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ブルートアウス ~意思と表象としての神話の世界~  作者: 雅号丸
第四章 傾城帝政

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十三話 レトゥム・ノン・クワド・フィニット

十三話 レトゥム・ノン・クワド・フィニット


夜は更ける。ヴァルトはノイとフアンと一緒に、寝室で会話をする。

「最短でも2~3ヵ月くらいは正直覚悟してたんだがお前……強ぇな」

「……ありがと。二人も大丈、あぁ、そう、あのフアン、大丈夫!?」

フアンが拳を握った。

「僕はもう……少し、ナナミさんと話しました。僕は絶対にもう、誰も失いたくない。その一点を考えるだけで良いと言われました。ニンジャが言うことです。人を殺めたことに対する心持ちは、きっとこれが答えです」

フアンは少し前に、ナナミと会話したことを思い出していた。やはり館の屋根上だった。

「……人の殺し方?」

「……それだけでは、ないです。なんというか、その」

「なぁんじゃ、やはりやせ我慢じゃったか。お主異様に他と比べて鼓動が早いからの。よいよい、人なんざ殺しても何にもならんからな」

「あなたはどうして、人を?」

「なんでそんなこと聞くんじゃ?」

「僕は、彼らの役に立ちたいんです……ベストロと戦うこはできますが、やはりそれはノイとヴァルトでも対処できる。僕は……もっと別の脅威から彼らを守らなくては……」

「いやぁ、妾にそんなデカイ心はないのぉ。しかしじゃお主……お主は何を思って、あの時仕留めたんじゃ?」

「彼らに、死んで欲しくなかった……それだけです。でも、それでは……」

「……それで良いぞ」

「……?」

「……人というのは、やはり善人も悪人もおる。どうしようもなくういやつ、どうしようもなくぶん殴りたくなるようなやつ。それは、分かるな?」

「はい」

「じゃあもう簡単じゃ。お主は……どっちの死体がまだ、目の前にあってまだマシじゃ」

「……!?」

「お主にとって、ヴァルトやノイ、親族や友人の全ては、善人か、悪人か?」

「……善人」

「そうじゃな、それはまぁそうなんじゃ……んで、悪人は誰じゃ」

「……」

フアンは天使を思い出した、ジャン=ポールを思い出した、オルテンシアで差別をした兵士た近衛兵を、不可解な行政や地下で見たものを作り出した何者かを思い出した。

「……そうじゃ、今お主が内に描いておる者らじゃ。悪人の知性は善人のそれをよく覆す。我々はただ、善悪の平場において舞い踊るしかできんのよ。もうな、誰に死んで欲しくないかで動くだけ。それ以上のできる者は、そもそも殺し殺されの場になどおらん。じゃから、思ったままに殺せ。至りたい境地に立ち塞がる者がおるなら、守りたいだれかの幸せがあるなら、もぉなんら選択をできんし、相手に選択させる訳にもいかんよ。ただ殺せ、すぐ殺せ……まぁ、1人逃したやつの言えることではないがの」

「……!」

「まぁ、そう思っておる。そんだけじゃ、1つの意見に過ぎんよ」

フアンはただ思い返すだけで、話してはなかった。

「……おい、どうした」

「フアンが大丈夫なら、いいんじゃないかな?」

ヴァルトは自身の寝台の上で、頭を抱えるようにして眉間にシワを寄せている。

「……ヴァルト、話をしているのですか?」

「あぁ……お前らに声を聞かせてやりたい、ずっと話しかけてくる」

「どうやって会話を?」

「なんつうか……考える、に近いな。お前ら、心の中で何か言葉を言うことあるだろ。あれが無意識に一つあって、俺の意識で思考すると相手に伝わる。つまり思考が筒抜け……ずっと話しかけられて、頭がちっとも休まらねぇ」

ヴァルトは、自身と入れ替わったと思しき存在……ゼブルスという者と会話をしていた。

(……お前、どんだけ俺と会話する気だ)

(すまない、しかし外界の情報がまったく入手できないのだ。申し訳ない)

(やたらと状況聞いてきたのはそういうことか。つかそういうこと言うのはダメじゃねぇのか?)

(いや……君と話続けて分かったことがある、今の世界には余裕がない。なら今さらでも、君たちに先払いするべきだと思ってな)

(……いや、じゃあ天使に関する情報をだな)

(それは、私の価値そのものだろう)

(さいあく、嘘ついてでも情報を聞き出すかもしれねぇぞ)

(……いや、それでもよいのかもしれないな。それに君の本名は、私の娘と少し似ている。あるいは君に、どこか親近感があるのかもしれない)

(……もうすこし、何か手付金変わりのものが欲しい)

(例えば、どういった?)

(……分からねぇ)

(アマデアっつうのが言ってた言葉だ)

(アマデア様か)

(……だいぶ偉い奴か?)

(そうとだけ言っておこう)

(レトゥム・ノン・クワド・フィニット)

(……死が私を終わらせる訳ではない)

(つまり、自分が不死であることの証明か?あいつは首だけにしても、粉微塵にしても生きていやがった)

(他には?)

(アンフルム・インプロ・アクア・プレ……だったか)

(アンフォラム・インプレオ・アクアェ・プアレだな。意味は……まて、それはどういう状況で放ったのだ?)

(……そう言い放ってすぐ、アイツは体から腕を大量に生やして、翼みてぇにしやはった。地面からも手が出てきてビビったぞ)

(……攻撃する直前?)

(何が言いたい)

(……意味がまったくない言葉と言える。翻訳すればそれは……私は壺を綺麗な水で満たす、となる)

(なんかの隠語の可能性は?)

(……いや、組織的なものであってこそ隠語は意味がある。君がアマデア様と戦ったとき、周囲に他の天使はいたか?)

(いいや?)

(……なら、理解不能だ)

(……)

(……これで手付金になったか?)

(お前が持つ情報が、新しい情報なのは間違いない。まぁ、そう思うしかできんがな)

(お互い難儀なものだな……しかし、もし君があの街の人物だった場合、確実に娘とか知り合えていたはずだ。あれはマリアに似て、人見知りとは正反対だったからな)

(……リンデ、だったか)

(希望なんてないが、それでも父親として動かねばならん。マリアに誓ったのだ。必ず、必ず……)

(……そうかよ)

ヴァルトは目を開ける。ノイは果物を食べながら、薄く目蓋を開けてヴァルトとフアンを見ていた。

「……ねぇ、いつ行くの?」

「はぁ?」

「だからほら、あの……どこだっけ」

「……」

「待ってて、すぐに体戻すから」

「……お前、大丈夫かよ」

「ありがと、でも大丈夫だから……ヴァルトもフアンも絶対疲れてる、フアンもさっきまでナナミさんとなんかやってたんでしょ?」

フアンは頷いた。

「はい、日輪の棒術を少々……っ」

フアンは、少し体を崩して寝台に寝転ぶ。

「体、痛い……あの人、とんでもなく強いです。さすがニンジャというべきか……」

「……そっか、ヴァルトは大丈夫?」

ヴァルトは頷いた。

「……凄いな、私まともに食べられないや」

「僕もヴァルトほどは食べられないです……」

ヴァルトは寝台に寝ころび、ため息を吐いた。

「無理にでも食わねぇとなぁ俺は」

「その力ってなんなんだろうね?私にもできたりしないの?」

「……ゼブルス曰く、さっぱりだと。手付金変わりに色々と情報は貰ったが、どれも断片的っつうか、なんつうか……だが、あの場所にいけってのは変わらねぇ」

「……じゃあもう、行くしかないんですね」

「……あぁ、だが俺自身の回復もさすがに待たないとダメだ。あの街は、例え近郊であっても実質的に魔天教の支配下だ」

「魔天教……ゼナイド・バルテレミー率いる、奴隷制度撤廃や亜人・獣人の人権保障など、あらゆる権利を求めて武器を取った集団。構成員は亜人・獣人が多く、それは元々あった武装組織、亜・獣解放戦線から、ゼナイドが引き継いだからだとか」

「魔天教は分かった。でも亜・獣解放戦線って何だ?ゼブルスも知らねぇようだし」

「……謎です。それに、あまり詮索するのも」

「まぁ、聞き回ったら目をつけられそうだよな」

ノイが思いつく。

「……レノー君とかどう?」

「……あぁ、ありだな」

フアンが背伸びをする。

「とりあえず、1週間くらいは体力回復に回しますか?」

「……まぁ、そうだな」


―3日後―


ノイは何とはなしに寝台だったり、服装の大量に入った重たい棚、資材の入った木箱、とにかく適当に、持っては下ろしてみた。

「力戻ってる……?」

ノイは、自身の体の勝手が分からなくなっていた。ユリウスに頼んで、倉庫番などを手伝って勝手を掴もうと動いていた。

「中身なんだろこれ。あっ、勝手に開けちゃダメか……」

ガラッという音から、中身が鉄細工なのが分かる。箱の中身が気になる。

(私ちょっと、余裕できたかな?)

ノイは、ふと周りを見る。箱だらけ、埃は少ない、そして色々と匂いが充満している。木造と煉瓦で作られた建物。敷地内にある倉庫で、周囲に何人か労働者がいる。倉庫の前方が広く開けられており、馬車が何台も同時に出入りができるほど。ノイは馬車に荷物を入れていく。

「これがここで、……ここ、ここ。木箱の大きさ全部同じだからかな、私でもできる。色ごとに入ってるものが違うけど。だいたい想像つく色だし……」

開けられた場所の四隅、建物の脇から視線を感じた。

「……?」

マルティナが、その陰から逃げた。

「……?」

ノイは周囲を見渡す。

「いまの、お嬢様じゃないか?」「なんで、ここに?」「お屋敷にばかりいるあのお方が?」

ノイが運んでいた荷物を下ろす。

「……私。ちょっと見てきます」

「あんた、あんま無理すんなよ?」

ノイは仕事を預けて走る。マルティナが陰で息を殺していたが、服装の分厚く長いののが出ていたので、すぐに捕捉して、逃げようとするのを話しかける。

「ねぇ、どうしたの?」

「えっと、あの」

「?」

「………だ、大丈夫かなぁと」

「……ねぇマルティナ、ありがと」

「えっ?」

「だから、ありがと。私わめいてばっかだったのに……」

「……あの」

マルティナは頭を深く深く、勢いよく下げた。

「ごめんなさい!」

「……えぇ?」

「……あの後、先生に怒られまして。でも……あっあの、謝らないのだけは違うと思いまして、でも……あの、その……ごめんなさい!」

「……?????????」

「……えっ?」

「あんたが謝る理由、1個も分からないんだけど。えっ、あれ……私がおかしい?」

「いや、そんなことは」

「あれ?いや、ん~?だって、心配だったんでしょ?だから、ありがと。で、私がわめいちゃったからごめんなさい……やっぱ、謝るのは私じゃないの?」

「いやそんな。先生も仰っていたでないですか。ぱーせ、パーソナルスペースの話」

「噛んだ?」

「あぁえっと、その……」

「口の中、大丈夫?」

ノイは、自身に疑問を持った。

(……あれ、なんでこんなに私、この人と喋れるんだろ)

「えっと、ノイ様?」

「ごめん、なんか……私、あんまり距離感分かんなのかも……」

「……あっ」

しばらく、二人は目を合わせて固まっていた。

「ん~」

「……あぁ、えっと、その」

「何?」

「……お友達、ではどうでしょうか?あの、私から言うのは、本当は、本当におこがましいんですけど。その、距離感、が問題なら、先に決めてしまえば、と」

「……うん、いいけど」

ノイとマルティナは並んで歩く、敷地内であることだけしか分からないノイは周囲を歩く。ノイは周囲を見ると、敷地であることが分からなくなった。

「……あれ、ごめんここどこ?」

「ここは、バックハウス家の敷地内。倉庫があるのは西側、中央に向かうと屋敷があります。ノイ様は、この道を通って来たのでは?」

「ごめん、覚えてない」

「えぇ~……」

「ねぇ、友達って、何するの?遊ぶの?一緒に洗濯とか?」

「~~??」

「……」

「私、お友達がいたことなくて……ノイ様、申し訳ございません」

「……私も、なのかな?兄妹とかはいっぱいいたんだけどさ」

「ハンナちゃんは」

「妹」

「フアン様は」

「家族、かな」

「ヴァルト様は」

「……!?」

「ふふっ」

マルティナは、昔ユリウスと話したことを思い出していた。

「……お友達から、ですか?」

「あぁ、それならいいだろ?」

「でもお父様方からは」

「そんなのは後さ、いいじゃん?」

「何をお話しすれば」

「そうだな。好きな物はなんだい、花でも、物でも、人でもいいよ」

マルティナは、ただそれを思い出して繰り返した。

「そうだな。好きな物はなんだい、花でも、物でも、人でもいいよ」

「……誰!?」

「あぁその、ユリウスがこんなこと言ってたなぁ~とっ」

「……花は、ハンナの匂いのが好きかな。あれ花の香りだよね」

「そうですね。香油にして、香りをさらに強めてあるので……あぁ、あとでお渡ししますね」

「ありがと、物は……薪、燃やすと暖かい」

「ん~そういうのじゃない気も」

「……人、は、そ、ん……ん~~~」

マルティナは周囲をよく観察する。誰もいなかった。

「分かっております、ヴァルト様ですよね?」

「……皆にバレるんだけど、なんでぇ?」

「視線、と声色。ノイ様の場合はとくにその2つですね」

「……」

「……?」

「マルティナって、どうやってユリウスと?」

「幼いころ、ユリウスが家を飛び出したんです。お家騒動で面倒なことになったとかで……貧民窟に入ると、私がいる教会にたどり着いて、そうして出会いましたね」

「いいなぁ」

「??」

「私、そういういい感じの出会いじゃなかったし……ん、あれ?こんなこと話すのが、友達なの?」

「いや、その……分からないです」

「……」

「……でも盛り上がれることで話すのは、きっと友達かどうか関係無しに、良いんじゃないでしょうか?」

「……?」

「……きっと、それで良いです、よね、すっっごく恥ずかいですけど」

「……」

「ノイ様は、ど、どれくらいヴァルト様がお好きなんですか?」

「……!?」

「やっぱりいまの無しで!失礼ですよね、すみません!」

「……いや、あの、えっと、その!け、けっこう!」

「答えなくても大丈夫ですから!」

マルティナとノイの間の空気は、嫌なほど温かかった。マルティナもノイも顔を赤くして、互いが必死なのを気付かないで、歩いただけで息が苦しくなった。

「……これ、絶対あってないですよね」

「……うん、かもね。友達ってなんだろ」

ノイは、また急に話せない自分に戸惑う。

(なんか、急に話せなくなった……なんなんだろこれ、まぁでもいいのかな?不思議だな、前までなんでも自分が悪いみたい考えてて、ふとしたら急に、なんでもなくなって。浮き沈み凄いなぁ私……マルティナのことはまだまったく分からないけど、大切にしたい、かな。うん、そこだけは本当にそうかも。あとでハンナに聞こう。友達って、何だろって)


―4日―


「えっと、お主らどうしたんじゃ?」

ナナミが敷地内の一角でフアンをなぎ倒したところ、集団で十八、人がやってきた。

「おぉあんた」

「……あぁ、お主まえに屋根上でいたな」

「イグナーツ・クラウゼヴィッツ」

「食らうぜ殿、後ろの者は……あぁ~、ここの私兵か……さては、何か教えてほしいんじゃな?」

「まぁな、それと」

「……すまぬ、答えはまだ出せぬ。じゃから、謝罪も込めて何か教えてしんぜよう。何が知りたい?」

「いや、フアン君の動きを見て思ったんだ。戦術において、フアン君はやはり西と東の動きが合わさっている。動きに見慣れがあって、そこから唐突に型を変えた動きがあったりで、掴み所が少ない」

「ほぉ、見抜いておるの」

「……それ、戦略でも可能じゃねぇかなって思ってよ。東陸の戦いを教えて欲しい」

「兵法の説法を所望か……引き連れてきたということは、戦術もじゃな」

「頼めるか?」

「よいよい、どうせまだ暇じゃ」

「……では」

「まぁ座れ、ちょいと座学でもやったろうかの。まずは兵法からじゃ。んしょっと」

ナナミはあぐらをかいて、土埃のつくのは気にしていない。

「……まぁ言うても、普通にお主らとなんら動きは変わんと思うがの。一つ、技量や筋力、それだけでは覆らんものがあることをしっかりと頭に入れる。二つ、太陽の位置や天候に高所、とにかく有利な環境を選択して動く。三つ、二つ目を必ず相手より先に行う。四つ、知力を鍛え相手の立場になって戦場を見よ。五つ、行き詰まったらとりあえず引け。六つ、相手を怒らせるなり怖がらせ不安定にさせよ、己は逆に心を不動たれ」

ナナミはずらりと座るのを、鈴で鳴らして感じる。

「はい、復唱!!」

「いや、いっきに言われちまったからなぁ。復唱は無理だ……」

「……ありゃ、お主ら意外と頭悪いのぉ」

「だが、五つ目と六つ目は面白いと思うぜ」

「まぁな。六つ目で簡単なのは、斬った相手の血や体の部位を利用せい。怖じけて動きが悪くなる」

「それ、強いやつにも有効か?」

「いんや、雑兵程度じゃな。じゃがは強さを持てば、自ずと己を顕し、示することを欲するものじゃ。故に侮辱せ、煽り散らせ」

「はっ、おもしれぇ」

「こっちじゃどんな罵倒がある?」

「上流だったら、血統とかを侮辱すれば大概はキレるんじゃねぇかな。あと顔とか体に関する罵倒」

「あ~」

「あとは……中指を立てるとか」

「ほぉ?」

「上向きで……こうだ」

「……こうか?」

「そうだ、全部の罵倒を一回で言うくらいにはヤバい」

ニヤつくナナミに、一行は少し怖くなった。フアンが起き上がる。

「……??」

「おう起きたか、どれ……ふん!」

ナナミはフアンに中指を立てる。

「知ってますか、それ失礼なんですよ?」

「おぉ、確かにそうらしいか」

「……?」

「さすがにお主には効かんか。普通はこれで妾は有利なんじゃ、怒れば怒るほどに相手は冷静でなくなる」

「……あぁ、何かの戦術ですか?」

「お主も知っとけ、困ったら相手を侮辱し、あるいは怖がらせよ」

「あっ、はい」

「うし、ほいじゃ……一旦解散じゃ。少しずつ知識を溜めていくんじゃ、詰め込みは質の低下を招く。おじじの教えじゃ」

一同は解散し、ナナミとフアンは残る。

「あのナナミさん、良かったらその……」

「ん、なんじゃ」

「その、雇われてくれないかな……と」

「……なんじゃ、鉄火場か?」

「あなたのニンジャとしての力が欲しいんです。我々は、ハーデンベルギアに向かいます」

「いつか言っておったな」

「聞かれていたんですね」

「……何で支払う?」

「バックハウス家に頼んであります、中々に良い報酬ですよ」

「おぉ、それは知らんでいた。金銀にしてどのくらいじゃ。あぁ大きな声で言うなよ」

フアンは耳元で、囁く。

「……」

「……ふふっ、良い良い、良いぞ良いぞ。あい分かった、承ろうその依頼。夜修羅を雇うには、本来はそれくらい必要なんじゃ。安請け合いせんと思うておったが、まぁ良いぐらいじゃな。相場を分かっておるのユリウスも、お主も」

「……いえ、僕はほぼ提案しただけですが」

「まぁそこは気にするな。よし、今日からお主の鍛練もきびしくしよう」

「……えぇ?」

フアンはまばたきするとナナミには消える。足に何かが当たった感覚のあとになぎ倒された。激しく首が動いてナナミは捉えられないでいて、地面に横転する。顔を上げるとナナミがいた。

「あの、さっきもそうですが……うぅ、僕は何をされて????」

「分かれば、この技を教えてやろう」


―八日 ハーデンベルギア出立直前―


ノイが数日間働いていた倉庫に、2頭の馬が繋がった小型の幌馬車が待機していた。ユリウスとマルティナは、門前で待機していた。荷物を積み終わり、フアンが手綱を握る。鞭の音と共に車軸は回転し初め、蹄の音が響き、ゆっくりと走る。門前に到着すると、ユリウスが書類を見せてきた。

「昨日言ったけどこれ、馬車と資材に食料の請求書ね?君らがここにいないっていうの結構マズいからさ、はやく帰って来てくれないと困る。二日だ……それくらいは時間を稼ぐ。二日以上は、バックハウス家の首が飛んでしまうから、かならず戻ること。街中は私兵が周囲を警護する。それ以上は君らの方で」

「……おう」

マルティナはノイに駆け寄った。

「あの……」

「うん、分かってる」

「……皆様、お気をつけて。ナナミ様、報酬なんですが、私の方で上乗せしますので、どうか」

ナナミは鈴を鳴らした。

「……それは面白いのぉ、無傷いってみるかの」

「……案ずるな、お主の初めてのお友達は、妾も気に入っておるぞ」

「……!!」

「ノイ、マルティナはお主のことを大変気にかけておる。ハンナとやらにも聞いていたのだろう?友達とはなんであるかと……帰ったら答えを聞かせてやれ」

ノイは、シャルリーヌを思い出した。

「……分かった」

「ノイ様……バームクーヘン、焼いて待ってますから。ハチミツ一杯かけておきますから」

「ありがと」

ユリウスが、少し顔色を悪くした。

(ハチミツ、高いんだけどなぁぁ……まぁいいや、焼いてるときのマルティナ可愛いし、甘い香りがうつってなお良いし!!)

馬車は勢いよく出発した。乾いた地面を蹴り上げて強く前進していく。幌馬車はやけにオンボロで、行動隊が乗っているとは思えない見た目。馬車を操るフアンは重装備の兵士に見えて、それはこの街ではよく見るものであった。

街中は活気があるが、どこか末恐ろしさを感じる。寂れた建物は風穴が開いており、それが所々にある。活気は中央の城に向かうほどに溢れており、外周を見るほど廃れていた。内部の方の人間はやけにたくましさや美しさが目立ち、外周に見える者らはみな細く、そして容貌や格好は醜悪といえる。髪の毛の薄い男が中央を涙を流しながら、瓶から酒を呑みながら泣いている。その視線のさきで美しい男女が、妖艶な建物に入っていく。

「ねぇ、あれ何?」

「お主、こんな世界じゃ中々に珍しい存在よな。そのまま育って欲しいんじゃが……どうせ後で知るじゃろうて、いま教えたる」

「……????」

「娼館。女が男を、男が女を買う場所。一晩、擬似的に恋愛をしたり、その先だって金でどうとでもなる……」

「………?????」

「それでええ。知れば知るほど、お主は殿方との恋愛ができんくなる」

「……なんか怖い、いまのお店、気持ち悪い物なんでしょ?」

「ははっそうじゃな、気持ち悪いものじゃ。売られて買われた奴には同情するが、それ以外は基本的にはまとまった金が欲しいか、労働が嫌いか、自分の価値が高いと勘違いしとるか……あそこにおるのはそういった連中じゃ」

「……」

マルティナは、馬車が見えなくなるとユリウスをも見る。ユリウスは、決して触れようとはしない。

「大丈夫でしょうか」

「大丈夫さ、寒いから、家に入ろう?」

「いえ、皆様に危機が迫るとは思えません。この道から東か北にいくでしょうが、どんな道を通っても、あれらが目に入るんです」

「彼ら彼女らが、あんなものに興味が出ると思うのかい?」

「……いえ、むしろ興味を持たれているのは皆様なんです」

「そのために私兵で護衛させたんじゃないか。大丈夫、大丈夫だよ。それにもうじき、あんな店もろとも失くなるんだから」

「……そう、ですね」

「僕らでこの国を変えよう。君の怖い気持ちも、それで少しは消えるかもしれないし」

「これで大丈夫なんですよね……?」

「大丈夫。それは、君が出会った女性からも言われたんだろう?」

「……ここ何年も、お会いしておりません」

「きっと生きているさ」

「……あのお方、もしやお城に連れていかれて!」

「大丈夫だって、さぁ……入ろう」

2025年6月3日時点で、997,634字、完結まで書きあげてあります。添削・推考含めてまだまだ完成には程遠いですが、出来上がり次第順次投稿していきます。何卒お付き合い下さい。

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