三話 なりたい自分、なれる自分
三話 なりたい自分、なれる自分
マルティナは、抱き締めるのを離して、寝台から降りてしまう。
「あっ、あの…ええっと……」
「……その、まま?」
「いえ、その……余計、ですよね。申し訳ありません」
「……?」
ハンナは、マルティナに近寄った。
「……あの、マルティナ様は」
「いえ、何でもないんです本当に!」
「あの、お願いします。何か、言ってあげて下さい」
「!?」
「私、他の給仕の方から聞きました。マルティナ様が、ノイ姉さんに、その……言い過ぎてしまった、こと」
「えっ!?」
「あの、だからお願いします。思ったことを、言ってください。私、分からないんです……」
「余計なことは言わない、それは人間関係において、最も基本的なことなのです。私は……いつから、でしょう。気が付いたら、本当に、なんでも言うようになってしまって……だから、舞踏会であったり音楽祭も、外出を控えて……」
「そう、だったんですか……」
ナナミがため息をついた。
「……いや、何か思うなら言うたほうがよい。少なくとも、もうノイに思うところがるというのは明らかなんじゃ。逆に言わん方が、失礼じゃぞ。それに、まぁなんじゃ?そのままで良いことを説明するだけじゃろ?妾としては、どうやってその話題で相手を傷付けるのは、皆目と検討がつかぬ」
ノイは背筋を伸ばして正座する。目線は少し落として、マルティナの枕を胸元で抱えていた。マルティナとノイは目線が会う。
「……そのままで良い理由」
「……うん、なんで?」
「というよりは、ノイ様がどうなりたいのかというのが、怖かったのです」
「怖い……?」
「何か、ノイ様は、その……自分でも分からないうちにですが、女性であることを、諦めようとしていませんか?」
「そう、なの?」
「いえ、分かりません。ですが……そんな気がするんです。ノイ様、少し鏡を見ませんか?」
「……?」
ノイは、マルティナの持つ手鏡を見た。
「何これ、凄い。私が二人いる!」
「唇であったり、顎やエラの辺り、外傷の跡が。ノイ様は、自身の身体をかなり、犠牲にするような戦闘をなされているのではと思いまして。ただそれが、今回の言葉と重なった結果の、ただの私の推測なんです」
「……そう、なのかな」
「……」
「でも、それって……正しいことじゃない?」
「ノイ様……」
「だって、ヴァルト……ずっと倒れっぱなしなんだもん。フアンだって」
「それは、身体の限界がきているのであって、ノイ様が悪い訳では」
「私には、これしか、できないもん……昔っから、ヴァルトは頭が良かった。なんだって自分で作ってた。見てたから、分かる。でも、それだけ。分かるだけ。私は頭が悪いから、それが凄いかどうかも分かんない。楽しそうにしてるなぁって思うだけ……私がヴァルトに、何かできることってこれだけだもん、これだけなのに……いっつも無理するのはヴァルトばっかり。フアンだってそう、ずっとがんばって、この前なんて人を……みんなそう、いつも大事なところに私はいなくて……」
「ノイ様……」
「やれることをもっとやらなきゃいけない。でも……私は動けないときばっかり。私はもっと、できることをしなきゃ……馬くらい走って、家くらい平気で持ち上げて、爪だって牙だって顎だって、剣だって銃だって、防いで、壊さなくちゃ……私にできるの、それだけなの。ヴァルトのためってのもそりゃああるけど、皆のためってのもあるよ……みんな、みんなを背負ってる。私だけ倒れてる。こんなことをどうにかするんだったらさ……私っていらなくな、えっ?」
ノイは、自分の発する言葉に驚いた。そして気が付くと、泣いていた。
「私、なんで……えっ?」
「ノイ姉さんって、意外と語彙力あるのですね」
ナナミが鈴を鳴らした。
「そこまで自分のことをことばにできるというのは、中々に才覚のあるやつじゃ。お主はフアンと同様に、語学の適正があるやもしれんぞ?ヴァルト、あのわっぱは、算術とか推理とか、情報を並べるのが得意なんじゃろう。じゃが、細かな言葉の違いなどは、難しいじゃろうて。そういうのを支えるのも、良いのではなかろうか?」
「それはフアンが」
「んなの関係ないじゃろうて、お主はあの男の隣にいたいと願っておる。なら行動するしかないのではないか?男の隣に男がおっては、むさっくるしくてかなわんしの」
「……」
しかし静まり返る部屋の外は、寒かった。




