十八話 アベランを越えて
十八話 アベランを越えて
度重なる揺れ、度重なる鈍く低い轟き。高鳴る波風の流れは急激に変わり続ける。
「全員、船底から出るな!」
ゼナイドは海の周囲を見る。流れは渦のように巻いていき、その静かな流れの中心が、船底にあるのが分かった。
(渦潮……いや、この海峡は常に一定方向に流れる。流れがぶつかることでしか普通、渦潮は発生しない……流れ、流れ、なが……ん?)
船体から体を乗り出して、北東の波を観察し始める。
(海流は、ミルワードと西陸を挟む海溝で絞られ、結果としてここの海は必ず南西から来る。それが渦潮となるなら、同等の力が北東から……)
ゼナイドは、船の下に違和感を覚えた。波とも違う、より鈍くて直接的な音。うねる轟が、次第になにか生き物の可能性に気付き始める。
(海底になにかいる……!!海の流れを相殺するほどの何かだ、それほどに巨大な……)
ゼナイドは、船底より下の海面だけが黒いのに気付く。
(……???)
ゼナイドの視界は暗くなる。
海底から現れた黒く暗い鱗を全身に持つ蛇の頭は勢いよく、対象を優に越え大きさにる口を開けて、海面ごと口内に帆船を下から救い上げる。そのままの勢いで頭と胴と尾を垂直に海面から飛び出して、嵐が着たときのような荒波を泡と共に立たせる。空に届くほどに伸びた全身、頬で支えられるように船は一瞬で空中に持ち上げられていった。
。
全体の海面ごと口に含まれた船の周囲は、大蛇の口膣だけが背景になった。
(ベストロ……なのか?)
揺れる船にあたる日差しは次第に、口が閉じられるのでなくなっていき、ゼナイドは外套から爆弾を取り出した火をつけた。
(……みなさん、すまない)
口元で爆発が見えたのち、次第に曲線に少しだけうねりながら、波打って海面に全身を叩きつけるようにして海面に戻る。
大瀑布のよいに海が干上がるように波たって、霧のようにしてその巨体の影は、それは深淵の果てに消え去っていく。その霧散した潮によっても消しきれない尾は終幕とそて扇に振られ海面を弾き飛ばし、爆発するように海面を切り裂いた。
ヴァルトとフアンは無言の驚嘆を10秒以上に渡って、ナナミにひっぱたかれるまで、気絶のように立ち尽くしていた。
「オヌシラナニヲヤッテオルカ!!スグニウミカラハナレヨ!!」
「……?」
慌てた様子で母語が出ている。
フアンは意識を取り戻すように、ヴァルトを連れて走りはじめた。
「すまん、途方もなく大きな波がくるぞ、街を飲み込むほどのじゃ!!高台へ急げ!!」
「とにかく走ります。あの蛇のことは、一旦放置です!ヴァルト、走りますよ!」
ヴァルトたちは工廠を越えてハーデンベルギアを抜ける。道なりに進み過ぎてしまい、少し西側に出てしまった。
「馬車に乗ってもっと遠くにいかないと、このあたりに山なんてないですよ!」
「ノイは確か、南側で待機してたはずだ。くっそ、波が来ちまうぞ!!」
ノイが手綱を操縦して、北側から西側に向かって馬を走らせていた。
「……みんなぁ~~!!!!!!」
ヴァルトたちの視界に移る幌馬車の後ろから、十体以上のベストロが、大きく口を開けて、血の混じるヨダレを垂らして迫ってきている。ナナミは走りながら鈴を全身に装着していく。鈴を鳴らした。
「おかしな獣どもじゃ。海の暴れるのに、自然に生きるのが気付かん訳がない……ノイ!!こちらに寄せるようにして操縦せよ!!」
馬の力をもろともせず、ノイは力任せに、従わせるように手綱を引っ張り、強引に方向転換を行って、土を耕すほどに車輪を食い込ませながら、馬車を横滑りさせたのち、ヴァルトたちと並走する。
奥の方では、ベストロの五十は下らないのが、ハーデンベルギアに向かって走っていた。ノイのベストロの群れのいくらかもそこに加わっていき、残ったストロが馬車をの側面に狙いを定め飛びかる。
ナナミは鈴を鳴らした後に竹棒から抜刀し、馬車の後方から飛び出して、飛びかかってくるヒツジやオオカミなどの名無しのベストロを、馬車に飛びかかるようにしながら、空中で体を回転させながら凪はらって牽制し、そのまま斬り伏せて、幌馬車の幕にしがみつく。そのまま寄りかかるベストロらを牽制し続ける。ヴァルトとフアンは幌馬車に乗り込んでそれぞれ、武器を装備する。
「ノイ、やれそうか!?」
「……わかんない!!」
「いいか、海岸から離れるように飛ばせ!南西だ!!」
「わかった!」
ノイは西に向かっている馬車を少し南方に向ける。霧散した大海の奥から巨大な波が現れた、刻々と陸に向かってきていた。人間が6か7か縦に並んだような高さは、水平線を押し上げており、ノイは遠くにそれを目撃し、ノイは息を飲むことしかできなかった。
「馬車を頼んだぞ、ノイ!フアン、銃を構えろ!」
ヴァルトは木箱から爆弾を何個か取り出して、操縦席に乗り出し、脳内でベストロの群れが爆発で吹っ飛ぶような想像をしながら、火をつて爆弾を投擲する。
(規模はあんまりデカくはできねぇ……しっかり考えろ、吹っ飛ばす範囲はベストロの群れに遅れが出るように、前列の小型。散らして、足に引っ掛かるようにすればいい、爆弾を発破する瞬間に重ねて火力を上げれば!)
ヴァルトは雷を纏って、髪は少し逆立ち風に煽られるように揺れ動く。爆弾を投げた方角に右手をかざす。
「……吹っ飛べ!!」
雷は、ただ消えた。爆弾はベストロの群れの後列で炸裂する。前方の勢いは止まってはいなかった。
「はぁ!?なんでだ、発動しねぇ!?」
「ヴァルト、とりあえず銃で応戦しましょう!」
木箱を開けて先込め式の銃を取り出し、剣で幌馬車の帳を破って狙いを定めて射撃。フアンは馬車の操縦席から銃で射撃。ナナミは耳を塞ぎながら、馬車の上から全体を把握する。空中からツバメの名付きががナナミに向かう。
「エイレーヴェル……!」
「ナナミさん、お願いします!!」
「ちょうどツバメを返してみたかったんじゃ!!」
エイレーヴェルは大砲の弾丸のように、地面と水平に一直線に吹き飛んでくる。
(まともに斬ったら、衝撃で刀が折れそうじゃな……)
ナナミに直に向かってくるそれを、鈴を鳴らしながら腰を据えて上段に構えて待機。据えた腰と溜めた足首を使って回避行動を取る。首の皮をクチバシで削られながらすれ違い様に、胴体を上段から振り下ろして、輪切りのようにして討伐。勢い良く海岸方面へクチバシは弾頭のように飛んでいき、空気抵抗でブレながら地面に激突。
ヴァルトとフアンは装填済の銃を全て射撃してベストロの前列を下げる。ヴァルトは操縦席に乗り出して、伝令のために装備していた信号弾の銃を取り出し、ベストロの群れに向かって射撃。それは弾着して緑色に爆発する。ベストロたちは音と炎で暴れ、列が乱れ速度が落ちる。
「ノイ、南に進路を変えろ!」
「あっち、向いてぇぇ!!!」
手綱を強引に引っ張って、馬の意思など関係無しに馬車を曲げる。幌馬車は南に向かって前進していき、ベストロ5頭ほどを背に、多少坂になった方向へ向かって更に馬を走らせていく。
「こっからは少しだけ坂だ。多少の波ならこれで大丈夫だが……あの高さは尋常じゃねぇだろ!」
「坂を上りきればある程度の高さはあります!」
「それでは足りぬ……よいか、波に追い付かれそうになったら、馬を捨てて、近場の木に掴まれ!最悪の場合で木と一緒に波に流されても、木にしがみつけば浮いていられる!」
ベストロたちの体力が少なくなっていき、更に速度が減っていった。
「こいつら、どうやって現れたんだ……ノイ、何があった」
「大きな蛇みたいなの、海で見たんだけど……その、ちょっと前くらいだったかな。ベストロが向かってきたの、ガーッて来たから馬で走って……みんな西側の方探してなかったじゃん?だから、帰りについでで探してたりするかもって、西側に向かったの。当たってた、よかった」
「ノイ、頭良くなりました……!?」
「なっ!?」
ヴァルトは追ってくるベストロに銃撃を行う。
「とりあえず、こいつらはもうとっくに体力が切れてる。このまま走るしかできね以上、問題は波……」
ベストロたちの群れは離れていき、追いかけるのをやめる。
「追い付かれて飲まれたら、絶対に海水を飲み込むな。あれは泥ごと巻き込んでくる。触れるだけでも病気になると思え」
「結構離れましたが……まだ逃げるべきですか?」
「日輪では、しょっちゅう波で街が消えるからの」
「だから、詳しいんですね」
「ツナミというてな……頼む間に合ってくれ。走れ馬よ、人は自然になど勝てぬ……だからこそ、自然に生きるのは全てそれを察知しやすい。そしてだかたこそ、波に向かっていくあのべすとろというのはとかく、生き物とは到底思えぬ」
ヴァルトは単眼鏡で津波を見る。遠すぎて規模感覚が掴めない。
「……デカイんだろうが、遠くからだと分からねぇな」
「それが津波の恐ろしいところじゃ。デカい波じゃの~と言うとる間に海の藻屑よ。あれは馬の何倍も早速い速度で来る」
「じゃああの街は……ダメ、なの?」
ヴァルトはオフェロスに状況を伝えはじめる。
(……結論からだ。空に届きそうなほどのデカイベストロが海にいて、そいつの引き起こした波で街の崩壊が確定した)
(……!?)
(海にいる、クソでかいベストロだ。何か知らねぇか?)
(……さっぱりだ、すまない)
(本当だろうな?)
ヴァルトは幌馬車の中で、波の脅威が分からない中、後方。フアンがノイと操縦を変わる。
「ノイ、僕が後はやります。休んでいて下さい」
「……」
「ノイ?」
「ヴァルトの故郷、失くなっちゃうんだなって……せめて1回くらい私も」
「伏せろ!!!!」
ヴァルトの叫びと同時に、幌馬車が吹き飛ばされる。
木片となった車輪や鉄屑になった車軸、ボロ布になった帳に募る赤いシミはおそらく馬の物だった。馬車も馬も消え去って、木箱から火薬や銃が散乱。木片の瓦礫から4人が立ち上がり、馬の死体に圧されるナナミを救い出す。
「……なに、なにがあったの!?」
「怪我の確認だっ、くっそ、なんか降ってきやがった。全員生きて」
起き上がったヴァルトの傍に、羽根が落ちてきた。ゆらり、ゆらりと、雪のように軽く、血で汚れている。地面に滴る馬のそれを吸い上げて朱に染まり、血の痕跡を視線のままに辿る。引き吊り出されら馬のはらわたで鮮血を浴び、ゆるりと浮かぶように降りてくる幼さの残る少女は、羽根を生やして、海を背中にそこにいた。
「初めまして……ではありませんね。お姉様を泣かせた奴等を、私が忘れる訳がない……」
少女を血濡れた手で腰に下げた剣を握り上向きに抜刀していく、手から滴る血が薄く小さな鍔を超えて剣に滴り、振り払うようにして抜刀を完了する。
「あなたたちは死ぬべきなのよ、お姉さまのために、そしてお父様のために……!」
2025年6月3日時点で、997,634字、完結まで書きあげてあります。添削・推考含めてまだまだ完成には程遠いですが、出来上がり次第順次投稿していきます。何卒お付き合い下さい。




