三話 御愁傷様
三話 都市国家
先頭を真っ赤な毛並みの女人が歩き、外套で全身を隠しながら、ヴァルトとノイは人通りで雪の解けた道を、それに続く。無数の銃声、砲撃の音が漂うなか、懸命に武具を整える様がそこかしこにある。防壁に備えられら昇降の階段を登っていき、ヴァルトのノイは、光景を焼き付けた。
「どうだい?壮観だろ。化け物どもだって、デカかろうが、ここじゃ雑魚だ」
名無し、名付き、絵付き、多種多様であり、そして全て見たことのない容貌のベストロらしき怪物たちが、壁上や内部からの射撃、砲撃によって次々と凪払われていく。黄色い線のように一瞬で飛んでいき倒すその弾丸たちは、矢継ぎ早に発射される。周囲の兵士は、その早さの招待ごと担ぎ、待機していた。
「ここでも……デボンダーデが……!?」
「確かアドリエンヌじゃそう呼んでるよな」
「つか、あんたアドリエンヌ語が」
「当たり前さ、私はこの国で一番偉いからね。ヴァルヴァラ・ダンチェンコ、よろしくな」
「銃も、大砲も……西陸とは比べもんにならねぇな」
「けったいなことだよ。あんたらもこの怪物を相手に頑張ってきたんだろ?しかもほぼ生身で……なんにだって言えるが、頑張りかたを間違えないほうが身のためよ」
「……ここはいったいどこなんだ?」
「都市国家ギムレー。まぁ国家とはいっても、ただの自称だよ。元々は西陸で奴隷階級だった亜・獣人がなんとか逃げ出して作り上げた村落。そこについでにイェレミアスの科学者とかいろんな連中を抱え込んで、銃とか大砲とか、あと汽車の技術が誕生して、今がある」
「汽車?イェレミアスの科学者だ?」
「汽車ってのは、ここの外壁を走り回るあの鉄塊のことだよ。確か今だと革新派とかいうのが台頭して科学も肯定されつつあるとかな?」
「なんでそんなこと知ってる」
「嬢ちゃんに全部聞いたよ……でもその前はそうじゃなかったんだってな。これは先代からの言い伝えだが、まだ革新派のような派閥もなかった時代、イェレミアスでは水面下で、密輸したミルワードの銃火器や機械を真似て生産する技術が開発されていた。それらを聖典教に売り込んで儲けようとな。だが聖典教の傘下の何者かに見つかり、もう逃げるしかなくなって科学者たちはそうしてここへたどり着いた」
ヴァルトは思い当たる節が一つあった。
「イェレミアスで虐殺があったときか、確かに混乱に乗じてそいつらが逃げたってなら……」
「先々代くらいの族長が、その研究資料と頭脳を提供する形で保護し、そうして現在に至る」
「じゃあ、あの銃も大砲も……ぜんぶイェレミアスの?」
「銃は確かな正式な名前があったはずだ、確かドライゼなんたら。まぁそんなこんなで今じゃこの寒いなか、化け物どもの肉と漁獲量を足せば食べるのには困らない。あとでこの国の飯を食わせてやろう。化け物どもの肉と根菜がここの特産品さ」
「そこまで良くされる覚えはない。第一に、俺らは人間だろ。こうして外套で外に出るってことは、この国には人間を嫌うやつだって……」
「そこは、嬢ちゃんにありがとうって言っときな。あと兵器について、そういうのは娘に後で聞いてくれ」
「娘?」
「一度、中に戻ろうか」
「待てよ、デボンダーデが来てるんだろ?」
「あぁ、来てるさ。いつもな」
「いつも……?」
「これから会議がある。お前らも参加しろ」
ダンチェンコと名乗る獣人の後を追うようにして、出てきた建物に戻る。兵士たちがダンチェンコの上着を持ち、そうして去っていった。進む廊下は暖かく、少し進めば違う暖炉が目に入る。両開きの扉を開けると、長い机が1つ置かれ、奥に詰めるように座る幾人かがいた。
「何を話し合いたいのやら?」
最奥の席が開けられており、そこにヴァルヴァラは座り込む。右前に座る老いた、猪の獣人が喋り出す。
「無論、人間の処遇についてです。」
「黒髪ちゃんが強すぎてさ……見た?重装歩兵の鎧の凹み具合。あれがウチの最強装備、それを来た熊の獣人ごと、腕一本で投げ飛ばして、手出しなんてできる訳がない」
「数で囲んで、蜂の巣のようにすれば良かった……それだけのことではないですか」
「相手は化け物じゃない、言葉が通用する。ならお互い手を取り合う機会を作るべきだ」
「我々が人類に何をされたのか、知らない訳ではないでしょう!」
「互いが互いを嫌いだからそういうことが起きるんだ。被害者を祖先に持つからって、無碍にする権利を持ってると勘違いするんじゃない。私は笑うならば、できるだけ面白いことで笑いたい。顔も知らない先祖の復讐、その果てに流れる血で笑うなんて、私は御免だよ」
老人の向かい側にいる、キツネの獣人が手を上げる。目付きは鋭いが、曲線美を持つ艶かしさが目立つ。薄い衣で、あきらかに季節に合わない。
「提案があるのだけれど、いいかしら?」
「ナタリア、意見を聞こう」
「過去諸外国の人類に対して、私たちは価値を提供できる限り受け入れを行ってきました。下限をもうけた移民政策ともいえるこれは、これまで十分に機能し、諸外国の諜報活動に大きく貢献、他国の技術を奪取することもに成功し、現在があります」
ヴァルヴァラは前屈みに意見を聞いていた。
「……情報として価値を持つものを引き出すべきと?」
「それだけではありません。黒髪の少女、ノイの提供する情報によれば、彼らのはアドリエンヌに大きく貢献したにも関わらず、その人命を脅かされ、果てにここギムレーへとたどり着いた……彼らの価値は、あるいは我々が推し量るよりもずっと大きい可能性もあり、アドリエンヌがギムレーの存在にもし気付いた場合、交渉材料として持ちかけることも可能性です」
猪の獣人が立ち上がる。
「いや、もしアドリエンヌと関わりが生まれた場合、それは戦争を意味する。ノイとやらの情報が正しければ、ヤツらの武装は大したものじゃない。こちらから打って出て、イェレミアスとアドリエンヌ、そのどちらも手にすることが可能だ。わざわざ手をこまねく素振りなどせんとも、戦になれば勝てる。こやつらを残したところで、意味はない」
「それは、我々の手でオルテンシアのデボンダーデを引き受けることになります。目下解決しなければならない問題は、東陸からの謎の怪物の襲来。西陸の人類やベストロとの二正面での衝突が起きでもすれば、人的・物的資源の枯渇は否めません」
ヴァルヴァラは首をかしげる。
「私たちギムレーで彼らを生かすことで、アドリエンヌからの戦争を回避すると?」
「人命を奪おうとする目的の背後は不明ですが、それでも奪いたい目的はあり、話が事実ならば、あくまで彼らを殺したいのはアドリエンヌがわのみ、彼らを生かすことは、イェレミアスに恩を売る形にもなりましょう。我々との戦争をアドリエンヌ側も想定できないでしょうし、戦争はデボンダーデとの二正面衝突となります。彼らをこちらで手厚く保護することで、西陸側の政治にイェレミアス側で関与し、最悪の場合はイェレミアスを盾にアドリエンヌと戦争ができます。政治的分裂を利用してイェレミアスを盾にすれば、アドリエンヌは我々に手出しができなくなる。二正面衝突の危機を回避できましょう」
「それはあくまで、アドリエンヌやイェレミアスが我々の存在に気付いた場合のみだな」
「気付いていない場合、彼らの命の価値は、我々でも十分に見いだせるのでは?戦力や技術者として、彼らは殺すには惜しいでしょう?それに……報告によれば、そこのヴァルトという人物は、身体を変異させているとか?怪物の襲来、身体を変異させる人間……無さそうに見えて、それでも不可解さでいえばあの怪物たちと同じくらい、研究対象として、十分な価値があります」
ヴァルヴァラは溜め息をついた。
「本命はそこだなナタリア?いじくり倒す気でいるのか……それと前半の部分。お前の知識じゃないな?」
「ふふっ、ご明察ですわ……趣味に合うのは確かかもしれないわね。私、亜人みたいに毛のない方が好きなの」
ノイはナタリアと飛ばれる狐の獣人を睨み付ける。笑顔で返される。
「私としては、いえ……客観的に見れば生かす方が利益だと思いますが……どうです?突っ走るしか脳のない猪よりは、なかなか建設的だとは思いますが?」
「ポルトラーニン、他に意見はないか?」
猪の獣人は黙って座っていた。目を閉じている。
「……では、我々で彼らを保護し、彼らにはこの国に従事してもらう。細かな調整はナタリアに頼む」
「大まかには、どうすれば良いでしょうか?」
「ヴァルトは技術省に配属させる。娘が彼の武具を見て随分と興奮していたからな。ノイはここから北に少しいくとある、キスロータ湖付近の炭鉱で労働だ。遺憾なくその力を発揮してもらう。他負傷者二名は体調が回復するまではこちらで看る」
ノイが胸元の上着を両手で握りしめる。
「……あの」
ヴァルヴァラはノイと目を合わせる。
「……あり、がとう」
「なんでそうなる?私たちは君らを盾にしているだけだよ」
少女の落ち込んだ目線に対して、ナタリアは鼻で笑ったように目を背けた。溜め息をしながら立ち上がり、腰を降るようにして内股に歩き、ヴァルトの前で、上目遣いで、胸元を見せつけるように腰を曲げ、首を傾ける。
「じゃあ宜しく、ヴァルトさん?」
「……ったく、随分と勝手に俺ら処遇を決めやがって」
「口出しできないことを理解しているのでしょう?自分たちの立場が低い、それを分かってあなたは黙っていた。そしてそれを見習うように、ノイちゃんも黙っていた。あなたみたいな優秀な雄、私、好きよ?ナタリア・チャプリナ。たぶん、お目付け役になるわ、仲良くしましょう?うふふ」
ナタリアはノイに一瞬だけ目を合わせると、姿勢を戻して、また腰を降るようにして、扉を開ける。
「付いてきて。まず研究所にあなたを連れていくわ」
「ノイ、いくぞ」
ノイはヴァルトの後ろに付いて、部屋を後にした。上着を深々と着て、廊下を渡り建物を出ると、鉄の弾ける音がする。正面の建物のまた両開きの扉を開け、中に入ると、火薬と鉄の臭い以外、何もしなくなった。
「ここ研究所。奥にいくと女の子がいると思うから、上手く仕事を振ってもらってね」
ナタリアがノイを連れて外へ連れていこうとする。
「ノイ、お前……なんか殴り飛ばしたりしたんだって?」
「……私にできるの、それだけだし」
「……助かった」
「う、うん……みんな生きてて良かった」
「お前、炭鉱だってな……」
ナタリアが二人が話し込む光景を、大きく目蓋を開けながら見ている。口元は少しは上がっていた。会話のあと、ノイを連れていった。
ヴァルトが建物の中を進んでいき、扉を開ける。鉄がわめくような音と共にある少女が、万力を回して加工していた部品を取り外し、振り向く。赤毛の目立つ獣人の、狼のような少女だった。銃身に見とれる目線は、そのままヴァルトに向けられる。
「……あぁ、起きたんだ!!!」
「はぁ?」
にこやかな笑顔を振り撒いて、しかし手に持つ物はあきらかに、銃身であった。
「ねぇねぇ、お兄さんの持つあの鉄砲みたいな剣。あれどうやって作ったの??」
「お前誰だ?」
「私、ノンナ。ノンナ・ダンチェンコ!!ここの主任!!」
「あぁ?主任だ?」
「そう!!大砲でもなんでも作っちゃうよ!!旋盤ちゃん、溶接機ちゃん……それに金槌ちゃん。なんだって作れちゃうんだから!!」
「なんか俺、ここで働けって言われてんだ。何かあるか?」
「あの剣の作り方教えてよ!それか……ここで再現して!!」
「銃が一丁、剣が一本、あと鉄線と……そうか、お前らの銃の性能が分かれば、コイツを……」
「これ設計図だよ!」
ノンナは小銃の設計図を押し付けるようの渡してきた。
「はぁ!?お前これっ」
「大丈夫だよ!!何かあったら、お母さんがなんとかしてくれるって!!」
「……じゃあ、ちょっくら改良してみっか。その旋盤とか溶接機だか、使い方、いいか?」
「いいよいいよぉ!!全部教えるよ!!」
ヴァルトが旋盤など、触れたことのない機材を相手にしているなか、ノイとナタリアは外を歩いていた。通り過ぎる男どもの視線はナタリアに集まる。
「さ、寒くないんですか?服装、とかその……」
「女ってのはね、いつだって美しくある必要があるのよ。美しさの基本は、こういう忍耐から来るの」
「へぇ~……」
「……あんた、これから行く場所がどこか、分かってるの?」
「炭鉱……?」
「あんた、よっぽど女として見られてないのね。可哀想なこと」
「えぇ?」
「炭鉱っていうのはね、男が行く場所よ?力が必要なの。あなた、彼に何も心配されてなかったわね。力もあって、顔も腕も傷だらけ……御愁傷様、あんたの恋が実ることはないわよ」
「……」
「ふふっ、でも良かった。あの雄の隣があんたで」
「えぇ?」
ノイは深々と被った上着に雪を積もらせながら、ナタリアの止まった位置で佇んでいた。目の前には、鉄の線が並んで交差している。突如、金切り声が響き渡り、壁上を走っていた鉄の蛇……汽車が、鉄の線上を駆けて徐々に遅くなりながら、内巻きに枝分かれした壁の片割れを、ゆっくりと降りてきた。車掌が汽車の先頭車両から顔を出す。
「ナタリアさん、お疲れ様です!!」
「この子を、キスロータ湖の炭鉱にお願い」
「了解です!」
汽車の貨物車にノイが乗る。
「ねぇノイちゃん、本当にありがとうね?あの雄を連れてきてくれて……」
「……えぇ?」
「ふふっ、はははっ……可哀想なおチビちゃん……いい?炭鉱は夜の遅くにしか帰れないのよ?勿論、仕事なんだから途中ですっぽかすなんてしちゃダメ、そうなったら私、いま治療中の二人をどうにかしちゃうからね?」
「……!?」
「……夜はね、雄なんて無意識に、そういう感覚になるの。私なら……ふふっ、あの雄は何秒耐えられるかしらね」
たゆたうような乳房を見せつけるナタリアは、腰を降るようにして去っていった。汽車は黒い煙を煙突から吐き出し、前へと進んでいく。
(……なんだろ)
ノイは揺れる貨物室のなか、うずくまっていた。
(……それでも、いいのかな?)
汽車は防壁を超えて、地面に降り立ち、枯れた森を突っ切り、北海を一望できるほど断崖絶壁を曲がりながら駆けていった。ノイは貨物室からそれを見ることなく、うずくまる。
(そうだよね、結局……私が私らしく生きても、ヴァルトがどんな人が好きなのか、なんて聞いたこともない、そんな恋する女の子みたいなこと、やったことない。力仕事は、ヴァルトから任されることだってしょっちゅうある。私はヴァルトの傍にいたい。でも女の子として傍になんか、いられない……ヴァルトは男の子なんだもん、こんな筋肉ばっかりの身体じゃ、なんにもできない……あの人みたいな柔らかい身体だったら、きっとヴァルトも……マルティナにあんなこと言われて希望を持ってたけど、でも持ってただけじゃん私。何もしてない、勇気もない……あの人だったら……あの人だったら……)
ノイは肩を揺らされる感覚に見回れ、縮こまっている体を動かした。
「おい、おいあんた。到着だぞ」
「……ん?」
ノイは貨物室を降りる。そびえ立つ雪を被った山々、鉄の線は大きな橋で深々とした大地の割れ目を渡り、そうして大きな洞窟の前に停まっていた。ノイは、自分以外も貨物室から人が降りてくるのを見る。大きな図体をした雄の亜人や獣人が続々と、つるはしなどの採掘用の道具を持ち、洞窟へ入っていった。
「おい、お前新入りか?」
声の方向からつるはしが投げられる。ノイは片手でそれを掴む。
「おぉ、いい身体してんじゃねぇか。たっぷり働いて納品して、ちゃっちゃとおめぇも嫁ん所に帰れよ。聞いてると思うが、ここじゃ仕事の量に下限がある。一定量採掘しねぇと出れねぇからな。まぁここが枯渇する心配はねぇから、限度最大まで稼ぐのも手だぜ。あんまり長く家開けると、他の男ん所いっちまうけどな、がっはっはっはっ!!」
おそらく採掘所の長にそう言われ、ノイはつるはしを握りしめる。
(嫁のところに帰る……か……)
付近にある布でできた袋をいくつか携えて、ノイはとぼとぼと、洞窟に入っていった。
2025年6月3日時点で、997,634字、完結まで書きあげてあります。添削・推考含めてまだまだ完成には程遠いですが、出来上がり次第順次投稿していきます。何卒お付き合い下さい。




