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ブルートアウス ~意思と表象としての神話の世界~  作者: 雅号丸
第五章 冷土戦々

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十話 言葉

十話 言葉


砲撃の振動が街を少し震えさせるなか、ナナミは海の、海岸沿いで佇んでいた。港から離れた、人影のまったくない、しかし防壁の中であった。波が岩に当たり、ナナミはその長い刀に巻かれた白布をほどく。


耳飾りの鈴を鳴らし、波の打たれた岩に刃をそっと斜めに当てがい、何度かそれを繰り返し、振り上げ、斜めに振り、引き込むようにして岩を切断した。少し欠けながら、ズレ落ちる岩は、海へと落ちた。


「……うむ、少し力が入っておったか。これでは、おじじに叱られるのぉ」


ナナミは、足音に気付いて振り返る。しばらくして、厚手の服装で、お腹の膨れた女人が、男と、そしてフアンと歩いてきた。男が、ナナミを見た。


「あなたは、確か……」

「ナナミじゃ。お主はエングイじゃったか」

「イェングイです。日輪では珍しい発音ですから、ゆっくり覚えて下さい」

「ゆっくりか……それより、妊婦を連れて冬の海岸か。フアン、止めよそれくらい。体に堪えるぞ」


砲撃はなりやまない。フアンは、音の方角を見た。


「……あの音の方が、堪えるようです。僕も反対はしたんですが、ヴァルヴァラさんには許可を取ったので、まぁ一応」

「聞き耳を立てていている感じじゃと、あの獣人はかなり子沢山じゃ。まぁ、人生の先輩方としての、それを信じるしかないかの」


女人は海に近寄り、お腹を抱えながら、波を見ていた。


「我想听听海浪的声音、对不起」

イェングイが傍による。

「申し訳ありません、妻はアドリエンヌの言葉が喋れないのです」

「案ずるでない、妾もある程度は喋れるぞ」


ナナミは、シュエメイの謝罪を受け取りながら、球凰【キュウファン】の言葉を交わし始める。

「没关系、但不冷吗?」

「我的家乡是一个港口城市。海浪让我平静下」


フアンは、イェングイに寄った。

「この中で、球凰【キュウファン】の言葉が分からない人はいないようですね」

「母、あるいは話にあった祖母から教わったのですか?」

「母に教わりました……祖母とも、そういえば久しく会っていない、ですね」

「あなたを見ていると、大切に育てられたことが分かります」

「ありがとうございます」

ナナミとシュエメイは、思いのほか話が盛り上がっているようで、しかし急に雪梅シュエメイが炎輝イェングイと視線を合わせる。

「あぁ、そうですね……うん、そういうことですか」

「何か?」

「えっと、球凰の言葉は、どれくらい分かりますか?」

「あぁ、実はそこまでなんですよね。挨拶や謝罪の定型くらいなら……長い言葉などは、あまり……」

「我懂了、如果是很长的句子,我就无法理解单词的意思」

「我懂了から先は分かりませんね……たしか了解という意味でしたか?」


シュエメイは、ナナミと再び会話を始める。


「顺便问一下,你和那个人是什么关系?」

「んあぁ、そうじゃなぁ……」

ナナミは、少し腕を組んで考える。


「我还不确定。但我并不是一个我不喜欢的人。另外,我觉得他的声音很好听」

「……这就是全部吗」

「等一下……我不知道我的感受」

「啊,对不起」


砲撃の怒号はなりやみ、時間が過ぎていった。波からくる風が、少し収まる。潮の香りの奥には船が何隻か見える。ナナミは白布を長刀に巻き付けていく。日差しは傾いていくなか、4人は歩いて帰っていく。道中、ナナミはフアンに近寄る。


「で、どのくらい言葉は覚えとる」

「コンニチハ、オハヨウゴザイマス、サヨナラ、ゴメンナサイ」

「ははっ、ど下手じゃ。頑張るが良い……妾たちは、どうせまともに訓練などできん。お主も、本当は小銃なりの訓練をするべきじゃろうが、まぁ弾を当てることなんざ誰でもできるじゃろうしな。やれることがなくて不安だったりすりなら、妾が渡したのを読んでおけ」

「……」

「外れたか?」

「……いえ、その通りです。ヴァルトやノイとは違って僕は……剣術はどこまでいっても、大砲などに比べれば、怪物には効果は薄いですし」

「それじゃそれ……そういう気持ちがあると、刃も身体も応えてはくれぬ。棚にひょいと乗っけるよいに、気持ちをどこかに置いておけ。こう、文法なり単語なり暗記でもしておくがよい」

「えっと……アリガトウゴザイマス」

「音程、まったくじゃな……」

「あれぇ?」


全てが白と青の世界を薄く緋色で覆うそれは、西に沈んでいく。照らされ、怪物らの死骸は、風と雪に埋もれていく。


暗さに白が見える訳もなく、夜風はつんざき、焚き火は揺れる。溶け時を知らない雪が山々を覆っている。自室の黒い窓の傍で、ヴァルトは座り、たそがれるようにして、窓際に頬杖を付いていた。


【最初の理由は、あんたらは重たいかも、しれない】、【私は見たことはないがそれでも、英雄といわれヤツの動機は、意外と不純で良い……そう思ってる】


ヴァルトの頭に、ヴァルヴァラの言葉がよぎる。溜め息を強く吐き出す。

「最初の理由は重たい……か」


ヴァルトは、腕を真正面に向けると、頭の中で指示を出すようにして、力んだ。雷が身体を纏うことは、なかった。


(……時間経過じゃなおらない、か。さすがにそんな都合良い訳ねぇか。だが参ったな、何かあった場合の保険なし、まぁ弾丸は開発できたから、まぁどうにかできるか)


ヴァルトが考えるなか、オフェロスが語りかける。


(……現状は、どうなっている)

(シュエンウーは明日か明後日には来る)

(……君の力のことだ。あれから結局)

(なんもできやしねぇ)

(そうか……)

(まぁ使えたとしても、雷とか爆発だけじゃどうにもならなさそうだっていう感じだな)

(……すまない、結局私の中に、君のその力のことはない)

(ベストロだったり、ザションだったり、あとヒャッキヤコウだったか。それらが同じかなのか別なのか、そんなことよりも一番デカい謎が、俺なんだよな。分かんねぇ以上は考えるか放置だが……)

(……それもさすがにできないほどに、時間がかかっている)

(糸口の一個くらいは見つけたいもんだな)

(君ならできるだろう)

(言うじゃねぇか)

(勝手だが、なんだろうな、君を他人とは思えないんだ。すまない)

(まぁ身体を共有してるようなもんだからな)

(……)

(どうした)

(……いや、そうだな)

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