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ブルートアウス ~意思と表象としての神話の世界~  作者: 雅号丸
第四章 傾城帝政 二幕

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七話 異教の聖書

七話 異教の聖書


埃の目立つ、書籍の詰まった部屋。レノーとハンナはそこにいた。書棚の1つにハンナは目を向ける。


「アドリエンヌに花束を、そして誰の疑惑だった……このあたりは小説が多いね」

「呼んだことはありますか?」

「ううん、無いかな。私、ノイ姉さんほどじゃないけど、文字とか苦手で……あぁ、ごめんね。作家の家の人なのに」

「いえ、そもそも書籍というのは高価な代物ですから仕方ないのもあります。貴族でもない限り、そのような造詣がある、そんな必要もないですしね……あった」


踏み台を登ってレノーは、一冊の本を取り出した。


「小説の場所にあるなんて……まったく、異国の聖書だからって」

「それは?」

「聖典、それもミルワードのです」

「創作……ねぇ、でも本ってぜんぶそうじゃない?」

「聖書が創作物だとしたら、信仰が、ただの遊びになります。誰かが救われること、それ自体を虚空の消し呼ばすこと、それはもはや悲愴それ自体です」

「そう、だね。で、なんでそれを?」

「ヴァルトさんに頼まれたんです。時間があったら持ってきてくれと。丁度、ひとしきり作曲も終わりましたし」

「音楽祭のだよね、良かった、完成したんだ」

「というより、前々から準備していた曲だったんですよ。流行りを覆したい……それは作家としての夢そのものです。あるいは僕自身を流行りにするとかですね」

「頑張ってね、練習。楽器の演奏も」

「いえ、それはマルティナ様の仕事です」

「そうなんだ、へぇ」

「……似合いますね、それ」

「えぇ?」

「給仕の服です。所々あるヒダ飾り、いいと思います」

「ありがと。給仕の人がさ、これ良くない?って着けてくれたの」

「きっとあの人も、思っていると思います」

「……うん」


ハンナは自身の指輪を眺めていた。窓から部屋の中に入る微かな光が、埃被った部屋の中で、眩くそれを輝かせる。


二人が部屋を出ると、廊下の先にヴァルトがいた。


「あっ、ヴァルトさん」

「おっ、なんだもう探してくれてたのか?」

「はい、ちょうど暇だったので」

「貸してくれ」

ヴァルトは聖書を受けとると、歩きながらめくっていき、別の部屋に入っていった。

部屋の中にいるフアンは、椅子に持たれて、崩れた体勢だった。


「ありましたか、聖書」

「お前、大丈夫かよ」

「えぇ、連日訓練に訓練ですからね」

「ビビったぞ。お前、まさか暗殺部隊に志願するとかよ」

「ナナミさんを誘おうと話しかけてみたら……お主が戦うなら、まぁ先生として見ておかねばと。そのときはまぁ話を流してしまったのですが、気が付いたら僕も暗殺部隊に所属を」

「お前、ちゃんと断れよ」

「実は、元々そのつもりだったんです。僕は……ちょっと大きな話になるんですけどね。この国が安定すれば、他国に連絡してベストロや兵器の情報を集めて、全ての敵を壊滅させられる。そんな気がするんです。例えばミルワードだったり」

「……そいつは無理だろ。技術をそう簡単に渡すとは思えない。俺らが支払える対価がなけりゃな」

「対価……この国だと何があるんでしょう?」

「さあな。あるとすりゃあ貴族の美男美女連中くらいだ」

「それを対価にした場合、この国は終わりですね、社会的に」

「かもな。だが奴らなら嬉々として自分を差し出すだろうよ、金づるだぁってな。とりあえず、考え直せ。あと聖書持ってきた」


ヴァルトは机に聖書を広げる。ベストロの記載などは確かにあった。


「なんだっけ、こっちの聖典教の……」

「西陸、アドリエンヌの聖典教はカヴェニャック派。北部島国、ミルワードの聖典教はプレイステッド派」

「カヴェニャック派と比べると、プレイステッド派のは少し違うな。なんつうか、もっと現実離れしてる。ユリウスが言ってた、リヴァイアサンってのは……こいつか」


聖書の最後の方に、様々なベストロと思わしきのが記載されていた。コウモリの翼を持つ、両方の目が6つ、尖鋭な甲殻や鱗で全身を覆った蛇が描かれており、両開きに描かれていたそれは巨体であるのが伺える。


「……ぜんっぜん違うな」

「見せて下さい」

「ほれ」

「これは……コウモリの羽根、ですか?」

「コイツじゃねぇ、ってことになるが……」

「そうなると……いや、あるいは亜種のようなものなのでは?」

「つまり俺らが見たのは、リヴァイアサンの亜種?」

「……っていうことなら、辻褄が合うというだけですけど」

「こりゃ手打ちだな。情報無し」

「……となると、次の情報元は」

「あぁ、ヴァーゴ・ピウス……どこにいるかなんてさっぱりだがな」

「どこでしたっけ、怪しいところ」

「外務省」

「重要な職務であったら、例えばどこでしょうか?」

「一番上」

「……外務省大臣ということですか?」

「まぁ、都合良く色々とできる階級だとそこだな」

「では、それを調査するのですか?」

「いや……どうだろう?」

「まぁ、しらみつぶしにやっても、いるかどうか分かりませんしね」

「だが、もしあの革命ってのが成功した場合」

「管理する側であったら、それは非常に困りますよね」

「俺らが革命で現地に入れば、あるいは面を付き合わせられるかもしれねぇ。現場に出てくる可能性だって大きい……なぁ、音楽祭中にお前らが見つかったら、どうなる?」

「音楽祭の会場は、城内に敷設された特製の会館で行われるそうです。不祥事の際はそこは避難所も兼ねているので……」

「偉い奴は、よっぽどのことがない限りはそこから貴族連中は出さない?」

「はい。なので、もし我々の発見を内部に報告された場合は……」

「警備関係、軍関係、あるいは……」

「その怪しい、外務省の何者か」

「俺も行くべきか?」

「ヴァルトも現地入りを?」

「……」

「となると、ノイも必要ですよね」

「いやぁ……うぅん」

「しっかり指示すれば、意外となんとか……」


部屋の扉が、勢い良く開けられた。ノイがいた。


「……マルティナから聞いたよ、なんか、大きなことになってたんだね」

「ノイ……お前」

「私、やるよ?もうマルティナには言ってあるし」

「お前、マジでか?関係ないだろうが……」

「えっとね?ほら、私ってさ、赤ちゃんのときに、バックハウス家がナーセナルに運んできたんでしょ?そうじいちゃんに聞いてる」

「……そうらしいな、まぁあんときは俺もガキだったから、記憶は曖昧だが」

「もし、革命が成功したらさ。なんだっけ、国で管理してるっていう……こせきじょうほう?も見れるよねって思ったの。私だけじゃない、ヴァルトのだって……自分の家族の名前、本当の名字、全部分かるかもって思うんだ」

「お前な、家系を確かめるってのは……命を張るものじゃねぇだろうが」

「かも、しれない。でも私とヴァルトだけじゃないよ。みんなの分も、少なくとも、イェレミアスから来た子なら分からないかな……?」

「……難しいだろうな。その戸籍情報が乱雑に管理されている可能性が1つ。つか根本的に、本当の名前を、どう探す?産まれた頃の顔が、名前に引っ付いてるでもない限りは、それを本名だとは確定はできない」

「あぁ、そっか……でも」


フアンが、立ち上がった。少しふらつく。


「ノイ、一ついいですか?」

「何?」

「ノイにとって名前とは……家族とは何ですか?」

「……名前っていうのは、その、その」

「簡単で良いですよ」

「誰かが、誰かを好きだった証……かな?」

「証?」

「うん。ヴァルトもフアンも、誰かが誰かがを好きになって、そうだからいると思うんだ。だからその……えっとね、私、は、その……それって、凄いなって思うの。いいなって思うの。私はその、自分に自信とかないから、そうやって……好きだって思いを、伝えられたりするの、絶対的無理……」

ヴァルトは、ノイの目を見た。

「……つまり、名前は個々人に子供産まれるに至る、個人の努力の結晶」

「かな?ごめん、やっぱちょっと……だからさ、そんな大事なのを分からないって、顔とか性格を知ってても、絶対それじゃ……届かないと思うの。それだけ、私にとって名前は、大事、かな。あと……」

ノイは、顔を赤くする。

「憧れ、かな……だって、幸せそうじゃん?みんなで過ごして笑ってって」


ヴァルトは顎に手を当てる。


「配置、どうすっかな」

「ヴァルトの現地入りの方法如何ですね、あるとすればヴァルトの警護でしょうか?」

「……まぁ、それしかないか」

「僕、ユリウスさんに報告してきます」


ノイがヴァルトとフアンに駆け寄る。


「いいの!?」

「良いも何も、元から僕は参加させるべきだとは思ってました。まぁその……だって、単純にこれ仲間外れじゃないかと思いまして」

「……あっ」


ノイは、少し拳を握りしめた。


「そ、そ、そうじゃん!?これ仲間外れじゃん!?」

「行動隊ならともかく、動く人数が違うんだ!不安に決まってるだろ!」

「なんでよ!?」

「お前の頭が悪いからだ!指示をちゃんと聞けるか、組織的に行動できるか心配でしかたねぇんだよ!!」

「なっ!!」


ノイは顔を膨らませながら、昨晩のマルティナとの会話を思い出していた。


「ノイ様、ここにいらしたのですね……はぁ、はぁ」

「……マルティ、ナ?」

「ここ、物流の倉庫ですよ?」

「……ごめん、走ってたら迷っちゃって」

「屋敷を探して、見つからなかったのですが……外に、かなり深い足跡がありましたので、それを逆に向かえば良いんですよ」

「……私、全然女の子じゃないなぁ」

「ふぅ、コホン。でも、それが……その、ハッキリ言いますが、女性の理想像がヴァルト様の好みなんて保証、どこにもないですよ。ひょっとしたら、ノイ様の持ち味の中に、ヴァルト様が好む部分だってあるかもしれません。そして、少なくとも嫌と思っているなら、優しくはしないでしょう」

「……??」

「ノイ様。女性を目指すなら、それは誰かの妻になりたい、誰かの心を射止めたいというだけです。ノイ様は、ヴァルト様の妻になりたいのですよね?」

「……うん」

「ノイ様が目指すべきは、ヴァルト様の意中の女性であって、男性の思う理想の女性ではありませんよ。だから、重く考える必要なんて1つもない……と、私は思います」

「マルティナ……」


マルティナは、ノイに手を差しのべた。


「……ありがと、マルティナ」

「まぁ、今のは受け売りなんですけどね」

「……誰の?」

「厚手の外套だったので、よく分かりません。いつでしたかお会いして、私の悩みを解決して、どこかへ居なくなりました……もう何年もお会いしていないですね」

「……へぇ」

「その、宜しかったら今晩は一緒に寝ませんか?見せたい本があるんです」

「……??」

「たぶん、殿方が読むようなものなんですが……」

「えぇ!?」

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