十三話 イノヴァドール
第十三話 イノヴァドール
(……どこだここ)
(……げて、逃げて)
(……はぁ?)
(逃げて、逃げて)
まっすぐな道、誰かの声、視線の先には町がある。燃え盛って逃げ惑う人々。
(逃げて……)
馬が後ろから走ってくる音。視界の下から、泡が見える。視界の脇に見える赤色に、視線を合わせられないでいた。
(体が動かねぇ……なんだこれ……動け、動け、動けって……動け!!!)
ヴァルトは、起き上がる感覚で腕をまっすぐ伸ばす。呼吸は荒かった。
「っ……!?」
ヴァルトは、建物の中にいるのが分かる。寝台は柔らかく、白い。服は麻で通気性があり、いつ水を浴びたのか汗を感じなかった。
「起きた……よかった……」
起き上がってすぐの体に重いのが、寝たままの膝あたりにのし掛かった。
「ん?」
ノイが膝元で寝ていた。顔をヴァルトの方向に向けていて、目の下は赤色と黒色の2つがあった。ヴァルトは身体中から力が抜けていき、また寝台に倒れる。意識があるなかで手を動かすと、胸元の布地とその側面、ノイがいる方向の寝台の合計二ヶ所、静かに濡れていた。
「おぉ、お??何があった……?」
扉が開けられると、執事や給仕を行う、多少のヒダで装飾された服装を来た女性が入ってくる。
「お目覚めになられましたか……?」
ヴァルトの目線の先でまっすぐ礼儀正しく佇む女性は凛々しく慎ましく歩いてくる。窓を開けて、寒い空気を取り込む。ノイが起きた。
「うぅさっむ……な、ん??」
「ノイ様、あなたの殿方でもないお方のお膝で眠るのは少々……お行儀がよろしくないかと」
「なっ!」
ヴァルトの真顔から繰り出される視線で、ノイは頭を下げた。
「ごめん、なさい……」
「いや、別に……ここ寝床だし。寝ても問題ねぇだろ」
女性が振り返った。
「そういう訳にもいかないのが女人というものですヴァルト様」
「あんた誰だ、ここはどこだ」
「バックハウス商会、オルテンシア資材倉庫にございます」
「……?」
「旧イェレミアス大使館とも言います」
「あぁ~、つまり俺にとっての、安全圏」
「さようにございます」
「あんた、俺らのことはどこまで知ってる」
「お名前と出身地や現状、説明の必要な箇所はフェリクス・グランデ様より伺っております……それから、あなた方のバックハウス家内での噂を少々。あとは、寝室に二人きりでしたので、関係性が推察できる程度でしょうか?」
「ちちちが……あぅ」
ノイはまたヴァルトの膝に倒れるようにして眠る。
「体限界じゃねぇか」
「ノイ様は連日の不眠でお疲れのようです」
「マジか……」
「現状のご確認は」
「あぁ、する」
「ノイ様をどかしますか?」
「いや、まぁいいだろ」
「……了解しました」
女性は、話を始めた。
「ヴァルト様が倒れたのち、行動隊と保安課の方々、そして途中参戦したと思われるエヴァリスト・ラブレーによって、シレーヌや絵付きのベストロは打ち破られ、冬季第三次デボンダーデは終結いたしました。終結してから現在は4日が経過しております」
「4日……?」
「行動隊で現在生存の確認ができているのは、フェリクス・グランデ様1名。フェリクス様以外の方々の行方は不明。ですがフェリクス様曰く、テランス様はエヴァリスト様により保護されていると証言されています。ここからはオルテンシアの現状です。兵士の被害は甚大、第三次だけでも全体の6割を失いました。第一次も合わせた保安課の損失は、7割を越えています。1000以上いた兵士が、300人程度になってしまいました。春期のデボンダーデに備え、大規模な徴兵が行われるそうですが、銃火器に限定した武装禁止令、近衛兵による軍需施設の占拠、少数ながら近衛兵による民間人や保安課隊員への不当な暴力、近衛兵による民間人守衛の任務放棄。聖典教の持つ弱点がいっきに展開されたため、権威は著しく低下……するはずでした」
「……?」
「上層、枢軸議会による見解が発布され状況は変化。それらは主に2つに分けられております。1つはあなた、もう1つは……ベストリアンにあります」
「詳しく」
「結論、求心力は低下するどころか上昇いたしました。理由の1つ目、まずあなたの持つ力を、主の持つ世界創造の逸話になぞらえられ【自決祈祷】と提言、教皇自らがあなたを利用した求心力の回復を行いました。あなたと主はアドリエンヌの味方であり、デボンダーデによる不当な死への、主による救済であるとしてです。また、あなたの奇っ怪な術によって、主の存在を少なくとも否定することが実質的に不可能になったことが、陰謀論や無神論を一掃しました」
「なんじゃそりゃ、んじゃ俺……」
「いまや、あなたは聖典教における……第二のサン・ゲオルギウス様として扱われております。ここの外に出れば、あなたは聖典教を背負う人間として振る舞わねばなりません」
「めんどくさ……」
「そして2つ目、ベストリアンについてです」
「一番気になるところだ……」
「はい、これには事情をもう1つ説明しなければなりません。ヴァルト様は、オルテンシアでベストリアンを見かけたことは?」
「俺はない、フアンは……まぁ、ある」
「そういった具合で、オルテンシアでは、とくに近年はベストリアンの存在が報告されていたのです。そしてモルモーンの発見と被害は、ゼナイド・バルテレミーによって大規模に拡散されました。モルモーンは、人間や亜人・獣人に化けることのできるベストロです」
「(イノヴァドールの見解としては)……まぁ、そういう感じだわな」
「もう1つ、治安の悪化している地域に、ベストリアンが現れるという話は?」
「なぁんか聞いたことあるような……ん?いや、やっぱ分からねぇな」
「……結論からの方が良いですね。枢軸議会により、近衛兵による強行策での銃火器使用禁止、近衛兵による東側での任務放棄を、第5区倉庫が爆破された直後に起こったベストリアンの大量発見に紐付けて整合性を取り、聖典教への憎悪、そういった視線・目線・疑いの矛先を、ベストリアンらに逸らしました」
「……はぁ?」
「皆様が銃火器を奪った直後、ベストリアンが大量に発見されていったのです」
「なんだそりゃ……!?」
「聖典教はその事件を組織だったベストリアンの犯行であると断定。行動隊の帰還が確認され、彼らには正式に武装を渡したと述べました。ベストリアンの討伐に物資割くために銃火器の禁止を行い、また巡回の強化のために近衛兵が住民を守りきれないほどに警戒を強化してしまったという見解を公式に発表しました」
「無理やりが過ぎねぇか?」
「第5倉庫が爆破された直前ベストリアンから発見されていったことが、組織だった人類への攻撃という見解を裏付ける形になっております。聖典教はそれを予知し、壁の中の戦力を減らさないための銃火器の禁止令だったとしています。すると、近衛兵へ向けられていた悪い印象が、ベストリアンにそっくりそのまま向けられました」
「いやいやいやいや、おかしいだろ」
「これは、モルモーンというベストロによって疑心暗鬼になった人々に、少しの団結をもたらしたとも考えられます」
「とんでもねぇことになってきやがったな……まて、疑心暗鬼?」
「はい、モルモーンの生態は、人や亜人・獣人に化けられるベストロです。友人がモルモーンだった、家族がモルモーンだった……そんな現象が起こりうるというのが、第二次デボンダーデの最中で広まりました。聖典教はこれを防ぐために情報統制を敷いていたようですが、事が大きすぎたようです」
「聖典教にとって都合の悪いのがいっきに起こりすぎたな。」
「それらの関連性は定かではない。というのが、フェリクス様のお考えです」
「なるほど?」
「保安課最高指揮官は、冬季第三次デボンダーデ終結に貢献されたとしてジェルマン・ベナールがその席に就いております。フェリクス様は、物資を保管する資料の作為的改竄や報告無しの軍需物資増強により、聖典教に背いた人間として保安課最高指揮官の称号を剥奪。しかしそれ以上のおとがめはありませんでした。兵士やその家族からの反感を考えた結果だと、フェリクス様は推測されております。フアン様とフェリクス様は現在、聖典教を暴くための活動中、以上にございます」
「活動中ってのは?」
「それはこれをお読みください。中はフアン様が先に開けたそうです」
ヴァルトは手紙を受け取った。
「……了解。聖典教は俺とベストリアンを活用した形で、求心力を回復したと。んで、この中はいったいなんだ?」
「当家から送られてきたお手紙にございます」
ヴァルトは手紙を読み始める。名前の分からない、花の香りが漂った。
【お久しぶりです、レノーです。人形を堀たまえという文言について、ユリウス様から手紙を受け取り、連絡させていただきます。こういった自体の場合、まず言語の方向から紐解くのが一番確率は高いです。人形とは、それ自体を表すだけではありません。言いなりの人間、組織、自由意思のない奴隷など。そして掘るという動作は人形作りだけを示すわけでもはありません。それは地面に対しても、人間に対しても使うことができます。ここからは僕の完全な推測になってしまいます。人形という言葉は、ミルワードの言葉では……ドール、そう呼びます。ドールという言葉が使われる施設が、オルテンシアには存在します。イノヴァドールをもしドール、つまり人形という意味に当てはめた場合、残された掘るという動作が、上記の内容と照らし合わせてよりしっくりくるものは……地面を掘る。これが正しい場合、イノヴァドールの下には掘り起こすことのできる、なんらかの物品や、隠された施設があるとして予想し、手紙を終わらせていただきます】
ヴァルトは手紙から目を離す。女性は、部屋を出ようとしていた。
「……フアンは、これを読んだってことか?」
「……だと思われますが」
「じゃ、アイツいまこれで動いてるわけか」
「はい」
「……あんがとよ」
「では、失礼いたします」
手を正しく組んで姿勢を正し、軽く会釈して部屋を出ようと扉を開けて進む。
「窓は閉めてあります、ノイ様のことはおまかせしますね。しばらくここへは誰も来ません」
「おぅ」
扉は閉じられた。ヴァルトはノイを見る。
「……アホか」
ノイの深く静かな呼吸と垂れる少々のヨダレが、眠りの質を感じさせる。膝上に頭を乗ったままのノイは、ほんの少し寝返りを打って膝の皿に頭を乗せた。
(……いてぇ~、つか体おめぇ~)
ヴァルトの静かすぎる叫びが、二人だけの部屋にこだました。枕元に置かれた果物をかじり、ヴァルトは流れる時間に任せることにした。
―聖典教、大鐘楼前―
フアンは、白套でそこに佇む。
奥を覗けば、オルテンシアの中心、サン・カルマル大聖堂は見える。フアンは、歩いていき、ゼナイドの暴れた広間に向かった。広間の黒ススや人やモルモーンのはきれいに片付けられており、中では礼拝する人間や、銃を持った近衛兵、そして包丁や角材で武装した民間人が多数見られる。
それらが談笑するそばには、亜人・獣人の死体がいくつも転がされており、まだ生きているのは、喉をかききられたり、殴られ蹴られ、胃液と血液を吐いて倒れた。鞭で叩かれて、皮が弾けとんだ背中を出す。爪や角が引き抜かれ、痛みで歯を食い縛るので出血する。絶望の声で溢れる広場で見える、民間人の顔のひきつってなどいない笑顔が、フアンを黙らせた。亜人が多かった。
奥から、誰かが歩いてくる。
「フアンくん、3日ぶりだね。まだ君たちが行動隊になるのは少し先だよ?」
「シラク様、お久しぶり……ではなくないですか?」
「そうだね、でも生きてまた会えるのは良いことだろう?」
「……あの」
「これかい?聞いただろう、ベストリアンによる第5倉庫の爆破」
「……!?」
「組織だった犯行として弾劾する名目で、オルテンシアではいまベストリアン狩りが行われているのさ。ベストリアンを討伐すれば報奨も出る。君もやるかい?」
「……いいえ、これは国民が主への信仰を示すまたとない機会。我々でベストロを、彼らにはベストリアンを担当していただきましょう」
「……そうかい」
フアンとシラクは、歩いて大聖堂へ入る。客間に通され、シラクは茶をいれフアンに渡した。
「……で、今日の用事はなんだい?」
「大聖堂には、オルテンシア唯一の図書館がありますよね?」
「そうだね」
「利用許可をいただきたく参りました」
「それくらい、お安い御用さ」
「できれば、かなり古い文献まで読んでみたいんです」
「……そうだね、禁書庫以外なら閲覧可能にしよう。許可証を出しておくから好きに使ってくれていいよ。首飾り、許可証だよ」
「……ありがとうございます」
フアンは図書館に向かう。途中後ろから付いてくる数人の人間がいるのを耳で察知した。
(誰かが追ってきている……銃火器を奪取するとき、テオフィルさんのところで色々と聞いておいて正解だった。図書館までいって、事前に頼んでおいた同じ背格好の協力者とすれ違いながら回避して扉を出る。図書館外にも見張りもいるでしょうけど、そればかりはもう振り切るしかない……とりあえずコネットさんにかいてもらった地図を頼りに、ここを抜けよう)
フアンは図書館に入り、棚の位置が立体的に描かれた地図を見ながら足音を聞いて、囲われる前に並足で抜けながら、同じ格好の人間とすれ違う。
「宜しくお願いします」
「……分かってる」
「あれ、コネットさん?」
「地図を書ける理由がこれよ、私よくここにいるの」
「……ありがとうございます」
「いいから、いって」
フアンはそのまま抜けていき撹乱して図書館を出る。
(さて、音は7つ。図書館に4、外に3……あと3……)
大聖堂と呼ばれるそこは、教会というにはあまりに利便性が高く。行政を行えるほどに、建物として行き届いた、宮殿のような外見と内装を持っている。4つの宮殿に囲われたように中央にあるものこそ大聖堂であり、不安は南側の大広間から宮殿から入って図書館を出たところであった。フアンが並足で東側の宮殿に向かっていく。
(位置的には。西の宮殿からしかイノヴァドールに入ることはできない。あの壁を越えるの難しい。今回で侵入できれば良いですが、無理そうなら即時撤退しなければ……東側でなんとか回避して……)
「君、フアン……だったな」
ジェルマンが話しかけてきた。
「ジェルマン指揮官」
「いや何、暇なら茶でもどうだ?フェリクスからもらった」
「フェリクスさんから?」
「そう、フェリクスからだ」
「……いただきます」
ジェルマンと部屋に入ると、中で何やら引っ越しの準備がされている。
「埃っぽくてすまないね」
「いえ、これは……」
「あぁ、事務所を移すんだ。西側の宮殿にな」
フアンは服をしまう大きな棚に押し込まれる。
「何かは知らない、だがこれがこの国のために、息子のためになるのなら……君と、フェリクスを信じる」
「ジェルマンさん……」
「俺にできるのはここまでだ、あとは頼んだぞ」
「はい」
揺れる棚の中で息を殺し、時間が経過する。どのくらい経ったかは定かでないなか揺れは止まり、棚が開けられた。
「大丈夫ですか?」
「あなたは?」
「第二次デボンダーデのとき、フェリクス様に助けていただいた近衛兵です」
「あぁ、お偉いさんにしがみつかれていたあの」
「はい、私は近衛兵の中でもかなり末端ですので……勝手に動いても組織内で目立つことはないのです。先輩方に面倒ごとを押し付けらるにが日常なので、こうした雑務に紛れられましたね、それをフェリクスさんは見抜いて、声をかけてくれたんです」
「……お名前は?」
「レモンです、レモン・ジャン」
「すごく覚えやすいですね」
「よく言われます……僕のはみなさんのことは分かりませんが、この国ために動いているんですよね?宜しくお願いします」
レモンが先導して、フアンは西側の宮殿の一室から出る。一室から出て西に向かっていく。宮殿の西側外周に向かって、窓から、外からでは見えないイノヴァドールの容貌が見えてくる。
宮殿の西側の出入口から外階段を下がって向かえるように道が伸びて、その先には壁に密着するかのように窓が並べられた建物群。そして、それ以外は、ならされた芝生や畑であった。豚、鳥、牛などがそこらにおり、数は見た感じでは多い。
「イノヴァドールを見るのは初めてですか?」
「……はい」
「すごいですよね。小麦や野菜、動物の品種改良を行いながら、あの高層建築のなかで兵器開発やベストロの研究を行っているんですよ。西側の宮殿とイノヴァドールは防壁で繋がってるため、ある意味ここは防壁の内側にある防壁といえますね」
「オルテンシアの国民の間では、高い建物で、段々になった牧場だと……」
「そこまですごいのは無理なんでしょうね」
フアンは、隅に見える鉄でできた井戸のようなものを見る。
「あれは土壌設備です。地面に埋め込んだ水道管のようなものに、あそこから入れた肥やしや枯れ草を入れる。水とともに定期的に、土壌にそれらを封入して潤して、動物が食べる草や、小麦を育てるための土壌を、年中育てているんですよ。あの方たちを見てください」
フアンはレモンの指したのを見る。革で作られた茶色の外套で包まれたのが、仮面を被って、木箱を嫌そうに遠ざけて持ちながら井戸に投げ入れていく。
「箱ごと……?」
「中身の臭いが凄いので……屠殺した動物の骨なんかも入ってます。あの中は、破砕機になってるんです。木箱や骨を粉にすることで、それらもまた土壌に入れることができるんだとか……ありがとうございます。僕はもう行きますから、あなたはできるだけ普通に、ここから出て下さい」
「了解です、では」
レモンが立ち去るのと、イノヴァドールの方向に見え警備の視線がそれるのを見て、フアンは来ている白い外套のまま外階段を降りないで飛び込むように側面を落下。たまっている芝の山に飛び込んむ。中から警備の動きを見て、隙を見て出て先へ進み、物陰に隠れながら移動。少し開けた場所に来た。
(目標はあの高層建築、一応あの井戸っぽいのも調べておきますか。目標はどうやら下にあるそうですし。まずは本命の建物ですかね……さて、視界が通りますね)
フアンは牛が数頭歩いているのを見る。うち1頭がフンを出した。向かう先の近くに小屋があるのを見てすぐ、まず警備を見て、視界のそれる瞬間に移動を開始。袖を短く持って、落ちているフンを袖を手袋替わりに取り。服に塗ってから、牛の側面にしがみついた。
(完全に賭けでしたが、やはり飼い慣らされた動物は警戒心が薄い。自分と同じ臭いなら警戒心も薄れるはず……)
牛に運ばれて向かい側にたどり着き、建物に向かって進むと、中に人がいるないのが音でわかる、フアンは違和感を持った。
(このまま行ったら、そこら中にフンの臭いが付いてしまう……誰かが侵入した形跡は残したくない……さきに破砕機へ向かって服を処分しよう。これを脱いでも、内側には黒の外套を着ていますし)
フアンは目標を井戸のような破砕機に変更し、隠れながら進んでいった。鶏舎にも見えるところを抜けていき、破砕機付近に積まれた木箱にたどり着く。鼻に付く生々しい臭いが、フアンを襲う。
(これ、すごい臭いですね……まぁ、屠殺した動物の骨ってことはまぁ肉なんかも多少混ざっているでしょうし、破砕機に詰まったものが腐ってるとかでしょうか?でも糞とかの臭いはしませんね……)
フアンは音から、周囲に誰もいないのを確認して白い外套を脱いで移動し、破砕機に丸めて放り投げる。影から音がし、すぐさま木箱に戻って隠れた。足音が2つ。重たそうに木箱を運んでくる。
「……なんで、私がこんなこと!重っいっしっ」
箱がいくつも投げられる。
「あんまり喋るんじゃない、空気吸っちまうだろうが……うえぇ」
箱がまだ、破砕機に投げられる。
「くっそ、なんでサボってたのバレたのかなぁ。つか多いって」
「いままで俺らが仕事する意味なかったしな。それで鈍ってただけだ、お前だってこの前のデボンダーデで、久しぶりに銃握っただろ」
「そうね……街でベストリアンとかいても、大概は民間人が先に解決してくれてるし……結構入れたけど、詰まったりしてないよね?」
「知らねぇよ、破砕機が動いてる音なんて聞いたことねぇ」
「そうなの?」
「あぁ、まぁかなり下に設置してあるんじゃないか?」
「うえぇ。ごめん、もう無理……」
「……あぁ、同感だ」
一人が走っていき、もう一人も追って走っていった。
(任務を放棄していた近衛兵……あぁ、この仕事って左遷先みたいな扱いなんですね、なるほど……しかし音がしないって。確かに音はしていませんが)
フアンはもう一度破砕機に近寄る。井戸のようになっており、穴の中を覗く。フアンの鼻は腐臭にやられたが、フアンは耳に気を取られていた。
(さっき箱を投げたはずなのに、落ちた音がしない……?)
フアンは、よく聞き耳を立てた。寒風に揺れ少し崩れる藁の束や、寒さで息を絶やした虫たちの残骸の転がる乾いた音の中に、確かにしっとりとした音が聞こえる。
(何かを、踏んでいるような……ぐちゃっとした音。いや、なんだろうこのネチッとした音、変な音じゃない、むしろもっと日常に溶けた……咀嚼……咀嚼音!?)
フアンは、穴を覗き込んだ。
(なぜ、この奥から!?どうして!?)
フアンは、理解の追い付かない現場に少々錯乱した。
(確かめた方が……いや、聞き違いの可能性だって……くそ、どうすれば……)
フアンの頭の中に、言葉がよぎる。
―人形を掘りたまえ―
(……下に、秘密がある可能性が高いと手紙にはあった。ここが、この破砕機が、答えなのですか、テオフィルさん?レノーくん?)
フアンは意を決して、井戸に入り、自身の四肢で落ちないよう支えながら、降りていった。
2025年6月3日時点で、997,634字、完結まで書きあげてあります。添削・推考含めてまだまだ完成には程遠いですが、出来上がり次第順次投稿していきます。何卒お付き合い下さい。




