二十一話 造花売り
二十一話 造花売り
微かに残る煙の匂いが、喉を包んで離さない。朦朧としたなか、手から何かがh離れた。ぐるぐると頭を回る言葉の数々は朧と化す。ノイは、暗い部屋で目覚めた。
「あれ……ここは?」
扉を正面に、籠ったカビの匂いがつきまとう、そうしているうちに頭が晴れる。
(……音楽祭、あれ?ここ会場じゃない。私寝ちゃったのかな?)
ノイは、記憶を辿る。
(そうだ、確か劇場が、火事になって……でも火なんてなかったけど。皆が外に出ようとして、私が扉を開けようとして……倒れた?)
ノイは、足音に気付いた。若干の石材の響く音が何もないであろう廊下らしき外を響く。
(……ん?)
ノイは体を動かそうとすると、ジャリジャリという音と共に、鎖に繋がれていることが分かった。五体に鎖、服装はとくに変化はない。
(捕まってる、なんで?は、はやく逃げなきゃ!)
ノイが力を込めようとすると、扉が開けられる。
「もう起きたのかい。君、強いね」
「あんた、誰?」
「この顔に見覚えはないのか?まぁ良い、ゲルルフだよ。ほら、何時間か前に会っただろう」
「あの変なおじさん……!」
「まぁ、自己紹介もここまで……本番はこれからだ。都合よく、魔天教がこちらを襲撃したお陰で、後処理に困ることなく、君を捕らえられた」
「はぁ?」
「火事は、私が仕掛けたんだ。密閉された空間で火を起こすと、その煙には毒が生まれる。吸い込むと失神を起こすほどな。君の座っている位置の近くに仕掛けられたのは、僥倖だったよ」
ノイは静かになる。
「……いいねぇ、従順なのは良い。それでこそ、女性というものだ。聞きたいことがある、ヴァルトという人物について、君はどこまで知っている?」
「……知らない」
「教えてくれたら、本人にこれ以上尋問することもないんだがねぇ」
「今、なんて!?」
「尋問……あぁ失敬、拷問だな」
触れようとするその汚い手を、吠えるようにしてはらった。
「やめて!!」
「どれくらい、知っている?」
「……本当に、分からない。分かんない、分かんないの。なに考えてるかなんて……で、でも」
「……?」
「ヴァルトは、ハーデンベルギア出身だよ。お父さんもお母さんも、たぶんもう……」
「おぉ、そうですか。では我がイェレミアス帝国人なのですね?良かった良かった」
「……ねぇ、ヴァルトに何もしてないよね?やめてあげて、お願いだから」
「いいえまだ足りません……外で起きた、反乱について何か知っていることは?」
ノイは、下を向いた。
「実は、フアン・ランボーという人物がこれに参加しているという目撃情報があるんだよね」
「……へ、へぇ、そうなんだ」
「何か、知っていますね?」
「……知らないわよ!」
ノイは鎖を引きちぎろうと力を込める。鎖は切れなかった。
「おぉ、怖い怖い。さすが、ベヒモスと力比べをし、砲弾を投げたという噂が立つ訳だ。でも君の体はいま、不完全燃焼による煙の毒にやられている。手に感覚がないだろう?」
何度も何度もわめくのに、ゲルルフは目を光らせた。椅子を持ってきて、背もたれに前屈みで座る。
「……やっぱり、あんまりこないか」
「……何っ?」
「私の趣味じゃないんだよ、君のような反抗的な女の子は。やはりこう柔で儚い、花の花弁のような女性が好ましい。あぁ、乗らないなぁ」
「……??」
「上からの指示だ。お前の心をぶっ壊せ、とな」
ノイは、顔を青ざめて、呼吸が荒くなり、全身が震える。
「……えぇ??」
「今から何されるか、お前には分かるようだな……くっそ、もっと、もっと何も知らない女だったら……くっそぉ」
「や、やめて」
「俺だって驚いたさ。力をじゃどうにも出来ない相手をどうするかっていう答えに、心と戦えっつうんだから。まぁでも……据え膳されたら、そらぁ食うわけだ。今日は寝れないと思え」
「やだ……やだ」
ノイは力が抜ける。
(力が、入らない。怖い、怖い)
容貌の汐らしさがそのにあり、ゲルルフは喜ぶ。
「あぁそうだそうだ、それだ!!っはは、懐かしい。まるで昔のようだ」
ノイは微かにその声を聞き取った。
「今の嬢ちゃんみたいな感じはとにかく良い。はぁ、まったく、人権なんて気にする上層がいたせいで、一斉に俺の仕事が検挙されちまったかたなぁ。久方ぶりだ、腰を振らない女は」
「……?」
ゲルルフは驚いた。
「造花売り事件、嬢ちゃんは知らないようだね。ついでに教えてあげるよ……」
ゲルルフは、服を着崩した。
「2~30年くらい前か……現イェレミアス皇帝の就任して以来、貴族の連中は一層、ふしだらな人間性が加速した。人間の価値は洗練され、才能の1つや2つでは振り向いてももらえない状況が続き、結果貴族社会の若い奴らは、経験人数が無いか100人以上、人間としての二極化が進行したんだ。そうして溢れた奴らの相手をするのは、平民上がりの、金にがめつい娼婦のみ……愛、なんていう言葉の似合う情景は1つもなかった。私はそこに、経済的な好機を見つけた。まぁつまり、モテない男・女どもにも、がめついが艶かしい相手という存在に飽きが生じてきたんだよ。そこで私は、何一つ社会経験のない、純粋無垢な男・女を育て、それら貴族に売り渡すという計画を実行したんだ。貴族から平民から何から何まで、生まれたてのガキを連れ去って、貧民街にあるうち捨てられた建物や教会で飼育した。上手く行き過ぎて驚くほど稼げたし、俺自身も随分と楽しませてもらったよ……」
上裸になったゲルルフには、傷痕がかなりあった。
「俺は帰還兵だった……何の拍子か貴族と仲良くなって、風俗に行って、戦場の後ろにはこんな幸せな空間があるのかと絶望した。死ぬのはいつも弱者だった。食って食われての外でも、食って食われては存在した。どうせ食われるなら、女を食ってから死んでやる。俺はそう心に決めている……そうだ、お前は俺の足しになるんだよ、いいか?大人の世界を教えてやる。ベストロでもベストリアンでもない、最も汚いものがなにかを見せつけてやるぁ!!!」
ノイは、掠れた声で、呼吸を荒く、そして拳に力が入った。
(逃げないと、逃げないと、逃げないと、どうやって……)
ゲルルフは、一歩近寄り、また一歩近寄った。
「助けて、ヴァルト……っ!」
ゲルルフの手がノイに触れようとしたとき、ノイは頭を真っ白にしながら鎖を引っ張る。怒号のように、叫び散らすノイは、幾度ものもがきによる鎖を赤熱させ、引きちぎった。狂乱したノイはそのまま鎖でゲルルフをしばき、転倒させる。
「死ね、死ね、死ね、死ねぇぇぇ!!!!」
ノイは気付くと、目の前に肉の塊があった。
見るも無惨な、食い荒らされたようなほどに抉れた内臓、その欠片が、ノイの持つ鎖にこびりついている。脳から液体がこぼれ落ち、モツのようなものが出てきている。ノイは吹き出た血液の絨毯に、力が抜けて座り込み、体を震えさせていた。血液が温かいのを、季節の空気が冷やす。
ノイは呆然と扉を見ていると、扉が開けられる。
「……君、は?」
翼の生えた、若干だけ老けたようで若さも兼ねた、白髪の成人が扉を開けて立っていた。服装は、ヴァルトそのものだった
「……ヴァル、ト?」
「どうやらヴァルトは気絶しているらしい。私が顕現したということは、そういうことだ」
「……オフェ、ロス」
「実際に会うのは初めてだね。だが……」
ゼブルスは眼前に広がる殺人事件に目をやった。
「ち、違うの!これは!!」
ノイはとっさに立ち上がり、オフェロスを捕まえようとする。ゼブルスはヴァルトの剣を抜いて、ノイに向ける。
「だ、だから……これは」
「正当な防衛手段だ。私が君ならこうしている。だから、その体をなんとしてもすぐに洗うべきだ。服装も変えるべきだ。全身に臓物をつけた少女を見て、これから覚めるであろうこの青年は何を思う?」
ノイは自身の体を見た。赤く滑った肌。髪の毛は染めたようになったいる。
「これはヴァルトの服だ、そんな穢れた状態で触る訳にはいかないだろう……君は、この青年を好いているのだろう?」
「なんで……」
「ヴァルトと私は脳心を通じて、会話によってのみ情報を共有できる。君の態度からして、私は推測したまでにすぎないが」
「……ねぇ、じゃあ」
「このことは黙っていよう。だからはやくするんだ。どこか入浴できる設備を、水を浴びるだけでも良い。服は浴室で着替えておきなさい。番兵には気を付けるんだ」
「……あり、がとう」
2025年6月3日時点で、997,634字、完結まで書きあげてあります。添削・推考含めてまだまだ完成には程遠いですが、出来上がり次第順次投稿していきます。何卒お付き合い下さい。




