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ブルートアウス ~意思と表象としての神話の世界~  作者: 雅号丸
第四章 傾城帝政

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十六話 レガトゥスとオクルス

十六話 レガトゥスとオクルス


(……天使の、社会構造だ?社会ってなると、お前らには社会があるのか?)

(そのあたりは後だ)

(お前マジで……)

(天使は、二つの階級が存在し、それぞれがレガトゥスとオクルス。レガトゥスには序列が存在し、様々な特権が与えられている。対してオクルスには階級差こそなく自由な生活がある、しかしレガトゥスの指示は絶対遵守。いわば、経営陣と労働者だ。私は、比較的新しいオクルス)

(……新しい?)

(私たち天使は、いつか分からない。突如この世界に、なんらかの手段を持って顕現していると思われている。君ら人間のように、基本的には親が存在しない。生殖器はあるが、基本的に同族とは禁止されている。理由は不明だ)

(意味が分からねぇな)

(オクルスには二つの役職……というより、派閥がある。私のように語学や知見を学ぶ者、そして武術を鍛える者だ)

(……奈落で、大量に死んでいた天使がいた)

(……やはり、武闘派はあれらを抑えられなかったということか)

(それについても、後か?)

(……あぁ)


ヴァルトは心で深く溜め息をついて、奥の樽へ向かった。ナナミは入り口を警戒しながらヴァルトの隣にいるフアンに合図を送り、二人で樽をそっと退かす。金庫は開いていなかった。


(……つまり、まともに逃げられなかったってことだな)

(……)


ヴァルトの頭の中に、すすり泣く声が響き渡る。


(そうか、そうか……マリア、リンデ……)

(……)

(家財はこの中だ、もっとも……何が入っているかは分からない。貴金属か、高価な酒か、あるいは当時の情報もあるだろう。中身は好きに使ってくれて構わない)

(……あいよ)


壁に埋まった金庫は年代物らしさを醸し出していたが、その実かなり精巧な作りであった。取っ手は5指でつまんで回すような設計で、丸いそれには1周、数字が刻まれていた。値は60で、0~10~20と段飛ばしで刻まれていた。間の値は短い線で構成されている。


(これ、ミルワードからの密輸品か?)

(……すまない、かなり奮発していたようだ。これは、どう解錠するんだ?)

(俺のジジイの書斎にもあったから大丈夫だ。だが、4つの番号が必要になる。誰が敷設しそうか分かるか?)

(マリアならこれくらいやってのけるだろう。存外強かだったからな)

(……例えば、ガキの誕生日、あとお前と結婚した日付とか)

(4月3日、10月23のはずだ。暦が変わっていなければだが……)

(覚えてんのかよ)

(当たり前だ)


ヴァルトは、まず左回しを何度か行う。右回しに3度回してから、取っ手の彫刻が示す位置を04にして止める。左に2度回して03にして止める。右に1度回して10で止める、23にして止める。そのまま取っ手の隣にある錠前を、短くて曲がった針金で解錠しかける。フアンに目線を送り、フアンはナナミに合図。ナナミは悩んだ表情で、中指を立てる。


(えっと、たぶん今はダメってことですよね?使い方間違えてますねあれ)

(すまん、首ふる音も出せん。分かってくれ!)


ナナミがしばらくして中指の立てるのをやめる。

フアンはヴァルトの目を見る。ヴァルトは解錠して、少々の音を立てる。フアンは聞き耳を立てるが、とくに音はしない。ヴァルトはそのまま別の取っ手を手にして引っ張り、金庫を開けた。


金庫の中は入り口で絞られた月光では届かず、とりあえず手を伸ばして中身を回収。光のある場所で確認してみる。鉄の延べ棒1本と、銀の延べ棒1本に、書物が2冊。一冊は、聖典だった。


(情報があるとは思えないが……あと一冊は本か?)

(……表紙はなんだ?)

(一対の旅人……普通の表紙だ)

(……ん?普通とは、どういうことだ?)

(いや、キショイ表紙のがあってな。絶版されてるが)

(紙は中々に貴重だ。マリアは本を日記にしていたこともある。当時のことや、リンデのことも書かれているかもしれない)

ヴァルトは本の裏紙を開けると、飛び込んできたびっしりの文字を読んでみた。


―中身を開けたのが悪党なら、死ね!!夫か娘だったら、大好き。オフェロス、ジークリンデ、よく分からないけどあなたの言う通り、高い金庫付けました。中身はとりあえず日記……になっちゃった聖典。あとは差し入れついでに工廠からささっとくすねた金属の延べ棒でもぶちこんでおきます。


鉄の方のは価値は分からないけど、優生だとか言ってました。あなたと出合ったときと同様、なんだか凄い予感がしてかっぱらいました。死んでも神様にぶたれるのは私だけなので、問題なしです―


ヴァルトは頭の中で、マリアという人物の表情が、頻度の多く変わるのを考える。


(……日記読んで分かった。とりあえずお前の嫁さんはとんでもない女だ。金庫の中身の貴金属は、コイツが盗んだんだと)

(……はっはっはっ、さすがマリアだ)

(咎めろ、夫だろが)

(いや、どうせ私のことを少し褒めながらかかれているだろう?それは、許してという意味だ。惚れた女性を許さない訳にはいかないさ。そうかマリア、そうか……)

(この調子だと、リンデはもっとヤバいんだろうな……)

(……)


ヴァルトは文章を読み進める。


―オフェロスがいなくなってからすぐ……教皇様の祈祷によるベストロの退却で、イェレミアスやオルテンシアは一時の平穏になりました。


しかし、ベストロはオルテンシアに集合するように戦いを仕掛けています。デボンダーデと呼ばれるそうで、アドリエンヌの研究機関が頑張っているようですが、状況は分かりません。


オフェロス、あなたがきっと、なんとかしてくれるわよね?してくれなかったら、とりあえず死なないで!!娘は私がなんとかするから、お願い!!―


(なんつうか、誰かのためでありながら自分のためっていう感じの文章だな。心を落ち着かせるために書いてる感じだ)

(マリアは表情の変化が激しかったからな。家事と育児と経営で手一杯の中、そこに気持ちを吐き出していたのだろう……)

(デボンダーデが引き起こった時期に、お前は仕事……?)

(そう書かれているのか?)

(……デボンダーデ、俺は勝手に40年くらい前には起きた出来事だと思ってた。デボンダーデっていうのは、ここ50年のベストロの騒動の中では、中間よりも後、二五年以内に起きた出来事ってことか?)

(……そこまで詳細な日付は残っていないというのが私の結論だ)

(だが、いやつまりシレーヌという存在も、五十前はまだ奈落にいた、いや、奈落にもいなかった。いや……????待て、はぁ?頭が混乱する。どういうことだ???)

(私はその答えはを知らない)

(……ベストロってのは、本当になんなんだ)

(だが、君が目撃した天使の死体などを、私のしていた仕事も考慮すれば、私なりの推論は立つ。ベストロの真実ではない、あの天使の目的がだ)

(アマデアか?)

(……)

(ここを出てから、か……)

(真実が曲がるくねる場合、大概はそうなっていてほしい誰かがいる。そうであることに、利益があるからだ。極めて、難解に曲げられている、それほどに、バレたくない、ということだ)

(そうかよ)

2025年6月3日時点で、997,634字、完結まで書きあげてあります。添削・推考含めてまだまだ完成には程遠いですが、出来上がり次第順次投稿していきます。何卒お付き合い下さい。

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