に発射。一撃で落下し、そこに砲撃や銃撃が一瞬集まり、絶命を確認されるとほぼ同時に各大砲は別々の個体に照準を合わせて、まるで全ての砲台が1つの生き物であるかのように、ザションを片付けていく。
ヴァルヴァラは、胸を撫で下ろす。
「ポルトラーニンによる工場内装の整理と拡充、ヴァルトくんの新型弾頭、思ったより効いているな。さすがとしか言えない……ここまで大量の化け物を相手に、よくやれている。兵士の練度もこれまで以上だ」
ヴァルヴァラは、遠くで脚をかけるよいに、崩れた山を渡ろうとするシュエンウーが見える。
「問題は、あのデカ過ぎる亀野郎か……」
山の上に山があるようにあり、巻かれた蛇も相応の大きさをしている。尻尾から生えるようにして胴が伸びて、そうして縛るように巻き付いている蛇は、亀の死角を見張るように常に頭を動かしている。
ヴァルトが、列車砲から降りてヴァルヴァラと話を始めた。
「で、どうする。翼付徹甲弾なら、一応射程内、おまけにヤツはこの砲撃を視認できないらしい」
「新型弾頭さまさまだな」
「だが、結局のところ致命傷にはもっていけなさそうだ。弾丸はいまの込みで5発。製造にあたり部品からも多いから、製造誤差も相まって性能は不安定、当たっても1~2発、そんで弾切れ……多少弱らせられる程度に留まるな」
「あのデカブツ相手に損傷を与えられるだけでも良い戦果だ」
「ぶちのめすなら。榴弾か成形炸薬弾の射程内に野郎を収める必要がある。つまり、必要性なのはあの山から野郎を引きずり下ろす算段だ」
「脚を狙った失血死の作戦が、たしか球凰ではあったな。頭部を狙って……」
ヴァルヴァラは、シュエンウーの脚を見ていた。
「あの丁寧な足の運びかた、撃たれた傷を労っているというのもあるだろうが……いや、もはや過剰だろう」
「確かに、なんか遅ぇな。歩き方が下手くそ過ぎる」
玄武【シュエンウー】は崩れた雪山を下ろうとしている。挙動は緩やかになり、大蛇も足元を警戒している。防壁の上に、男が登ってきた。フアンが気付いて振り返る。
「一失足成千古恨、覆巢之下无完卵」
「イェングイさん?」
「一度の過ちであっても、千年は忘れないほどの取り返しのつかない後悔をもたらすこともあり……そうして足元をすくわれるときというのは、卵の並ぶ鳥の巣をひっくり返すように、影響というのは存外、伝播するものであります」
ヴァルヴァラのそばに、いつの間にかポルトラーニンがいた。
「なるほど、キサマの考えは分かった。だが保証はできん」
「私や私と同じ境遇の彼らを向かわせれば良いでしょう。私、単身でも構いません」
「キサマ一人に国家の安寧は委ねられん。ワシもいこう」
「では、幾人か精鋭を」
「……ふん、同胞を使い捨てるなど、ワシにはできん。じゃが幸い、使える駒がおる」
ポルトラーニンは、ヴァルトとノイに近寄った。
「……お主ら」
「待ってください、それはヴァルトやノイがやる必要があるのですか?」
フアンがポルトラーニンの前に出る。
「……僕がいきます」
「ではあと一人……あのサムライはどこへいった」
「彼女はいま、雪梅【シュエメイ】さんの護衛を務めています」
「……では、三人か」
ヴァルトは、列車砲の操縦席からフアンを見た。
「おいフアン。それだそれ、あんま気張んな」
「……やらせて下さい」
「ったく、この前といい今回といい……どうしちまったんだお前は」
「……」
「……わぁったよ、死ぬなよ!」
「……はい!」
2025年6月3日時点で、997,634字、完結まで書きあげてあります。添削・推考含めてまだまだ完成には程遠いですが、出来上がり次第順次投稿していきます。何卒お付き合い下さい。




