八話 パトロン
八話 日輪
「お主ら立たんか。実戦では、敵は待ってはくれんぞ」
ナナミは、眼前で倒れ込む人々を一喝していた。
「日輪だったら雑兵以下じゃぞお主ら……イクナアイツ、これはどうなっておる」
「イグナーツ隊長……です」
「お主には聞いとらん、はよう立たんか。ほんの三百、素振りしただけではないか」
「……百とかならまだしも、これは」
「うぬらそれでも兵か?やること成すことの大きさに、潰されてどうする。意図した通りに振れん刀剣など、あってないようなものじゃぞ」
イグナーツは立ち上がって、ナナミに寄った。
「……いやしかし、これはどうなんだろうな。頼んでおいて言うのはなんだが、あと一週間もないんだ。できれば座学あたりを」
「そういうが、革命とやらは付け焼き刃でどうにかなるものなのか?」
「……いや、ここからさらに徹底していくっていう話だ」
「こやつらの特技は、確か1対1をしないことにあるんじゃったか」
「あぁ、そりゃあ戦士としては不粋かもだが……」
「なに、勝てば良いのじゃ。そこは良い……じゃが、単純に体力がいくばかりか少ないのじゃ……まったく、日輪の女児も、ここまでではないぞ」
「日輪じゃあ、みんな戦えるのか?」
「何十年と戦国の中じゃと、頼れるのは自分くらいになる。ここもそうじゃと思うておったが、少し違うようじゃな。体格では日輪の人間に勝ってはいるが、根性と器用さには劣る。根を上げるまでの早さは死ぬまでの早さ……これはおじじの言葉じゃ」
「夜修羅って言ったか、国賊感はあるが、その実、ただ国のために動いてる感じもあるよな」
「まぁな」
「……で、どうだ。日輪のこと話す気にはなったか?」
「革命が終わってからじゃな」
「理由は?」
「その段階に入ってからでないと、この情報は開示できん。色々と面倒になるからじゃ」
「革命の面倒に?」
「そういう訳じゃ」
「……信じよう」
「聞き分けの良い男は、悪い女に捕まるぞ?」
「もう捕まってるさ、ずっと……」
「ほぉ、まぁ搾り取られんよう気を付けい。まぁ取られて嬉しいなら別じゃがな」
「で、何か座学はないか?」
「であれば、まず作戦の詳細を知りたい。妾の知識が使えるかどうか全て精細しよう」
「分かった。みんな、休憩しててくれ!」
イグナーツは指示を出した。何十人が一斉に疲れを声にしながら、冬場に汗をかいて、肩を揉んでいた。
「肩ばっか使っとるのぉ、もっと全身使ってじゃなぁ……」
イグナーツと室内に入り、部屋に向かう。入った部屋の机に、見取り図などが置かれていた。ナナミは耳飾りの鈴を鳴らす。
「まぁ、ここでいいだろ……そこに地図を広げる」
「口頭だけでも良いぞ」
「あんたはそうでも、俺は無理だな」
イグナーツは、見取り図のようなものを広げた。
「……どこの地図じゃ」
「音楽祭の会場、そしてイェレミアス帝国政府関係が全て押し込まれた、この国最重要拠点……エクメーネ城だ」
「行政区といったら宮殿のような気もするが、城なんじゃな」
「元々イェレミアス帝国は、聖典教の傘下に入る前は軍事国家だったんだ。周辺諸国をひたすら征服していたらしい。俺の予想だが、聖典教の傘下に入ったのはそれら民族を統一するためだ。現に、今は誰がどの国の血を引いてたかなんて分からない」
「で、どうやって侵入するかじゃ」
「まぁ待て。そういう訳で、城は攻めにくい構造になってる。城壁、城門、監視塔、どれも古臭いが実に利にかなった構造だ。警備も万全、だから内部から一度崩す」
「……続けよ」
「まず、ユリウス様やマルティナ様の付き人として、内部に仲間を潜入させる。そして、その仲間がお色気作戦を決行する」
「なんじゃそれ……そんなのにひっかかる兵士が」
「兵士こそ、もっとも引っかかるんだよ。兵士はすぐ死ぬ、だか女には人気がないんだ」。俺らが突入するとき、看守はそいつと監視塔にいる」
「正面きって、入るのか?」
「いや、側面の城壁からだ。問題は城壁だがな……」
「上に監視は」
「それも仲間が片付ける……だが、そこからだ。壁を越える訳だが、内部に危険物を持ち込める訳じゃない。警備が貴族の誰もをベタベタと触るから、事前に持ち込むのもむずかしいし」
「つまり、我々で城壁を登る?」
「あぁ」
「……まさかそこで手詰まりじゃと?」
「……登り方が、な」
「……日輪が上なのか、うぬらが低すぎるのか」
「何かあるか?」
「当日は貴族をもてなす準備で荷馬車の流入が多いじゃろ?どうせ」
「そう、だな」
「バックハウス家なら、いくつかその荷馬車に紛れ込ませて、うぬらを潜入させられるではないか……武器もそんとき持ち込めば良い」
「なんで、そんな簡単な物に行き着かなかったんだ……??」
「……妾も知ってるからこの作戦が言えるだけじゃな。すまん、自分で思い付いた訳でもないのに」
「いや、いいんだ。だが……マジかよそんな簡単に」
「鎧は着るのか?」
「できるだけ目立たないにもしたいが……軽量の鎧で西陸の武器は防げない」
「変装はダメか?」
「音楽祭では、一部場内は立ち入り禁止だ。その禁止の場所に潜入するのがこの作戦。どの道、隠れながら移動するのもあって、変装は意味がない」
「なるほどな」
「そうなると……城壁からは、音楽祭で振る舞われる料理に使われる、食糧の箱に入って中に潜入していく。そのとき、箱に入る組と、外から城を登って潜入する2班に別れる」
「その理由は?」
「全滅を危惧っていうのもあるが……イェレミアス皇帝の寝室の場所が不明だからだ」
「ほぉ、では妾たちで見つけられたら……」
「部屋に入って潜伏、相手が入ってきたら……」
「そこで作戦成功か。待て、確かフアンが言うておった、マルティナも参加するのじゃろ?あやつは寝室がどこか……まて、寝室?」
「音楽祭の詳細の説明がなかったな。音楽祭は、各貴族の持ちよった楽団や奏者によって繰り広げられる大会だ。全員が数に限りのある〝今年の名曲〝という枠を狙ってくる。それに選ばれた奏者や楽団、代表者は貴族の中でも上位の貴族から援助が約束され、最優秀の枠〝神曲〝という枠に入れれば……」
「その貴族は皇帝の援助が得られる?」
「いや、その貴族で選抜された女性が皇帝の寝室に呼ばれる。パトロンとしての手続きといわれているが、女性限定という時点で実際何をしているかは丸見えだ。援助といえば聞こえは良い、つまり肉体関係を構築する機会だ」
「なるほど合点がいった。妾は、レノーという青年からあることを聞いておる。援助……なるほど」
「音楽祭の醜さが分かったか?楽団や奏者の代表者は常に、貴族で、各家系一番の美男美女、勝っても負けてる、奏者も何もかも、結局はさらに上層の玩具、強欲さの捌け口でしかないということだ」
「マルティナは大丈夫なのか?」
「ヴァルトくんに色々と作らせてるらしい。自分を守るためのものをね」
「俺たちで寝室を見つけられない場合、マルティナが殺す」
「導線は完璧じゃな」
「だな。しかも噂じゃ、このとき皇帝は警備を配置しないらしい。どんな派手なことをしてるのやら……」
イグナーツの声に、疑問を持つ。
「悲しそうじゃな」
「……俺の惚れた女、国に連れていかれてよ。まぁ少し特殊なんだが……それっきり会ってなくてな。アイツ、せめて幸せであって欲しいんだが」
「お主が革命に参加するのは……まさか」
「……もう一度、会いたい」
「正気か?」
「……正気で生きていられるかよ。自分が惚れた女が、会ったこともない奴の玩具になってるかもって思うとよ」
「いやそうではない。なぜそんな薄情な女にこだわる?お主の隣より、捌け口になることを選択したのじゃろ」
「俺がそれを選ばせたんだ。アイツは少し、特殊だった。俺が……」
「……」
「っていう感じでよ、うちの兵士は何かとこの国に因縁持ってるやつが多いのさ。がさつに扱われた元娼婦、知らない子供を育てる親、家族がいきなり連れ去られた連中」
「士気は高い訳か」
「恨み、恋心……それ以上に上質な士気はないな」
「恋かぁ」
「お前、あっちで男はいたのか?」
「興味を持つ前には消えとるか、消しとる。忍びとはそういう、俗世の笑顔からは遠いんじゃ」
「夜修羅……キツかったか?」
「産まれよりは、幾分マシじゃよ」
2025年6月3日時点で、997,634字、完結まで書きあげてあります。添削・推考含めてまだまだ完成には程遠いですが、出来上がり次第順次投稿していきます。何卒お付き合い下さい。




