十二話 勝者の美談と敗者の醜聞
十二話 勝者の美談と敗者の醜聞
夜。満月の欠けのが何1つとしてない、決して近くはないが、遠くであるとは思えない月光が、館の数々を、倒壊した家々を、そこで落ちた累々のネズミなどき食べられていない残りを照らし出した。
館の玄関の上に設けられたところに机や椅子が並べられているが、そのにいる四人は座ってはいなかった。
ヴァルトは建物の壁にもたれ掛かる。
ユリウスとマルティナは、外側に敷設された腰あたりまでの防護柵に手を掛けている。ハルトヴィンが、壁にある扉から入ってきた。
「じじい、急になんの用だ」
「いや、1つ話をせねばならんと思ってな。すまん、少し遅れたな」
ヴァルトは椅子に座った。足を組んであぐらをかく。
「……で?」
ユリウスが、柵に手を掛けながら、空を、月光を見つめている。
「……この革命について、ですよね?」
ハルトヴィンは、後ろで手を組んで歩く。
「困窮、ひっ迫、飢餓、虐殺。国が変わる転換点としては、確かに正しい。じゃが1つだけ贅沢を言えば、その変え方が暴力である必要性を、改めて考えるのじゃ。その必要が、果たして本当にあるのかどうか。お主らは、高い確率で、この世紀もっとも人の命が貴重なこの瞬間に、命を奪うのじゃからな」
「……じじい、また意味の分からねぇことを」
マルティナはヴァルトに向かって歩く。履き物の高く細い靴底が石の床に鳴り響く。
「いえ、これは正しい意見です。結局、既得権益や上層によって、強引な政治が行われてきたのがイェレミアス帝国の実情……」
ハルトヴィンは、マルティナに歩む。
「暴力的な政治に対して、それを暴力的方法で解決したとして……それは、ただの首のすげ替えにしかならないんじゃない、そういうことですか?」
「お主は、そう考えるのじゃなユリウス」
ヴァルトは、机に肘を付いて、一点を見つめる。そこはどこという訳でもない。ユリウスは、ハルトヴィン前に立った。
「……ゲオルギウス」
「聖典教、初代ジョルジュ。ベストロを奈落へと追いやったという、あの?」
「そのことを考えてると、やっぱ思うんですよ。切った張った、そういうのの果てにいる人が、はたして本当にまともな人間だったのかなって。戦うのが大好きって感じの人のだって、勿論いる。戦闘狂って言い方が、恐らく当たってるんでしょうかね」
「続けよ」
「正しいかどうかは、あとにそれを知って、覚えた人間がどう考えるか、どう決めるかです。ゲオルギウスがひょっとしたらただの戦闘狂だったかもしれない。女や子供を乱雑に扱う、酷い奴だったかもしれない。歴史の残るのはいつだって、勝者の美談と敗者の醜聞だ。俺らより後ろに生きる人間がどう俺らを評価しようが勝手じゃないですかね?人は、どうせ何処かで人に点数を付ける。暴力を暴力で解決することを見て、それは正義じゃないと抜かすのがいたら、きっと暮らす世界が平和過ぎるか、正義を語って気持ちよくなってるアホです。さっきじいさんが贅沢を言うならとか言ってたのは、そういうことですよね?だから、気にする必要はない……何より、人々を苦しめるという観点でいえば、イェレミアスの上層もベストロも大差はありません。ベストロに言説で立ち向かうような下らないのがいないのと同様、イェレミアスの上層に立ち向かうのに、武力を使わないのは下らない、僕はそう考えますかね。だから、やめないですよ」
マルティナは、続けた。
「この計画が、この国の為になるかなんて少しも分からないです。我々が政権を仮に握ったとして、何ができるか……これは、確か計画に組み込まれていることなのですが、仮に政権を握れたとしても、貴族の処刑は行わないとしています。紛いなりにも彼らとその血族には、お金を溜め込む力がある。そして、溜め込んだ財産で独占してきたのは財産だけではない。その知識・経験もまた独占していた。それも資本と同様、価値ある財産だからこそ、私はことはしたくない……奪われた人間の権利・歩めたはずの道の、埋もれた数のことを考えれば、あるいは死よりも辛いほどに、彼らから全てを頂きたいです」
ハルトヴィンは、ヴァルトの前に来た。
「……ヴァルト、お主には何も聞かん」
「はぁ?じゃあなんで呼んだ」
ハルトヴィンは、ヴァルトの前に座った。机を挟んだまま、時間が流れた。
「なんだよ」
「……すまん」
「……?」
「弓剣の件じゃ。ワシは、お主に人殺しの片棒を担がせた……」
「……」
「前々から、この国の実情と、この計画のことを知っておった。私兵強化の為に、特科礼装に近似するような、特別な武器を求められた」
「じじい……」
「……断ることをせんかった。力で勝てるならば勝つべきじゃ。生きられるなら、生きるべきなんじゃ。何もできず、絶望の中で散っていったあいつらを考えるとな」
「じじいの言ってた村に、確かに処刑されたっぽいのがあった……」
「そうか、あぁそうじゃ」
「ユリウスとかにも、まぁ色々言いたいことはあるが……押し付けんなとは言えねぇよ。できることはやらねぇと。それに金持ちには媚売っといてなんぼだ」
「……」
「許す方がじじいはキツイだろ、とりあえず許しといてやるよ」
「そうか」
「じゃ、俺は……そうだな、他に何か作れないか工房にでも行くわ」
「ヴァルト」
ヴァルトが立ち上がって扉を開けた瞬間、ハルトヴィンは止めた。
「……大丈夫、か?」
「はぁ?」
「……いや」
ヴァルトはその場を後にした。残され、たった独りかのように立ち尽くすハルトヴィンがいた。ユリウスが訪ねる
「……大丈夫ですか?」
「いや……だからこそ、お主に弓剣を作らせたんじゃ。頼む、何か……いや、無理か」
「……じいさん、ボケちゃった?」
「すまん、奇っ怪なところを見せたな」
「……何か、目的があったんですか?」
「……ここからはアヤツにしか分からん。いや、ワシは、アヤツのことを何も知らんがの」
マルティナが首を傾げる。
「ヴァルトさんのこと、が?」
「ヴァルトというのもただの予測なんじゃ。ワシは、イェレミアスとハーデンベルギアの間には、距離的に情報格差があることを理由に、ナーセナルの更なる協力者を求めて向かっておった。街に向かっていくと黒い煙が立ち並び、しかし炉の炎が原因とは思えない。悲鳴の数々が、その一瞬を吹き飛ばした……」
ユリウスとマルティナは、黙っていた。
「進んでいくと……茂みを向いて、目を半開きで、呼吸をせず、目の泳いだ少年がいた。ワシは馬で動いておったが、馬車でもなかった。脇目もふらずにその少年を拾い上げ、ナーセナルへ引いた」
「じゃあ、それが」
「あぁ……声をかけているうちに、少年は次第に泡を吹きながら答えたんじゃ……ジーク、とな」
「……ジーク、ヴァルト」
「かなり古くさい名前なのは知っておる。じゃが男児でジークとなると限られる、ヴァルトが一番しっくりきた気がして、そのまま呼んでおるんじゃ」
マルティナは、ハルトヴィンに目を向けた。
「では、ノイ様やフアン様も」
「いや、ノイはくるまれた布地にそう刺繍があったんじゃ。マルティナが知らんとなると……ユリウス」
「知ってるよ、俺の親父だろ?ノイちゃんをナーセナルに連れ込んだってのは。つい先日、戸籍上関連のことで行動隊の、監督みたいな人が来たんだ」
マルティナはユリウスを見る。
「そう、だったのですか……?」
「あぁ、エルヴェ・シラク。でも知ってるのはここまでさ。当時俺は……」
「六歳くらい、でしょうか?」
「いや、ちょうど家にいなくってさ」
「あぁ……もぅ」
「いや、そんな感じにならなくてもいいじゃないか……ただ都合悪くいなかっただけだよ。でも……その当時のことで調べたことがある。それに、遺言付きで渡された箱もあるし」
「そんなものが?」
「中身は、全てを終わるまで読むなだって」
「すべて……」
「この計画ってさ、あぁ、じいさんにも言ってなかったけど、実は親父から引き継いだ計画でもあるんだ」
ハルトヴィンは驚きはしなかった。
「そうか」
「驚かないの?」
「バックハウス家の反乱の計画は、あるだろうとは思っておった。ワシがバックハウス家を最初にどう味方につけたかじゃが、そうした計画を見抜いたうえで、遠回しに武器供与などを行うことを提案したからじゃ」
「だから弓剣の件、断らなかったのか」
「……で、その託されたものというのは?」
「箱のくせ、察するに手紙なんだろうな」
マルティナはユリウスに近寄る。
「あの、ノイ様のことについて分かることはありませんか?あのお三方のなかで、もっとも現状身内が分からないのって、ノイ様ですよね」
「事件とかないのかなって、少し調べたことがある。そのとき、たった一度だけ耳にしたんだ……城内で殺人事件があったって噂をさ」
「城内で?」
「関係があるのかないのか。そもそもそんなことがあったのか。親父に何があったのか……もう聞けないけど、何かに巻き込まれたんだろうなぁ。俺は当日家にいなかった日があって、うわさが流れたのがその後だったんだよ。関係ない、とは思えない」
ハルトヴィンは、ユリウスを見た。
「……あやつ、最後はなんと?」
「箱は、すべてが終わってから開けろ……たぶんこの革命のあとって意味だな。最後くらい、面白いこと言ってくれたらよかったのに。あんまり喋らなかったし」
「そんなもんじゃろな。いつだったかあやつがナーセナルに来たときも、なんら話をせんかった。ただ……やけにノイのことを見ておったな」
「親父の趣味だったり?」
「どうじゃろうな、中々の女難だと聞いたことがあるが」
「あぁ、やっぱり?なんかそんな感じしてたんだよなぁ」
「しかし、結局お主を授かっておる」
「まぁねぇ」
マルティナが手ユリウスのを握った。
「……」
「大丈夫だよ」
ハルトヴィンは、それを見る。
「……産んですぐじゃったか」
「体が弱かったっての、あると思うよ。だからこそ親父を選んだんじゃないかな。親父、極限までヘタレだったし、きっと母さんからだよ」
「……あやつは、とんでもない人生じゃっただろうしな」
「何か聞いてるんですか?」
「あやつがナーセナルに来たときじゃ。ヴァルトを保護して、ちょうど2年くらいじゃったか……」
「……?」
「完璧とは、末恐ろしい。いくらかの欠点より尚たち悪い。完璧という像は、誰よりも人を騙し、嗜み、しかし正しく存在できる……まったく、よほど卑しい女に捕まったのかと思うたわ。お主の母はよほど巧みにあやつを落としたらしいな」
「ははっ、そりゃ傑作だ!親父、人間不信だったってか!」
2025年6月3日時点で、997,634字、完結まで書きあげてあります。添削・推考含めてまだまだ完成には程遠いですが、出来上がり次第順次投稿していきます。何卒お付き合い下さい。




