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ブルートアウス ~意思と表象としての神話の世界~  作者: 雅号丸
第四章 傾城帝政

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十五話 ハーデンベルギアへ

十五話 ハーデンベルギアへ


日が落ちた。ハーデンベルギアは、外壁がある訳ではなかった。そのため、かがり火や松明がかなりあるのが伺える。


「……かなりの数がいますね」

「光源を避けながら進むんじゃ、積まれた藁を伝って農地を抜ける。妾を先頭に妾フアンとでヴァルトを挟む。姿勢は低く、あまりはやく動くでないぞ」


ナナミは、全身に装備している鈴を外していく。耳たぶみ着けていたものには、穴の若干空いた耳たぶが隠されている。


「それから亜人や獣人の鼻や耳をなめてはいないじゃろうな。言葉は、もう発するでないぞ。何か言いたいことはあるか?」

「……任せた」

「では行くぞ」


三人は、ナナミを先頭に走って止まってを繰り返し、体に着いた藁を落としながら、縫って、張って、するりと農地を抜けた。


(速い……!ナナミさんの動き、判断の速さが違い過ぎる。ただ効率よく動くだけじゃない、僕やヴァルトというのを背負うかのような、要人警護に近い動き……僕も、静かに移動できるとして参加することになった。とにかく今は足を引っ張らず、ナナミさんに着いていくんだ)


煙の出てない工廠にたどり着く。ナナミは竹棒を紐で括り、縦に壁に設置し、足場にして昇る。ヴァルトとフアンも同様にして昇る。フアンが登りきると、括った紐で竹棒を引っ張り上げて回収した。工廠の屋根上から、ハーデンベルギアで煙の立っている工廠や、そこで暗い中で生活する、ボロい外套をまとった亜人や獣人を見る。


(……侵入者の動きを、させた上で止めるような、一瞬一瞬が罠だらけの警備態勢。あるいは誘い込まれたか?一度、様子を伺うべきじゃな……)


ヴァルトとフアンを止め、ナナミは耳に指を指した。フアンは耳を澄ます。


(……)


フアンの耳には、様々な生活音が入り込んでくる。歩き、布や毛が擦れ、木材が響き、鉄が落ちた。北の方に向かって耳を澄ます。潮と砂が隠れて踊る音の中に聞こえる微かな、木材の軋む音。張った布をが風にあおられる音。


(……船?)


ナナミはフアンをつつくと、波を想起させるようみ腕をくねらせ、次にいかだを漕ぐような動きを取った。ナナミとフアンは、そうして手振りで互いに意志疎通をはかる。


(あっちに船があるぞ、こやつら工廠使って、造船でもしとるのか?)

(船があることは分かってるようですね、しかし何ですその奇っ怪なおどりは……)

(あっちはダメじゃ、海方面から風が来るんじゃ。炎が見えたということはあちらではない、むしろ風にあおられる場所のはずじゃ)

(……とりあえず着いていきます)


ヴァルトは二人の動きに関心を示さず、


(私の知り合いは全て、もう故人なのだろうか……)

(大虐殺っていう情報からしてはな。だが俺が生きて出てきたってことだ、まだ誰かいても不思議じゃんねぇ。つかこの感じ、船作ってたな。工廠で鉄細工を加工して、木材を補強しながら……こいつらどこに行く気だったんだ?)

(あるとすればミルワードだ。この国の造船技術では、日輪などへは到底いけはしないだろう。工廠が一望できそうな場所……君が今いる所は、おそらゲルスター家の建物だな。工廠をまとめる管理職の家系。マリアがそこの長男を酷く嫌っていたよ)

(……昔話か?)

(工廠の見える角度、造船関係ができそうな大型なものが見えるとなれば、酒場はそこから見て左の道を進む。ライシガー夫婦の工房を左に曲がって西側にいけば、シュナイダー家の切り盛りする酒場……クシェレーベンが見えるはずだ。仕立屋も兼業していたから、中に入れば機材で分かる)

(……詳しいな)

(……仕事だったからな、もっとも、マリアと出会ってからはまったくだ)

(……じゃ、その通りに動くぞ)


ヴァルトは手で指示を送る。フアンはヴァルトの動きを察し、ナナミを先頭み、視界から見て左の道へ進む。奥にある立て看板は腐食で劣化していたが確かにゲルスターと書かれていた。

周囲の建物に入り、穴の空いた民家をくぐり抜けながら左に曲がるように移動していき、目の前の建物に先ほどと同様に登る。店らしき場所から前方にある建物は損傷が激しく、黒く焼けていた。


(……なぁ、すまねぇが酒場、燃えちまってるぞ)

(なんだって!?それはおかしい)

(大量虐殺だったんだろ、破壊の限りを……そうか、造船もそうだ、工廠が残ってる。つまり魔天教の狙いは土地の持つ生産力だ。一時的な独立と造船によるミルワードへの脱出??いや、でもあっちだって聖典教の……)

(ミルワードは、知っている限りではもはや信仰は形骸化している。その情報を入手した場合、それはいわば天恵ともいえるがな)

(情報の出所としては、天使がもたらした可能性もあるのか?)

(ありえるだろう……しかしなぜ酒場が?)


ヴァルトは、クロッカスでジャン=ポールが敷設そたであろう、建物ごと焼却する装置を思い出した。その目的が、重要人物であったり、その土地における重要な建物を危険にさらし、注意を引くことだったことを。


(……建物として、土着の人間にとって価値のある建物だったから?)

(士気を低下させる目的か……警備の者もよく利用していたからな。居住区を襲うだけで済むからこそ、ここを破壊したということか)

(あくまで予測だな)

(地下には酒倉がある。有事に備えてそこに家財を隠していた。金庫は奮発して優性のものだ、早々は破壊できまい。開封されていればそれは、余裕をもって脱出できたということになる……)

(希望が過ぎるだろうが、当時の娘の年齢は?推定で良い)

(……事件が起こったのは今から十五年前だったか?ならちょうど二歳、ギリギリ言葉を理解している頃合いだろうか)

(……ひょっとしたら、俺と同い年だったのかもな)

(仕事の関係で離れなければならなかった……)

(家族置いていくとか、よっぽどだろ)

(……あぁ)

(アマデアあたりが関係を?)

(全ては君次第だ)

(……わぁった、いきゃいいんだろいきゃ)


ナナミに酒場へ行く指示を出す。周囲の足音を聴きながら、ナナミは建物を降りて、直下の魔天教の者らしき獣人を、しがみつくようにして首を折って殺害した。

呼吸が止まっていることを確認すると、次に曲がり角にいる2名を石の転がる音でおびき寄せる。フアンが直下に向かって降りかかり同様にして殺害。ナナミはもう片方を締め上げた。フアンの呼吸が少し乱れるので、ナナミが近寄る。仮面の上から口を押さえられ、フアンは自身が驚いていることに気付いた。

脈が落ち着くフアンの肩をヴァルトが柔らかく叩く。


死体を隠した後、ヴァルトたちは道を横断するようにして酒場の自由扉があったであろうところに到着する。

半月に少し届かない月に照らされ、焼け焦げたところに雨での侵食などあってボロボロだった内装に、長机や取っ手のある容器、数々の割れて燃えたであろう食器と、天井の落下で押し潰されたであろう骨のいくらか。狭めの酒場は樽だったものも多く、それは机変わりだったのも伺える。


(……ここがその酒場なのかは分からねぇ。中は荒れて、内装は酷く損傷、でも転がってる皿とか包丁の数的には、飯を作って提供してた場所なのは間違いねぇ)

(……奥に部屋はないか?織機や、縫い針が大量にあれば……そこはマリアの部屋だ)

(……無理だ、屋根が落ちてる。骨がそれに潰されるようにしてな)


ナナミを先頭に、半壊した建物に侵入した。ヴァルトは、その骨の指がないのに気付いた。


(……指の骨がないぞ)

(ゲルスター家の長男……!なぜここにいる)

(街の事件、コイツの手引きだったりとかねぇよな?)

(……ありえる、だからこそマリアは彼を嫌っていたし、あまり住民からの評判っも良くなかった。それがなぜマリアの部屋の前で……)

(……とりあえず、その酒蔵を探してみる)


フアンが水の滴るような音で、地下に空洞があるのを感じた。ヴァルトはオフェロスの言うように、店主と対面で食事や酒を飲めるような場所を抜けて、おそらく調理ができる裏手の場所にまわった。複数の包丁や鍋に釜が置かれた場所には石材で補強された地下へ続く階段があり、鉄格子の扉は鍵で施錠されている。


(……鍵は、マリアの父が持っているはずだが)

(俺が開ける、どんな鍵だった)

(突起が同じ方向に三本……いや、君は何を言っている?)


ヴァルトは工具を入れている鞄から先端の曲がった針金を3本取り出して鍵穴に差し込む。一つずつ突起の位置を調整して内部の構造を解放。三本をゆっくりと同時に回転させて、ほとんど無音で鍵を開けた。ナナミとフアンは驚く。


(こやつ、鍵開けまでできるんか……)

(オルテンシアでもやってましたが、ヴァルトって逆にできないことあるんですかね……?)


そぉっと人1人ぶん、開けられた押し扉は多少軋んでしまう。足音が近付いてきて、ヴァルトは猶予を時間いっぱいに使って静かに扉をしめる。三人で影に潜むと、足音が増え始めた。フアンとナナミは聞き耳を立てた。


「おい、いま」

「聞こえたわ、鉄の音。まだ回収できてない素材があるってとよね?鉄は貴重よ」

「いや、だが普通考えて鉄の音ってあるのか?」

「……誰か、いる?」

「いや、農地あたりからの連絡もない。可能性としては、老朽化したのが崩れたとしか……この建物なんか見ろ、酒場だったらしい。ゼナイドさんもうまくやったもんだ。管理職の私情を利用するなんて。あの人だって嫁さんいたんだろ?」

「……でも、私たちを導いてくれてる」

「俺は……人に頼るってどうなんだって思うんだ。魔天教も、亜・獣解放戦線も、俺たちのための俺たちなんだ」

「例え人であっても、私たちより博識なのを利用するしかない。私たち亜人・獣人は奴隷階級の出、学や知力で劣るの、そう育ってしまった。歴史から生まれた差は取り返せない……しかたないの。計画は彼に任せるしかない。大丈夫、結果は出ているわ」

「……俺たちはいつになったら、独立できる?」

「まずは私たちの台頭よ、見失わないで?」

「……あぁ。そういやお前のところの子、最近言葉を話し始めたらしいじゃねぇか」

「えぇ。でも最初の言葉、夫の名前だったわ。さすがに妬いちゃった」

「ははっ、そりゃ難儀だな。一人目だろ?気張れよ。俺たちは数が少ないんだ」


フアンとナナミは上の会話を覚える。3人は、とりあえず音を立てないでいながら、かなり時間が経過した。ヴァルトはオフェロスと話し始める。


(……酒倉の最奥の樽。裏の壁に金庫がある)

(開いてなかったらどうするんだ?)

(……開けられないか?)

(やるだけはやる。つか、俺の力のこと、マジでなんもしらんねぇのか?)

(そればかりは、本当に分からない)

(しばらく動かなさそうだ、何かいまのうちに話してくれないか?)

(君が本当に街へ行ってくれているようで、とても嬉しい……そうだな、今のうちに話しておこう。部分的に話す、残りは金庫を開け、君が帰還したらだ。今は考える暇もないだろうしな)

(何を話す?)

(……天使の、社会構造だ)

2025年6月3日時点で、997,634字、完結まで書きあげてあります。添削・推考含めてまだまだ完成には程遠いですが、出来上がり次第順次投稿していきます。何卒お付き合い下さい。

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