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ブルートアウス ~意思と表象としての神話の世界~  作者: 雅号丸
第四章 傾城帝政 二幕

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二十三話 書類

二十三話 書類


ヴァルトは、寝台の上で目を覚める。左から光に打たれ、眩しさが頭を働かせる。


「……どう、なってる?」


空気を混ぜたような声が部屋に佇む、隣にある寝台は全て綺麗に整頓されている。


(あいつら、どこいった。計画は……)


部屋の扉が二度叩かれる。扉を開けたのは、フアンだった。


「あぁ、起きましたかヴァルト」

「劇場で火事が起きた、ったく全部台無しじゃねぇか」

「密閉された空間に、充満した煙……劇場内では死者も出ていました。主に、外に出ようとして押し寄せた人々による圧死ですが。火元は、ヴァルトの席近くだったと、レノーくんが教えてくれました」

「……ノイは」

「なぜかずぶ濡れで、ヴァルトを背負ってバックハウス家の館へ帰ってきました」

「火事から、俺を逃がしたのか?」

「分かりませんが、たぶん、そうだと思います。でも……」

「なんだ」

「いえ、ずっと浴室に籠ってるんですよね。ナナミさん曰く、ずっと寝ずにお湯に浸かってるそうです。しかも、とても熱い湯だとか」

「茹で上がっちまうだろ、どうしたんだ?」

「オフェロスさんなら、何か知っていたり……」


ヴァルトはゼブルスに、心で話しかける。


(おい、ノイに何かあったか)

(君が倒れてから、ノイくんは君が私に変貌することを恐れ、火事をもろともせずに扉を蹴り破り突破した。ノイくんは火が服に移っていたから、場内にある泉に飛び込んだ。私を隠してから、服を場内で着替え、私をここへ連れてきた……というのが、夜中に浴室へ向かう前に、ノイ君から聞いた話だ)


ヴァルトは起き上がり、フアンと情報を共有しながら状況を理解した。


「じゃあ、大臣のほとんどがユリウス側に寝返えったのか?」

「元々重要な役職にいるほとんどの人物の弱みを握っていたらしです」

「それも、イグナーツの?」

「いえ、金を流して密告を集めていたとか。あとは高級娼婦を提供したり」

「それだけでよく集まったな」

「こればかりは運だったらしいです。私欲を満たすことに忠実な、イェレミアス人であってこそですね」

「お前、怪我はないか?」

「常にナナミさんと行動してましたからね。でも……犠牲者が多すぎました。私兵は全滅、今はイグナーツさんと、生き残ったナハトイェーガーによる軍部の掌握によりなんとかなっていますが、いつ他貴族が謀反を起こすか」

「それだ。結局、貴族制度はどうするんだ?」

「解体が決定していますが、決定した瞬間に謀反が起きるでしょう」

「まだそのときじゃねぇってことか」

「今は専ら、大臣たちの主導の元、用途不明な税金の流れを潰したり。公共事業としての、ベストリアン虐殺の跡である貧民窟の大がかりな解体、土地の開墾などを行いながら、金利の引き下げ、一定以下の所得で徴収される税金の免除、その下限の草案……仕事量はとんでもないですね」

「いまの政権は、誰が主導なんだ?」

「表向きの皇帝を戴冠させ、実権をユリウスや、ユリウスの息のかかった大臣が率いる派閥により掌握しています。現状維持を狙う、いわゆる保守派を、政権における少数派にすることによって、なんとか維持されている状況ですね」

「デカイことして、やれることはそんだけか……国家転覆の達成はできてないっつうことだよな」

「転覆させては復活できないかと」

「まぁ、似合う言葉は俺にも分からねえぇ、転覆って言ってただけか」

「民主化政権の樹立、あるいはもっと単純に政権交代」

「っつう話に落ち着いた訳か」

「ヴァルト、ユリウスさんの書斎のあるところに向かってください。話があるそうです」

「起きたばっかなんだが……」

「ユリウスさんは徹夜です」

「……分かったよ」


ヴァルトは廊下を歩きいていき、ユリウスの書斎へ来た。扉を叩くこともなく入室をする。


「参ったなぁ、書類の不備が多すぎる。やっぱり優秀な人材のほとんどが外務省勤務なのがいけない。あそこだけは掌握できてないからなぁ。単純に増収させるしかないか……」


ユリウスが紙をめくっては書類に訂正を入れ判子を押してを繰り返していた。


「おい、話ってなんだ」

「おぉ、起きたかヴァルト。災難だったね」

「ノイのおかげでなんとかな。で?」

「これ、あと……これ」


ヴァルトは書類を受け取り、文字を読んでいく。


「これ……ノイには?」

「言える訳ないじゃないか、彼女の両親は……あと、親父から預かってた手紙もあるんだ、これが情報を裏付けてる」


ユリウスは引き出しから手紙を取り出す。蝋で固めてあった封が破れていた。


「……間違いない」


「ノイは……元皇帝の妃と血縁関係、手紙に書いてある場所にもし家があるなら……場内で起きた殺人事件本当になる」

「そしてそこから分かるのは、殺人事件を引き起こした人たちが……ノイの両親。しかも、僕らバックハウス家を巻き込んだ、盛大な事件を起こしてる。揉み消した奴の情報が出てこない。僕が掌握できてないところは、つまりその犯人の居場所」

「……外務省が関与してるってか」

「かもしれない。確証じゃないことを抜きにしても、その手紙の内容は確認するべきことだ……」

「これが確かだとしても、証拠が残ってるかは不明だ」

「手紙にあるのは、既に枯れているフェリス川上流……そこに小さな民家。馬車を出すよ。あと、それを渡すかどうかは、ヴァルトに委ねる」

「……分かった。あいつが茹で上がったら渡す」

「いま、マルティナが一緒にいる。ひょっとしたら、前みたいに治療が必要かもしれない。アクセル先生はここに常駐してるから、もしそうなったら彼にまた頼むよ」

「しかし急に出てきたな」

「情報は鉱石みたいに、一定の深さに均一に埋まってるものさ。俺たちは、その地層を獲得したって訳だ……あと、気をつけてね」

「……は?」

「なんていうか、昔からそこはお化けが出るって言われてる」

「ベストロか?」

「……ちょっとは冗談にも付き合えるようになってよ。まぁでも噂だけはあるから、野党には注意してね」


ヴァルトは、馬車のへ手配を待ちながら、フアンとナナミにフェルス川を登ることを話した。


「妾は、ユリウスの派閥に属するものを保護しながら、他貴族の動向を探る任務がある。それに、鞘が無いのでは、この長さのものを持ち運んで戦おうとは思えん。まぁできなくはないがの」

「では、ナナミさんは居残る形ですね」

「……聞かんのか?」

「国外の情報ですか?ユリウスさんにまずは言ってください。僕らはそれを聞いたところで何もできませんし」

「ほうか」


ヴァルトはフアンに荷物の用意を話し、その場を後にする。窓をふと見ると、庭に生えている木々の葉は全て落ち、それを掃いて捨てる使用人がいた。


(冬も深まった、そろそろ雪が降るころだな。降る前に、その家っつうのを見て、雪解けと同時に帰還兵制度の期限。春期第一デボンダーデにむけて、訓練が開始される……だがどうだ、今アドリエンヌは、オルテンシアはどうなってる?デボンダーデは季節ごとに2度、決まった時期にのみあった襲撃。だが前回は、第三期まであった……何より、奈落にベストロは全然いない。シレーヌは首も無しに動きやがって、海にもクソデカいベストロのリヴァイアサン……そう、リヴァイアサンだ、アイツは結局なんだった……天使の目的も一切不明だ、この世界はどうなっちまったんだ?)


思考を巡らせながら、ふと腕にある違和感に気付く。


(……なんだ、急に重く)


腕にはノイが包まれていた。見える範囲の肌が湯で上がったように真っ赤で、後ろに足音がして振り返る。同じ服装で、マルティナが後ろを見ながら走っていた。浴室の扉は開けっ放しで、湯気の立ち込めるのが見える。


「あ、あぁ!?」

「すみません!寝室にお願いしますぅ!!」


ヴァルトは熱いと細かくボヤきながら、ノイを寝室へ運んだ。呼吸の荒いノイは目を瞑って、力が抜けたままだった。寝台へ寝かせ、窓を開け、茶色い上着を脱ぐとそれで扇いだ。


「お前、何してんだオイ」

「……ご、めん」

「ったく、一晩中入ってたんだってな。どうしたよ」


ノイは朧気に、鎖で引き裂いた人間の記憶が浮かぶ。喚いていたような、叫んでいたような、うっすらと声を思い出す。懇願とも祈祷とも取れる言葉を吐いていたような、言葉が頭に過り、ノイは意識をハッキリとさせていく。


「わた、わた、し」

「どうした?」


ノイは、ヴァルトが、フアンが、確かに自分と同じ経験をしたことを思い出した。


「……何、してるんだろうね」

「……とりあえず、じっとしとけ」

「フアン、すごいや」

「……?」


マルティナが使用人と共に大量の水を持ってきて、ノイに飲ませた。布に水を付けてノイの首や脇に挟む。


「……ありがと、マルティナ、使用人さん」


マルティナはノイの手を握った。


「……私は、分かっていますからね」

「あり、がとう。マルティナ」


ノイの肌から赤みが消えていく。しかし、目の周りは赤かった。


「……ノイ、明日、外に出るぞ。お前の親が誰か、分かるかもしれねぇ」

「え?」

「フェルス川って分かるか。北部にある」

「北……ハーデンベルギアじゃ、あっ……」

「気にするな」

「ごめん……」

「とにかくそこへ行く。お前も来い」

「分かった、でも今日は」

「明日だっつっただろ、お前は寝とけ」

「分かった……」

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