九話 私兵
九話 私兵
ナナミは屋根の上で寝転んで、ヴァルトとユリウスの会話を聞いてしまった。
(ダメじゃ、有事だからと少しだけ聞き耳立てておったら聞いてしまったわ。フアン、すまぬ……)
ナナミは、屋根伝いに歩いていると、一人の外套が跳びかかる。後ろに下がって竹棒を構えると、その外套は動きを止めた。
「あんた、うちの客か?」
「あぁ、良い湯じゃった」
「……すまん、敵だと思っちまった」
「いいさ、屋敷中でおっぱじまっておるし、夜じゃし。静かじゃが確実に、命が消えていっておる。朝日が昇れば、屋敷中大掃除じゃな」
「……あんたは、参戦してくれないのか?」
「妾はあの二人を守っておる故にな。それに、相手の数に対してこちらが劣勢にも関わらず有利に戦っておる」
喉を掻き斬る音。血を吹き出す喉を流させた者が抑え、そうして歩く。元庭園の、建物付近は、誰にも気付かれない静かな流血で満ち溢れ、疲労の呼吸すら押し殺して、名前もわからない者らが散っていく。
「俺たちは代理人さ、血で貴族を汚さないための」
「それでは雑巾ではないか」
「あぁ、血を残したらダメだ。だからって、あぁ……返り血を各々被らねぇとなのが、ほんっと……」
「しかしにしては中々に戦意に溢れておらんか?」
「そういうの分かるのか?」
「小さな会話から、どっちがどっちなのかは分かる。そして、相手兵士が死ぬときは誰かの名前を言っておる、家族かの。じゃがこの家の兵が死ぬとこは、バックハウス家のことを言っておる」
「……そうか」
「命を捧げるほどの価値は、戦いにはない」
「……ニンジャのあんたがいうのか?」
「お主は思っているのか?」
「あぁ」
「そうか、なら存分に死ぬが良い」
「……いや、俺の出番は少ないだろ」
「確かに、こちらの手勢は全員が猛者じゃな」
「俺たちには目的がある。だから強い、あんたも、壁になったら覚悟しろよ」
「……こりゃあ妾の出番ないの。二十対六十で優勢とは……この強さ、隠しておったのか?」
「あぁ。喧嘩は誰にも、いままで売ってなかったのさ」
「それをここで解放か、強さの目的はそこにあるな?」
「面白い景色が見れると思うぜ」
「……」
静けさは、極まった。夜風が吹いて、血の臭いを飛ばす。
(間際になって大切な者がよぎらんというのも、中々に物騒じゃろうて……)
ナナミは、フアンたちのいる部屋の上に立って。窓の小さな軒下にぶら下がって叩く。ヴァルトが開けた。
「終わったようじゃ」
「……お前、なんもしてねぇって感じか」
「しかしバックハウス家の私兵か……ここは後方と聞いたぞ。人同士やり合ってなんになるのじゃ?べすとろというのが、西陸にはおるんじゃろ?」
「お前、ベストロにあったことは?」
「……」
「ベストロがなにか、聞き回って分かってるんだろ?」
「……まあな、じゃが色々踏まえてそのあたりは話さんよ」
「お前の情報の価値は、そこまで高いってことか……何が釣り合う?」
フアンが扉を開けた。ヴァルトがロウソクの火を消そうとしている。
「あの、なんだか静かになりました」
窓からナナミが入ってきた。
「……よし、妾はちょいと外を回ってみる」
ナナミは部屋の外へ出る。何名かの音が前方にあるが、聞き覚えがあった。扉が閉じる。
「おや、さっきぶりじゃな」
「……二人、死んだ」
「いやいや、二十で五十七を討ち取って、被害は二じゃ」
「命に算術は必要ない」
「そうか、ならお主は、その長の任を降りた方がええ」
「……そうだ、俺に隊長の務めは重い、そんなことは分かってる」
「何が言いたい?」
「十八人じゃ、戦えない。あと二人いる」
「……妾に、入れと?それで、誰が助かる?」
「……誰かなんてもんじゃない、この街で苦しんでるみんな全員だ」
「この街……まてお主ら、この国の都はここが最後のはずじゃ」
「……」
「随分と、この家は大きなことを考えているようじゃな。さすがに、はい分かったとは言えんよ。口の固さは保障しよう、一人を除いてな?壁越しに、確実に聞いておる者が一人。そやつに今度聞いてみる。今日はもう寝ておれ、妾があとは見張っておこう」
「……」
「二人でたんじゃろ、はよぉ供養したれ」
フアンは外の会話を聞いてしまい、ヴァルトの話を遮ってしまった。
「どうした?」
「あぁ、いえ……」
「お前あんま休んでないだろ」
フアンは、ヴァルトがノイを守るために、目の前でモルモーンの覚醒したシャルリーヌを斬ったことを思い出す。
「……?」
「……ヴァルトも守るために、ためらいがなかった。僕も同じ気持ちでした。なので大丈夫です」
「ん?あぁ、あんときの話か……いや、関係ないだろ」
「ヴァルト、その」
フアンは外に出て、ナナミを見つけて、追いやった。手をす早く動かす
「なんじゃ、妾は羽虫ではないぞ?」
「しっしっ!」
「んあぁ、聞いちゃあダメなな、あい分かった」
ナナミは廊下を歩いていく。足音が聞こえなくなった。
(……まぁ、聞かれるだろうなぁ)
フアンは部屋に戻る。ノイが起きてしまっていた。
「ノイ、まだ夜ですよ?」
「……ごめん、私」
「いいですから、でも……そうだヴァルト」
「分かってる、なんでこうなったかだろ。る」
ヴァルトは、ユリウスとの会話をノイとフアンに共有した。
「……じゃあ、この国に天使が」
「確定じゃねぇ、だが……例えばレドゥビウス。アイツが空を飛ぶ速さは異常だった。一瞬で空に飛んでいく。あれが他の天使に報告したか、アイツ自体がここに、あるいは……」
「アマデアがいる?」
「あの街に行けば、それが分かる」
「あの街……まさか」
「……あぁ、待ってくれ」
「??」
ヴァルトは、しばらく黙っていた。
「……ひょっとして今」
「あぁ、俺と変わったっていう天使、ゼブルスと喋ってる。頭のなかでな」
「……!?」
「……コイツの言い分はこうだ。私の娘と妻の行方を知りたい。あの街へ言って、調べて欲しい」
「……ヴァルト、あの街はどうなっているんですか?」
「まぁ、色々とな」
「……?」
ノイが目が覚め、自分の寝台を飛び降りて倒れ、ヴァルトの寝台にすがる。
「……また、無茶するの?」
「はぁ?んな訳ねぇだろ。お前は休んでろ」
「……やぁだ、やぁだ!」
「……ノイ、ゼブルスは俺に持ちかけた。娘と妻の行方さえ、その片鱗だけでも分かれば、天使に関する情報を開示する。知る限りの全てだ」
「そんなの、嘘だって……」
「……」
「もう、倒れないで……」
「……」
ヴァルトは、ノイを見て黙っていた。
「……そうだな、俺も疲れてる。ゼブルスに、どんくらい有用があるか聞いてみる……ん?」
ヴァルトはしばらく黙る。
「……年明けまでは良いそうだ」
ノイは、安堵するようにして眠りに付いた。ヴァルトはそれを抱えて、元々いた寝台に寝かせて毛布をかける。
「……こりゃマジで、俺動けねぇな」
「全く、一人で勝手に。ヴァルト、もっと自分を大切にですね」
「お前、ベヒモスのときに自分じゃなくて破城釘逃がしたじゃねぇか」
「あれは、その……」
「シレーヌのときだって、アイツの口に槍を食い込ませて」
「……僕が言えた話じゃないですね」
「全員しっかり、回復してからだな……」
「ヴァルト、勝手に出ようとしたら許しませんよ?ナナミさんに言って、監視してもらいますからね?」
「……わぁったわぁった」
2025年6月3日時点で、997,634字、完結まで書きあげてあります。添削・推考含めてまだまだ完成には程遠いですが、出来上がり次第順次投稿していきます。何卒お付き合い下さい。




