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ブルートアウス ~意思と表象としての神話の世界~  作者: 雅号丸
第四章 傾城帝政 二幕

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十六話 主に、人が望むは悦びよ

十六話 主に、人が望むは悦びよ


城内、宴会場の周囲ではシレーヌ討伐の英雄に付随する名誉に対する人だかりで溢れていた。ヴァルトとノイは見つかり、集団が移動してくる。

城内を歩き回り、迂回に迂回を重ねる。廊下を曲がる度に楽曲は変化する。眼をどこに振っても奏者がいる中、会場である広館にたどり着いた。

ヴァルトは呼吸が荒く、ノイはヴァルトの一歩前でその荘厳な出で立ちの建造物を見ていた。


「なぁぁにこれ」

「……っ音楽祭、のっ、会場だよ」

「ヴァルト、大丈夫?」

「あんだけ歩き回って、お前っ……」

「中、座る場所あるかな?」

「そりゃ、あるだろ」

「休憩しよっか」


公館の中、劇場は静まり返っていた。舞台が観客席に向かって突き出し、複数の方向から観客が舞台を囲っている。明かりこそ灯っているが、見渡せるほどではない。


「誰もいなくない?演奏するんでしょ?」

「城じゃ音楽流れてただろ?本番前の予行も含めて、ああして外で演奏して、支援者を集めるんだとよ」

「えぇ、みんなで演奏した方が……」

「本番で支援者を手に入れられるのは指揮者、あるいは後ろ楯になった貴族だけだよ。まぁ、形だけは奏者にも支援はあるらしいんだが、色々言いくるめて、いわゆる中抜きをするらしい。奏者にしてみれば、むしろ今が本番かもな」

「そんな……私、なんにも聞かないで歩きっぱなしだった」

「まぁしかたねぇよ……ふぅ」


ヴァルトは劇場内の階段をほんの少し降り、観客席の1つに腰かける。ノイはその隣に座った。薄暗がりで、ノイはヴァルトの疲れきった横顔を見た。


「……」


目があった。


「どした」

「……弱ったんだなぁって」

「まぁ中々にキツイのはマジだ。誤魔化しもきかなくなってきやがったしな。気力だけじゃ、やっぱなぁ」

「……何か、できること、ない?」

「……はぁ?」

「いや、だから……」


劇場の外から内側に向かって、扉が開けられた。豪のある音と共に、杖を持った老人が入ってくる。


「……君が、ヴァルト君、かな?」

「……んぁ、誰だ」

「誰でも良い。まぁ、音に疲れはてて、こうして静かなところに来た、哀れな老人さ」

「……」

「隣にいるのは……そうか、ノイか。ありがとう、君らのお陰で私らは安全に暮らせている。今はもう金はないが、地位を使って君たちを支援させてもらっている。少し、話をしないか?」

「……まぁ、いいぜ」


老人は震えた足をなんとか揃えて歩き、階段を降りて、ヴァルトたちを階段で挟んだ反対側に座った。


「きみたち、あと1人いなかったか?」

「フアンか?」

「あれは、友人か?」

「それ以外に何があんだよ」

「……いや、ただ不思議に思うんじゃ」

「ん?」

「君らのこと、調べれば調べるほどに、謎が深まっていくんだよねぇ。バックハウスがどこの孤児院から君やノイ、フアンを連れてきたのか」

「ジジイ、てめぇ……」

「何、敵ではない。ただ君たちを知りたいだけの、好奇心の強い老いぼれだよ。君らがどこから来て、どこへたどり着き、何を表し、残すのか……」

「おじいさん、誰なの?」

「君にも興味があるよ、ノイさん。君の身元が分からないからと、どうやらエルヴェ・シラクが動いたようだね」

「……?」

「あの者は、風通しのよい軍隊として保安課を利用した実質的な防衛軍の設立と、科学技術に関する抵抗の払拭、確かに功績は大きいが、行動隊設立以降何一つ動きを見せていなかったんだ。それこそ、仕事をしていないように見えるほどに。それが急に、ノイさんの、いわばただの人事異動のためだけに、わざわざイェレミアスへ出張したそうじゃないか」

「……」


ヴァルトは、老人のシワが伸びるような、若返るような、それほどの気迫を感じた。


「とはいえ戸籍の確認・出生の特定なんてできるはずもない。だから、もっと話をしたいんだ、君らと……」


老人の目はノイを捉えていた。一度目を閉じて、その目やにの無い目蓋を開ける。ヴァルトの写る眼は、ヴァルトを捉えている、分からなかった。


「……君は、物というものを何と考える?」

「物っつうのは、こう……ある、物か?ジジイ、意図を教えろ」

「君のその剣でも、作った物でも、何でも良いが、それ全てだ。もっと細かく聞こう、物の価値とは?いつ価値を持つ?」

「……そこに存在する、運搬可能性なやつ。そりゃ、使える物ほどいい値が付くだろ」

「……」

「……不満か?」

「……答え方が、イェレミアス人のそれではないな」

「生まれで括るなよ、人間なんざ色んなやつがいて丁度良いだろ」

「それもそうだな。だが……物とは、ただの物だ。そこに区別はない。そののち、社会性により決まる実用性・公共性という2つの観点から、我々が名を与えるに値するという決定の後に定められる、価値観の総意だ。経済で言えば、値段。そして価値は、誰かが見出だしてから付く。歴史的・文化的に無価値とされるものだってあるよ」

「イェレミアス人はそう答えるのか?」

「いや、イェレミアスの、とくに貴族ほど小難しいことは答えんよ。そんなことを語ったところで、女も男、なびかんしな。この世界でモノをいうのは、容姿だったり、財産だったり、権力だったり、そういう分かりやすい価値を持つ存在だけさ。努力だけならまだしも、才能すらこの世界では咀嚼しがたい、無価値なものなんだよ」

「咀嚼?」

「価値を理解しようと努力することさ。見出だす能力といっても良い。貴族連中は、いま人間の価値がとても飽和しているんだ。才覚ある者同士による婚姻・出産・教育・不倫の連鎖。母数の少ない宝石同士で席を取り合い削り合い、もはや3つや4つの才能でも、振り向いてすらもえないよ。そうして価値が飽和したのち、ちょうど現皇帝の戴冠されたころから、ありえないほど過剰に、さっき言った分かりやすい価値に飛び付くようになっていった。教育方針に、全体的な指令でも下ったんじゃないかな?」

「その結果、都心近くにあるあのあからさまな卑しいくそ施設だったりがあるってことか?」

「廃墟のところ狭しにいる子供らは、しわ寄せを食らったんだろうね。私も知人が幼い娘を買っていったのを記憶している」

「ガキなんざ買ったところで……いや待て」

「子供らを親があの店らに提供しているのは知ってるだろう?そういうことさ、あの卑しい施設がある本当の目的は、上流階級で、男性として・女性として価値がないとされた哀れな連中が、自分の血を分けそれが薄まらないように、あるいは溜まった鬱憤を叩き付ける対象として、価値判断すらままならない子供という存在……それを下層階級から自主的に提供させるための、そういう施設さ」

「……国は人間みてぇに、頭が吹っ飛ぶと全身が動かなくなるんだろうな。イカれてやがる」

「少々荒っぽい言葉使いだが……君の答え方は、どちらかと言えばアドリエンヌとかの、知識人の回答みたいだね。君、家族に知識人がいるね?」

「俺の独学だって可能性は?」

「ない。経験則だがね……しかし私の経験則は信頼があるのだよ」

「……いや、すまん、話を合わせてたがつまらねぇ、もう一言も喋るな。ノイ、ガン無視しろ。コイツはアドリエンヌに報告する、いきなり話しかけてくる変なジジイがいたってな。今のもきっと噂話だ」

「……」


表情を変えない老人。ヴァルトは、顎に手を当てた。


(アドリエンヌへの報告がどうでも良いのか?コイツ、アドリエンヌと繋がってる?天使か?分からねぇ、だが隙だらけの俺らを殺さなかった。殺害が目的じゃない、目的は情報……だとしてなんだ?とりあえずこの場を脱するか?だが、ここを出て群衆に紛れても、イェレミアスとアドリエンヌ双方から狙られてる可能性は高い。群衆の中にいたら、不意遭遇で暗殺される可能性だってありえる。こりゃ、ウゼェからさっきまで逃げてたの、結構正解だったのかもな……敵は少ない方が良い、言いぶりからして、イェレミアスの関係者が館を襲った、いや仕向けた。コイツは以外と口が軽い、情報を引き出すか……?)


ヴァルトは、溜め息を吐いて深く座り込んだ。


「ジジイ、名前は?」

「ゲルルフ・デーゼナー。まぁ私が紹介できる自分なんて、それくらいだよ」

「もう一度確認させてくれ、お前が欲しいのは……俺の人生か?」

「そう、君の人生を教えて欲しいんだ。君がイェレミアスで過ごしたというその人生、できるだけ繊細に語れれば語れるほど、イェレミアスに戸籍があることが証明できる」

「……お前、どこまで俺を調べられた」

「全く……戸籍もある、保証人も。あまりにきみには内情がない」

「そんなやついくらでもいるだろ」

「行動隊にまでいく人物、それも我が国からとなれば話は別だよ。アドリエンヌと喧嘩をしたくはない、あくまで噂話の延長として、君の話が欲しいんだろうね」

「敬うクセして遠慮がねぇな」

「まぁ、元々これは本職じゃないからね。公的に動くのは好きじゃない」

「お前、お国の人間じゃねぇな。ならなおのこと言わねぇ。公的になんか文章でも持ってこいよ」

「……そうだよねぇ」

「……」

「……いや、やっぱりそうだよね。分かったよ、今度ゆっくり話そうじゃないか」

「お前、策もなしかよ……」

「私も言ったんだが上が聞かなくてね。時期を急ぐのも、やはりイェレミアス人だからだろうな。恋い焦がれにおいてもっとも大切なのは、心の機微に喘ぐこと。実際に喘き喘がせるのが最大の愉悦な彼らは、やはりどこかおかしいね。すまないね、二人きりの邪魔をしてしまって。ではごゆっくり、若い物たち。今日は月が綺麗だ、後で夜景でも眺めなさい」


老人は劇場を後にする。


「……なんだったんだ、あのジジイ」

「……ねぇ、もう喋ってもよさそう?」

「んぁ?」

「いや、絶対表情に出さないぞって思って、ずっと黙ってた」

「まぁその方がいいだろうな」

「なんか、あのおじいさん……怖い」

「まぁな」

「そうじゃなくて、その……」


劇場の扉が勢いよく開けられる。微かに部品が磨耗するような音は、足音の波に消され、香油の香りの入り交じり、もはや悪臭のようになり、群衆は劇場に入ってくる。


「……どうやら、時間っぽいな」

「音楽祭……マルティナ、大丈夫かな?」

「ジジイとハンナは帰ったし……レノーは来るのか?」

「来るんじゃないかな?だって、マルティナが演奏するのって」

「レノーが作った曲だろ?あぁ、あんまりアイツの名前出すのはアレか……」


群衆が劇場に入っていくのを、守衛の人員が見ていた。守衛は歩き別の守衛に合図を送り、その守衛は外に向かって槍の石突を三度、地面に突く。近くの守衛がそれを見る。


「どうした?」

「いや、いよいよ音楽祭ってなると、何だか気合いが入ってな」

「俺も聞きてぇなぁ」

「聞きたてぇっつうか、出会いてぇだろ」


守衛は満月に照らされており、昼間であったら反射光があったであろう向け方で、私兵が一人、屋根上からそれを確認した。


「音楽祭、開始しました」


イグナーツが戦闘になり、フアンやナナミを含め、全員がボロボロの布地を着て走り出した。


「この服装って……」

「欺瞞工作さ、魔天教はこういう服装だろ?」

「本拠地、もうないですけどね……」

「……まぁでも、無いよりはマシだ」

「ここからは確か……」

「食糧運搬の馬車に荷物に紛れて潜入」

「この時間から運搬とは……兵士たちも大変でしょう」

「音楽祭の前は宴会があるからな。城の備蓄も解放したデカやつ。それを補填してんだろ」


移動をしていき、所定の門までフアンらは走り、到着した。先頭に二頭の騎馬兵で護衛を付けた馬車が走ってくる。


「あれだ、ナナミ、手配通りに」

「承知した」


イグナーツが馬車に飛び込むと、馬車が停止した。各人員が乗り込み中身を食品から部隊へと入れ替えて、馬車は出発した。


馬車に乗り込んだのと荷物に隠れた面々は、門に到着。兵士らが持っていた書類と首飾りを見せ、すんなりと中に入った。鉄の門は開けられ、槍のように尖った鉄格子は上に持ち上げられていく。馬車が通りすがりた瞬間にそれは、処刑するかのように落下し鈍い音を立てた。フアンは荷物の中で同じ箱に詰められたナナミを感じていた。


(……入れた、ということでしょうか?)


フアンらの詰まった箱は持ち上げられる。香り高い、肉の焼けるような音のする部屋を抜けて、揺れるのが落ち着く。


「これで全部か?」

「はい、後は私どもでやっておきます」

「……あぁ、頼む。なんか、腹の調子が……」

「大丈夫ですか?」

「珍しく貴族から差し入れがあってよ、クソ高い肉だって聞いて食ったんだが……あぁくっそ!わりぃ後は頼んだ!」


急ぎ足は遠ざかり、箱が開けられる。


「あの方の配慮で現在、兵士たちに下剤を盛ることに成功しております。では、後はお願いします」


ナナミは箱から出るとまず背伸びをする。


無言のまま、各員が箱から出てきて、目配せで倉庫らしき場所から出ていった。


ナナミとフアンは倉庫の窓から外へ出ると、城の壁を登っていった。フアンが先頭に手を伸ばし、フアンを聞きながら付いていく。窓の一つ一つに接近してが耳を澄ませ、ナナミが人の有無を確認しながら昇る。


(だぁれもおらんの、兵士くらいじゃ。フアンもそれは承知なんじゃろうが、妾の方が幾分は耳が聞く。室内はイグナーツが顔が聞くから任せてあるが……)


かなりの高所まで昇る彼らを、地上の兵士らは見えていなかった。フアンは上から寒風に煽られながら、すくむことなく下を覗いた。


(意識外の潜入、本当に効果があるなんて……そこに人がいるわけないという先入観が、こうも分かりやすく……あっ、でもこれ)


フアンはヴァルトの、クロッカスでの行動を思い出した。


(武器の目新しさで意識を反らす、あれもこういう人の意識の利用だった。ヴァルト、やはりあなたは凄い発想を持っているんですね……)


フアンたちは住居になりそうなあらゆる建造物を渡り歩いて、全体を見渡せるような塔の一つに登っていく。塔の中と外から、入れ違いで人員が変わる。登る音は段々と近寄ってきて、扉を開ける音が鳴る。


(交代直後……三名か。いまなら警戒度も少ない。どうやろうか……)



フアンは壁の石材から破片をいただき、硝子のない窓に投げる。ナナミは合わせるよいに塔の反対側へ移動した。


窓を覗き込んできた兵士に対して、逆手で上から剣を振り下ろし、喉元を刺して奥へ押し込み、そのまま入室した。ナナミはフアンと同様の行為を行って敵の首を降り入出、同時にフアンが残り1名の腰が抜けているのを見て拘束した。


「……ナナミさん、聞き出せそうですか?」

「どうじゃろ、雑兵に教えることでもないしのぉ」


ナナミはフアンから刀剣を預かると、切っ先の刀幅で持ち上げられる。


「なんぞ、我等に益になりそうなことないか?」

「きき、きみらが何者か、し、し知らない……か、から……何、を、だ誰を狙ってる?そ、それが分からないなら何も」

「なんでもよい、要人のありか、交代の時間……」

「要人……陛下か?陛下の場所を知ってるとしたら、あいつらしかいないだろ。いつも要人警護やってる、ほら」

「……ナハトイェーガー?」

「そ、そうだ。俺みたいなやつが要人の場所は知らないけど……えっと誰だっけ、そう、えっと……あいつだ、ドルニエ。そいつなら、この辺りに配備されてるはずだ」

「……で、それが何を知っておる?」

「……そこ、までは」


フアンが音を聞いていた、周囲が気づいた様子はない。


「まぁ、ドルニエの配備がこの辺りだとは知っておるな。じゃが、情報を知っている可能性もなくはない」

「ですが、あたらこうして痕跡を残すもの……」

「それもそうじゃな……こやつどうする?片付けるかえ?」

「いいえ、協力してもらいましょう」


フアンの更なる剣での撫でに、兵士は震え上がった。


「……はいっ」


窓に差し掛かる満月の月光に、フアンは眩しさを感じる。その満月は、鈴を反射し、肌に馴染み、ゆっくりと艶やかに、その黒くて紫色の、おそらく何かの制服であろうその胸元の少々弾けた衣類を着た、紫髪を照らし出す。季節に違い、唇はツヤがあった。


「……この満月、先入に向いてなさすぎますね」

「月、か」

「何か?」

「……いや、きっと綺麗なんじゃろうなぁと」

「あぁ……その目、生まれつきですか?」

「いや、後からじゃ。まぁ色々あっての」

「……あとで、そちらの言葉を教えてもらっても?」

「どうした、藪から棒に……」

「いえその……あぁ、それよりもドルニエです」

「この塔から、見えぬか?」


フアンが塔から辺りを眺めると一人、兵装の豪華な人物がいる。


「あれです。事前に聞いてる容姿とも噛み合う」

「さっそく仕掛けるぞ、そやつに指示を」

「はい」


震えた足で塔を降りていく兵士は扉を開ける。守衛はおぼろげな足取りでドルニエに接近する。その肩には、やけに縦長の木箱が担がれていた。ドルニエがそれに気付く。


「……ん?どうした君」


ドルニエは、箱に貼られた張り紙を見る。


「水厳禁……銃か何か?」

「それが、中身が分からなくて。中身は詰まってるようですが……たぶん、届ける場所を間違えたのかと。倉庫に運ぼうと思ったのですが……えっと、今、えっと……」

「どうした?」

「上の連中も、腹を下してるらしくて、今私が離れると、塔が誰もいないんです」

「私が塔を?」

「いいえ、ドルニエさんはナハトです。何かあったとき、すぐ駆けつけられるために、移動しにくい場所にいるのは危険かと……」

「では私が運ぼう」

「……ありがとうございます。倉庫ですが、おそらく三番倉庫です」

「三番……地下のか?あそこは葡萄酒とかが入ってるはずだぞ」

「ここから兵器の倉庫までは遠いので、環境の安定している場所に一度置いて、後で私が倉庫まで持っていきます」

「なるほど、いいね。気が利いてるじゃないか。分かったよ、持ってく」

「あっ、ありがとうございます!では、失礼します!」


ドルニエはやけに重いその箱を持ち上げ、回廊を渡って階段を下った。


(あんなに気の良いやつ久しぶりにみたな、後であいつの名前聞いておこう、昇進させるべきだな)


ドルニエは守衛に挨拶しながら、階段を下りきり、部屋に入る。扉を閉めると、ドルニエは深く息を吸った。


「すぅ……ぁあ良い匂いだ。葡萄はいい……あと少しで、ここの酒が飲める」


ドルニエは箱を壁に立て掛ける。背を向けた瞬間に、ドルニエは異変を感じ懐からやや切り詰められた銃を取り出す。しかし、すでに切っ先が喉元にあり、さらに撃鉄も起こせなかった。


「俺は女に騙されても、男には騙されない人生だったが……ひょっとしてさっきの男は、工作員か?」


フアンとナナミは箱から飛び出て、フアンの刀剣が喉元にあった。ナナミは摺り足で相手を包囲した。


「女もいたか……道理で騙される訳だ。俺も嫁に騙された、まぁ結果幸せだけどな」

「酒、飲みたいんじゃろ?」

「負けだ。で、何が知りたい?」

「皇帝の、寝室」

「それは、隊長に聞かないと分からないな。あの人なら絶対知ってる。何故かって?ナハトは元々は要人警護が主な任務だったからさ。ここからが大切だが、諜報活動ってのもあったんだ。50年前のベストロの進行があってから、他国との交流は途絶えた。そこで任務が、ここレルヒェンフェルティアの周辺防衛に変わった。成り立ちが身辺警護、さらに諜報といういわば国の暗部をも担う。なら、知っててもおかしくはない、だろ?」

「……では、お主は何も知らんということか」

「あんたら、目的は?」

「……」

「もし、この国をひっくり返そうとしてるってなら……いや、まぁどうでもいいか。あぁ、でももしそうだったら、俺を仕事のない、そして高給なところに置いてくれ。酒の面倒を、俺は嫁とやっていたいだけなんだ……それしか、未来はない」

「……?」

「この国の惨状を見てみろ……誰が希望を持てる?貴族だけが肥えて、その上で税金のほとんどが、オルテンシアの帰還兵制度に使われ、平民への還元はない。あんたら、魔天教か?いま政権を奪えれば、人間を味方に付けることだって可能性さ。上手いやり口だ」

「……」

「隊長と……そうだな。俺以外のナハトイェーガーの居場所は知りたいか?」

「……いちおう」

「地図は、あるか?」


フアンの袖から出た地図に、指を指していった。


「順に……ウーフー、メッサーシュミット、フォッケ・ヴォルフ副隊長、ユンカース隊……なんだ、この付いてる丸印とほとんど変わらないじゃないか……よほどいい諜報を……ん?」

「……」

「知ってるか?ナハトイェーガーにはいま、欠員がいる。メッサーシュミット……兄弟だったんだよな……そうか、道理で」


男は目を瞑り、溜め息を付いた。


「先輩、マジであの話の女、追ってるんすね……」

「何を?」

「いや、ただの独り言だ。さぁ、気絶でもさせてくれ。目が覚めたら、娘の顔を拝みに帰るからさ」


ナナミはドルニエの首後ろを、小指球の側面を刀のようにして叩き付け、鈍く小さな音と共に倒れた。銃をフアンは受け止める。


(兄弟……諜報……女の……まさか)


―城内 閉所―


剣の擬きに矢をつがえ、3人が正目で背を向ける男にそれを向けた。うち一人が先頭に立つ。


「……手を上げろ」


背を向けた男は両手に爪を装備している。振り向くことはなく手を上げ、ゆっくりと膝を付いた。


「あなた方ですか?守衛の兵士たちに下剤を盛ったのは……兵糧への関与はかなり難しいはずですが」


「難しい?結果はこうさ、メッサーシュミット」

「そうか、あんたか……忘れたのか?我々の罪を」

「知ってる、だからこそ、これは償いでもある。俺はアイツを救う……生きているなら、希望を見せたい。世界を嫌うにはまだ早いと……」

「いいえ、貴方を好くのにはもう遅いんです。我々の罪は、この街の惨劇が知っている」

「……!」

「あなた一人で償って、誰が笑顔になりますか?少なくとも、貴方の行った女性は、幸せになることはない。彼らを殺したのは……我々なのですから」


2025年6月3日時点で、997,634字、完結まで書きあげてあります。添削・推考含めてまだまだ完成には程遠いですが、出来上がり次第順次投稿していきます。何卒お付き合い下さい。

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