十四話 魔天教
十四話 魔天教
レルヒェンフェルトを抜けて外、夕日に照らされるまで走らせた。森の中を走る。
「……これ、奈落より遠いな」
「それくらいの距離があるからこそ、工業地帯と農業地帯がそれぞれ自立していたんです」
「それぞれ?」
「普通は相反するものなのです。読んだ資料によると、あの街で工業を盛んにした時期に、一定区画での作物が枯れる事態が発生しました。枯れた一帯は工場の側だったこともあり、広い土地を利用して、農地と工場地帯を分離、そして元々あった市街を労働者の居住区にして、効率よく生産をしていました」
「そんな場所なら、高い金を払って武装させるじゃろう?なぜ魔天教という、いち宗教団体に占拠されたんじゃ」
「……それらは不明です。ただユリウスさんの調べで、あの街の情報を発布するさいに、外務省の検閲があったそうで」
「……オルテンシア繋がりで、何かあったってことじゃな」
ノイは疑問に思う。
「でも、なんかおかしくない?」
「そうですね。オルテンシア関連での検閲なら、なぜ魔天教の情報を検閲するのかです。大虐殺という御触れで発布されている情報から、つまり検閲があった内容は被害状況ではありません」
ナナミは刀を若干抜いた。
「そうじゃな。集権を目的とするならば、そういう負の情報こそ検閲するべきじゃ」
「……被害の出方、が怪しいです」
ノイはナナミの動作を見て自分も武器を確認した。
「あっちに着いてからどうするんだっけ……」
「とりあえず、これを使う。単眼鏡っつう、イェレミアスにあるミルワードの密輸品だ。バックハウス家で保管してあったし、俺もいじった。問題はねぇ」
ナナミは刀を納刀する。
「いじったってお主、カラクリを開けて中身調べて組み直したってことにならんか?密輸品ということは、設計図も何もないじゃろうて」
「ヴァルトに設計図は要りませんよ?」
「……おいおい、夜修羅に欲しい人材じゃったな。からくりをいじれるのはそうおらんかったからのぉ」
「ヤシュラって、ニンジャの組織ですか?」
「そうじゃ。ヤシュラは日輪の全てを見通す、独立諜報機関じゃ。元は戦国になる前の幕府が設営したんじゃが、首がすげ変わって利権に走ったもんで、おじじ……初代ヤシュラの筆頭がソイツをぶち殺して衆をまとめ上げ雲隠れ。表では噂すら立てないほどの、陰でのみ実力行使や交渉を担う。まぁ妾の知るヤシュラはもっぱら奇人・変人の集まりじゃったがの」
「……あなたは、どのような立場だったのですか?」
「諜報と、夜襲担当じゃ。できるだけ怖がらせて殺す。姉上の提案で、夜に鈴や木々の響く音と共に殺して、怪しと間違えさせながら殺して回っておったら、とぉんだ名前が付けられた。魄抜き囃子とな。あぁ、これ翻訳できとるかのぉ……?」
「とりあえずお前が物騒な2つ名を持ってるのは分かった」
「それで良い。して、作戦を改めて確認しようかの」
ヴァルトは地図を広げる。ノイとナナミがそれを見ており、フアンは聞いていた。
「まず、目的じゃが……一つ、ヴァルトがあの街を見て何かを思い出すことを狙う。二つ、お主らの言うゼブルスだったかの妻子、リンデとマリアの行方を示すものを探し出す。手順はこうじゃ。夜間になる前にまず単眼鏡で街を郊外から探る、ヴァルトが何も思いだせない場合は、ヴァルトと共にフアンと妾で潜入、ヴァルトと共に街を散策していく。痕跡を見つけた時点で一時退却。ノイは妾たちが発見された場合、妾たちが発煙弾で指示を出す。音を抑えるために、火薬を使った武装は馬車に入れておく。発煙弾が見えた場合は武装を持って合流し突破、帰還する。見つかってしもうたらノイが頼みじゃ、寝るなよ」
「大丈夫、昨日いっぱい寝た。でも、発煙弾って、夜も見えるの?」
「月光で見える」
森を東へ抜けていき、平原に出て旋回し、北側へ移動。黒い煙が見え始める。
「潮風……海か。見えたんじゃないかの、街」
ハーデンベルギアは、北方の海に面した海岸線に居住区を持つ、工業と農業の街。居住区を海岸線から少し離れ工廠群、農地となっている。ひとまとめにされた工廠群は程度の悪い設計で柱がよく歪んでおり、冬場で農地はだだ広く静寂。黒い煙が工廠群から伸びるのが、稼働を表していた。
「魔天教はどうやら工廠を稼働させているみたいです」
「その魔天教というのは、いったい何を掲げておる。ケモンチュ……あぁいや、亜人・獣人の台頭とかか?」
「旧魔天教、亜・獣解放戦線はそうでした。ですが魔天教の場合は違う。大胆にも彼らは台頭だけに留まらず、より強い民族意識に囚われ結果、彼らは二つの事柄を掲げております。聖典教壊滅、民族浄化」
「いかにも密教じゃな。民族浄化……そりゃすなわち他文化を認めないということ。実質的には世界に対して宣戦布告しているようなもの……いや、この場合は西陸の否定になるのかの。聖典教を嫌うものが教えを説いて、いったい何を信じるのじゃ?そもそも、何か教えがあるのかの」
「分かりません」
「……酒でも信仰でも戯れ言でも、人は何かを呑んでいないと、意外となんもやっとれんのかもな」
「……ゼナイドなら、それも分かるのでしょう。言葉にされない隠された悲しみが、ここには多すぎる」
「んじゃここらからからくるりと、海岸線から離れながら街を夜になるまで捜索じゃ」
「……いや」
ヴァルトは単眼鏡を使って、ハーデンベルギアの南方の農地から東側までを操作する土を掘ったり、耕すための道具。種植えや収穫をするための道具が散乱し、藁の積まれたところがよくあった。カカシは丁寧に並び立って、それら全てが比較的綺麗であるのが伺える。ノイがフアンに話しかける。
「……ねぇ、西側は見ないの?」
「単眼鏡が日光で反射する可能性があるんだとか。夕方、つまり日光が東側にある今は、こうするしかないようです」
「へぇ~」
ヴァルトが単眼鏡をしまう。
「ノイや。馬車は任せたぞ」
「うん、みんな気をつけて」
馬車を降りて、西側へ移動していくヴァルトたちを、ノイは見送った。
東側まで歩きながら、絶えずヴァルトは捜索する。
「……ダメだ、ちっとも記憶に引っ掛からねぇ」
「ヴァルト、確かじいさんに助けられたんですよね?そこがどこか、分かりませんか?」
「……いやさっぱりだ。じじいに聞ければ良かったがなぁ。だが夢の中で俺は、遠くからあの街を眺めていた。火で燃え盛る……ん?」
ナナミが思いついた。
「つまりそれじゃないかの。建物が燃えた痕跡を探して、そこから角度を変えながら見れば良い。まぁ建て直されているとしたらもう無理じゃがな」
「じじいは確か言ってた。馬で駆けつけたって」
フアンが顎に手を当てた。
「なら街道に沿って移動していた可能性が高いです。少なくとも海岸線に沿う方面ではないということでしょうか」
「農地か、工廠から見たってこともある。ガキの頃の距離感なんてそんなもんだろ。全部デカくて、遠くに見える」
ナナミが風にあおられる。
「移動距離的にはそろそろ端っこじゃろ。燃えた跡はないのか」
「ねぇよ、つまり……」
「夜のうちに潜入して、ヴァルトの記憶に引っ掛かる場所、あるいはマリアとリンデの手がかりを探す……朝に西側から確認をしても良さそうじゃが」
「いや、内部に一ヶ所ある。そのマリアとリンデの住んでたっていう、酒場だ」
「昨日の会話でもあったな、酒場とやら。そのマリアというのが、住み込みで働いていたというらしいじゃないか」
「そこの状態で、大概は分かるらしい。オフェロスの言ったことだ」
「……ほぉん」
「家族だからだと。確証が無さすぎる、だが……」
「その先にある価値に、お主は気付いておるのじゃろ?そしてフアンはそれを信じている。ノイもじゃ。妾は、まぁいかんせん報酬がたっかいからのぉ……あい分かった、では参ろう」
2025年6月3日時点で、997,634字、完結まで書きあげてあります。添削・推考含めてまだまだ完成には程遠いですが、出来上がり次第順次投稿していきます。何卒お付き合い下さい。




