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二話 酒豪と団長

二話 酒豪と団長


ヴァルトらは馬を連れて街へ入った。負傷した腕章付きの方々はいるが、とりわけ大きなことがあった訳でもなさそうであった。


「フアン、とりあえずお前の家が無事か確かめるか?」

「母さんが無事ならまぁそれで良いです、無事に決まってますが」

「戦えるんだっけ?」

「えぇ、なので師匠でもありますね」


ノイがフアンの隣に来る。


「えぇ、フアン、お母さんいるならここに住めば良いのに」

「僕がナーセナルが良いと言ったんですよ」

「っていうか、ナーセナルがあるってどこで知ったの」

「丘上の砦、あそこがポワティエという一家の住居なんですが、母さんはあそこで普段は警備をしているんです……家伝の拳法を売り込んだとか?ポワティエ家は元はアドリエンヌの辺境伯でしたが、今となってはアドリエンヌにおけるナーセナル。亜人・獣人と人の共同体」


ヴァルトは歩きながら背伸びをした。


「ポワティエ家とじじい、協力関係だが、それ経由でか?」

「ご明察、それ経由で僕はナーセナルを知りました。隣の部屋でポワティエさんが、あそこはより行動派だとか何とか言ってて、何か……なんでしょう?楽しそうだなぁって思い母さんとか色んな人を説得して、ここを出ました」

「砦に住んでたみてぇな言い草だな」

「住んでましたよ、一時期ですが」


馬を停め、街を散策し、フアンの話を聞きながら例の酒場に到着した。人だかりができている。


「なんだおい、昼間っから……」

「まったく……」

フアンがそこに大股で素早く、怒るように歩いていった。人だかりの手前で止まり、肩を叩いた。

「すみません、あの」

「ん?なんだよお……あっ」

「どいて、くれませんか?」


フアンの声で全員が退いた。


「何いまの……!?」

「荒事って具合だな」


集る者らによって開けられて、いま閉まった自由扉をゆっくりと開ける。

不規則に並べられた椅子と丸机、天井にクモの巣が見える。窓が多く、室内にしてはかなり明るい。


「まだ……まだぁ!!」

「全然、余裕……よぉ~~!!」


2人の人物が、客と調理場を仕切る細長い机で水差しのような杯を並べている。片方はフアンのような装いをしており、細長い管を杯の内容物に刺して飲んでいる。もう片方の様子を気にも止めないで、フアンはそこに近寄る。


「……母さん」

「…ぅう、あれぇ~?うちの子の声、聞こえるぅ?メロディ~、声真似上手だぬぃ~」


隣の誰かが話し始めた。


「へぇ、あんた……子供い、るんだ……」


机伸びるようにして隣の白装束は倒れた、吐きながら寝ていた。


「母さん?」

「うぅ?あるえぇ?」


それは振り返ったまま、固まった。


「えっる、えっとね?あぅ、飲んでる、んない、ぅよ?」

「仕事は?」

「んぅ変わっ、もるっ、よぉ?」

「そうですか」


フアンは母さんの隣に座った。知らない客人と息子に母さんは挟まれている。


「……無事でよかった、です」

「うん??何っ、えぇあ?」

「……ポワティエさんと、自警団の団長さんとお話がしたいです」

「あぁ~~メロディちゃんね、私と仕事変わってくれたの」

「団長さんが?」

「ハルトヴィンさんがデボンダーデを聞き付けて、こっちに誰かを送るかもしれない、来るとしたらあんたの子だろってね。メロディさん顔怖いけど、名前と同じくらい可愛いくて優しいんだから……でもそろそろ交代の時間で、あれぇ?」

「被害はどうでしたか?」

「ん、結構抑えられたよ、母さんも頑張ったんだからぁ、これはその報酬ぅん」


母さんは、仮面ごしに管をさして酒を飲む。空気混じりに汚い音を立てて吸われていく酒類。ヴァルトとノイが会話に入ってきた。


「よぉフアンの母ちゃん、その管、使い心地どうだ?」

「仮面付けたままでお酒飲めるぅ、さいこーありがとー」

「ヴァルト、これあなたが作ったんですか?」

「あぁ、ついでに仮面もな。めんどかったぞぉ、力加減考えながら慎重にちょっとずつくり中の木材くり貫いてってよぉ?」


その母は急に立ち上がるとノイに歩を進める。


「あれ?女の子だぁ!」


フアンの母親はノイの顔を押さえつけるように抱き付いた、酒の匂いがノイに移る。


「パメラだよぉ、お母さんだよぉ、お母さんって呼んでぇ」

「ぅぐぁ何、お酒臭い!」


ヴァルトがそのあたりの席に座る。


「いまその団長ってのはどこだ?」

「防壁の外を巡回してるよぉ」


ノイは腕の中でもがく。


「ポう……誰だっけ……なん、とっ取り敢えず離して……!」


パメラをノイは引き剥がした。


「うわぁ力、強い!ポワティエさんなら中央のお城……でもこの時間なら、また奥さんに黙ってこの辺り彷徨いてるんじゃないかな?あのじいさん、無類の亜人・獣人大好き人間で、よく家を出ては年甲斐もなく声かけてるんだよね」


フアンが酒の跡を片付け始めた。


「ヴァルト、ノイ、自警団長さんは腕章が少しだけ豪華です。髪色は茶色で亜人、犬型。名前はメロディ・ボドリヤール……交代の時間ですが、帰ってきていないそうです。捜索を頼めますか?僕は母さんと少し話をしてから、ポワティエさんを探します」

「俺ら?お前の方角が耳も良いし顔も聞」


パメラがヴァルトの前にいきなり立つ。腰に手を当てヴァルトを指差した。


「久しぶりの息子なんだから、ちょっとはいいでしょ!行ってきて!」

「はぁ?まぁ良いか、行くぞ~ノイ」


ノイとヴァルトが酒場を後にする。


「周囲は森ですから、もし外に出るなら、僕を呼んで下さいね~」

「ねぇフアン、あの2人最近どうなの?」

「ご覧の通り、何も」

「はぁ……あの子もアホだねぇあんな良い子を……」

「どっちに言ってます?」

「どっちも~、ねぇミラベル!!もう一杯!」


おそらく厨房らしき所から声が聞こえる。


「冬前にそんな出せないよ!春にして!」

「こんだけ飲んだんだからいいじゃないちょっと増えたってぇ!」

「それはお前の来年の分だよ!」

「ご褒美って言ってらじゃん!」


奥から女性の獣人が出てきた。調理器具を両手にしたそれは、酒場の店主を思わせた。


「お前が勝手にそう思い込んでたってだけだろ!?」


酒場に入ってすぐ左には階段があり、上が宿……というより、空いた場所を住居できるようにしたとも見える。そこから誰かが降りてきた。


「お母さん、厨房大丈夫?」


挿絵(By みてみん)


「セヴラン、ちょっとパメラさんのを片付けてくれないかい?」

「はぁーい」


ミラベルという女性が、パメラとフアンに話しかける。


「ありがとな2人とも、ベストロの襲撃とか色々あって、わりと皆の心削れちまってたんだ」

「まるでベストロ以外にも何かあったような言い草ですね」

「あぁ……近頃5人……消息を経った。最近は2人消えて……でもこれは、ベストロの襲撃でだろうね……でも、ここに入ってきたベストロなんていない。全部壁で食い止めたんだが……」

パメラと酒飲みの勝負でもしていたであろう汚れた装束の女が、いきなり立ち上がる。

「失踪」

「なんだい急に酔いが覚めたのかい?でもまぁそうなんだよね、ただただ不気味で……」


隣で倒れかけの酒を飲んでいた女が起き上がる。


「その話、できれば詳しく……あ、裏で話しましょう。えっとパメラさん?お酒ありがとう、息……子?さんも、ありがとう。ではオバチャンはミラベルさんと失礼しますね」



―門前―



ヴァルトとノイが馬を連れて、入ってきた門の前に来た。先ほど話した自警団員らがそこにいたが、2人とも慌てて装備を確認している。


「おい、あんたらどうした、故障か?直すぜ」

「あぁあんたらか、いやそうじゃない。実は巡回に出てるボドリヤール団長らが帰ってきてないんだが……別動の巡回から、ベストロの痕跡があったって報告が……遭遇したかもしれねぇってなって、今救援を……」


ノイが外に出て、馬にまたがる。


「いまどこにいるの!?」

「ここから北側の方向に」

「ヴァルト、行こ!」

「え?あぁ」


ヴァルトとノイは連れた馬で森へ入っていった。


「外に出るならフアンが呼べって」

「あぁ……やってる暇ルノーかなってそれで……ごめん」

「いや、まぁアリかもな」

「その……」

「死なせたくない、そんな感じだろ?」

「……うん!」

「森はべストロだけじゃねぇ、普通に狼とか熊もいるからな?」

「分かった」


ヴァルトとノイがしばらく前進すると、数人が馬小屋よりは大きな熊に見えるベストロと戦っている所を目撃した。


「名付き、フロトロス。鈍い、デカイ、そんだけ、ノイ分かったか!?」

「うん!」

「いくぞ!」


怒号のように叫ぶ熊のべストロに木々を避けながら向かう。

立ち上がり両手を広げ大声で威嚇を始める。

数人が怯えているように見える中、1人前に出て直剣を構えているそれは、フアンの言う通りとの容貌を持つ亜人がいた。大きく振りかぶって爪で攻撃をし始めたとき、ノイが馬上から頭上に飛び込み、戦棍で頭部を強打。


ノイに標的が移り、側面のがら空きをヴァルトが切りかかった。筋を切り落とし、腕を使えなくし、巡回の数人を背で守るように後退した。


「うっし、普通にぶった斬るくらいならできるな!」

「あのバーンって斬るの、できないの?」

「森で火は厳禁だ」


橙色の亜人が声をかける。


挿絵(By みてみん)


「君達ここで何を!?」

「救援だ、あんた団長だな。相手は1体かぁ!?」

「えぇ、音の感じは」

「他の奴らは無事!?大丈夫!?」

「軽症2名、だがかなり怯えている」

「俺らとあんたでやるしかねぇか」

「来るよ!!」


熊のべストロが涎を撒き散らして突撃するの、メロディが前に出る。


「君ら、まだ子供だな、それに握力がなんて?とりあえず本調子ではないということだな?下がっていなさい」


メロディは熊を見つめている。


「いくぞ!」


メロディは装備している腕ほどの長さの直剣を口に咥えて突撃していった、低い姿勢で前傾に走り、途中石を拾う。高く跳躍した。


「あいつアホかよ、ノイ!」


ノイが走るが、さすがに落下の速度には追い付かない。


メロディを食らおうとを口を開けた瞬間、腰からメロディは何か道具を取り出した。小さなそれは丁度鹿の角のように反りだした棹に、伸縮性のある紐を通したような小さな投石機であった。石をつがえ歯を狙撃し折り、痛みで悶えるフロトルスの首元に咥えた剣を真っ直ぐ差し込む。フロトロスの体毛をつかみ直剣を手で持ち、首をそのまま滅多刺しにしていき、フロトルスが倒れる。


「……まだ!」


少し下がって口に剣を咥え直し、石を拾って狙撃する……しばらくして、反応がないことが確認できた。

振り返りヴァルト達に近寄る。


「ひひはひ、はひはほう」

「……あぁ?」

「あはひはへほいほおひあーふ、ひへーはうほはうふ……」

「団長!!剣、剣!!咥えたままですよ!!」


負傷している団員がそう声をあげるとメロディは剣を口から落とした。刀身の響く音が何か物悲しい様相である。尻尾と耳が萎びていき、顔を真っ赤に頭を抱えてしまった。


「今のはその……もし良かったら、だが……忘れてくれないか?」

「善処するよ、だからなんだ、まぁ……元気出せって」


ノイとヴァルトは援護に回る。


「だ、大丈夫だよ!私だってしょっちゅうそんなこと」

「戦闘直後は興奮状態が続くこともある、少し立てば落ち着くってじじいが……」


メロディはまた顔を赤くした。


「過剰に擁護しないでくれ逆にツラいから……!」

「とりあえず全員無事だな?」

「えぁ?あぁ……ん?その武器、フアン君のみたいな……首飾りってことはナーセナルから来たのか?何かあったのか?」

「詳しいことは、酒場でどうだ?」

「そうだな、どうせパメラが呑んだくれてるだろうし、誰かが止めないと……あ、フアンくんはいるかい?あの子がいれば多少は大」

「痛って……!」


団員が1人倒れた。右足の、関節ではない部分が大きく腫れ上がっているように見える。


「どうした……これ軽傷じゃない、なんだ、蛇かなにかに噛まれたか!?」

「すみません、今さっきまで大丈夫だったんですが……あっ!」

「動かすんじゃねぇ!ノイ、できるだけまっすぐな枝かなんか拾ってきてくれ!骨折だ!」

「分かった!」


ノイは木を登り真っ直ぐな枝を折って飛び降り、ヴァルトに届けた。


「はい!真っ直ぐなの!」

「拾っ……まぁいっか、誰かテキトーな布ないか?」


ヴァルトは布を受け取り、患部に棒と布をあてがい固定した。


「防壁までいけりゃいいし、まぁこれで十分か」

「君、スゴいな」

「じじいの教育ナメんな、あぁでもノイにはできないから、期待すんな?」


ノイは不甲斐ない毛声を上げた。


「なっ!!」


負傷した団員を馬に乗せてクロッカスへ戻る最中、団員がヴァルトとノイに話しかけた。


「あらためて感謝する、私の名前はメロディ・ボドリヤール。ここの自警団の団長をやっているものだ」

「ヴァルト・ライプニッツ、そいつはノイ・ライプニッツ」

「兄妹……?」

「俺ん所のじじいが、寂しくないようにって自分と同じ名字を名乗るように言ってんだ」

「なるほど、こんな世界ですし、そうですね」


負傷した団員を詰所に預け、酒場へ戻ると、フアンとパメラが腕相撲をしていた。


「うおあぁぁ、もう一杯呑むぅううぁあ!」

「黙って負けて下さい!!」


ヴァルトは呆れた。


「コイツ、本当にポワティエっての探してたのかぁ?」

「ワシを探しとるってぇ??」


酒場の自由扉を開け、小さめな老人が入ってきた。ボドリヤールは尻尾が逆立ち、振り向き様に剣を抜く。


「なんじゃぁメロディや、お主に手は出した覚えはないぞ?」

「とりあえず後ろを取るのやめてください変態じいさん!」

「はぁ……マジ意味分からん。あぁお主がヴァルトと、ノイじゃな?」


小さめな老人がノイを見る。


「ほぉ黒髪か、良いのぉ」


ノイはなんとなくヴァルトの後ろに隠れる。


「ごめんヴァルト、アレ嫌……」

「アレって……変な奴ってのはパメラが言ってたが……こりゃあ……」

「ヴァルトくんや、そしてノイくん、とりあえずよく生き残った。まずはそこじゃな……そして、残念じゃったの……詳しいことは正直分からん。冬備えの備蓄が少し今年はありがたいことに多めじゃ、手配しとくから帰る時に持ってけ」

「助かるぜあんた」

「あのイケオジの言う通り、少し言葉が荒いの。まぁ良い、ラウル・ド・ポワティエ、ここの長じゃ、媚び売っとけよ?」

「ヴァルト・ライプニッツ。俺の媚びはクソ高い、破産すんなよ?」

「なんじゃお主それ、なんか……なんか、気に入った、それワシも使う!それで女の子手に入れるわい!」

「なんか、きちいなぁ……」


パメラが腕相撲に負けてスッ転び、フアンが手をはたきながらヴァルトらに近寄る。


「ヴァルト、それじいさんの所にあった小説の言葉では?」

「おぉ、なんだ知ってたか」


メロディがヴァルトに話しかけた。


「あの……何が?」

「なんじゃお主、聞いとらんのか?」


ラウルから話を聞いた途端、メロディは一番近くにいたヴァルトを抱き締めた。


「あぁ!?なんだ!?」


ノイが威嚇する中、メロディは目を瞑り涙を流す。


「そうかよく生き残った!!よくやった!!すまない、助けてやれなくて……すまない……」


頭を撫でるように優しく叩く。


「やめろ、そういうのはノイにやってくれ」

「えっ?あぁすまない、突然こんなこと、分かった……」


メロディはノイを抱き締め、同じように優しく頭を叩いた。


「よくやった!!」

「……うん」


ノイは目をメロディの胸に押し当てた。少しして離れると、周りが赤く、メロディの服が少し、濡れていた。


「フアンくんも」

「だぁめぇ!嫁になんか出さないよ!?」


メロディをはね除けるようにパメラが前に出る。フアンはパメラに羽交い締めのよいにされ、苦しそうに見える。


「あ、あの普通に苦しいです母さん!あと僕男の子です!」

「ダメー、あなたは大切なの!肌とか魅せちゃダメだからねー!」

「僕めったに人前で肌出しま」


フアンは絞られるも、拘束を解除される。


「球凰の宗教だっけか、くっそ田舎の」

「はい、南方のだってのは分かってます。そこの気候は湿気が多いらしく、肌を出さないことが虫や蛇から身を守る……そういった生活の知恵を伝えてるだけだと思うんですけどね。詳しくはよく分かっていないとか」

「あっちに詳しい奴あんまいないもんな。つかなんでそれがここに流れ着いたよ」

「結構長い話になりますけど、聞きます?」

「座るわ、店主!飲み物かなんか適当にいいか?」


ラウルが水を持ってきた。


「ほい」

「なんであんたが……」

「え、いや怪しい薬とか入れとらんよ?」

「ノイ」


ノイは怒った。


「飲まないよ!」


奥から店主が出てくる。


「勿体無いから飲んどいて、私が入れたから気にしないで」


2階から、3人が降りてきた。髪を三角巾でまとめた女性と、



挿絵(By みてみん)


それにしがみつく女の子、女性は1人の、血色の少し良い少年を支えている。


挿絵(By みてみん)


「その話、私達も入って良いですか~?」


フアンが階段を見た。


「えぇっと……あぁ~、シャルリーヌさんと妹のジェリコちゃん、いいですよ……隣の方は?」


少女たちは階段を降りた。


「えっとなんていうか……まず、はじめまして」

「新しい子だよ!」

「子って言わないで下さい、僕は一応大人ではあります」


抑揚はあまりなく、淡々と少年は話す。


「え~そう言うわりに結構小さいよね~」

「気にしてるんです、やめて下さい」


メロディは少年を支えに走り、足と背中を持って腕で抱えるようにした。


「……本当に大丈夫ですって」

「子供は子供らしくしなさい、足の怪我は、そう簡単には治らないです」

「なんなんですか皆して、僕をからかっているんですか?」

「思うんだけど、いつも喋り方が淡々、というか通り越して棒?だよね」

「うるさいです、シャルリーヌさん」

「ほらぁ~ね~ジェリコ?」


ジェリコは頷いた。


「共感しないでジェリコさん」


メロディはヴァルトらに、抱えながら紹介する。


「この子はその……イェレミアスから来た、らしいんだ」

「受け入れたのか?」

「子供だしな……」

「ほぉん……」


フアンが拳を強く握りしめる。


「あの、皆さん……さすがに無警戒ではないですか?」


周りを諭すために言っているにも聞こえるが、その普段より低い声が、怒りを物語る。メロディが話を聞いている。


「その人が、聖典教を信仰している可能性は?」

「無いとは言いきれません……」

「その人が、我々亜人・獣人を差別していない保証は?」

「ありません」

「だったらなぜですか!?何故、何故、皆さんは街の外に出たことはありますか?そこら中に我々の仲間が吊るされていた、人ですらも!彼らの罪は今ここで生きる我々でも、容易に理解できるはずです!50年前以降の、アドリエンヌでの、イェレミアスでの、西陸での、我々の扱いを皆さん知っているはずです!なのに何故!?」

「ではあなた方は、ナーセナルでは、何故人と亜人と獣人が、手を取り合っているんですか?!?」

「えっ?」

「そもそも我々の考えている以上に、人と亜人や獣人は……我々は、たぶんアホなんだと思う。私達の祖先や、吊るされた人々は、確かにツラい経験をした。だがそこから50年だ、いや細かく言えば49年。ベストロが現れてから1年という短い期間に起きた分厚い分厚い、各町村での奴隷身分以下の扱いを下回る行い……エトワール城の悲劇しかり、イェレミアスの虐殺しかり、しかしそこから49年が経過して、オルテンシアがベストロを一手に引き受けて、国力に余裕がなくなり、関わりが断絶した今、我々が何を思って生きていると思う!?」

「えっと……それは……」

「……君は優しいんだな、フアン君……パメラの子なだけある、ありがとう……死んでいった彼らの分まで、怒ってくれて……我々が生き残った先人から受け継いだのは、悲しみを時間で流す……それだけだ。クロッカスは祖父母の代あたりで、我々の被虐・加虐の歴史は止まっている……それはナーセナルとて同じだろう?互いを傷付ける行いは無いだろう?ハッキリ言おう、皆もう疲れてるんだ……ちょうど良いじゃないかって、先人達は全員で折れたんだよ……ここに人と亜人・獣人の街があるってのはまず、亜人・獣人と、それを擁護した人の子孫だ……もうここに悲しみはない……もう良いんだと」

「だったら、そんな清らかな場所に新しい者など」

「子供を見棄てるような社会など、消えてしまえ!」

「メロディさん……」

「我々は過去数千年の……そんな規模の差別の歴史なんて背負えない……そんな余力は、もう2世代前で消えてる……復讐だとかなんとかそんなのどうでも良い。でも目の前で助けを求める者を見棄てられる程、我々は尊厳や自負を失った訳ではない」


メロディは少年を抱き締めた。


「子供は見棄てちゃダメだ……社会性ってのはそういうもんだフアン君!でもありがとう!!我々はそんな余裕はないから、だから怒ってくれてありがとう!!」

「ありがとう……?そんな、僕は……また……これも……これは余裕なんかじゃ……」


フアンはアマデアに言われた、自分が道化であるという話を思い出した。


「……すみません、考え無しで。以後気を付けます」


しばらくの無音。


「あのそろそろ話して貰って良いですか」

「あっ、すまない…煩かった、よね」

「いえただ、えっと……」

「えっ?」


メロディから少年は解き放たれる。物腰や口調が丁寧になり、それは上流を思わせる。


「僕はあちらで、まぁ作家をしていました……ルノーとお呼び下さい。音楽や演劇、詩歌……あちらではよく愛や正義が吟われており、流行りでもあり、まぁ言ってしまえばよく売れたんです……それが堪らなく嫌いだった。僕も皆さんと同じように、あまり加虐や被虐の、その現場を見たことがなかった。でも歴史がある以上受け止めなければならない中、彼らはお互いに歴史に目を瞑り……あぁ、人同士で、ですよ?傷を付けた側が舐め合いをしているようで、ただただ気持ち悪かった……でもここに来て僕もその歴史の上に立っていることに、恥ずかしながら気付けました……ごめんなさい、僕は自分を高く見ていた……僕だけは違うぞと、有象無象ではないと。フアン様、どうか謝らないで下さい。謝るべきは我々ですし、もっと言えば聖典教の上層……枢機委員会の連中です。貴方の正義は、折ってはいけません。大切にして下さい」


フアンが少年を見る。


「君はいったい……?」


少年がフアンに近付き、耳打ちした、周囲に聞こえてはいない。


「……えっ?」

「では僕は寝ます。裏でどうせずっと聞いているでしょうセヴラン様?すみませんが僕を上へ運ぶの手伝ってくれませんか?」


厨房から青年が出てきた。


「……はぁ、仕方ない。ていうか、店の中であんまり小難しいこと喋るんじゃないよ。ここは酒呑んで騒ぐ場所、周り見てみろ」


ルノーは周囲を見渡すと、腕を組むもの、思案するもの、単純に理解が追い付かないもの、色々といた。


「……ここで注文をする場合、何が必要でしたっけ?」

「信頼、実績、あとお前の場合、少々仕事をしてくれれば……」


セヴランは裏の厨房に駆けた。


「だったっけ母さん!?」

「合ってるよ!まったく物覚えが悪いわねぇこの子は!」


裏で小言を言われながら出てきたセヴランをルノーが見る。


「では、ここにいる方々全員に何かしらを奢ることは?」

「えっ、全員!?いいのかなぁそんなことして……」


ラウルが前に出る。


「今年は備蓄が多めにある、ナーセナルへの支援も含め大丈夫じゃ心配ない、とりあえず騒いどけ、必要なのは元気じゃ」


盛大に盛り上がるかと言われればそういう訳でもない、だがその波は酒場の外まで伝播し、昼過ぎまで彼らは人だかりの中、ささやかな幸せを過ごした。フアンとヴァルトが会話している。


「しかし……お酒はともかく水が飲めるとは思いませんでした。まぁナーセナルでも飲めましたけど」

「凄いだろ」

「まさか、何か作ってたんですか?」

「まぁな、つってもクソ簡単だ。デカイ釜の上に傘みてぇなのを斜めに付ける。釜で沸騰させて湯気で傘に水を作る。傘の水滴を一ヶ所に、まぁテキトーな入れ物にすれば完成、時間はかかるが酒を作る必要なし、酔わない水分補給で労働時間を確保、何よりその辺の端材でできて安価、ナーセナルにも結構あるぜ」


「???」

「理解できねぇか?」

「凄いんだろうなぁとは思います」

「イェレミアスでも普及させとうと、バックハウス家がしつこかったぜ。まぁナーセナルへの支援を手厚くするの理由で許可したがな」

「直近で僕らが仕事をしたイェレミアスの貴族ですね?ヴァルトが聖典教のこと教えてもらったあの」

「正確に言えば、成金貴族だ……大博打が命中したってよ」

「賭け事大好きなんでしたっけ?そんなのでよくあんな可憐なお嫁さんいますよね」

「マルティナ嬢か?あぁ~まぁ確かにお嬢はアイツと似合わねぇな、そういやルノーってのイェレミアスから来たんだったか?あっちの情報聞き出すか」

「僕がやっておきますよ」

「助かる」


飲み物を取り出に席を外したノイに、セヴランと会話をしていたシャルリーヌが向かってきて話しかけた。


「ねぇ、ノイってあなた?よろしく、私シャルリーヌ!」

「あ、えっと、う、うん!よろしく!」

「なんか緊張してる?」

「えっと、えっとその……私、実はまともに外に出たの初めてなの……」

「えぇいいなぁ、私ここ出たことないやぁ。ナーセナルだっけ?いいなぁ、てか武器持ってるよね、戦えるんだ!凄いじゃん!」

「え、あぁ、ありがと」

「ん~?やっぱなんか話し方……分かった、私ノイの、外での初めての友達!いい?」

「え?」

「よし、そうと決まれば……」

「置いてかないでよ!」


シャルリーヌがノイの耳元で囁く。


「恋の話、しよう!」

「……!?」

「顔赤ぁい、分かりやすいなぁ。どうせ相手あの人でしょ?」

「だ、だれのことかなぁ……?」

「任せて、私そういうの得意。いい?何も考えなくて良いから、話しかけなさい!そしたら勝手に好きになってくれるよ!」

「それあんたが可愛いからとかじゃ……」

「押して、押して、ここからが大事だよ?スッと1回引くの」

「えっ、引く?」

「そう、ちょっと言いつらいんだけどさ。私ここの店の、セヴランって分かる?狙ってるんだよねぇ。今まで話しかけてたけど、最近来たルノーって人にあえて接近してみて、嫉妬してもらおうって作戦立てたの。さっきも、アイツと仲良いなぁみたいな、露骨に妬んでくれて……嬉しい」

「えぇ~!」


大きな声で驚くノイをシャルリーヌは、その口を塞いだ。


「声大きい……!」


少し間を空けて、落ち着いた。


「ノイちゃん、手段を選んじゃダメだよ?いつ死ぬかなんて分からないの……お母さんもそうやってお父さん手に入れたから……もうどっちもいないけど」

「シャルリーヌ……」

「奥手はダメ、いい?」


ノイは聞き入れはしたが、どこか不満そうにシャルリーヌを包容した。


「……で、この子は妹さん?」


シャルリーヌは足元を見ると、屈んだままのジェリコと目があった。


「……あぅ、ねぇちゃんその……何も聞いてない、よ?」

「全部聞かれてたね、シャルリーヌ」

「……妹にバレるのは、わりと恥ずかしい、かなぁ~」

セヴランはルノーと会話を始めた。

「なルノー……さん」

「改まって……何か?仕事ですか?」

「その……ほらアイツ、シャルリーヌだ」

「えぇ、アレは貴方に気があると思います。仕事はこれで終わりですね?」

「いやそうじゃ……えっ?」

「作家を舐めないでください。人の機微が分かるからこそ、表現に落とし込めるんです」

「……ありがとう、でも、そうじゃないんだ。頼みたいっつうかその……」

「なんです?」

「アイツの夢、歌で皆を笑顔にすることなんだよな。まぁそんな上手くないけどさ、練習とかはしてて……で思ったんだ。イェレミアスじゃ、音楽の祭典あるだろ?それに参加さ」

「ダメです」

「分かってる、ここを出してイェレミアスってのは危ないって……でも」

「いえそうじゃないんです……あなたはあの国をあまりに知らなさすぎる。その情報はどこで?」

「酒場だからな。勝手に入ってくるよ……つっても入ってきたのは今日だけど」

「では逆に広めておいて下さい。イェレミアスに行くくらいなら、オルテンシアや禁足地に行く方角がまだマシだと……女性の場合は特に」

「えっ?」

「あの帝国の、人間性の話をしています。奔放、強欲……しかも全員がそれを隠せる社会を形成している。無知のままの不幸なき陵辱、あの国は狂気だ。そんな国の祭典の、芸術の良し悪しの評価点はどこだと思う?いや言っておこう、見た目だ、作品の美しさではない、作家の艶かしさだ、あの国をじゃ僕はただの日陰者だよ。だからやめましょうそんな頼み事、彼女を幸せにできるのは、君だけで、ここだけです。僕に彼女を任せるんじゃない」

「でもアイツ最近お前と」

「分かりませんか?いえ、なら尚更あの娘にはあなたが魅力的に映るでしょう。そのままでいれば、あるいはしびれを切らしてあちらから来るかも。さて仕事は終わりです。僕は少し、話がある人物がいるので」

「……ルノー、ありがとう」

「……ここは過ごしやすいですね。何より、差別的な言葉が1つも聞こえない」

「ベストリアン?」

「誰があんな言葉考えたんでしょうね……わざわざベストロと紐付けるような。でも理屈は分かります、言葉の関連性を想起させ、虐めを加速させる狙いだったのでしょう……ここは、僕が守ります」

ルノーはフアンの肩を叩く。フアンはヴァルトとの会話を中断し、ルノーと2階へ上がっていった。シャルリーヌはそれを見て、ノイをヴァルトの所へ連れていった。

「ノイ、ヴァルトのこと紹介してよ!セヴランもこっちきて!」


2025年6月3日時点で、997,634字、完結まで書きあげてあります。添削・推考含めてまだまだ完成には程遠いですが、出来上がり次第順次投稿していきます。何卒お付き合い下さい。

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