二十二話 羽根が捥がれる意味
二十二話 羽根が捥がれる意味
(……大丈夫、大丈夫)
(……誰?)
(もう怖いのはいません。あぁ、お願いします。どうか彼女に慈悲を)
「暖かい……」
ぎゅっと握りしめた布地の心地よさで、ソル・フィリアは寝言を吐き出した。風はつんざき、ノイに捥がれた羽根はぶらんと背中に垂れている。抱える腕の太さは大きく、日焼けで色の変わったのがそうして空を飛んでいた。下方には陸だった海が見え、ベストロや家屋が流されて、海で溺れていくのがみえる。
「まったく、オクルスの伝達で飛んできたわ良いが……ソフィー、お前というヤツは。昔はもっと大人しかったのだがな。剣も無くして、羽根も……そうか、もう繕うのも叶わないか。すまない……私がもっと上手くやれていれば、しかしこれ以上どうすれば良いのだ……」
雲を突き抜けていく。しばらく霧に包まれる。
ソル・フィリアは目を開けていない。青みがかった聖堂に、荒々しく紫がかった床。周囲に飾られた数々の眩いのは、冷たくソル・フィリアを抱き締める。
(……私、あれ、死んだ?)
筋骨の隆々とした、褐色なまでに日焼けした天使がいる。自身を抱き抱えておる。
「ピウス……?」
「……大丈夫だ。お前は大丈夫」
平伏し、かしずくのを見る。ソル・フィリアは顔を明るくした。
「お姉さまがいるの……!?いっ!!!!」
起き上がろうとして無理に体を動かした。
「……ソフィー」
前方の帳から声が聞こえる。羽根と五体の陰はゆるりと手を招くと、奥へと消えていった。ソル・フィリアは血のまだ滴るようにして、足跡のように赤を垂らす。それは次第に周囲の光でそれは次第に周囲の光によって色を変わっていくように見えた。
ソル・フィリアの眼前に広がる雲。その上にそびえるよいに作られた殿はあった。石柱で取り囲むようのなったそれは、上部に向かって細くなっている。至るところにある半透明の布が風に靡いてい揺らぐ。奥へ見えた、後ろ向きに曲線美の目立つのがいる。
「……お姉さま!」
血の垂らしながら駆け寄るソル・フィリアは、飛び込む手前で足を止めた。
「……ごめんなさい」
「……??」
「私、失敗しちゃった」
「……さきほど、ヴァーゴ・ピウスから報告は受けました」
「わ、私だけでは到底できないと思ったのです姉さま……私はそこまで強くない。でも全部言い訳ですよね……」
「……今後、ドミニの使用は控えるように。人類側にとって、あれは脅威であると同時に真理でもあります。迂闊に出せば、我々の存在自体が、そのまま敵になる恐れも。西陸の者は獣に類する全てが反射的に敵なのですから」
「真理……?」
「はい、本質とも言えますね」
「……お姉さま、質問を許して下さりますか?」
「なんでしょう、ソフィー」
「……姉さまは、どうして魔天教を?あれらも計画の一つだったはずでは?」
「力とは、均衡にあってこそ成長するのです。一方が強大である限りあるのは支配、
略奪のみです」
「ミルワードに残存する者らのみで、西陸と対等に?デボンダーデはどうするのせすか?西陸が壊滅してしまえば、お姉さまやお父さまの願いも、全て叶わない。保険にしては、あまりに強力過ぎます」
「……かしこく、なりましたね。あなたも、ヴァーゴ・ピウスも」
「ピウスお兄さまの提示した追加案にしても、やはりお姉さまの計画に異を唱えるものです。本当だったら、私だって反対したかった。でもやっぱり、強者に限って意図的に生存させるのは、強者による弱者の牽引を誘発させる。行動隊はそれを体現しています。レドゥビウス兄さまですら渋々と賛成しました。多数決で可決されまはしましたが……お姉さまだけです、あれに反対なさったのは」
「ソフィー?」
包み込むような声色に誘われるようにして、ソル・フィリアは羽根に抱かれる。
「……素晴らしいですね、さすがソフィー、賢く、可愛く、晴れやかで、愛おしい。太陽の娘、あなたにふさわしい名前ですね」
「お姉さま、大好きです。だからこそ教えてください。お姉さまは、本当は……」
ソフィーは頭を撫でられるのを感じる。
「何がしたいのですか?」
「……何も、あるいはしたくないのかもしれませんね」
「……お姉さま、痛いです。これに意味はあるのですか?」
「意味が生まれるとき、それは第三者による認知が必要です。今はただ進むのみ。私も、少しだけ疑いを持っています。あの方は、何をもって壮大な発想を会得したのか」
「お姉さまって、お父さまのこと……なんだか遠くにありますよね」
「……??」
「私が、お父さまと呼んでいます。オクルスたちだって……でもお姉さまだけは、あの方と呼びますよね。私は、その呼び方好きです。誰よりも敬いを持っているにあが、ありありとしていて……」
「ソフィー……」
強く、抱き締められた。
「……あなたは、自らの命をなんと考えますか?」
「お姉さま。私は、お姉さまに助けていただいたとき……オオカミに襲われていたのを助けてもらったときから、この命はお姉さまのためにあります」
「あなたは……もう羽根がありません」
「もう会えないのですよね?私はもう、レガトゥスじゃない。ただの駒です。なんなりとお使いください」
「……願いは、何かありますか?」
「……このまま眠っていたです」
「分かりました。甘えん坊なのは、変わらないですね」
静寂の中によだつよう、閃くようにただ一度だけ、大きく砕ける音がした。娘は、オデコに唇が当たるような感覚のなか、抱き締められるような感覚のなか、みはるかす雲海と満月に看取られた。
2025年6月3日時点で、997,634字、完結まで書きあげてあります。添削・推考含めてまだまだ完成には程遠いですが、出来上がり次第順次投稿していきます。何卒お付き合い下さい。




