二十話 帝国剣鉈猟団【ナハトイェーガー】
二十話 帝国剣鉈猟団【ナハトイェーガー】
「走れ走れ走れ~!!」
ヴァルトは振り向く。波に呑まれて、内部の土砂や建物の残骸などで潰れて血の混じった、泡立ちで白く、残骸と土砂で黒く、生殺を表す赤は一網打尽として、ふんぞり返るように陸を上がってくる。
馬の蹄が、十二は響くように重なる。全員が南方を見た。先頭を1周り大きな馬で、後ろに2頭で牽引。四輪で大型の、鉄で補強された馬車が向かってきた。馬車は急旋回すると停止し、再び走り始める。操縦席から乗り出したその、重厚であるも過度が過ぎる装備を着こなした大きな者が、兜ごしに声を上げた。
「乗りたまえ!!!」
馬車の速度は遅く、しかし次第に加速していく。最後尾のヴァルトの息切れが酷い。
「ヴァルト、掴まって!」
ノイがヴァルトを、さながら姫のように抱き上げると、急加速して馬車に到達。フアンとナナミも乗り込む。馬車の揺れは激しくなっていき、水の音は強く、腐臭は強く、寒さも目立ってきた。波は既にハーデンベルギアをのみこんで、先ほどヴァルトたちと天使が戦っていた箇所も既に海水に帰していた。
ヴァルトは馬車の後方から、右手をを前に出して、波が爆発するような想像をする。しかし、身体は音沙汰もしない。
「ヴァルト?」
「ダメだっ、くそ、何も起きねぇ!」
「起きないって……」
「ナナミさん、とにかくこれは間に合いそうですか?」
「神のみぞ知るところよ、もはや祈るしかあるまい……」
「祈る……」
「人道において、自然に勝った試しなどあらぬ」
操縦席の男が話す。
「貴公ら、目算で波はどのくらいだ?」
「もく……そうじゃな、馬で逃げられるとは到底」
男は馬を鞭打って、速度を大幅に引き上げた。足音の感覚は半分以下になっていき、風と言える程の速力にまで達している。車体の揺らぎは尋常ではない。流れるように木々や岩々を置き去りにしていく。轟々と陸を食らう水の塊は迫り来るのを、西陸の者ですら危機感を覚えるほどに迫った。
「これは……!」
「いや待て……」
ナナミは耳飾りの鈴を鳴らした。
「……遠のいておる、気のせいか?」
男は、さらに馬を鞭打って加速した。
「その馬……さぞ上等な産まれか?」
「サムライ、正解と言っておこう。エッケハルトは、帝国最大の重量と速力を誇る軍馬である」
「感謝するぞ、してそのような稀れものを凌いでこなす……お主は何じゃ?」
ナナミとその男以外は、焦りを行動や表情の出すが、フアンを筆頭にして気を落ち着かせていった。
エッケハルトと、それが従えるような二頭は、波を置き去りにした。
速力は元より、それを維持する持久力の成せる技。そして馬車の後方で波はもはや木々を薙ぎ倒すことはなくなっていき、潮が引いていくようにし退いていった。
「エッケハルト、よくやったぞ。貴人を4人も助けたとあらば……貴公の待遇も期待できようぞ」
「おっさん、なんで波に向かって来たんだよ。死にたかったのか?」
「愛馬を信じただけのことよ。貴公が、ヴァルト・ライプニッツであるな?」
「あぁ、あんたは……」
「ナハトイェーガー団長」
ノイは疑問しか湧いていない。
「今期の行動隊は世間知らずと聞いてはいたが……よもやナハトを?」
「ノイにそういうのは期待すんな」
「なっ!」
「心中察するぞ、若人」
「おじさん!?」
ナナミは、鈴を鳴らしてから発する。
「ナハトイェーガー、正式名称は……なんじゃったけ?」
「カイゼリヒ・メッツァートルッペン。書類上の我が隊が正式名称」
「失礼を承知で聞くは、カイゼだのナハトだの、ちぃと一々、なんじゃろ……長くないか?もっと簡潔にするべきじゃろうて」
「サムライ、貴公はイェレミアスの感覚とは違うようだな。イェレミアスでは、名は長い程に趣があるのだよ」
「妾たちがいる街も……」
ヴァルトは木箱を背の座る。
「レルヒェンフェルティア、イェレミアス最後の都市。まぁ一個の名前としちゃ長いわな……つか、イェレミアスの言葉はだいたい長いぜ?」
ノイは更に疑問しか湧いてこなかった
「ノイ、教えましょうか?」
ノイは溜め息を出す。
「……お願いします先生」
「先生って……そうですね、イェレミアスの歴史からさかのぼっていく訳ですが宜しいですか?」
ノイは首を縦に振った。
「イェレミアス帝国が建設された当初に、国家を統率するために、イェレミアス語というものが誕生しました。例えばさきほどあったカイゼリヒというのは、帝国という意味ですね。そして名前から何まで、イェレミアス感のある言葉が普及した頃、第34代目イェレミアス皇帝により、アドリエンヌや聖典教を取り入れる政策が指導。公用語は2つになり、また国教として聖典教を掲げるようになりました。そうして、イェレミアスには現在、僕が今話しているアドリエンヌ語と、カイゼリヒであったりトルッペンだったり、ナハトだったりといったイェレミアス語もある訳です。おわりです。」
「……よし!」
「カイゼリヒは、なんて意味ですか?」
「??????」
男は馬の速度を遅くしていった。
「フアン殿、我々のことは知っておるか?」
「……ナハトイェーガー、イェレミアス帝国の誇る最高戦力。イェレミアス周辺のベストロの討伐を主な活動としており、有事の際は貴族間の抗争を独断で鎮圧することが認められた、特級の戦闘集団」
「私は。ナハトの隊長を務めている」
「しかし、どうしてここへ?任務ですか?」
「貴公ら帰還兵士制度利用者の通る街道に、現在イェレミアスの兵士を大勢配置しているのでな。我らナハトは、少数で東側を全て管理していた。私の管理するのはハーデンベルギアあたりの危険地帯……だった」
蹄が地面を抉る音は、しばらく響く。
「あの、巨大な蛇はなんだったのだ?そして、貴公らはここに?」
フアンは男に視線を向けた。
「見たんですか、あれを……いえ、あの巨体なら無理もないですね」
「ということは、我の幻覚ではないということか」
「……」
「あのようなベストロ、聖典には記載されていない。そもそも、あれはベストロなのだろうか?」
フアンは、振り返って海の方向を見つめる。
「海上には、クジラなどといった哺乳類の存在も確認できています」
「では、あれはクジラということか?」
「……」
「貴公は、何が言いたい?」
「まさか、聖典を信じない訳はないでしょう?」
「……そうか」
ヴァルトは、目を閉じて眠るフリをしていた。
(あの蛇を、哺乳類っつうことのは難しいだろうが。そもそも、哺乳類という定義すら、俺らにゃ判断しかねる。学者が言うには?体温を一定に保つ、毛のは生えた存在。じゃあ鳥はどうだよ?羽毛、つまり毛を持っている。だが特徴として、卵から産まれる。明らかに、他の哺乳類とは常軌を逸した存在。そもそも、人間だって身体に毛がよ、あんだろうが)
(それは、聖典教における禁忌だ……振れるべきではないだろう。それを口にしない理由は、多すぎる。そして、口にするものは少ない)
(……口にしそうな奴は、あるいは先に消してるんだろうな。俺らは聖典教に殺されそうになった経験がある。オルテンシアで、近衛兵に変装してたときだ)
(手段は持っている、ということか)
(……あいつらはなんだったんだろうな。ナハトみたく公に存在してる訳でもなさそうだ)
(秘匿された部隊……暗部を担うには程よいだろう)
(ったく、マジに厄介だ)
(……)
(おい、早く教えろよ。天使の情報だ)
(……行方は、結局分からないということか)
(あの街の陥落は10年以上前だ。動いてもらえただけ感謝しろ……それにこの手紙代わりの絵本があるじゃねぇか)
(その本の内容、もっと教えてはくれないかくれないか?)
(……)
(……読んでくれさえすれば、私は折れよう)
(読んでる感じ、ほぼ日記みてぇな感じだな。お前がいなくなってからの、リンデの成長と……なるほどな。マリアの部屋前にいた死体は、やっぱお前のいう奴のだ)
(……続けてくれ)
(やつは、レリヒェンフェルティアで、店を土地ごと買収する書類を作成して、嫌だったら関係を持てと脅していたそうだ。ご丁寧に兵士を引き連れてな。たぶん賄賂か何か流したんだろ)
(……)
(結局断って、そのままやつは所有権を獲得、店を……改修した?なんでそんなに金をかけるんだ)
(……強引に襲われるようなことは、なかったのか?)
(合ったとして、それを日記に書く人間か?それと、そういう被害に遭うようなヤツでもなさそうだ、書き始めに死ねって書くようなやつだぞ)
(あれは、威勢に反して腕は細いんだ。背丈もそう高くはない。酒場で勘定を断る客相手に磨いた高圧な姿勢だと……言っていた)
(この男、多分だが……手に入れることそれ自体が目的だったんじゃないか?)
(支配欲というものか?)
(そうだ)
(……すまない、ありがとう)
(は?)
(ん?気遣い、ではなかったのか?)
(……すまん、マジでそうじゃねぇんだ)
(そうか、残念だな……)
潮風は、臭わなくなった。
「貴公らは、シレーヌを退治したのだろう。どう感じた」
「あれはテランスさんが……」
「……さきほどの蛇は、シレーヌ以上か?」
「はい、あればアベランを越えた……何でしょう?」
「超越を逸したその先……アベランを越えた、枠の外の更に外側のベストロ……」
蹄の向かう先は、枯れ草に繁った街道が存在していた。風の寒さが大地を蝕む。乾いた古い石材は、蹄の踏み抜きで破壊されたりもする。
「もう時期、寒波が押し寄せる。波の方角からして、ハーデンベルギアは巻き沿いだろう。魔天教の壊滅も視野に入れるべきか……して、貴公らはなぜここに?」
「……」
「貴公らは、自らの命の価値を測るりかねている。行動隊の価値は、シレーヌ討伐や第3次デボンダーデの鎮圧貢献によって大きく上がっている。弔うことしかできない英雄が多い中、貴公らは生存している。生きる伝説とも言えるのだぞ」
「そう、なの?」
「自らの功績にここまで無頓着であると、それは謙遜ではないのだな?」
フアンは、仮面越しに男と顔を合わせた。
「行動隊として、やるべきことをやったまでです」
「自責を持てと言っているのだ。若さ故の過ちでは、弁解はできん」
「……ヴァルトの、故郷かもしれないんです。今だったら、ある程度は目を瞑って頂けると思いまして、僕が提案しました」
「貴公……」
男は溜め息を一つだけ吐いた。ヴァルトを人差し指を向けた。
「なんだよ、俺のせいか?まぁそうだけどよ」
「貴公の後ろの木箱。中身は空だ。あの巨体が飛び上がる直前、散開しているベストロは一斉にハーデンベルギアに向かい始めた……調査のため、物資を捨てて速度を上げていた。貴公らを見つけられたのは、主の導きであろう。箱の中に入れ、確か……バックハウス家で療養中であったか?それも体裁であろうがな。送り届けよう、バックハウス家に、貸しを作る良い機会だ」
「……おぉ、頼むわ」
2つの箱に詰まるように入ったヴァルトたち。ノイとナナミは銃が入っていたであろう縦長の箱にすっぽりと入った。ナナミが蓋を閉める。
「臭いのぉ……」
「……えぇ!?」
「火薬でじゃ、そこまで失礼な奴だと思っておるのか?」
「ごめん……」
ノイは、揺れる身体がナナミに当たる中、考える。
(一回くらい、私も行きたかったな……もう行けないんだな、ヴァルトの故郷)
2025年6月3日時点で、997,634字、完結まで書きあげてあります。添削・推考含めてまだまだ完成には程遠いですが、出来上がり次第順次投稿していきます。何卒お付き合い下さい。




