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ブルートアウス ~意思と表象としての神話の世界~  作者: 雅号丸
第四章 傾城帝政 二幕

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四話 灯火

四話 灯火


フアンは、給仕に連れられていた。


「あの、心療内科というのは……いったい何なのですか?」

「はい。当家にて研究・運営されている、精神……あるいは魂と呼ばれるものを具体的に、体系的に明らかにすることで、人間を人間たらしめるそれを癒し、取り戻し、社会にまた出られるように治す」

「変な薬とか、盛られたりしないですよね?……治せるのですか?」

「最善を尽くすことをお約束いたします。先代からの遺言でナーセナルとの関係性は絶対維持。そうでなくとも、ナーセナルのバックハウス家への貢献は凄まじいもの」

「へぇ……例えば?」

「動作一つで行える簡易的な発火装置、布とバケツのみできる浄水器、ネズミの捌き方の書籍化……平民の自活能力を大幅に向上させました」

「それ、全部ナーセナルにもありましたが……でもそれはそこまで大きな貢献なのですか?貴族からしてみれば、小さな貢献にも思えますが」

「確かに、数字で見れば貢献は少ないです。増益とはいえ、元手の少ない平民からの利益は元々少ないと見ても、間違いはないかと」

「……つまり、支持されること。それ自体が貢献?」

「ご明察であります、フアン様」

「民衆の指示が、将来の収入になるのですか?」

「そう、考えているのでしょうか?わたくしはしがない給仕ですので……」

「たとえば、民衆の収入が安定する法案が可決されたなどがあれば確かにその動きは正しいです。しかし、イェレミアスの貴族がそのようなことに応じるでしょうか?」

「……と、言いますと?」

「いえ……イェレミアスの貴族の主な行動理念は、ヴァルトやノイを狙ったのから察するに、成功者にすがること。それは、いわば功績の独占……そして、功績に付随する資産の所有ですよね?そうして富の保有を重視する考え方をするにも関わらず、平民が金を持つこと、つまり財貨の分配を許すなんてこと、果たしてあり得るのでしょうか?もっと何か、別の意図があるような……」

「……フアン様、宜しければ少しお付き合いを宜しいでしょうか?」

「はい?」


フアンはそのまま給仕の案内を受ける。到着した部屋は、暖炉の使われた形跡のある、異様なまでに甘い香りのする部屋だった。


「……なんでしょう、お菓子?」

「ここではノイ様が、ハンナ様やマルティナ様とご一緒にお菓子をよく食べておえあれたので……」

「お菓子……あぁ、バームクーヘンですね?」


暖炉の上に飾られている絵は、目付きの優しい貴族の写真だった。


「このお方は?」

「先代当主、ウッツ・フォン・バックハウスでございます」

「お優しい瞳ですね」

「ユリウス様は糸目でございますので、みなさまよく驚かれます」

「……で、お付き合いというのは?」


給仕は書棚へ向かった。書籍を一冊取り出して奥を覗き込む。


「……城、傾きて、我らの友を呼ぶ」

「そも、汝治めるをなんと心得る」

「治めるは構造にあらず。治めるとは、財貨を血肉に息する営みである」


書棚は後ろへ、その壁ごと引っ張られていく。現れた階段は下へ向かっていた。フアンは聞き耳を立てる。


「……なるほど、つまり僕は試されていた、そして見事に条件を達成したと。この面々に連なれるのですか。嬉しい限りですね」

「……では、お進み下さい」


途中から螺旋状になるそれを降りる。灯された階段の石が黒い。靴が石に響いてこぎみよく反響する。廊下になり、奥が明るい。


「……いや、そんな状態じゃまともに」

「他に何かないかなぁ」

「経済に関してはおおよそそれで十分です。問題は……」


フアンの進んだ先は、書き付けが画びょうで刺されたのが一面にある部屋。真ん中の長方形の長机に群がるように男どもがいた。一人がフアンを見る。


「フアン、お前もか」

「ヴァルトも試されたんですか?」


ヴァルトは椅子に大きくもたれた。


「いやなんか、馬車の中でテキトーにユリウスと話してたらここにいたんだよ」

「テキトーに話すわりに、芯を食ってたからね」

ユリウスがいた。


「ユリウスさんも……それに」


フアンは、レノーと、髭のある老人に目があった。


「……久しいな、フアン」

「ハルトヴィンじいさん!どうしてここに」

「ジジイ、ナーセナルを他に任せてここに潜入したんだよ。あっこにいるコイツの部下を使ってな」

「……?」

「シュヴァリエじゃ、覚えておるか」

「あぁ、あの人……」

「分かる方が異常かもしれん、とりあえず座るんじゃ。椅子はまだある」


レノーが椅子を引いた。


「フアンさん、話を聞いてみて、意見があったら仰って下さい。そして、どこまで関わるかもです。ナーセナルの皆さんは完全に任意での参加であることをお約束します」

「……いったい、皆さんは何の集まりで?」


ユリウスは立ち上がり、フアンの目の前にやって来た。


「イェレミアスの……革命さ」

「……えっ?」

「国、司法、経済、全ての根底、盤上をひっくり返えす。そのための準備をここでしている。Hast du verstanden?」

「……Ja. ですが、はぁ……唐突ですね」

「まぁ、分からなくもないさ。でもね、こっから決行までは、実は早いんだよねぇ」

「いつ起こすんですか?」

「一週間後」

「……音楽祭、当日?」

「年末恒例のね。寒くて音が響きにくいってのに」

「そのときに革命を?革命とは、理由は、その後のことは?」

「ぜぇんぶぜぇぇんぶ、ずっと、今も、必死に練ってるよ」

「……それに対する意見が欲しくて、僕を?」

「そういう訳、宜しく頼むよ」

「そんな簡単に……第一、部外者の僕にそんなこと話して本当に計画性は」

「もう部外者じゃない」

「……なる、ほど?」


フアンはヴァルトに資料を渡された。読み込んでいくにつれ、疑問が募っていくが、すべて後回しにしていく。次々に入ってくる情報を精査し、まとめていった。


(輸血革命、第一段階、武力交渉、作戦名……Unternehmen Harpune―二叉戟作戦―。二つの作戦からなる革命。一つ目、当日の警備兵の交代時間に、会場である城内の東門からの暗殺部隊による強襲。二つ目、音楽祭の最優秀賞の権限を利用した、マルティナ・フォン・バックハウスによる、イェレミアス帝国皇帝、イェレミアス・フォン・レルヒェンフェルトの……暗殺)


フアンは、読み込んでいった。


(本革命はバックハウス家による独断のものであり、他家に協力の一切は求めていない。革命理由。工・農業地帯ハーデンベルギア陥落後のイェレミアス貴族の動きであった、零細・中小のゲセルシャフトの放棄による経済の悪化、市民の困窮。

そして、ていよく力を持つ者だけが生き残り、貧富の差は拡大した。社会に対して、強さに対して責任を持たない、今後の世界すら見据えない現在の既得権益を打倒する。

これは、社会という身体に資本という血液を流すことにあり、またこれには、イェレミアス全体に蔓延る人間的特徴、性に対する奔放さ、これも同様に振りかざされるものである)


フアンは、まずもって思うことを話した。


「……マルティナさんも、関与を?」

「あぁ、かなり危険な任務だけど、命だけは取られないように行動するよ。レノーくん主導でね」


フアンは、資料を読み込んでいった。枚はある内容を覚え、一呼吸置いた。


「……あの街での事件以降、このようなことが?」

「そ。マジでビビったよ。ここにきて損切りを考えるアホどもだとはねぇ」

「あの、僕には分かりません。損切りは、正しく思えますが……」

「……まぁねぇ、そうなんだよねぇ。でもそれって、何を基準に正しいかってことだよ」

「……そうか、ゲセルシャフト、企業を経営する資本家を基準に」

「そうそうそういうこと。勝手にさ?この店もう利益出ないから、もう畳むよ~!お店の従業員?勝手に次の仕事探しとけ~!って、責任丸投げでできちゃう。しかも、市民に抵抗する権限が一切無し、一方的に資金援助を切られて倒産、その借金は?店主が持つ」

「……」

「あの街が崩壊した後のここは凄かったよ?街中で仕事無いかってみーんな探して、借金抱えた人材がウヨウヨいた。ここの執事とか給仕さ、そのときに親父と話し合って、不景気の中で大金はたいてかき集めた人材、その子供とかなんだよ。見方によってはこうやって利益にもなる。でもさ、本当はダメなんだよ。経済が壊れちゃうからさ。守れる立場なら守るべき、でもあの貴族どもは平気で首を切る……それは、おかしいんだ」

「……革命を起こしたら、それはどう変わるんですか?」

「それは、今も必死に練ってるよ」

「……奔放さというのは?」

「あぁ~……それはね、俺の親父の言葉なんだ。まぁ僕も正しいと思ってる。イェレミアス人はね、誰の夫も誰の妻も、誰の子供も、誰の子供の結婚相手も、自身と全く関係の無い人物でも、ぜーんぶ恋愛の対象なんだよね。金さえあれば、容姿さえあれば……だけど」

「それは……その」

「ふふっ、答えづらいでしょ。まぁね、その……結構ヤバいってことは、分かるよね?」

「……なんというか、ドロドロですね」

「ドロドロのネチネチだよもう。正直、この家の中くらいじゃないかな?まともに恋愛できる環境は」

「そう、なんですね。いや……そうか、あの時」

フアンはハーデンベルギアに向かうときに見た、妖艶な施設を思い出す。

「……あれって」

「見たよね、きっと。貴族専用、ヤりたい放題できる店。同意さえあればなんでも良いし、地位に格差があれば、無料にすらなる。責任もいらない。サイコーにゴミな施設なんだよね、あそこ」

「!?」

「ビックリするでしょ、でもね~それじゃ飽きたらないのがイェレミアス人なんだよ。路地裏入ったらダメってしつこく女性に言いつけないと、一瞬でお腹大きくなっちゃうし、誰の子かも分からないし」

「……恐ろしいですね」

「上層の人間はね、まだマシなんだよね。目的が快楽って場合も多いからさ」

「まだ、マシ?」

「……ヴァルト、フアン。今夜ちょっと付いてきな。その時に説明してあげるよ」

「作戦を分散させる目的は?」

「相手が強すぎるんだよ、単純にね。総力じゃ負けるからさ。具体的な作戦内容まだ調整中だから、あんまり語れないね、そこはごめん」

「そして、今は革命後のことを?」

「そうだね、経済に関してはある程度練れたから、あとはイェレミアスに蓄えられた経済的なコツっていうの?それに期待するしかない」

「経済、血液を流すですよね。お金を配るとか?」

「ダメだよそれは、裏金の温床になっちゃう」

「裏、金……?」

「レノーくん、疲れたからお願い~」

レノーは、フアンを見る。

「革命直後は、国庫を利用し、現物での支給を行い、その間に政治的行動を終わらせます。その後に配ることはありません。国民には、やはり労働してもらう必要があるのです。そこで、時間はかかりますがある施設を建設することにしました、学校です。お金のこと、仕事のこと、何よりも識字率向上のために、それらを叩き込む場所として設営し税金で運営、これは雇用促進も兼ねます」

「それで救われるのは、これからを生きる子供たちです。大人はどうするのですか?」

「ある程度の知識を備えた者にむけて、中央にある銀行を縮小させ、縮小に際して回収した資金で新たな人材を活用して銀行をいくつか経営させます。末端まで消費者金融を充足させて、借り入れに当たっての担保は……この際まったく無しで行おうかと考えています」

「それはつまり、自営業の促進?」

「あの街が消えて以降活発じゃなかった、個人経営のゲセルシャフトの再始動です」

「経営を上手くできれば、お金は回るという?」

「いえ、お店の利益などは本命ではありません」

「……????」


ユリウスが笑った。


「ありゃ、フアンくん付いてこれなくなっちゃったか」

「いえ、そんな、ことは……」


ハルトヴィンは、腕を組んで頷いていた。


「資金の大元というのは、ひょっとして現在のイェレミアスの貴族連中か?」

「そうです」

「なるほど。フアンよ、良いか。まず、イェレミアスの人間、とくに貴族が、なぜヴァルトのような実力のある者に寄ってきたか、分かるか?」

「……その先にある、富の所有」

「そうじゃ、奴らはそうして金をたんまり持って、持つことそれ自体に価値を見出だしておる。金は血液じゃ、あとは分かるじゃろう?」

フアンは考えた。


「個人経営のゲセルシャフトの借り入れによる借金とその消費を基点として、貴族が溜め込んだお金という血液を、市場という体に流すという算段」

「そういうことじゃ」

「では、個人経営はただの捨て駒……?」

「市民を利用した経済政策じゃな。革命後にある、この国で初めての自由経済の導入、その波に乗ろうとする賢い奴らにはしっかり働いてもらうんじゃ。そして、結局のところ、国民の生活水準は経済における畑の土、金という実を実らせるには、湿った土壌という金の溢れた国民の生活、が必要じゃ。まぁ市場に金がありすぎてもダメじゃろうが、今はとにかく、国民一人当たりの生産性と所得を上げる必要があるんじゃよ」

「……なるほど、分かりました。でも……そうですね、これはあまりに……」

「……どうしたんじゃ」

「……いえ」

ヴァルトは、天井を見ていた。


「……やっべ、すまん何も思い浮かばねぇわ」


ユリウスが笑った。


「さすがにそうだよねぇ、やっぱまだ早いのかなぁ」

「……だがよ、この国がダメだと、結局デボンダーデでオルテンシアが壊れちまうからな。冬季の第二が終わってからの第三次デボンダーデも来た。もっと人類は、余力をもたなくちゃならねぇって訳だよな。ならまぁ……必要なんじゃねぇの?時機があるとしたら、まぁ……今だろうな」

2025年6月3日時点で、997,634字、完結まで書きあげてあります。添削・推考含めてまだまだ完成には程遠いですが、出来上がり次第順次投稿していきます。何卒お付き合い下さい。

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