十一話 サイコーの薬
十一話 サイコーの薬
ノイは目覚めると、ヴァルトやフアンと眠っている寝室に来た。寝台は3つある、ノイのもの以外は冷めているように感じた。窓の外は、また夕方。ノイは毛布に体を埋める。
(愛する才能って、何よ……そんなのあったって、意味ないじゃん)
窓から差す光は赤く、しかし花の香りが強い。
(……??)
ハンナが一緒の寝台で寝ていた。すぅっと息を吸って吐いて、ノイの方向を向いていた。起き上がっていたノイはハンナの頭を撫でる。
部屋の外から、足音が聞こえ、大きくなっていく。扉を叩かずにいきなり、しかしそおっと開けて、ヴァルトが入ってきた。
「……あっ、ヴァルト」
「お前、声大丈夫かよ」
「……うん」
「……」
ヴァルトは少しふらつきながら自身の寝台に腰を落として、ノイの方向を向いている。ノイはそれを見ていた。
「……?」
「ほれっ」
上半身を起こして足の伸ばして毛布に入っているところ。その手が置かれているあたりに、ヴァルトは物を置いた。ノイはそれを見る。腰に着けるような何か、紐などが何本もぶら下がっているように見えて、しかしそれが複雑に繋がっている
「……?」
「伸縮性のある素材で、歩きとかを補助できるようにしたもんだ……履き物みたいにして、最後は腰帯みたいに巻いてくれ。下から腰に向かって引っ張り上げる感覚、少し違和感あるだろうが、倒れるよりはいくらかな。ハンナに説明しとけって頼んだが……お前、今起きたって感じか?」
「……ん?」
「……お前、いきなり立って倒れたらしいじゃねえか。まともに飯が食えないんだ、あまり動くな、血が足りてねぇとそうなる。貧血だ」
「……?」
「だから、これも作った」
ヴァルトは、膝や手首や足腰に装着する、革でできた巻物を取り出す。
「力いっぱいこれを巻け、間接を固定して、お前がいきなり倒れても怪我を防いでくれる」
「ヴァルト……えっ、作った?」
「あぁ」
「……」
「どうした」
ノイが何か言おうとすと、ハンナが起きる。
「……おはよう姉さ……あっ、あのね。兄さんが姉さんにね!?」
「おう、やっぱ説明してねぇんだな?」
ハンナは寝台をすばやく、ずるずると移動して、靴を入って、ヴァルトの前にいき頭を下げた。。
「ごめんなさい……」
「まぁ良い、それの着け方は覚えてるか?」
「……うん!」
「じゃ、俺はまた工房にいく。装着させたら、少し歩かせてやってくれ。運動も少しは必要なんだと。俺は……」
「兄さんも一緒にです、お散歩しましょう!外で待ってて下さい!」
ヴァルトは部屋の外で待機して、そうして三人で廊下を歩いていき、外に出た。冬風が寒さと、開墾された土の匂いを運ぶ。撒かれた肥やしは寒さで匂いがなく、正面の玄関から門前まで、馬車の跡がびっしりとあった。
「……あれ、だけかお客さんきた?」
「いや、来てねぇだろ」
「……そっか」
ノイはハンナの肩をつついた。。
「……ハンナ、なんで部屋で寝てたの?」
「えっ、えっと」
ヴァルトは思い出していた。
「服だっけか」
「……うん姉さんの服、考えてて。ほら、いまの格好ってさ」
ノイが自分の恰好を確認する。ただの寝巻。
「いい布、じゃないかな……?」
「ダメ、ちゃんとしなきゃ。でも姉さんそういうの、無理でしょ?だから……」
「無理……!?」
ヴァルトはレノーが作家であることを思い出す。
「レノーって服もいけるのか?」
「絵にしてくれてるの、姉さんが好きそうやつ。どう作るかはさておきなんだけど……」
「あとでそれ見せろ。なんとかして作ってやる」
「ヴァルト……いいってそんなの」
「てめぇ、ちょっとは自分のこと考えろよ。聞かざるのも人間の仕事だ」
「……ヴァルトだって、あんだけ暴れたのになんで運動なんて。そう、運動したのになんでこれ、いま着けてるやつ、私が倒れてから作ったんでしょ……!?」
「構想自体は頭にあったから余裕だ」
「……えぇえ?」
「今お前がつけてるやつな、俺もいま装備してんだ。筋力を補填する、俺は力を使うと弱る、だから考えといたんだよ」
「……おろ、ろい?」
「あぁ~、まぁそうなるか?」
ノイは少し顔を赤くして、寒空を見上げた。明るい夕日と暗い夜の間の空。星が降りてくるような空。
その三人を二階の窓から、アクセルとユリウスが見ていた。
「調子はどうだい?」
「……正直、かなり攻めたことをやっています。私としては、あまり行いたくない療法ですよ、これ」
「いいじゃないか、はやく治るに越したことはない。動けないっていうのは、それだけでは、誰かの苦しみを捨て置く理由にはならないよ。彼らの背負う誰かはどれだけ優しくても、その優しさこともっとも重いものだ。それに気付く前に、自分が本当に立てなくなる前に立たせないと、本当に動けなくなる」
「……それは」
「あぁ、親父の言葉だ。まともなことを言うとは思わなかったけどね」
「……」
「きっと親父がこう言った意味は、良い意味じゃなかったんだろうけど」
「……」
「治りそう?」
「……治ることはないでしょう。精神病は、病という意味を含むゆえにそう思いがちですが、本当のところただの状態ともいえます。病というには、あまりに抽象的なものなのです。正直、まだ医学として確立できるものでもないのです。医学として確立されているというウソで、どうにか彼らに希望を持ってもらいましたが……私は、これが初診であることが許せません。父にも申し訳が立たない」
「ごめんね、無理言っちゃって」
「ここから一晩ほどは安定しますが、その間になにか大きな幸せがあれば……」
「……じゃあ、もう治ったってことで良いね」
「……いえ、心というものはそんな簡単な」
「いや、確かにそうなんだよ。でもねアクセル、たった3つ。人間、いや生き物に与えられた、自分を壊すほどに自分を再生できるものがある」
「……3つ?」
「食べて、寝て、あとは……恋。イェレミアスじゃ性欲とか汚い言い方するけどさ、もっと心の底からのも、あると思うんだけどね」
「あなたは、マルティナ様に手を出していないとか」
「当たり前じゃないか、彼女はこの世界に不満を持っている。その子供も、不満を持つだろう。まだなんだよ、僕にとってこの世界は、まったく価値がない」
「……ユリウス様、あなたはなにをお考えに?」
「いつも通り、大博打さ。ねぇ、3人はどのくらい凄いんだい。さっきあったとき、ノイくんは凄いって言ってたけど」
「……人々は、自分を正しいと思い込み、周囲が正しくないとして変わらない。そんな自己完結で盲目な正義感で動いていることが多い。彼ら彼女らは、そもそもそんな普遍の偏りに生きることなく、常に変わろうとしている、と見えます。存在として、ただひたすらに稀有。あの3人が揃ったことこそ、外れ値というものでしょうか」
「……外れ値ねぇ、なぁんでそんなこと起きるんだろ。おかしくない?ヴァルトくんがさっき作ってたやつ、なんか二回くらい全部作り直してたし。劣正でも引いたんだろうけど」
「ミルワードでもそれは分からないでいました。そしていつしか、探求心のままに世界の究明を目指し海を渡り、資源や利権に眩み、土地を支配し、裕福になり、そうして信仰は手放されました。ミルワードの信仰はもはや形骸化していたそうです」
「裕福になると信仰は棄てられた、か……宗教・なにか信じることの価値って、そんなもんなのかな?」
「何かを信じるというのは、いわば光源のない世界に光を灯すようなもの。いや、光があると思う、思い込むことです」
「言うねぇ、ミルワードは違うやぁやっぱ」
「教えは故に、誰にとっても希望。誰でなくても希望。つまり何者でなくても、希望。持つものならともかく、持たざる者にとっては都合がよいのです」
「生きる理由が見つからないときの最終手段?」
「そういった見方もきっとありましょう……希望があれば、無い足でも明日に向かって歩き出せます。尊厳があれば暴虐にも耐えられるように」
「じゃあ例えば、尊厳がなくても暴虐に耐えるにはどうすれば良い?」
「復讐を誓えばあるいは、いつかのために日々を燃えるように生きることはできましょうか」
「……そうだね、そうかもね。でも復讐じゃ、何も生まれないかもよ?」
「復讐とは、戦争と同様に手段、利益のための投資です。植民地支配という利益に戦争という投資を行うのがミルワードでした。手段自体で利益を産出することは不可能でしょう。早馬をただ走らせるだけで、書いてもいない手紙が意中のあの子に届いて結婚できますか?」
「……そうだよね、できないよね」
「ただ気を付けねばならないことは、歩むことの燃料は未来への希望であり、復讐の燃料は、未来そのものという点でしょうか」
「ありがと」
ハンナがノイとヴァルトがとなり同士になるように位置を入れ替えた。ヴァルトはノイを見る。
「……おまえ、寒くないのかよ」
「うん、全然……」
「……そっか」
ハンナは下を向いた。
(姉さん、いま寒いって言ったらきっと上衣貸してくれたよ……兄さん鈍感だから言ってあげて、ていうか貸してあげなよ本当に!姉さん1人じゃ何言おうとしても緊張しそうだから着いてきてるんだけどなぁ、逆効果だったかなぁ……私一回離れようかなぁ)
ハンナが館の方を向く。
「ヴァルトは、寒くないの?」
「寒いに決まってるだろ、いま俺ヒョロガリだぞ」
「だよね。私食べてないのに、暖かいんだ」
「おまえ病気とかならないよな」
「うん」
ハンナは少し苛立った。
(だからそれ我慢して上衣貸すの、それが兄さんがやるべきことじゃない!)
「ヒョロガリでも、作ってくれたんだね」
「……おぅ」
ハンナは、ノイの手を掴んだ。
「ヴァルトって、みんなのこと、大切にしてるんだね」
「……おぅ」
「……すごいね、私無理」
「……んなわけないだろ」
「えぇ?」
「お前、なんつうかさ。自分のためとかでもなく動けるんだよな。俺とかフアンが復讐とかそういうので動いてるだけと違って、お前はちゃんと、周りの役にたとうとか、自分ができることに責任持とうとしてるだろ?いや、俺もそういうことあのアクセルとかいう医者から聞いたんだが……あのヤブ医者、良いこと言ってたよ。ノイには人を愛する才能があるって……俺も、まぁなんだ、そう、思う」
ノイは、涙を流して、笑顔になった。
「そんなすげぇ奴は、逆に人一倍傷つきやすいってのも聞いた」
眼を瞑り、鼻をすすって、嗚咽を出す。
「……あり、ありがろ……あいあお……みんあ、ありあお……!」
ノイはヴァルトに寄りかかるようにして、またまた眠りについた。
「……??????」
ヴァルトは少しだけ呼吸を荒くし、しかしすぐに整えた。ヴァルトはハンナを見ると、顎が外れたような顔をしている。
「……うがっ!」
「なぁんでおまえが驚く……いや、俺もビビったけどよ」
「ノイ姉さん……あれ、ノイ姉さん?」
「寝てるよ……おっも……」
「いま姉さんになって言った?」
切っ先のような声色だった。
そうした光景を、ユリウスとアクセルが見ていた。
「いいかいお医者さん?こればっかりはもう暗記しときな?どーんな正しいことだとしても、どーんだけ理路整然とした理屈だとしても……それは好きな人に言われないと頭に入っていかないんだよ。愛する才能があるっていうノイちゃんが自分を肯定できる要因があってもさ、それを医者に言われてもねぇ」
「では?」
「ヴァルトに言っといたんだ、ノイちゃんを褒めろってさ」
「……なるほど」
「好きな人から褒められるって、サイコーの薬だよなぁ」
2025年6月3日時点で、997,634字、完結まで書きあげてあります。添削・推考含めてまだまだ完成には程遠いですが、出来上がり次第順次投稿していきます。何卒お付き合い下さい。




