十二話 多重編成楽団
十二話 多重編成楽団
「……あの、それで訓練は」
「まぁてまて、まずはあのうい会話を聞いてからじゃ。おぉおぉ、ん、あぁノイ、お主言いよったぁ~……ありゃ、なんか泣き出しよったぞ?」
「……あの」
ナナミとフアンは、館の屋根上からそれを見ていた。
「なんで、ここなんですか?」
「そりゃ足場の悪い場所でやった方が、体幹も鍛わるはずじゃろうて」
「……まず、平地で基礎を叩き込むべきかと」
「弟子のクセにやっかましいのぉ」
「弟子になった覚えはないんですが……?」
「うっし、夕日も出てきたことじゃ。そろそろかえ」
ナナミは鈴を鳴らすと竹棒を振り回して、フアンを牽制する。足元を執拗狙うは、フアンは回避しきった。
「んおぉよいよい、しかし、どうやって避けた?妾には分からん」
「いきなりですね、今のは」
ナナミは絶えず連続的に棒術をもってフアンを攻撃する。足元のおぼつかないことを、フアンはきにしていないようだった。
「……ふむ、よい動きじゃ。基礎はまったく問題ではないの。どころか、なんじゃろう、その動き……折衷しておるな。流れる動きに、重厚さがある。お主の持つ合体できる刀剣なら、確かにそれは強いじゃろう。技だけでいえば、剣には二人分乗っておる」
「……何が足りないでしょうか?」
ナナミは竹棒を屋根に置いた。
「……いやなお主、足りんでも成っとらん訳でもないんじゃ」
「……?」
「なんというべきか……いや、動き自体、ん~……型じゃ。そう、お主の型そのものに無駄が多すぎるんじゃ。どういう了見じゃろうなぁ。しかも、かなり大袈裟にじゃ」
「……!?」
「殺しの技というのは、元来それのみを追及するものじゃ。じゃがお主のは全てにおいて……誰かに見せるための技。そんな動きに感じられる。重厚感のあるのは西陸の動きじゃろうが……ん~お主の師匠は誰じゃ?東陸の動きとしては良くできておるが、殺しの動きとしては似非でしかないぞ」
「母親です。球凰の獣人の一家がここへ移住したとかで」
「……んな訳あるか。ここは西陸じゃ。亜人や獣人にとってここは戦場よりも過酷。わざわざ来る必要なんて1つもないぞ」
「……他国にも亜人や獣人が?」
「たまにおるぞ」
ナナミは鈴を鳴らす。
「いや、じゃがそうか。その格好……確かに球凰にはそんな格好をする部族があった。その家系か?」
「本当ですか……!?」
「あぁいや、まぁ……あったような、なかったような」
「……他国の情報、ですか」
「妾がお主に教えられるのは棒術じゃな。穂先のない槍の動きとも言える。まぁその刀剣は振り回して打撃することもできようし、十分に応用は聞く」
「……お願いします」
「おや?まて、後にしよう」
「えっ?」
「……聞こえぬか、この美しい音色が。丁度ここの反対側じゃろうか?偉く芸達者な者はおるようじゃ。しかしこれは……琴の一種かの?」
「コト?」
「あぁ、良い音じゃ。日輪の楽器とはまったく、とても荘厳で、驚きがあって、それでいて儚くて繊細じゃ。奏者の技量が凄まじいの」
「……ひょっとして、レノー君じゃないでしょうか?」
「ほぉ~まぁた知らんのが来よったか」
ナナミとフアンが屋根を走ってたどり着くのは、窓が裏打ちされている部屋だった。
「なんじゃこの聞こえ辛さは」
「音を遮断しているのでしょうか」
「普通に入ってみるか」
ナナミとフアンが、部屋の重たい扉を開ける。
「……えぇっと、どちら様ですか?」
中から聞こえる、跳ねるようで滴る音は止まった。
「レノー君、こんにちわ」
「……フアンさん、昨日の昼食以来ですね」
「確か、演奏会の準備……でしたっけ」
レノーは扉を慌てて閉じる。
「えっと、実はどんな内容のものにするかというのを、バックハウス家の全面協力の元、秘密にしているんです。僕もバックハウス家には借りがあるので」
「そうじゃったんか、しかし良い音じゃ。今座って、手を置いておる大きな箱はなんじゃ?」
「えっと、みなさんを助けて下さったニンジャの方ですね?はじめまして、レノー・バズレールです」
「おぉおぉ、礼儀正しい童じゃの」
「……えっと、秘密には」
「するに決まっとろう……童は音に弱いのでな、たまに聞きに来て良いか?」
「あぁ……ちょっと、扉の開閉が増えるのがあまり」
「空気を入れ替えるとでも思えば良いじゃろうて。おじじが言うておったぞ、大切なのは呼吸じゃと。新鮮な空気をたくさん吸ったやつから成功するとな」
「まぁ確かに、気分転換にはなりますかね」
「演奏会というのが何なのかは知らんが、この感じは童の道楽ではなさそうじゃな」
「はい、イェレミアスでは年度の終わり頃に毎年、音楽祭というものを開催しています。オルテンシアの上層やレルヒェンフェルト貴族を大勢招いた大舞台です」
「ほぉ、さぞ美しい音色が聞けるんじゃろうな」
「……はぁ」
レノーは、あまりに不愉快そうな声を開ける。
「なんじゃ、素人が誉めてもといった具合か?」
「いえ、逆にあなたのように、音に対してそこまで細かく考えられるが珍しく」
「なんでじゃ、貴族ばかりなんじゃから、耳も腹ごと肥えておるに決まっとろう?」
「……あなたは、この国の伝統や文化、住まう人々をあまり知らない様子ですね。お教えいたしましょう。この国の……醜悪さを」
「……まぁ、ちょっとおかしいとは思っておったがな。管理された戦国という裏にどんな表があるのやら」
レノーは楽譜を取り出し、フアンやナナミに渡す。
「えっと、読めますか?」
「……いやちっとも、重いっ」
「流行りの音楽です」
フアンは足りない知識でも分かるほどに分厚いそれに驚く。
「……これはいったい?」
「ここなん10年なんら変移しない、音楽祭における流行……僕なりに作ればそうなりますが、それでも他の作家の半分ほどの音の数です。いや、分厚さですかね」
「これを演奏……?」
「今の流行りは、様々な楽器を混成して作られた集団での演奏……多重編成楽団、オルケスタです」
「……お主、それ食べ物で表すとどんな感じになる?」
「とてつもなく味の濃いもの、になりますかね」
「……あぁ、妾の嫌いなやつじゃ」
「それを何十年変わらず接種し続けていまだに飽きていないんです。芸術とはもっと、振り子のように変移はするべきだ。五十年他国からの干渉の無い中で貴族は、確かに刺激が足りないのもあるだろう。だがそうやって作家に全ての不満を押し付けて作曲させ、音圧で建物が震えあがるようなほどに演者を入れるなど、芸術に対する冒涜だ。野菜を煮込んだ優しい料理があっても良い。だがあれらは料理の全てに肉とニンニクを入れろという……!!」
「……でも、流行りに乗ったりするのは、作家としてはやるべきことなのではないか?」
「そう、なんです。せめてそうしたいんです。せめてそれで、音楽が、芸術が、評価されればそれでもまだ、希望はあるんですが」
「……?」
「この国においては音楽も、奏者も、作家も全て、ただの引き立て役なんです」
フアンとナナミは、レノーから話を聞いた。
「……まぁ、それが好きな人間からすれば悲しい現実じゃな」
フアンが窓に貼られた鉄板を見る。
「ところで、バズレール家の調査はどうです?」
「バックハウス家からお借りした人員の元、現在捜査中です。僕なりの推論の元で動いてもらっています」
「そうですか……」
重い扉がまた開けられる。ナナミは鈴を鳴らす。マルティナがやってきた。
「っしょ。あぁ、皆様ここにいましたか。えっと、あの……!!」
「……どうかなさいましたか?」
「ノイ様が、ノイ様が……」
「ノイに何かあったんですか!?」
「えぇっと、あの……それが」
フアンとナナミとレノーは食堂へ走った。ナナミが鈴を鳴らす。
「おぉ、こりゃ結構な……」
食堂の扉を強く開け放つ。ノイは巨大で縦に伸びた机の奥に座って、ただひたすらに容器から飲み物をいただいている。
「ノイ、それ……!」
「……ん~」
それを口に含んだままでノイは返事をする。ノイの側には、ヴァルト、ハンナ、壮年がおり、壮年は機械を使っている
「ヴァルト、いったい……ノイは、その」
「……ん~~ん~~」
「ノイ、大丈夫なんですか?」
「……ん、ん~」
「……とりあえず、飲むかどうするかしてからで」
「っ。うん、とりあえずこれならなんとか食べられそう。でもごめん、お肉とかはちょっと……」
ヴァルトたちが使う機械は、手回しの取っ手が付いた土台の上に大きめな、飲み物を入れる容器が置かれているように見える。壮年が野菜や果物をそこに放り込んで取っ手を回すと、野菜や果物が潰れる音がする。
「……??」
「まさか夕方から日付が落ちる前までに、これら3台ものからくりを作り上げるとは……ヴァルト様、素晴らしいお手際です」
「……こんなん余裕だろ」
「内臓された複数の刃を取り付けた物で菜類や果物をすりつぶし、食感を減らして体積も減らす。飲むように摂取することで、食事よりもより多くの物を摂取することもできる……」
ノイの持つ容器は壮年により注がれ満タンになり、ノイはすぐに飲み干してしまう。
「……ありがとう、おじいさん」
「はっはっはっ、なにを仰いますか。諸々の書類仕事などに比べればこんなことは造作もありませんよ」




