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六話 黄昏の過ぎに残される

3万字です、長いです。

第六話 黄昏の過ぎに残される


ベヒモスから力が抜け落ち、崩れる。ノイは深く刺さった筒を抜き、飛び降りるが転びそうになる。


「お、おい!」


ノイはヴァルトに抱えられた。


「あ、ありがと」

「まだ終わってねぇ、防壁は……?」


振り返って防壁を見ると、それはむしろ聞くに切り替わった。もうすでに日が落ちかかっていた。


「もうちょっとかかってたら、ベヒモスも見えなくなってた。危ねぇ……」

「とりあえず、防壁に向かいまし」


矢が、フアン達の、かなり前に放たれ刺さった。


「えっ……?」


防壁上を見ると、誰かが手を振っている。その影の形もそうだが、あの技巧を凝らした弓の形で分かった。


「ハンナか!?」


後ろから、馬車が一台やってきた。一瞬、茶色い鳥のようなものが空を横切る。グングンと上へ登り、防壁の外を覗いているよう見えたそれを見て、ヴァルトは全てを理解し、その場に大の字に寝転んだ。壁上から、ハンナが大声で話しかける。


「終わった、終わった!」


フアンはそれを聞いて倒れ込んだ。ノイは今だ状況を理解できていない。


「あぇ、あ、えぁ、え???」


辺りをキョロキョロしながら、何かただ落ち着いていないだけか。ノイは走り出した。階段を上るのではなく、崩壊して空いた壁の穴に向かった。ハンナがそれを援護するよいに位置に付く。


ノイは穴をくぐり抜ける、数人の死体を見て悲しみはしたが、前を向き、1人壁の外へ出た。


夕陽に照らされた無数の死体は、その全てがベストロであり、針の草原と見紛うほどに矢が突き刺さっていた。


「勝った……?」


ハンナが防壁の上から、ノイに手を振る。


「え、えっ、あえ、あ、勝った!?」


ノイは上に向かい、状況を見た。


「えっ……?」


壁の上にいる殆どの者が、何かしら傷を負っている。


「み、皆……だ、だいじょう……」

「私はなんとか……でも……」

「なぁ……誰か……」


獣人の戦士が1人、あきらかに他よりも重症ではあるが、叫んだ。フアンとヴァルトが登ってきた。誰かを呼んでいる。


「おい、どうした、しっかりしろ」

「嫁がいてよ……腹にガキがいるんだ……」

「お前……」

「皆で世話してやってくれ……名前は、面倒なことに嫁が決めるってうるさくてしかたなくてよ。まだ分からねぇが……名前知りてぇんだ……」

「耐えれるか」

「無理だ、最後くらい夢語らせてくれ」


フアンと何人かが急ぎ下へいくと、ハルトヴィンがいた。


「使いなさい」

恐らく乗ってきたであろう馬車から馬を取り外し、1人がそれに乗り駆けていった。ヴァルトとノイが合流した。


「おじいちゃん……皆、頑張ったの……」


ヴァルトは黙っていた。


「勝利とは、なんじゃと思う……?」

「えっ?」

「勝利とは、なんじゃと思う……?」


ノイと目線の高さを合わせるハルトヴィン、優しく諭す口調だ。


「皆が幸せで、それで……」

「それはの……」


ハルトヴィンは、淡々と語った。


「ワシらにとって勝利とは……守りたいものが守れている。その現実だけじゃ。高く望むのは、平和になってからじゃ」

「で、でも……!」


ヴァルトが口を開いた。


「別に高望みするなとは言ってねぇだろ、そうだろじいさん?」


ハルトヴィンは少し笑った。


「あぁ、望むなら望むだけ望め、夢も希望も、しょうみ語ってなんぼじゃが……語るには思いが必要じゃからの。あの壁にいる者らはの、皆志願してここにおる。過去も思いもそれぞれじゃ、追放者である家族を受け入れてくれたことを感謝する利口な愚か者、野山でベストロに怯えながらの生活から解放……それを孫の孫まで望む強欲な善人、こんな世界でもガキを作るクセしていっちょまえに体を張る後先を考えない勇者、選り取り見取りじゃわい」


防壁の上で、1人また1人、息を引き取っていく。


「ワシは、正直お主らを励ますことはできん。ワシは、お主らを苦しみから解放することはできん。じゃが、これだけは言える……死んでいった皆が守りたかったものが残っている、それを勝利と呼んで、何も悪いことはない。むしろ呼ばせてやってほしい」

「色んな人が泣いたとして……それは、勝利なのでしょうか?」


フアンは聞いた。


「あぁそうじゃ、望んだ結果が得られずとも大丈夫」


ノイは聞く。


「おじいちゃん、ここ意外は……大丈夫なの?」

「あぁ、家々全て、屋敷も無事じゃ」

「そっか……」


続々と下へ降りてくる戦士達などにも向けてハルトヴィンは、深く息を吸った。


「困ったり、悲しいことがあったとき。ワシはこのようにしとるってことがある」

安らかに眠る者らを妨げることのない程よい大きさの、しかし大きめな声で、ハルトヴィンは言う。

「大丈夫と、唱えなさい。心から」

「根性論かよ」

「大丈夫、大丈夫と、毎日唱えて突き進む。それはワシらにできる最小限にして、最大限の行動じゃ」

「何も解決してねぇぞ」

「解決するための心をどう養うかの話じゃ……“解決“もまた多様じゃから……」


ハルトヴィンは、何か少し謝罪に近い様子でヴァルトを見る。ヴァルトは少し、視線を落とした。


ハルトヴィンの操る馬車で、ヴァルト、ノイ、フアン、ハンナは屋敷へ帰る。同席で戦士が数人乗っていたが、すぐに降りていった。ヴァルトは防壁からうっすらと、空いた穴から望む夕陽を覗いている。


(解決するための心……ね)


ハルトヴィンが全員に話しかけた。


「防壁の修繕はすでに開始させておる。それと避難のために屋敷に人がつまっておるからの、今日は少しやかましいかもしれん。すまん、以上、寝るなり話すなり好きにせい」


ヴァルトとフアンは会話する。


「なぁ、フアン。お前なんであの時、破城釘を優先した」

「はじょ……ん??」

「デカイ筒の名前だ、じじいが付けた」

「あぁ……えっと……」

「まぁなんだ、焦るな、そんだけだ。俺もよく意味わかんねぇことするからな。確かにあの武器の決定力がなけりゃベヒモスなんて倒せない、だが自分を犠牲にしてまではだめだ」

「……はい」

「俺が何かやっちまったときは、頼む」

「はい」


ノイがハンナと話そうとするが、ハンナがやけに、ソワソワしている。


「ハンナ?」

「姉さん……私……」

「うん……?」

「緊張してきた」

「え、なんで?」


小声で耳打ちし始める2人。


「ピーター、とね?その……約束してて……」

「何?何か……」

「えっと、その……まだ姉さんには早いこと」

「早いこと……?」

「まだできそうにないようなこと……の続き」

「……???」

「もういい……」

「えぇ……??」

「でも……」


ハンナは声を普通の声量に戻した。


「守れた、大丈夫!」


屋敷の門前に馬車が到着すると、その人の量に全員が驚いた。泣き止まない子供の声は相次いで騒ぐ大人達より一層響くが、同時に宥める声に満ちていた。一団は既に、屋敷を離れようとしている所の中から、シュヴァリエが駆けてきた。


「皆さん!!ご無事ですか!?」


シュヴァリエが声をかけた。


シュヴァリエはハンナに近寄り、砂埃を落としていく。


「非難の指示は解除してありますので、じきに静かになるかと、この人だかりではしばらく入れません……しばらくお待ち下さい」


ハンナのソワソワが限界に達しそうなのを、ノイとシュヴァリエが気付いた。シュヴァリエは入念に、ハンナを手入れしていく。


「大丈夫、ハンナちゃん。おもいっきりぎゅってすれば、もう大丈夫になる」

「なんていうか、やっぱ、生きてる実感がないの……」

「なぁんだ、さっきのもそういうことか」

「姉さん、黙ってて」

「なっ!!」

「お主ら、行くぞ」

「さぁ、今日はいっぱい甘えてらっしゃい……」

「うん……!」


ハルトヴィンの指示により、少し空いてきた門前へ向かう。ヴァルトらだけでない、今日戦った者ら全てに対する労いの言葉が、喜や哀楽と共に響き渡る中、ヴァルトらは歩を進める。門前にはマリーが立っており、西館の一階窓からピーターや子供らの顔が見える。


「お帰りんさ」


西館が、上からひしゃげるように……そして発破するかのように崩落した。柱を少し残し、外壁は全て取り払われ、砂塵と屋根裏の埃が、元屋敷の様々な材質と舞い、落ちていった。それらをそうした元凶の、何かしらの衝撃に巻き込まれたマリーは大きく宙を舞ってしまう。受け身には成功したが、飛翔する石材が命中し倒れた。


「な……に……」


マリーは気絶した。


「えっ……?」


中にいた人らの安否、理由の分からない倒壊……ではない、ごくごくただ単純に強く、希望が失われたような、そんな気で充たされていた。


「えっ、えっ……??」


釘を刺されたようにハンナを筆頭に全員が固まり、血相を変え、嗚咽とも感嘆符にも聞こえる声が繰り返される中、一番最初に動いたのはヴァルトだった。周囲の反応に、やけに注意を払っている。過呼吸のハンナ、ヴァルトは目の色を変え、走り出す。


「くっそ……!!」


ヴァルトに続き、ハンナが走った。


「じじい!ばばあを頼む!」


既に呼吸は荒く、切望の背を見せながら、ただ一心に走った。ノイはとフアンとハンナがそこに続く。

塵幕は薄れ、近付くと、中から音が聞こえた、うめきと荒い呼吸が屋敷から響き渡る中、肉が抉られ血液が吹き出るような音が屋敷から響き渡る。


「あっがあぁあ!!」


ピーターのうめき声が響く、倒壊に巻き込まれたにしては、遅い反応であったそれは、すぐに原因が分かった。尚も舞う埃が奥から流れ、ある影は白い羽根を見せ、既に落ちた日の光に取って変わり、強く輝く月光が、指差すように照らし出した、曲線美の目立つ女体を、照らし出した。

背中に翼を持つそれはヴァルトらに背を向けているが、足音に気付き振り返る。振り返ったその腕はしかしまっすぐそのままの位置に付きだされており、丁度その腕は人らしきものの胴体を貫いたままであった。豊満さを遺憾なく見せつける服装は、聖典教の文化における結婚式用の衣装の面影を感じる。


挿絵(By みてみん)


口を閉じた、白く長い髪を持つそれは、金色の眼から暗くおぞましい殺意を向ける。


「皆……?」


ハンナが現実に喘ぐ声で、ヴァルトは視線を周囲に向けた、柱で潰され、石で顔が砕け、臓を撒き散らすそれはら全てが子供達であった。赤毛の少女を守るように抱える子だったものは、ミアとエミルであろうが、既に遅いことが伺える。


「ピー、ター……?」


ハンナの声でもう一度視線を女体に向ける、その側には胸を赤く染める男の子が1人、剣を持って倒れていた。赤い胸、赤い腕、響く声。


「お前が……殺したのか……?」


ヴァルトはぶつけた。


ハンナの目は泳いだ、ひたすら泳いだ。

全ての理解を拒絶するように、膝から崩れ落ちた、生きているか死んでいるかの分からない顔が、その女体に向けられる。手に握ったそれを女体は、陰に勢い良くそれを陰に投げ捨てる。まだ腕には何かが残っていた、心臓だった……握り潰された。その化け物は口を開いた。


「レトゥム・ノン・クワド・フィニット」


ノイが飛び出した、目に宿るそれは殺意以外の何物でもなかった。フアンが続く、仮面の裏の歯が軋むような怒りを感じる。武器は馬車に置いてきてあった。


激昂をぶつけまいとノイの、ベヒモスと力比べができた腕から繰り出される拳を、片手で受け止めた。


「うっそ……!」


女体はしかし体勢が少し崩れたが、左手を握り拳を見舞う。ノイは半身になって咄嗟に回避したが、すれ違い様の風圧はもはや、拳のそれではなかった。


「はぁ!!」


隙を突くようにフアン側面から足払いを行い転倒させるも、倒れ様に腕で床を強打し体を横に回転させながら浮かび上がらせ、低空ではあるが飛翔した。


「飛んでんじゃ、ねぇ!!」


ヴァルトは床に落ちていた、血濡れた剣を羽ばたきに投げる。避ける隙にノイが飛び上がり相手の頭上を抑え、縦に回転で蹴りを入れる。女体はそれを腕で受け止め床に激突。砂塵と共に脚で飛び上がり着地しようとした所をフアンが殴り込んだ。縦拳、裏拳、距離を更に詰めるような肘での殴打や突きを左右の腕で行い、合間に足技を挟む。

この辺りではあまり見かけない、古風で流麗な、そして殺意を込めた動きに、女体は翻弄される。


「エト・トゥ・ウェルム!」


女体のやや怒りの籠った声の意味など分からないが、フアンは思考を止めず殴る、蹴る。


(これが一旦何者か……そんなことは、どうでも良い。コイツは敵で、僕の技が効いている。知らないのだろう、母さん直伝、東方……キュウファン武術!!)


フアンは女体に急接近し、拳1つほども空かない距離まで右腕を肩甲骨と並ぶように伸ばして近付けた、半身に開いた構えから体の力を抜くように少し前に倒れたかと思えば、拳は勢い良く突き出され、女体を少しだけ吹き飛ばした。


虎穴之陣(ホゥシエ・チェ・ジェン)」!!


姿勢が崩れたのを確認すると、回転の予備動作で遠心力を加えた回し蹴りを顔面に放った。異様に不機嫌なそれは、あからさまに血相を変えながら、大袈裟に回避し後方に下がった。


「使えぇ!」


ハルトヴィンが武器を携えやってきた。ヴァルトがそれらを受け取る。


フアンと変わりるようにノイがなぐり込み、フアンが下がった隙にヴァルトは二刀剣を渡すと、合体し変形させながらノイと変わり槍で攻撃し始める。ノイとヴァルトが視線を合わせる。


ヴァルトとノイはベヒモス戦での動きを再度行おうとした。ヴァルトがノイを飛び越え、ノイはその足裏を蹴飛ばした。山なりに飛ぶヴァルト。


「フアンどけぇぇ!!」


丁度後ろからのヴァルトの声で、フアンは攻撃をやめすぐさま横に転がる。


ヴァルトは、収まった刀身を火薬で抜刀した。

フアンとヴァルトは一直線上で揃っていたため、ギリギリまで何をしてくるかが分からなかった、女体はその胴体の横断を狙った一撃を避けられず、しかし回避行動により命中箇所をずらす。右腕と右翼を切断され、赤く吹き出るものと地面に落とした。


呻くことない女体に違和感を覚えるが、ヴァルトは攻撃を止めない。

横に凪払うようにした抜刀の運動を利用し、肘を折り畳むように回転させ位置を変え、刀身を頭上から真っ直ぐ振り下ろした。体勢を崩しながらも女体は後方に下がる。踏ん張る脚が崩れしゃがみこむように姿勢が低くなったそこに、ヴァルトが突きを放った。


力むような声を少し出すと、女体は口を開け剣の先端を噛み、攻撃を顎の力だけで受け止めた。鉄が軋む音が聞こえ、ヴァルトは一周回って気持ち悪さを覚えながら剣を引き抜き後退すると、ノイとフアンで並んだ。ハルトヴィンがやってきて、ハンナを連れ出す。


「おじい……ちゃん……」


焦点の定まらないハンナは、ただ脱力していた。周囲を見るが、急いでハンナを抱えて脱出した。


(分からんことは後回しじゃ。とにかく、ハンナを遠くへ。今のコヤツは、戦えぬ!!)


ヴァルト、ノイ、フアンは女体と対立していた。ヴァルトらは視線を離すことなく会話する。


「ノイが受け止められましたね……」

「でも、フアン結構いけてた」

「僕の動きに慣れる前に、仕留めきりましょう。僕が崩してヴァルトかノイで……」


女体の切られた部位の断面が前触れもなく震え、粘るように動き、それは伸びていく。


「コイツ……何して、いや関係性ねぇ、行」


うねる伸びは突如として形を成し、腕と翼は元に戻っていた。3人は固まる。


「はぁ……!?」


上を向き、目を閉じ顔に月光を浴びながら深くため息をつく六体満足の女体は、顔をヴァルトらに向け目を開け、口を開けた。


「山羊達よ」

ヴァルトらに伝わるアドリエンヌ語で、女体は喋り出す。冷酷と包容を冠するような声色は、頂点そのものを感じさせる。


「はぁ……?」

「ここに落ちた者がいる、私と同じような見た目だ……」

「……?」

「その時……」

「何言ってんやがんだ、コイツ……」


ヴァルトは、抜刀の構えをする。


「一番近くにいた者は?」


ヴァルトは目を見開き、女体はそれを見逃さなかった。


「貴方……ですね?」


女体はヴァルトに、床を破壊しながら目に見えないような速度で接近し拳を叩き込もうとする。ノイは拳を蹴り飛ばし、ヴァルトを後ろへ突き飛ばした。


「ヴァルト、逃げて!!」


フアンが側面から攻撃しようと接近するが、女体は既にそこにいなかった。


(さっきまでのが、全力じゃなかった……!?)


ヴァルトの首に手を伸ばすのを、ノイがしがみついて止める。


ノイは足場でひたすら踏ん張る。


(腕だけじゃさっき、ダメだった。全身使って、止める……!!)


ヴァルトが伸ばされた腕を切り、指を数本落とすが、すぐに元に戻った。

女体は背中を丸めノイを地面から離し、丸めた拍子に浮き上がり無防備なったノイの腹部を足で後ろ向きに蹴り飛ばす。


蹴りで更に浮き上がり、しかし未だ腕でしがみつくノイ。フアンが後ろから走ってきて、攻撃に入ろうとする。それを見た女体は、全身を使いノイを振り回してフアンを牽制し、遠心力で浮き上がったノイの脇や肩の間接を殴り、脱臼させる。ノイはそのまま手を離してしまい、フアンに激突、ノイはそのまま落下し痙攣した。


横に凪払う瞬間に突き、そのまま左手で突きを連続で出しながら体で隠した右手の剣を逆手に持ち替え、一気に踏み込み体を回転させ腹部を逆手で突いた。そうして女体はフアンの二刀の攻撃を受け止められないまま、少しずつ斬られていくと、フアンは位置変えでヴァルトを背にし、女体から見えなくした。ヴァルトは火薬の装填を完了させた。


(同じ位置関係……確かに、これは意識せざるおえません。上手いですねこの黒頭巾)


女体はを傷を治すと、突撃した。拳を突きだすそれを、フアンは構えて、待機し始めた。


(どこかで……)


フアンの二刀剣の構えは、胸の前で球を転がすような、それでいて水を流すような構えであった。フアンは迫る腕に自身の掌で擦るようにし、掴まえることなく腕の動きを矯正、相手の力で引き込んだ。

一瞬深く息を吸うと、近寄る女体の脇腹に肘を打ち、相手の勢いごと利用して骨を砕いた。肘を打った方の腕で女体の肩を掴み取り、足を払って中に浮かせると、真っ直ぐ伸ばした右腕で女体の上半身を打ち、壁に叩き付けた。


「修柔能く、剛穿つ」


勢いで壁が崩れ、砂塵が舞う。


「フアン……!!」

「すみません、隙を作ろうとしましたが……」

「こりゃ近寄れねぇな、ノイは、まぁ無事だろ」

「あれで倒れるノイじゃありません」


砂塵を吹き飛ばすように羽ばたく女体は、不敵に笑った。


「……懐かしい、いつか蹴飛ばした男のようです」

「何言ってやがる……?」

ヴァルトの横で、拳を深く握りしめるフアン。

「笑ってんじゃ、ありませんよ……」

「ここにいた者らは、あなたの子ですか……?」

「なぜ、なぜこんなことを……?」

「彼ら、彼女らの命は、もう消えました。貴方の怒りは、それを聞けば治まりますか?」

「ふざけないで下さい……」

「治るというのであれば、実におぞましいですね……」

「ふざけなるなぁぁ!!!」

誰も聞いたことない程に声を出すフアンを、ヴァルトは注目していた。

「お前は、ここで生きている皆さんが、どれだけの思いでここまで生き、命を守り、育み、明日を見ているか……」

「聞きましょう」

「……ぁあ!?」


フアンは仮面ごしに睨み付けたと思われる。


「皆さんは50年前、ベストロの出現により、故郷を逐われ、東へ東へ逃げてきたのですよね。大切な方を沢山、理不尽に殺された者達、その少ない生き残りなのです。それだけではありません……ベストロの復活によって亜人種・獣人種は」

「尚のこと迫害を受けました。親族を失った人間の悲しみが、宗教的に植え付けられた価値観で矛先が彼らに向かい、生き残った者同士、人種の違いで対立し、殺されていきました。元々あった宗教的な……亜人・獣人はかつての化け物、ベストロの子孫であるという教えが彼らを殺しました。それをも生き残った、数少ない、少なすぎる……奇跡だったのに……ここはそういう方や、その子孫……聖典を信じない人間などで集まって暮らしていて……ここにいた、あなたが殺した彼らは、ここの希望で!!」

「それらの死が唐突過ぎているから、彼らが可哀想だ……と?」


フアンは驚いた。


「分かるのであれば、なぜ……」

「分かる?いえ、これは分析です。分析と推測、現象や感情の入力に出力、整理、推敲、添削……言論とは晴らしいですね、あなた方が発明した最高傑作、外れ値とも言えるでしょう。ふっふっ、でも少し過ぎた技術かもしれません。あぁ、ふっふっふっふっ」

「笑うな……何を、笑っている」

「いえ、ただ。やはりあなた方は少々、いえかなり面白いんですよね」


見開いた目でフアンを見る。


「あなた、命は平等だと思いますか?」

「当たり前です」

「今日死んだ彼らと、今まで死んでいったその犠牲者達も、同じくらい?」

「そうです……!」

「世界中で日々苦しむ方々も?」

「そうです!!」

「じゃあ、なんで貴方……自殺してないんですか?」

「はぁ……?」

「いえ、今日死んでいった彼らと過去死んでいった方々、それと世界中に生きる彼らが同価値を持った存在だと貴方いま言いましたよね?」

「そんなに沢山の命の死や苦しみを一心で背負うなんてすれば……簡単に心なんて砕け散ると思うんです、そしてそれはいずれ貴方自身をも……。でも貴方はこうして生きて私と戦っている……」

「何が言いたいのですか……!?」

「つまり、私からすれば貴方は、命の平等なんて考えてなくて、でもそうして発言することで、自分はそう思ってると言い聞かせている偽善者自。己完結しない、周囲を巻き込んだ道化にしか見えないんですっはっはっはっ!!」


フアンは、唖然とした。ヴァルトはひたすら、この会話を聞いていた。


「いや、思っているかもしれませんがねっはっはっはっ、でも思っていない方が辻褄が合うんですよ、この少ない数の死を目撃しただけで声を大きく怒る貴方が、それをできるだなんて思えないですし……そして、もっと面白いこと教えましょうか?」

「黙れ……」

「周囲を巻き込んだ道化、それは要は宗教ではありませんか?教えに差別が含まれるのが聖典教、貴方ならそれはそれはお嫌いでしょう、あの羊飼い供も含めて」


ヴァルトは聞き逃さなかった。


「でも、やっていることが同じなんですっはっはっは。命の価値に平等がないことを貴方の生存が語っている!そうだと、言うのにっ、貴方はさも正義のような振る舞いで、私に怒りを向けている。あなた方のその二面性……」


女体は恍惚とした表情を、唐突にしだした。頬を両手で包み、それは待ち望んだ何かを期待するかのような。フアンは、握る剣が軋みだした。


「フアン、いいか?」

「……ヴァルト、僕は……ただ……でも……!」

「耳を貸すだけ、無駄だろうが……あれはイカれてる。そうだろ?」

「ヴァルト……落ち着いていますね……」


ヴァルト、フアンを見てはいなかった。


「おいクソ野郎、最後にいいか?」

「言葉使いの荒い方ですね、あなたも彼らの死を?」

「目的は、何だ?」

「……貴方を殺すこと」

「てめぇ、落ちてきた者とかほざいてたじゃねぇか、それと俺らに、何の関係がある?落ちてきてるなら、いや知らねぇが、空から落ちるとかなら、死んでるだろぉが、てめぇらには関係なくなっただろうが」

「レトゥム・ノン・クワド・フィニット」

「あぁ?さっきも何かそれ言ってたな、どこの言葉だ?どういう意味だ?」

「分からないなら、それでも殺します」

「はぁ?アホなんだなお前は」

「なんですって?」

「アホだっつってんだろうが。なに意味分からねぇこと言って気取ってやがる。ゴタゴタゴタゴタ、自分が上みてぇな面しやがって。だいたいなんだ、その花嫁みてぇな服は、旦那はどこだぁ?そんな上からの奴、俺だったら願い下げだねぇ、あぁ!?」


妙なほど怒りを覚えた女体は、後ろに近付くノイに気付かなかった。


ノイが、渾身の拳で腹部を貫通する。ヴァルトは、抜刀で首を吹き飛ばした。フアンは変形させながら勢いよく槍の投擲をし、空中に投げられたそれを貫き、西館一番奥に突き刺さった。

「熱心にごちゃごちゃと、結局お前は俺らが嫌いなだけだろうが、何言ってもそれにしか聞こえねぇんだよクソが……」


中にハルトヴィンが入ってきた。


「誰か、生きておるか……?」


フアンが首を振った、下に深く、視線を落としながら。


「いいえ、誰も……何も音がしないんです。呼吸とか、心臓の音とかそういうのが……僕が最初ここに入ってから、全部……最初、音がしなくて……だから、ひょっとしたら皆東館に、いるんじゃないか……って」

フアンは泣いている声で喋りだした。


「でも、あれと戦っていて……皆の顔とか、おもちゃとか、千切れた手とか、見えて……皆、埋まってるんだって思って、でも戦かわなくちゃって……アイツ、何も感じてなかった……何も……何で皆……」


ノイが走り出して、瓦礫を撤去し始めた。


「まだ生きてるかも……!」

「ノイ……止めて下さい……!」

「でも……!」


ヴァルトがノイを止める。


「ノイ、お前、休め」

「えっ……えっ……」

「俺がやっとく、お前思いっきりぶっ飛ばされてたじゃねぇか。お前が倒れたら、誰が街を守る、またベストロがくるかもしれねぇ、また天使がくるかもしれねぇ……フアンも、お前ら、な?」


フアンは、座り込んだ。


「二面性……僕って、僕って……」

「あれに耳を傾けるなって」

「でも、僕は……」


ノイは膝から崩れて、泣き出した。


「うっ、うっ、守ったのに、頑張ったのに……ハンナもいっぱい……何で、何で……」


ハルトヴィンがフアンに近寄る。


「フアン、マリーは無事じゃ」

「えぇ、音が止まっていなかったので……分かっています」

「じじい、ハンナは……」

「眠った、いやあれは……気絶と言えるな」

「側には誰か……」


シュヴァリエが血相を変えたように、馬車の荷台へ乗り込んでいった。


「こんな時に1人にしてんじゃねぇよアホが!!ハンナはあそこだな!?」

「そうじゃが……」


ヴァルトもまた駆け出した。血相を変えている。ハルトヴィンも、顔色を変えた、青い。胸元を触りだし、何かが無いことに気付いたハルトヴィンだった。


「やめなさい!!」


シュヴァリエの声で、ヴァルトの速度が上がった。馬車の荷台に飛び乗ると、中でマリーとハンナが何かを奪い合っていた。


「やめてぇ!!」


ヴァルトが駆け寄り、ハンナの腕を蹴飛ばす。

過呼吸のハンナから離されたものは、荷台の木材に当たり、鉄の響く音を出す。それはとても短い剣で、ハルトヴィンが血の雨の降り始めにノイに渡したものであった。


「ハンナ、ハンナ……落ち着いて……落ち着いて……」


そう言いながらシュヴァリエはハンナを抱き締めた。ハンナは涙すら流していない、何かを考えている訳でもない、眠るように、食べるように、馬鍬うように、剣は手にあった。


ヴァルトが短剣を手にした。


「ハンナ、っお、前……」

「怒らないであげて下さい……どうか」


ハルトヴィンらが合流した。ハルトヴィンが荷台に乗った。


「ハ、ハンナ……」

「1人にすんなよ、こんな、時に……何するか、分かったもん、じゃねぇ、だろうが」


ヴァルトは息切れしながらも話した、回収した短剣をハルトヴィンに渡す。


「……すまない」

「取られてんじゃねぇよ」

「……すまない」


フアンとノイは、ただ側にいた。


「離して……シュヴァリエ」

「ダメ」

「いい、もういい……」

「自分の命なんて……ってことでしょ」

「大丈夫、大丈夫って、ずっと心の中で言ってるの……でも、無理」


ハルトヴィンはただ、下を向いていた。


「寝ましょう、さぁ?」

「夢じゃないって、分かってる……」


ヴァルトが声をかける。


「あのクソ野郎なら、もうぶっ倒した」

「兄さん達が倒した……私じゃない……なにやってるんだろう私、強くなったじゃん……意味ない、じゃん……私意味ないじゃん生きてる意味、ないじゃん……もう皆いない、ピーターもいない……死んだ方がマシ……私だけ生きてる、ズルいよね……」


ノイはが荷台の飛び乗った。


「ハンナ、そんなこと……!」

「姉さんはいいね……まだ、生きてて」


ハンナはシュヴァリエの腕から顔をあげ、振り向き、ノイを見つめた、涙が溢れそうだった。


「ごめん姉ちゃん、えっと、えっと、わた」


ノイはシュヴァリエから奪い取るようにハンナを抱き締めた。強くない訳ではない、だが精一杯の弱さであることが伺える。


「うん、いいよ」

「ごめん、ごめん……」

「いいって」

「ごめん……」


ヴァルトは、ハンナの弓矢を持っていた。


「ハンナ」

「兄さん……?」


ヴァルトが弓矢を見せる、矢ずつにつまった本数は23本。


「これ……」

「眠った子供んらの数と同じだ……あのクソの死体にこれを全部突き立てよう、お前がやれ」


ハンナの脳裏に、様々な記憶が過る。春に花を摘んでいたら転んだ記憶、夏に洗濯で鼻先に泡が付いた記憶、秋にノイが焦がした料理を皆と食べた記憶、冬に肩に乗ってきた落ち葉をピーターが取ってくれた記憶。


「………」

「ピーターのは、ちいと矢じりがデカイぞ。アイツ、俺らより先にアレと戦ったんだ、すげぇぜ」

「ピーター……でも」

「特別に扱え、その方が何かと良いだろ?いや、勘違い……か?」

「……ありがとう、ヴァルト兄さん、ノイ姉、フアン兄さん、おじいちゃん……シュヴァリエも」


ハルトヴィンは尚も下に向け、シュヴァリエが笑った。


ヴァルトとノイがハンナを連れて、屋敷へ歩いていく。ハンナとノイは手を繋ぎ、ヴァルトは少し先で弓矢と矢筒持っている。フアンらはその光景を眺めていた。


「すみません、遅れました……」

「これだけの事が起きて、人集りが見えない……お主」


シュヴァリエはハルトヴィンを見る。


「問前にまだいた方々が屋敷に行こうと皆必死だったのですが……その……悪い予感といいますか……なんでしょう。何かあって、人手が必要そうなのは分かっていたのです……でもほら、畑にアレが落ちたのを見て……」

「大当たりだった、ということですね……」

「当たってほしくはありませんでした……」

「おかげで、街の方々がアレとの戦闘に巻き込まれることはありませんでした……」

「アレ、とは……まさか」

「天使……実在していたんです。敵意を剥き出しで……屋敷を破壊したのは天使です、ピーターを殺す現場を目撃しました。殺された瞬間だったのでしょうが、剣を握っていました」


ハルトヴィンは黙っていた。


「おじいさん……?」

「ワシはハンナに……何も言葉をかけられんかった」

「ライプニッツさん……」

「それだけではない、こんな街を作っておいて、みなの命を背負っておいて、このザマじゃ……」

「じいさん……」

「ハンナは凄い、立ち上がっておる……それにさっきの、ノイに対する言動を……咄嗟に気付いて謝っておった。思い人、親しき子ら、一手で全て失ってなお……立ち上がった。昔のワシは、友人らを失った喪失感を周囲に向けてしまった……」

「50年前の、ベストロ出現の被害……漁村でしたっけ?」

「あぁ、あの日ワシは、船大工としてミルワードから商船に乗っておっての、何かあった時ようにの修理屋みたいな、そんな感じじゃ。その船はオルテンシア北部辺りに本当は到着予定だったんじゃが、丁度風が強くての。航海士が、一旦風に流されてでも、とりあえず船を陸へといって、目的地からずっと西、禁足地付近の漁村に着いたんじゃ」


シュヴァリエが首を傾げる。


「そんな所に村が……?」

「あぁ、カリネ村という小さな漁村じゃ。禁足地周辺はあの頃よりも昔から、アドリエンヌ軍が高い頻度で巡回しておって、禁足地に向かいさえしなければ、都会より安全じゃった」


ハルトヴィンは、少し渋りながら話し始める。


「村人達は温厚じゃった……ワシも皆も、ここは良い所かもしれんと思った」

「ベストロの……」

「奴らが現れ、村人を喰らっていった……建物なんて会ってないようなモンなくらい強かった……」

「じいさん、よく生き残りましたね」

「船の中で、ワシや戦える者らは武器を取って戦った。いくつものベストロの死体を、仲間の死体を重ねてな」

「じいさん、戦えるんですか?」

「あぁ、まぁあんまり詳しく言うとアレじゃが……ワシはミルワードの軍関係の家の出での。色々学んでおったんじゃ」

「船大工では……?」

「色々勉強しておるうちに嫌気がさしての、海に出たくなってしもうた。軍艦とかではない、もっと爽やかな何か何かに乗って、世界を旅したくなった」


シュヴァリエが問う。


「家出……?」

「まぁほぼそうじゃ、弟もおるし大丈夫じゃと思ってな……あの日初めて、剣とか槍とか学んだ意味を感じた」


ハルトヴィンは、少し間を空けた。


「10人ばかしいた船乗りや用心棒、戦える村人も足せば40はいったじゃろう。守ることには成功したんじゃ。そこまで大量に押し寄せてきた訳ではなかったからの……それでもほぼ死んで残り4人、全員船の用心棒じゃった……問題はそこからじゃ」

「そこ……からなんですね」

「禁足地から、血だらけのアドリエンヌ軍がやってきた、10人にも充たない、ほぼ負傷兵のな。フアン、シュヴァリエ…ワシはミルワード出身、何が問題じゃと思う?」


フアンはすぐに答えた。


「アドリエンヌとミルワードは外交関係はともかく、宗教的には対立関係です」


シュヴァリエは、そこを補足するように喋りだす。


「アドリエンヌとミルワード……アドリエンヌは教皇アンブロワーズ・カヴェニャックからなる聖典教の源流カヴェニャック派。ミルワードはそれに異を唱え分裂した、プレイステッド派」

「感心じゃお主」

「こんなこと知っても、なにも充たされません……」


フアンはシュヴァリエのことが聞きたくなったが、ハルトヴィンが喋りだす。


「その兵士らの1人は、こう言った……異教徒ども、まさか貴様らがベストロを呼び起こしたのか、とな。アドリエンヌ軍の中でも、禁足地に出兵できるような者は、信仰心の厚く正義感も強い。なんせ禁足地じゃからの。じゃからこそ、あの兵士はワシらを罵った。戦ったものらの生き残りがワシらミルワードの船の乗組員というのも相まっての……そっから兵士らは、きっと錯乱しているのだろうという善意から抵抗しない、ワシらを拘束した。対立してはおるが、じきに落ち着くと思ったからの」

「兵士に、仲間が殺されていったのですか?」

「いや……村人の生き残りにじゃ」

「えっ!?」

「村人は信仰心に厚いというより、その兵士らの発言で、原因がワシらじゃと思い込んだのじゃろう。不幸を誰かのせいにすることで救われる気持ちが、きっと人にはあるんじゃろうな。ベストロの発生で亜人・獣人への当たりが強くなったのも、きっと同じようなことじゃろうて」

「じいさんのその短剣って……?」

「これはその時、村人らに殺された奴のじゃ。あと何本か折れたやつとかが、ワシの部屋にある」

「周りへ当たったってのは……その」

「ワシは拘束を破ったんじゃ、最後の1人になるまでの間、時間があったからの……えらくなぶるようにあやつら、仲間を殺していった。港で知り合って2週間前後じゃったが、好きな酒や紅茶、女の趣味を知る者同士じゃったからの……ミルワードで女の趣味を語り合うのは、上流では御法度じゃったから余計の。ベストロのことがぶっちゃけ頭から離れておったわ。首に向けられた剣を奪い、ワシは村人と、負傷兵らを……皆殺しにしてもうた。ワシは運良く傷が少なかったからの……」


しばらく、静寂が流れた。


「じいさんは、なぜこの街を……ナーセナルを?」

「……その復讐じゃ足らんくてな、こんな国ぶっ壊してやるっと……なってな。ナーセナル……この言葉を、聞いたことあるか?」

「いえ……ひょっとして、ミルワードの言語ですか?」

「そうじゃ。nurseryとarsenal、その2つの単語を混ぜた、意味としては……託児火薬庫。ベストロが各地で現れたもんで、色々と困った者が増えてな……それらを束ねた組織を作り、そしてその子供らを弾頭のように、ここを銃の薬室のように、知恵や生活基盤を火薬とするように、アドリエンヌを破壊してやろうと息巻いておった。今となっては、宗教的価値観みたいな偏見のない者を育て上げることに注力しておるがの……みな、しかしよくあそこまで育ったものじゃ」


ハルトヴィンは、ただ下を向いていた。


「みなにワシの私欲を、背負わせようとした……これは、あるいは神がいるとして、天罰と呼ぶに相応しい……すまんみな、巻き込んだ……」


涙が月光に反射し、希望の様に、命のように、ポツリと落ちた。しかしハルトヴィンは屋敷へ歩きだした。


「これからじゃ……ナーセナルはこれからじゃ。すまん2人とも、屋敷を片付けよう。シュヴァリエ、動ける者をよ」


ほんの少しだけ前、ヴァルトとノイはハンナを連れて屋敷の、倒壊した西館へ向かっている最中。ヴァルトが先に向かう中、ノイとハンナは少し小さな声で話をしていた。


「姉さん……ごめんなさい」

「えっ?」

「あの時、私……あんな時に、羨ましいって思った……」

「いいって」

「黙ってほしいって思っちゃった……私のこと心配してくれた姉さんに……」

「ハンナ……」

「私、こんなんじゃダメだよね……もっと、もっと、良い子にならなくちゃ……」

「強いね、ハンナは……私だったら……ううん、なんでもな」

「姉さんが側にいるなら、誰だって死なない……だからさ」


ハンナは少し前に走り振り返る。


「姉さん」


すっとそこを退くと、ノイの視線の先にヴァルトがいた。


「側にいてあげて、ね?」

「……うん」


ヴァルトが振り返る。


「あぁ?なんか言ったか?」

「えっ!?えっと……」


ハンナはノイと手を繋ぎ、走り出してヴァルトを越した。


「兄さん遅い、皆待ってる」

「はぁ?お前ら無理すんなって……も」


ヴァルトが自分の口を叩くように塞いだ。


「……ん?」

「え、ヴァルト?」

「……いや、虫がいた」

「……もう冬だよ?」


ハンナとノイは手を繋いだまま崩壊した西館に入っていった、後ろからヴァルトが着いていく。ハンナが急に走り出した。壁に投げられた男の子の死体の、首を持ち上げ膝枕し、周囲を見渡す。


「皆……ピーター……ただいま」


ハンナは、ピーターの遺体の頭を撫でた。


「ごめん、戦えなかった……私、私……あぁ……ごめん……」


ハンナは、泣いた。ヴァルトとノイがそれを見ている。


「無理してただけじゃねぇか……」

「……うん、でもそれでもいいんじゃないかな」


ハンナはピーターの遺体の唇に、自らの唇を合わせた。肺を貫通したあの女体の攻撃によって、血反吐を大量に吐いていたが、何も気にしていない様子だった。


「はい、続き……」


ハンナは、周りを見渡す。


「皆、ピーター、お休み……」


ノイが、奥を覗くと咄嗟にヴァルトの前へ出る。


「ハンナ、来て!!」


優しく素早く遺体を床に置くと、ハンナが合流した。


「ねぇ、アレ、倒したよね……」

「……!?」


ヴァルトが視線をやると、死体があった。女体の死体、首の無い死体。首のある奥へ視線をやると、フアンの槍の突き刺さったそこに。


「姉さん、何?」

「首がないの!アイツの!」


首はなかった。


「姉さん達で落としたとかじゃ?」

「違ぇ、その落とした首がないんだ……野郎、まさか……だができるか普……いや、くっそ、生き物の常識に当てはめてた……やっちまった、くっそ!!上を探せ、飛んでるかもしれねぇ!!」


ヴァルトがハンナに装備を渡す、構えて上を見渡しながら、射線を動かし続ける。


影が映る、それの移動に合わせてヴァルトらが西館から出る。ハルトヴィンが屋敷へ近付こうとしていた時のことであった。


「じいさん、隠れて!シュヴァリエさんと、おばあちゃんも!」


フアンがそれに気付き、ハルトヴィンを下げて駆け寄った。影が夜に天を回り月を切り裂いた。ヴァルトらは落ちるそれを地面に見つけ、月を見上げる。


血の昇ったようなハンナがそれを捉えるが、すぐにそれはどこかへいき、矢を射ることすら敵わない。

その陰は止まり、雲の無い空の満月を背に、六体満足の曲線美は再臨を証明した。


「レトゥム・ノン・クワド・フィニット!!……私はアマデア、神に愛されし、死を不倶戴天とする【御翼の天使】……私は最強、私は死なない、私は死ねない、私はここで、終われない」


ヴァルトらは驚愕するも、ハンナはただ矢を射る。


「終わっててよ……」


矢継ぎを早く3本、既にその天使に命中させていた。


「死んで死んで」


ハンナは目が血走っていた。


「死んで死ね!!今、ここで死ね!」


さらに4本。


「この野郎ぁぁぁぁ!!!」


大きな矢じりがアマデアを貫く。アマデアはそれらを引き抜き、再生の完了と同時に1束にしたそれを片手で折った。バラバラに落ちるそれを、ハンナは涙を流しながら見る。


「なんで、なんで……アンタが殺したんでしょ……皆を、ピーターを……!!」

「私はまだ終わらない、彼らは終わった……立場が違います。幸も不幸も結局は与える側と受け取る側……雄と雌のような関係、かもしれませんね」

「てめぇ……再生しやがったのか……!」

「まだ、私の目的は果たせておりません」

「俺を殺すってやつか、忘れてたぜ、お前お喋りだからな」

「既に、私は勝っています……」


ヴァルトへの突撃を、ノイが受け止め、足で蹴り飛ばした。ハンナが尚も矢を命中させていく。フアンは槍を回収してきたようだ。アマデアは、それらを見つめていた。


(このやかましいのは冷静で決定打を打つが、生身の戦闘力と、あとは連携に頼った動き……攻撃を誘発させて、最後に残す。筋肉女は攻撃と移動以外は雑、受け身は失敗しがちかも、空中に仕掛けさせるように動く。黒頭巾は優秀だが決定打にかける、しかも単純に距離を取れば問題ない。この弓女……いや、アレを軸に崩すか)


アマデアは滑空でハルトヴィンに接近し、攻撃性を加えようとする。


「じじい、逃げろ!」


ハンナは、矢を命中させる。気にも止めないアマデアだが、しかし矢は引き抜いた。


ハンナは考える。


(命中させれば、矢じりで色々と感覚がおかしくなるはず……飛んでる物っていうのは矢と同じ、スッゴく繊細なの、貴女もそうでしょ!?)


ハンナは矢をアマデアの翼に命中させた。翼の感覚が狂い、少し体制が崩れる。


「落ちろぉ!!」


ハンナの矢によりアマデアは落下寸前まで追いやられるが、地面を擦るように飛行することで、それを回避した。アマデアは空中で足を組み、月を脇に、口元に手を当て思案す始めた。


(……この弓女、命中精度が凄まじいですね。確かに彼女はやつの言う追加案に相応しい……だが……)


ハンナの顔面への狙撃を、アマデアは虫を払うように腕で弾いた。


「何考えてるの……何を、せめて私に……私達を見てよ!私、あなたが死んだと思って……せめて、せめてそうで良かったって思ってた」


ハンナは、咽びながら深く吸った。


「のに!!生きてんじゃないよ!!死んでてよ!!」


アマデアは、思考を止めなかった。


(落ち着きはない、この感じからして、私はさっきので思い人の仇……にでもなったのでしょう……私の知り合いとかでもないので、何が死のうがどうでも良いですね……でも……)


ハンナはの涙は、その粒を大きくした。


「聞いてない……か……」

「いえ、ただ私には関係ない死ですから。でも、その亡くなった方がお慕いされていましたら……ごめんなさい、そこだけは、私も分かるんです……辛い、ですよね」


アマデアの表情がハッキリと見え、それは慈悲・同情そのものと言える程であり、その一瞬だけは、確かに天使という言葉がアドリエンヌで持つ印象と似つかわかしかった。


「おいくつでしたか?ひょっとして同い年だったり?」

「応える必要なんて、ない!!」


ハンナが放つ大きな矢じりの矢が、アマデアの目を貫く。


「戦争、恋愛、病、この世界はそういった秩序無き不安定な存在で築かれていますよね?まぁ割合の話ですが……そういったものに長く触れると、色々と削られたり、変わっていったりするものです」


アマデアは、矢を引き抜き、それを折ることなくそっと地面に置いた。


「大好きな人が、大好きな人のまま亡くなれば、それはそれで幸せではありませんか?自らの内にそれを……理想化とでも言いましょうか?そうして出来上がった思いを指標として生きれば、そのお方を生涯、生死に関わらず愛して生きていけますよ?その結果、あなたは清らかな死へと向かえます。旦那が亡くなった、嫁が亡くなったからと次の異性と結ばれに自ら行き、子を作る様は私としては反吐が出ます。なんせその者らはみな愛を唄っておいてそれなんですから……上っ面だけ、恥知らず、不愉快ですよね?」

「……えっ?」

「何かおかしなことを、私は言いましたか?思うならば貫き通す、あなた方が歌や詩で残してきたような恋のやり方を、あなたに言っただけですが。人間への理解が足りていませんか?あなたたちの考え方ですが……」


ヴァルトが口を開いた。


「またごちゃごちゃごちゃごちゃ……いいから死ねっていってんだよ!」


アマデアは着陸すると、体が蠢き始めた。


「さすがにもう、迎えの時間ですね……」


それは、体が再生するときと同様、肉の波打ち、皮膚の脈打ちであった。


「私のみの寵愛……誰にも渡しません」

「おい……最後だ、何が狙い、だった……!?」


ヴァルトの鞘からの刀身の射出は、体の躍動によって打ち出すように生えた腕腕に掴まれた。


「……はぁ!?」


アマデアは今日のような月夜に、盛る獣のような表情を浮かべ笑った。


「目的……」


仰け反るように背中を曲げ、その顔を月光に照らす。席する唇、大きめに空いて目立つ鼻の穴。


「アンフォラム・インプレオ・アクアェ・プアレ!!」


蠢きが腕や脚、背中全体や翼に満ち溢れ、形の変わることに肉体が追い付いていないように内側から炸裂した背、中から生えてきた無数の腕の重なりが翼に変わり光を遮る。脚は段状にひだのように重なっていき所々腕がある。軽やかに揺れる様の立体化は、衣装としての格を感じさせる。腰あたりから後ろに垂れた、後ろ裾にも見える四肢の装飾を靡かせながら、自身の血で赤く濡れたヴァルトらへの道筋を、無数の手足でただ歩く。


フアンやハンナ、ノイ、ハルトヴィンやシュヴァリエは、ただ理解を拒み、震え、嗚咽に浸っていた。ヴァルトはその震える様をマジマジと見ていた。ヴァルトはアマデアを見る。そしてヴァルトは確かに震えていた。


ヴァルトが火薬を装填しようとすると、アマデアの多脚から紡がれたような長い腕がいくつも伸ばされ、それら触腕はヴァルトを拘束した。


抵抗するヴァルトの首を、新しく生えてきた3本腕が締め上げる。悶え苦しむヴァルトを見て、ノイを始めに一同が動き出そうとした。


「ヴァ、ヴァルトぉぉ!!!」


アマデアはその場に見える全員を、触腕で拘束した。


「1人1人です……貴方達にも可能性はある……静かになさい山羊達よ」

「ヴァルトを放して!!」


ノイの切願に目をやるアマデアの表情は、ハンナの時同様、哀れんでいた。


「動けなかったことを、貴女はきっと後悔するでしょう……喪失、絶望、1度食らえばこりごりです。これが最初で最後の絶望であることを切に信じましょうね?」


アマデアの首を締める力が上がり、体が空に持ち上がっていく。


「……ぅあが!」

「死亡だけは避けなくては……先ほどの攻撃で対象が死んだ可能性もありますが、やはり1人1人確認した方が何かと安心ですね……」


小さな声でアマデアが話す中、ヴァルトは頭を回していた。


(……死ぬ、死ぬ!どうする、、死ぬの避けるって、生き物がなんで呼吸してるか分かってねぇのか!?いや、俺も分かっるわけじゃねぇが、必要なものが空気にはあるんだろうが、じゃねぇと呼吸の理由がねぇ……推測できねぇのか推測!)


拳を強く握りしめ、激しく抵抗しながらヴァルトは意識を強く持った。


(いや、無理か……無理なのか!?)


動きが少なくなったヴァルトに、周囲の者らは声を上げ、焦り、怒りを声にするものもいた。しかし、それらを貫いてノイが泣き叫んでいるのが、少しずつ遠くなる意識の中で、ヴァルトに聞こえた。


(お前……やべぇな、めちゃくちゃうるさいぞ……そんなか?そんなに俺、死なれちゃダメか……?)


声が響く、その数が増えた。フアン、ハルトヴィン、ハンナ、シュヴァリエの声。


(揃いも、揃ってんな……まだ死んじゃダメか……まだ……俺は……)


ヴァルトの思考力が、死に様に跳ね上がった。


(あぁ、なんとかならねぇかな……こういう時神々とかがいて、俺を助けてくれるようなことを願って、いやそんな都合よくなんかならねぇ……理由の無い何か災難があって、原因を……そうか、何かに理由を付けるために、神っていたんじゃねぇかな……)


微かに残った力で、アマデアを見た。ニヤついた狂気がそこにあった。


(……天使が敵かぁ、俺ら終わってねぇか?天使が敵なら、神もマジでいて、んで敵ってことだろ?終わっんなぁ……)


次に、ノイを見た。フアンを見た。ハルトヴィンとシュヴァリエは角度的に見えない。ノイの言葉が、大きすぎる声が脳に響いた。


「ぃやめぇぇてぇええ!!!」

(……そっか、ありがとな)


ヴァルトはふと空を見上げた。暗い青空が広がり、主役は月、雲は多少分厚い程度に見える。


(あぁ、もう、なんかもう……雷とか、落ちてきやがれって感じだ、そしたら……まぁ無理か……だっせぇ、余裕なくなって奇跡なんか……)


ヴァルトの体内から、何かが削られた。内に秘められた螺旋は消失し、幾つかの閃光がヴァルトに宿る、帯びるそれは次第に輝きの強さを増していき、円を描くように纏わり付いていく。アマデアだけでない、周囲の者全てがそれを目撃した。


「これは……あなた……何を?」

「知る、か」


ヴァルトには、否応なく疲労が蓄積される。


(なんだぁこりゃ、ワケわからんねぇくらい体ダルいぞ……何がどうなってやがる、全部狂ってんじゃねぇのか!?)


閃光よりも素早く空に打ち上げられた光は上空へ飛んでいき、直の上分厚い雲に入る。アマデアの見上げた空を映すその金色の瞳には、雲の中に鈍く光るものを捉えた。一筋の刻まれたようなうねる線が月夜を刺し、四肢を纏う異形の天使を断罪した。言葉を発することなくそれは、落雷と捉えられるものが発生させた衝撃により燃え盛りながら爆裂し四肢が散乱する。見える限りの皮膚らしき部分は黒く焦げる部分もあるが、外套のような四肢には樹状の火傷後が確認できた。血液の散乱が無いことから、蒸発したことも伺えた、ひたすらに周囲に転がる断片に驚く者らだが、ノイだけはヴァルトを見ていた。掴まれた腕の主を破壊したことで落下し始めるのを、受け止めた。


「……はあ??」

「……し、死んだ??」

「……首、首探……探せ。たぶん本体だ」

「ヴ、ヴァルト、しっかり!!」


フアンが咄嗟に赤黒い四肢の累々を掻き分けていく。


「……ノイ、お前も、探せ」

「わかった!」


ノイがヴァルトをおろして累々に走る。フアンとしばらく探索する。


「……いえ、見当たりはしません。全部黒色で判別できませんが。雷に打たれたので、四散した可能性も……雷、ヴァルト、さっきはいったいな」


フアンの足が掴まれ、紡がれた四肢がそれを持ち上げる。宙ぶらりんのそれを投げ捨て、ハンナに当てた。


ハンナは倒れ、矢が散らばる。


「……たし……たしは……私は、死なない……!!!」


節々が赤く燃え盛る黒い塊の中から、今までより大きな翼を生やして、アマデアが復活した。次第に同様に四肢を纏わせていく。


「レトゥム……ノン……ノン!!……クワド……フィニット!!」

ヴァルトがキレた。



「……いい加減にぃ、しろやぁ!!」


雷は落ちない。


「……くっそ、さっきのいったい何だったんだよ!もう一回こいや!」


屋敷すら覆うような大きさの翼を広げて、しかし何か希望を持ったような目線をヴァルトに向ける。

羽ばたきが累々を吹き飛ばし、焦げた血の粕を風に乗せ、その不死たる醜悪は空を飛んだ。ヴァルトは叫び倒す。


「落ちろ、落ちろよ、落ちろぉぉぁ!!!」


ヴァルトが雷が纏うと、それは一瞬で消え去ってしまった。


「くっそ!!でもなんかできそうだ、このま」


アマデアは痛みを発しながら落下した。


「……あぁあ!?」


フアンが立ち上がる。


「……雷じゃ、ない。ヴァルト!!でも何だか、効いているようです!」


「……くそ野郎が、さっさとし」


ヴァルトが倒れた。


(呼吸がくっそ浅ぇ!力……入らねぇ!)


ノイが近寄ろうとすると、多脚から無数の触腕が生え、ヴァルトにそれらは向かう。


「っ来んなぁ!!」


ノイは口調が移ったように叫び、拳の連打でそれらを落としていく。


(……多い!!)


ノイは威力の高い1撃を放ち、後ろに続く触腕諸ともへし折った。

もう1度同じ攻撃を繰り出し、それを判断に向けた。


「……おい若造」


触腕が全て止まった。そして、落ちた。縦に荒く一閃されたそれらの側に壮年が立つ。手に持つ剣はやたらと薄く、風に靡く程であり、月光の反射がそれを強調していた。緑色の目が剣の鋭さを醸し出すが、その壮年の腰に輪状に付けた帯の鉄細工が外れているように見える。


「……こっちは無視か?」


アマデアはハルトヴィンがいた方向を見る。


(さっきまで女がいたはずですが……逃げましたか、いや近くのは馬車、アレを狙えばある)


「こっち見ろよ、マヌケ」


アマデアがハルトヴィンを見ると、ハンナの矢が両眼の前にあった。

アマデアの目が潰された。

「本当に見るマヌケがおるか、ワシはお主の敵じゃぞ?」


フアンが突撃を開始し、合わせてノイがヴァルトを背中に突撃していく。


「……何度だって、何度だって!」


ヴァルトを除く、その場にいる者全ての攻撃が中断された。手足が地面から生え全員を捉えた。多脚の立つ地面が赤黒いの隙間に見える地面が、フアンは微かに割れているように見える。


(……地面を掘ってきた!?)


手足がの飛び出るを各々が処理していく。


翼を大きくし、新しくいくつも四肢で翼を形成し始める。砂利と瓦礫と焼けた自らの体だったものを反動で吹き飛ばしながら羽ばき空へ昇っていく。ヴァルトを大量の腕で抱き抱え、それは逃走を開始した。

フアンが槍に変形してして高跳びし攻撃を行うが、アマデアではなくヴァルト向けてであった。装具が破壊されヴァルトの刀剣が落下、ハルトヴィンがそれを掴み取り柄の引き金を引いて抜刀、射出しアマデアの腹部を深く貫いた。


「……よい機転じゃ、フアン!!」


ノイがハルトヴィンからそれを受け取り、引っ張って止める。ハルトヴィンがアマデアから伸ばされる触腕を切り刻んでいく。フアンが驚く。


「……ヴァルトを、離してぇ!」


少しだけ刀身が抜け始める。ヴァルトがそれを見る。

(……くっそ、抜けてんじゃねぇよ引っ掛かってろ!!)


ヴァルトから大量の光が放たれ、刀身の滑りが止まり、アマデアは悶える。


「……抜けない!」


ヴァルトは、1段と疲労を感じながらアマデアに喋る。


「……おい、殺す……んじゃ」


アマデアは目に刺さった2つの矢を引き抜き再生する。


「貴方は今、生かす意味のある存在になった。だが……あくまそれは一時的なものです」

「てめぇ……いちいち言うことやること……追っ付かね、ぇんだよ……」


ヴァルトは残り少ない体力を、気絶しないことに集中していた。


(……反応からして、この力のことコイツも知らねぇ、目的があるはずだ。俺ができるのはもう、倒れねぇことだけだ!ここに来て根性かよくっそ!)


ノイの持つ柄と刀身を繋ぐ鉄の糸を、フアンが駆け上がる。


「何、やってるんですか!!」


ハンナが翼に矢を当て体勢を崩した。そこにフアンの二刀が降りかかる。綱上で踊るようなそれをアマデアは受ける、飛びかかりで首を狙うフアンの前に、ヴァルトを付き出す。


「マズイ!!」


フアンが刀剣から手を離しヴァルトへの命中を防いだが、アマデアの触腕に掴まり回しながら投げ捨てられた。


アマデアが強く羽ばたき突風がノイらを襲う。ノイの踏ん張る地面が、ノイ自身踏ん張りに追い付かず、ノイを連れたままアマデアはヴァルトを掴み空中へ逃げていった。加速しながら西方向、デボンダーデを食い止めた防壁の方へ向かっていく。


「ヴァルト、ノイ!!」

「馬車を出す、乗るんじゃ!!」


ハルトヴィンらが馬車に乗ろうとすえうと、マリーが起きていた。シュヴァリエが困惑している様子を見せる。


「お婆さん……?」


足音に気付いたマリーが、フアンらを見る。ハルトヴィンはマリーの持つものに驚いてはいるが、心配も含む様相であった。


「……すまんじじい、フアン、ハンナ、だが情況は分かっている」

「おばあちゃん起き……それは!?」

「他言無用で、頼むよ」


ノイは速度に即した強烈な風圧に耐えながら、しっかりと柄を握りしめ、アマデアの飛行に耐えていた。


「大胆な……」

「……はな、なさい!!」


道中ある森へ向かい、アマデアは木々の枝スレスレで飛行をする。


ノイは脚を枝に着け、大きく飛び上がり、とにかく鉄の線が引っ掛かるのを避けようと必死にそれらを避けていく。ノイは一瞬過去を思い出す、工房にで刀剣を調整しているヴァルトが浮かんだ、鉄の糸を何本も並べている。


「その……なんだっけ、設計?本当に大丈夫なの?」

「クソ強い感じになるまで、ひたすら作り続けるから心配ねぇよ。結構簡単だぜ?溶かして流し込んで細くして、それを何本かで束にする。素材はまぁ柔らかいのを使うしかねぇが……」

「それ、ダメじゃない!?」

「……お前、無作為性の具体的なこと知らねぇだろ?無作為性は、事物としての性質が上下する、ここまでは良いよな?」

「……???」

「性能が上下する、それは全ての性質が該当してる訳で」

「………????」

「作りつづけてたら、いつか柔らかいまま壊れにくい鉄線ができる」

「へぇ~」

「作る自体は良いんだが、まぁいかんせん回数がなぁ。良いかのが出来たとして、それを完成させたらまら“抽選“が始まる……」

「大変だね」


ノイは枝を掴み、柄と鉄線と刀身で繋がったアマデアを連鎖で止めた。


「……止まってぇ~!!」


アマデアは驚愕した。


(まばたきの間に、木を何本過ぎる速度だと思ってるのでしょう?それを腕一本で止めるなんて……!!)

ノイが掴む枝が折れる。そのままアマデアはナーセナル西方の居住地へ突っ込んだ。またしてもスレスレで飛行を続け、羽ばたきだけでも損害を与える。生活を破壊しながら飛行するのを、柄を離さずきっちり耐えるノイは、家々の壁や屋根を伝いながら、上手に避け始めた。


「……なんて力、素早さ!」


低空のまま飛行し、ノイの視界に防壁が見える。ボロボロにったその付近のベヒモスをまじまじと見ながら、アマデアは壁を捉えた。


「……あそこに当てる!!」


アマデアは速度を上げて、ノイの脚が付かないギリギリの高度で木製の壁に突撃を開始した。


(ヤバい!……うんと、うんと、え、どうしよ!脚付かない、えっと、これって操作できたっけ!?手元の何か押したら、あれ伸びるんだっけ、どう使う、ヴァルト、どう使ってたっけ……!?)


ノイの側にベヒモスの死骸が通りすぎた。


(……なんか、この指がかかるとこ、引いてたような……絶対、そうだ!)


ノイは高度を下げて、脚が地面に付く。


「剣に引っ張られるとかじゃないんだ……!?」


眼前に迫る防壁は、考える隙もなく、とりあえず避けようという意識だけが働き、ノイは走る姿勢から跳躍した。人が5人か10人か縦に並ぶような高さのそれと、防壁上を巡回していた戦士を越える。本人が1番驚きながら防壁を突破し、着地の衝撃で掴んだ手がずれる。引き金より下、柄頭を強く握った時に音が鳴り、鉄線を巻き取るような動作をし始めた。


ヴァルトが打ち出していた剣は、確かにいつの間にか刀剣に収まっていたことをノイは思い出した。


「うぉあぁぁ!」


アマデアがノイのかけ声に気付き、後ろ斜め下を覗いた瞬間、腹部に刺さった刀身で導かれたノイの拳が、顔面を直撃した。


「……ヴァルトを離してぇ!」


ノイは殴る、アマデアは崩れ墜落しそうになりながらも体勢を維持し地面に腕を擦り付けながらノイの拳を受け止めていく。急上昇し、ノイは降り落とされそうになる、アマデアの腕を握りしめ、そこから血が滲み出す。ノイが尚もアマデアを攻撃し、取っ組み合いを始めた。


ノイは掴む対象をアマデアの手から刺さった剣刀身に変更、アマデアは咄嗟にノイの首を絞めた。ノイは力いっぱいで剣を抜こうとするが抜けない。首を締てくるのは分かっているが、それでもこの剣に驚いていた。


(なんで、抜けない!?)


ノイはもう1度剣を抜こうとするが、次は1瞬で動いた。アマデアのかける力に徐々に打ち克ち、剣を引き抜きもう1度刺した。悶えて力が抜けた1瞬、ノイは刺す攻撃を幾度となく繰り返す。


「お、ろ、せ!!」


3度の1つの訴えは刺突と共になり、腹部を貫き続けた。アマデアは何か、痛みとは違うなにかに震えていた。


アマデアが突如として怒り、狂い始める。叫びか何か、とにかく内にある何かにいつの間にか触れたようであった。


「やめろぉおぁおおあああ!!!」


ノイが振り落とされ、ヴァルトも何故か投げられた。ノイは周囲を見渡す、あと少しで雲にすら届き得る程の高さ。ノイは死を意識し行動を起こした。滑空しながらヴァルトを抱え、涙を流す。目を開けたまま、気絶しているように見える。


「……起きたヴァルト、起きて!……ヴァルト、なんとか、なんとかして!私、やっちゃったの!ごめんヴァルト、ごめん……いつもごめん」


涙が逆さに零れながら、ノイは顔をヴァルトに近付け、彼女の人生最初で最後の求愛をしようとする。


「……ヴァルト!起きて、ヴァルト!!」


目を開け、ノイの瞳しかほぼ見えない状態をボヤけて把握、上を見上げると地面が迫っており、ヴァルトの頭は目が覚める。


「……ぶっ飛べぇ!!」


ヴァルトが地面を睨み付けると、ヴァルトは雷に包まれまたそれは消失、睨んだ位置を中心に、激突寸前で爆発し、ヴァルトとノイが吹き飛ぶ。空中でヴァルトを抱え込み、木を縦に5本ほどの高さから地面に衝突、横転しながら減速、着地した。


「いったぁ……」


ノイが右腕をを動かそうとする、思うようにできない。


(……あれ!?)


ノイは唐突に、激痛に襲われる。


(……折れたとかじゃない、体が曲がる所全部痛い……外れたの!?いや、これで済んだのが凄いんだ)

女性の泣く声が聞こえる。ノイが四肢を垂らしながら地面へばりつくようにその方角を見ると、崩れた姿勢でうずくまって翼で体を覆った女体があった。月明かりが腹部からの出血を映し出す。傷は治したのかが分からない。


「違う、違う、違う、違う……」

「……何が!」

「違う、違う、違う、違う……」

「あんたは、私達の大切な人を何人も殺した!何が違うって言うの!?今さら何よ……自分が良いことしてるとでも思ってるの!?思いたいの!?」

「……」

「何か、答えなさよ!ふざけないでよ!!何よ、何!?何なの!?本当意味分かんない!!泣きたいのは、こっちなのに……!皆なのに……!」


鈍い足音が唸りと共に聞こえてくる、ノイがそれに気付いたが、すでに囲まれていた。


ノイの周囲は低い草、少し疎らに生えた高い木、兎や栗鼠に犬などのべストロ。大きい小さいを問わずノイやアマデアを見ている。


(あぁ……本当私、最低だ。こういう時の体の治し方とか、名無しとか、色々全部勉強したはずなのに……何も分かんない、何も覚えてない。ヴァルトもフアンもおじいちゃんもおばあちゃんも、皆手伝ってくれてたのに……思い出だけあって、いま要るものが私にはない……何で、で私こんな……!)


涙を流す黒と白が、囲われる中、ノイは月を眺める。


月に移る翼をノイが捉える。


「……!?」

アマデアの周囲が白いな羽根に包まれたかと思えた。アマデアと同様、白を基調とした服装を纏った、天使と呼ぶに相応しい者らが3、囲うようにして現れた。


挿絵(By みてみん)


「お姉様!」「アマデア様!!」「こいつぁ、どうなってやがる?」

「お姉さま、無事!?今までどこにいたの!?雷落ちたでしょ!当たってない!?」「ったぁく、まさか打たれて落ちうぇんうぇんってか?なさけねぇなぁ第一様がよぉ」「お姉様は悪くない!黙って!」「おいおい口を開けば姉さん姉さん、言い続けてもう数百年、飽きねぇのか?そもそも今……」


誰が何を話しているのか、ノイには分からなかった。鋭い目を持つ傷だらけの天使とノイが目を合わせた。


挿絵(By みてみん)


「……んぅ?コイツらぁ、何でここにいやがるぅ?」

傷の天使が近寄ってくるのを、ノイはただ見る。

「……んぁ?言葉通じてねぇのかぁ?何で、ここに、いや」

「レディーレ!」


挿絵(By みてみん)


筋骨の天使が発した。


羽根を全員が大きく広げると、べストロらが天使らに襲いかかったはずだったが既に死んでいた。姉と呼び掛けていた背丈の少し小さい天使と、筋骨の映える天使が動いたようにも見えた。


筋骨の天使が全体をまとめ上げ、空へ飛んでいき、小さな天使に抱えられたアマデアを、ノイは見ている。


(アイツが生きて、私とヴァルトが死ぬの?食べられるの?)


ノイが泣き始めた。


(ヴァルト、ハンナ、皆……ごめん、ごめんなさい。私、ダメだったよ……きっとここにいるのが私じゃなかったら……もっと強くて賢くて、本に出てくるみたいな……そんなだったら、皆助かって、皆笑顔だったよね……)


周囲のべストロを涙の越しに睨み付け、体を捻ってヴァルトに覆い被さる。


(……少しでも、少しでも)


ヴァルトの服を咥え、どこかに動かそうとするノイ。


(ちょっとでも、ちょっとでも……)


犬のべストロがノイにかかろうとする。瞬間より少し前から聞こえていたはずの蹄の音は、ノイには聞こえていなかった。何かがノイの正面から飛翔した、それは犬のべストロの頭部を破壊し、返り血がノイとヴァルトにかかる。死骸が倒れた側には大きく、そしてやけに刃元が鋭く長い斧身が突き刺さっており、鎖で飛んできた方向と繋がっている。


「……?」


しなった鎖は突如張り、金切声と共に高速で何かが接近してきた。黒い装束を纏う背の低い、フアンではなくマリーだった。


マリーの手には鎖に繋がれた長柄が握られていた。それを巻き取るようにして接近し斧が柄の先の車輪と衝突する。柄大きな斧になったそれは、飛翔の勢いそのまま前方へ突進しよこに凪払われる。

老婆とは思えぬ勢いでそれを斧を振り回していくマリーは、長柄に搭載された2つの操作棒を片方引っ張り、斧を回転させ、刃元を矛先に見立てた槍のように扱い始めた。伸びた距離を生かして、飛びかってくる兎の喉を突き刺す。


先ほど引っ張った操作棒とは違う棒を引っ張ると、片側の操作棒は引っ張る前の位置より手前に戻る。槍が回転し、長い刃元の内側まで研がれたそこを刃とした鎌のようになり、ノイに接近した大きめの栗鼠の国を切断した。


蹄の音が近付き、黒い装束は近寄ってくる。


「ノイ、ヴァルト、無事ですか!?」


ノイは咥えた襟を落とした。


「フアン……お願い、ヴァルトを」

「ヴァルトも無事なんですね、動けますか?」

「無理……」

「どこか骨が?」

「全部痛い……」


ノイの近くで馬車が止まった。


「運び込め!!」


フアンがは痛がるノイと無反応のヴァルトを担ぎ上げる。兎のべストロが束になって襲いかかる。ハルトヴィンが手綱から手を離し腰の帯の金具を押し込み、薄い刀身を中から引っ張り上げ、べストロらを切り落とす。


「急げ!」


フアンがヴァルトらを運び込みと、ハルトヴィンは馬車を走らせた。


「え、まだおばあちゃんが!!」

「マリー、撤収じゃ!!」


マリーは棒を中に押し込み、鎌を振り回して勢いよく振る。鎖に繋がれた斧身が車輪付近に飛んでいき、操作棒を引っ張ると、柄と刃の間にある大きな車輪の内部が回転し鎖を巻き上げる。巻き取りで馬車の付近まで接近し、衝突の運動そのままに走る台車に飛び込んできた。


「おばあちゃん……」


フアンが後ろを見張ると、追撃は見えない。


「フアン、大丈夫じゃ。足の速いのは片付けたからの」


ハルトヴィンが振り向く。


「フアン、ヴァルトとノイの容態は!?」

「気絶です。呼吸も脈も聞こえます」

「ノイはどうじゃ!?」


ハルトヴィンは馬を加速させる。


「……ノイ、痛いって言ってましたよね?」

「マリー!!フアンと交代してノイを治療せい、脱臼じゃ!フアンは後ろを見張れ!」


マリーが後退してノイを治療し始めた。


「ノイ、よくやったぞ……」


マリーはノイの口を開けて、太めの木の棒を噛ませた。


「これを噛んでおれ、よいか、絶対に噛んでおれよ!?」


マリーはそういうと、肩と背中を掴む。


「堪えよ!」


勢いよく押した。骨が削られるような音がノイの耳に入る、ノイは慟哭にも似た声を上げる。


「ノイ、あと3回じゃ!行くぞ!」


聞くのも憚られるような声をノイが上げながら、治療は完了した。力が抜けたようにノイは噛んでいた木を落とす、ほぼ折れかかっていた。


「他は大丈夫か!?」


ノイは肩を回し始める。


「うん、もう戦える」


ノイは握る拳を見つめていた。


「よい、もう休んどれ。本当によくやったの……しかしどうやった?怪我はこれだけか?遠くから見ていたが、空から落ちただろう」

「ヴァルトがね?何か叫んで、そしたら地面がドーンってなってそれで……」

「爆発か?」

「ヴァルト、どうなっちゃったの?」

「分からん……」

「ヴァルト、これからどうなるの?」


ハルトヴィンは渋りながら、答えた。


「全て推測を出ん、じゃが……ヴァルトは、何かに目覚めたかもしれん。あの天使はそれを奪取することを目的としておったやもしれん……じゃが、奪うという行為と、あの虐殺は辻褄が合わん……フアンから聞いた、落下してきた天使の付近にいたもの、意図の分からん質問、さすがに何か関係あるんじゃろうが、それはそうと、一方的な会話とその内容……」

「私、あの天使をね、ヴァルトの剣で刺したの。そしたら急に怒って私とヴァルトを投げ捨てて……それにその後下に降りたのかな、そばでね?ずっと泣いてた、違う違うってずっと……」

「目的であるヴァルトすらか……あのアマデアとかいう天使自身、自分の行動が制御できておらんのじゃろう……情緒不安定と言えるかもしれんな……あの天使はどこへ?」

「そう、そう!3、3人いた!皆であの天使を探してたみたいな感じだった」

「何か言っておったか?」

「意味分かんない言葉喋って、どっかにいっちゃった……」


フアンは後方を確認し続けた。


「何か引っ掛かりますか?」

「いや、憶測にすら到達せん」

「西陸は、どうなっていくのでしょうか?」

「もうどうにかなってしまった後じゃ」

「……そうですね」

「ワシらには、何が足りん?」

「……情報」

「それを得るには?」

「……行動」

「提案じゃお主ら、後でヴァルトに伝えておくれ……天使を追わんか?」

「僕は賛成です、皆の仇ですから。ノイは?」

ノイは拳を強く握る。

「……絶対に許さない!おばあちゃんも行こう!?」

「私は無理だな」

「えっ、何で!?」

「みんなを危険に晒す」

「何で!?答えてよ!」


フアンがノイを落ち着かせる。ハルトヴィンが話す。


「ノイ、マリーの強さは見たな?あれが今のナーセナルには必要じゃ。お主らがここを出るとして、ハンナやワシだけでは無理じゃ」

「あっ……ごめんおばあちゃん……私、考え無しに……」

「今日中に屋敷の皆を、防壁でやられた戦士を、ちゃんと寝かせるぞ。月明かりがあるなら作業はできる」

「ハンナとシュヴァリエさんで今、動ける方を集めてもらってるんですよね?」

「ハンナは作業から外す」

「もしまた自暴自棄になられたら、困りますしね」


夜はまだ深く、壁までの森は暗く、月は勝ち誇るようにしていまだ健在する。静かな森に何がいるかも分からない中、来ないことをただ信じて、ノイは体を横に休もうとしていた。ヴァルトを見る……まただ、また雷に包まれ始めた。


「えっ、えぇ!?」


ヴァルトの全身が、その要望が全て分からなくなるほどに包まれた。


「……もうやだ、もうやめて!!」


ノイは光を抱き上げた。


「これ以上何も起こらないでよ、これ以上何も奪わないでよ!!もういいじゃん!やめてもう、追っ付かないよ!!」


ノイは目を閉じて、ただそれを抱いていた。頭を抱え首もとに顎を載せて、強く包容する。鼻が肌らしき部分に当たる。


(何か、匂い変わった……ヴァルト……?)


光は少しだけ大きくなり、輪郭も、変わったように見える。


「えっ……??」


ヴァルトは、ヴァルトではなくなっていた。


2025年6月3日時点で、997,634字、完結まで書きあげてあります。添削・推考含めてまだまだ完成には程遠いですが、出来上がり次第順次投稿していきます。何卒お付き合い下さい。

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