九話 第三の強襲
九話 第三の強襲
日の出から少し経過する。馬車の中でヴァルトは、全員の装備を点検していく。テランスの反応大剣を持つと、テランスが声で止めた。
「ヴァルトくん、僕の大剣は、あまり触らない方が良いぞ?火薬が詰まってて、僕がそれを勝手に直そうとしたら、マルセルにひどく怒られたんだ。頑丈ですが中身は繊細だって……」
「おぉ、たしかにまぁ繊細ではあるな。でも構造はわりと簡単だぞ」
「そうなのか?」
「あぁ。束をひねると内部にある火薬を混ぜた油の入った革袋が加圧される、無数の小さな管にそれが流れて大剣に染み出るように塗られる……一回ひねった場合、爆発一回分だけのい火薬が添塗される、内部の機構でかかる力を一定にしてあるしな。たぶん、その小さい穴に火薬かススが詰まるんだろうな。お前だと強引に穴を爪とかで引っかいて余計に詰まらせそうとでも思われたんじゃないか?」
「し、心外だな……」
フェリクスがため息を吐いた。
「いやテランス、お前ならやりかねない。注意しておけ」
「兄さん!?」
ヴァルトはフェリクスの短銃を持つ、銃の構造は単純な先込め式でしかない。疑問をフェリクスに投げる。
「なんでお前は、なんだっけ……特科礼装を使わないんだ?」
「表だって活躍するテランスや他の隊員に、先に武装を、予算ごと充てたのだ。私の武装は後回し、おそらくまだ設計図もないだろう」
「先代のお古でも貰えば良いだろうに……」
「特科礼装の開発経緯は覚えているか?」
「科学の良さを国民に見せつけて、科学への抵抗感を薄めるためだっけか?」
「そういうわけもあって、同じ物はできるだけ持たないというのが恒例であったのだよ」
「はぁ?演し物じゃねぇんだから……」
「いや、演し物という側面は確かにある。これも、国のためといえよう。そして、私の武装が出来上がるまで……そうだな、マルセルを探し出すまでは、武装はこのままというわけだ」
「……そういうもんか」
「そういうノイくんは、なぜ君やフアンくんと同じように、変形する機構を持たないのだ?」
ノイは赤面した。
「えっと、あの……」
ヴァルトが話す。
「コイツ前までは、銃付きの戦棍を持たせてたんだ。石突の部分に部品つけて……石突って、お前ら分かるか?」
ノイとテランスが首を振った。ヴァルトは石突を指差す。ノイは理解できたが、テランスは馬車を操縦しているため、振り返ることができない。ヴァルトはそれを見る。
「えっと、ヴァルトくん?その、前を見てないといけないんだ、何かこう……」
「前見とけ。いいか、人でいうとケツだ」
「なるほど、ケツか!!」
フアンの声は少し大きく出る。
「こら、汚い!」
東風が獣臭いのを、全員が感じ始めた。足跡は程度を上げて密になり、荒い地面はより荒くなっていく。草木の生えないのは、それだけ移動されておることを物語る。
「まさか、本当に、そんなことがあるのか……!?」
「あぁ、だがもう驚くことではない……だが……」
ノイがフェリクスに向いた。
「フェリクスさん、弾とか、いつもの二倍だっけ……揃えてたんだよね?じゃあ大丈夫じゃない?」
「私が物資を揃えたところで、兵士の質や量を上げたところで、どうなる?」
ヴァルトはフェリクスの発言を思い出す。
―信仰で知略に勝つには、権力しかないと思うがね―
ヴァルトは思い当たる。
「……不味いことになってそうだな。例えば、誰かが、フェリクスへの腹いせに、用意された物資を保安課の管轄から外す手続きでもした場合とかはとくにな。逆らえない」
「……私もいまそうかんがえた。どうやら、考えが行き届いていなかったようだ」
「反省は全部終わってからだフェリクス。あと銃はオルテンシアに着いたらすぐ交換しろ、内部の消耗が激しい、直せない」
「了解した」
フアンはフェリクスを見る。
「悪い奴の考えに行き届かないのは、それだけ貴方が善い人である証ではないでしょうか?」
「……悲しむ誰かがいる以上、愚かであることに言い訳などあってはならない。悪しき者は常に賢さを磨く、ゆえ、善き者こそ常により賢くなるべきなのだ。なれずとも、そうあらねばと常に思わねばならない。だが、そうか……助かる。君は奈落でマルセルくんにもそうだったが、言葉で人に影響を出せるらしい」
「影響?自覚はありませんが、そうなのでしょうか?まぁでも、ヴァルトみたく、何かを作り出せたり、直したりできるわけじゃないので。これくらいはできませんとね」
ヴァルトが空を見る。灰色の雲が多数あり、そうして行動隊たちにはまばらに伸びる灰色の煙が見え始める。エトワール城での一件を思い出しながら、全員は身を引き締める。爆発の音は小さく、そして多くはなかった。
沈黙の中で、走る馬車はオルテンシアの防壁が見え始める。人の縦に20名ほどの高さ、石材に鉄材で補強された城壁からは煙は上がっておらず、爪をかけて壁を乗り越えるベストロ、翼で中に入っていくベストロがいる。
「すでに、侵入されている……いや、デボンダーデが起きたのは、おそらく我々が奈落にいた時点で、ベストロが出口の穴に向かった時点で起こっていた……三度のデボンダーデなど対応は……私が補給したのは弾薬に矢……射撃の類いでの消耗品のみだかたな」
「……いや、にしてもおかしいだろ。そこまで長くデボンダーデは続くのか?」
テランスが、前傾姿勢で馬を馬車から操る。
「いや、あり得ない訳じゃない。防壁がある以上、内部に侵入してくるベストロの種類は限られている。防壁を登坂できないベストロ意外を引き寄せて、防壁より一つ内側に戦線を敷き、登坂可能なベストロを引き寄せて撃滅する。おそらく内部で砲兵や銃を構えた兵がいるはずだ。時間をかけて仕留めるのは、戦力が揃っていない場合に行われる」
「ベヒモスとかオルトロスみたいな、力の強いやつが来たらどうすんだよ」
「防壁の損傷を覚悟で防戦に徹する他ない。限界まで人的損耗を抑えるのだ」
「損耗を抑える……?」
フェリクスが、防壁の上で語っていた話を思い出す。
―接近戦によるベストロ討伐をやめようとしない―
「被害者の数は、しっかりと考えてるんだな……」
「こういう時は、だ……普段であれば、必ず接近戦での戦いを上層から指揮される。このような想定外の事態においては、さしもの上層でも指示ができないのだろう」
さらに接近していき、ベストロの波が防壁で止まっているのが分かる。ベヒモスやオルトロスも散見され、防壁を殴ったり、体当たりしたりで、鉄材をへこませ、石材ヒビを入れていく。
迂回して南方へ向かう。最中、内部からも音がない。
「発砲音がしない、確かに先ほど登坂したベストロがいたはずだが……」
オルテンシアの防壁、その南門が見えてくる。奥は煙が上がっているのは変わらない。上部に兵士がいないのを見る。
「これは……門を通るのも一苦労しそうだな。見張りがいないのでは、門の開閉も……」
防壁の門が開閉し始める。上がる門の下部には槍のように鋭利や楔があり、地面から引き抜かれ、そして段々と馬の蹄、乗っている人物たちの足や鎧、槍や剣が見えてくる。弓などを持つものはいるが、銃器の類いは見られない。防具以外は半世紀前の軍と呼べそうな保安課の戦闘員、その一個中隊が現れる。戦闘で剣を掲げ、いま鼓舞をしまいとする男は、フェリクスたちを見る。
「……!?」
「お前たち……そうか」
男はヴァルトと会議室で言い合った、あまり印象の良くない指揮官であった。
「……フェリクス!?」
「ジェルマン・ベナール……」
兵士たちが騒ぎ始めた。
「フェリクスって……??」
「シレーヌ討伐にいったんじゃ……!?」
「帰ってきたってことは、シレーヌはもう……」
ジェルマンが話す。
「シレーヌはどうした……?」
「あぁ、仕留めた」
兵士の中で、喜ぶものはいなかった。
「何をしている。武装が整っていないなかで、さらに類のない第三のデボンダーデにおいて……貴様がいまから行う行為が、その後ろに見える者のいったいどれほどが死ぬことになるのか、分かっているのか?」
「……上からの命令だ」
「貴様は、私に対してすら歯向かったこともあるだろう。そのような……」
「……」
「上……?」
「……」
「枢軸議会?」
「……」
「答えろ、私は」
「あんたはもう、最高指揮官ではないよ。勝手に動き過ぎちまって、上から睨まれたんだろうな」
「……人命を考えるのを恨まれる、か」
「ありがとうよ、俺の息子も、あれで死ぬはずだった。初陣を残れるやつは、中々いないからな……あんたが救ってくれたようなもんだ。俺はコイツらを……少しでも長く生かす。入っても警戒をとくんじゃないぞ、俺たちの敵は、どうやら目の前にはいないみたいだ」
ジェルマンは、馬車の中から除くヴァルトやフアンが見えた。
「新人、生きてたか……」
「あんときのオッサンか」
「……生きてんなら、なんかはできる。そのまま、たくましくあれ」
「急に馴れ馴れしいじゃねぇか、そういうのは自分のガキにやるもんだろ」
「そうだな……そうすればよかったな。早く入れ、中で誰か協力者を探すんだ。お前らの身内でもいい、そして……白装束に気を付けろ」
「お前が説明を」
「これ以上中隊規模の人員を止めたら、上層の目がお前たちを見つけちまうだろ……!」
ヴァルトたちが馬車を退けると、すぐに中隊は、砂埃を上げて続々と走り去っていく。何10名も馬車を見つめるのがいたが、声を出す者はいなかった。
「もっと歓迎されたりするもんじゃねぇのか?」
「いや、より絶望しているのだろう……第三のデボンダーデが、シレーヌ討伐後に起こったという、新しい絶望にな」
馬車を外に置いて、走って中に入る。オルテンシアの様は荒れており、南側であるのにベストロや人の死体が散見される。
黒い外套で身を隠した者が、東の方から近寄ってきた。不安定に歩き、転がる家の破片で転んだ。咳き込むのを見てテランスは走る。
「大丈夫か!君……痩せ過ぎじゃないか。みんな、なにか食べ物は」
テランスが肩を貸そうとすると、拒む。再び倒れた拍子に外套の頭巾らしきが外れて、あまりに血色の悪い顔の女性が現れている。
「……ついてきて」
「……???」
「……人形を掘りたまえ」
ヴァルトたちとテランスがが驚く。立ち上がった女の腕はやけに細い。振り絞って歩く彼女は、東側の路地に移動する。建物と建物の間にいりくむ道を女性はすらすら歩く。ヴァルトたちは、建物の様相から、ナーセナルやクロッカスを思い出した。
建物の向こう側から、声が聞こえた。
「ベストロだ、上から来てるぞ!!」
「保安課はなにをやってるんだ!」
「銃は、銃はないのか!?」
「兵士もいないわ!!」
みずみずしい音と共に消える声と、叫び声がいくつか。テランスが悔しがるのをフェリクスは抑える。
「……どうなっている?君はいったい?」
「それはあのお方に直接聞いてくれ。私は、東側の住人だ。我々はみなあのお方と共に生きている。神は我々に、逝ねと申されている。我々は、まことに聖典を信じ、誠に貴ぶ者たち。貴様ら革新派には散々と、古典派などと揶揄されているがな……」
ヴァルトが問う。
「どこへ向かってる?」
「あのお方の場所だ。あそこは革新派の上層ですらその場所を知られていない」
テランスが、女性を見る。茶髪で短く、目は鋭いが、童のように幼さの残る顔立ちをしている。しかし、やはり血色の悪さ、そして痩せ細っている容貌であるのが強く印象付けられた。
おそらく人工的に作られた、下のみの流れる小川。そこにかかる橋の側から、小川に降りる階段を下りる。そして降りた先にある大きな配管から、水が流れるのが止まった。
「この先に行く、この配管を歩いていって梯子を昇ると住居に繋がってる。定期的に水が止まるから、その間に行けばいい」
暗いのを歩いていき梯子を昇る。上の蓋を開閉すると煙草の匂いが強くなり、そして全員は暗い書斎に出た。フアンは見たことがあった。
「フェリクスさんは、ここに僕を?」
「あぁ」
ヴァルトは眉間にシワを寄せ、ノイは鼻を抑えている。
「煙草か?」
「わたしこれ苦手……」
フアンは、前にここへ来たときにテオフィルが座っていた席を見る。誰もいない。テランスが最後に登り、蓋を閉じる。
「テオフィルという人物は、結局何者なのでしょうか?」
「それだ、誰なんだい兄さん」
全員の後ろにある扉が開いた。
「コレット、よくやった。お前はしばらくここにいなさい」
女性が頭を下げお辞儀をする。
「かしこまるんじゃないよ、我々は家族同然さ」
「そういう訳には……しかし、どうして革新派の連中を?」
「フェリクス・グランデは私の同胞だよ。最も革新派に近い存在だがね」
「……!?」
「彼の中には、その経歴上様々な方向の考えが絶えず溢れている。故に、理解という点においては、君よりも深いだろう」
テランスもお辞儀をした。
「お久しぶりでございます」
「シレーヌ討伐は完了したのかい?」
「はい」
「……このデボンダーデをどう見るか、それは後で聞こう。さて本題だ、オルテンシアの現状を説明しよう。そして私の立てた作戦に従い、ひとまずこのデボンダーデを終わらせようじゃないか」
「ご享受願います」
ノイはフェリクスに違和感を覚えた。
「スッゴいかしこまってるね」
「当たり前だ、テオフィル様は、まだ顕在だった聖会における、生存者。この国における、指折りの頭脳を持った賢人である」
テオフィルは棚から地図を取り出して書斎の机に腰かける。
「さて、街の状態だ」
煙草に火をつけ一吸い、地図を指しながら語る。
「冬季第三次デボンダーデは今日の早朝、大鐘楼より通達が発されてまもなく到着した」
「早朝だ……?」
「何か問題でも?」
「……いや、なんでもねぇ」
「デボンダーデに際し聖典教最高機関、枢軸議会はとある命令を下した。銃火器の使用を禁ずると」
コネットとテオフィル以外の全員が驚いた。
「随分とアホ抜かしてるじゃねぇか……で、兵士はそれを呑んだのか」
「まさか、さすがに抵抗はあったさ。だが、枢軸議会の連中は、現状ほぼ私兵同然となった近衛兵たちを利用して、保安課の所有する弾薬庫や工廠を占領した」
「はぁ??」
「近衛兵は、保安課とは別の指揮系統を持つ。そして何より、保安課のようにベストロを想定した訓練ではなく、より人間との戦闘に重きを置いた部隊さ」
フェリクスは疑問を投げる。
「……少なくとも一個中隊規模の戦力を止める力はあるということか?」
「あのやかましいジェルマンですら言うことを聞く理由がそこにあるかは分からない」
「俺たちはどうすれば良いんだ?」
「弾薬庫から、離れた第5倉庫という場所へ向かえ。旧式の銃火器ばかりを置いた倉庫だ、警備は少ない。内部にある武装を馬車で運び出して南門へ直行、外部へ持ち出して使用する」
「行き方はどうすれば良いでしょうか?」
コネットが部屋を出る。
「ここに来るのに使った下水道を使え、第5倉庫付近へそのまま向かえる。相手もそれくらいは想定してるだろうから、下水道内部で少し細工をする」
コネットが大きな箱を持って部屋に入り、開けた。
「コイツに全員着替えるんだ、近衛兵の制服と、ヤツらに先行配備されてる最新式の銃。ゼナイドが暴れたときに殉教したのからチョイといただいてきた代物でね……ノイとやら、隣の部屋にいって着替えなさい。残りはここですませるんだ。そういう訳もあって、フアンくんは別で動いた方が良いだろうね。きみ、その全身を包むような服装は、皮膚の病気なんだろう?無理に脱がせはできない、私の知り合いにもそんな奴がいてね。少し訳は違うがな。オルテンシアじゃ、体毛の深いやつはベスリアンとして扱われ、不当に扱われることも珍しくない。いまでこそ体毛の濃い血統はほぼ皆無だがね。そういう歴史もあって、見た目が普通と違うというのはこの国では隠すべきなのだよ。君の皮膚は、随分と爛れているそうじゃないか……?」
「……分かりました」
ヴァルトが武器をフアンに渡した。
「フアン、俺らの武器を持って外で待機してろ。移動は」
「任せて下さい、見張れる位置で待機しておきます」
ノイはコネットと部屋を出る。テオフィルは、運ばれてきた箱から、銃を取り出す。
「これは、近衛兵に配給されている銃だ。先端から装填する前装式じゃない、銃身を少し立ち上がらせて装填する、中折れの後装式だ。弾薬は既製品を流用できる。先から押し込む必要がなくなって、大幅に装填速度が上昇しているらしい」
全員に配られていく。場にいる行動隊が着替え終わると、フアンはテオフィルに話しかける。
「……なぜ、あなたは協力を?」
「いまそれが必要かい?」
「はい、貴方は古典派の……おそらく頂点だと思いまして」
「正解だね」
「古典派は、我々の死を望まれている。我々が火器や弾薬の奪取に成功すれば、革新派の保護するオルテンシアを助けることになる」
「……まぁそうだな、死んでほしいとは思っている。だが私はそうなる前に、聖典教というものの、実態をもっと知りたいのだよ。主という存在をいかようにして導き出したのかとね」
コネットは、口を開いた。
「我々はいわば、聖典原理主義者。主を、この世界を誰よりも貴び、そしてそれらを破壊するベスリアンなど死すべし、そして革新派などと自称する、主の作りし世界を汚す、そんな科学を善しとしているキサマらも死すべし。少しでも協力があるだけ、テオフィル様のご厚意に感謝するんだな」
ヴァルトは疑問に思う。
(いや、だがあの時……亜人のガキは、このババアの伝言をしたよな?コイツと、亜人・獣人はどっかで繋がってるはずだ。それがベスリアン大嫌いっつう古典派の首領だ?ベストリアンと関わるはずもねぇだろ……コネットはそれを知らねぇってことか?じゃあテオフィルは……いまは詮索もできねぇな)
テランスは、梯子の蓋を開け覗く。
「それができれば、みんな助かるんだな、おばあさん」
「あぁ、少なくともこのデボンダーデからはな」
「なら行こうみんな!」
「フェリクスの弟か、随分と扱いやすいね君は……」
「兄さんが理解者にいるなら、聖典原なんとかも、きっと良い人たちなんだろう!そう信じる、だって時間がないんだ。亡くなった人は蘇らない、それくらい分かってるんだ!」
テランスが下に飛び込んだ。
「そうだな、時間ねぇしな」
溜め息混じりにヴァルトもおり始める。ノイも降りていこうとする。
「テオフィル様、この度のご厚意、感謝いたします」
フェリクスはテオフィルから地図や細かい指示のある紙を貰い、降りていった。残されたコネットとテオフィルが、暗めの部屋に残された。
「本当に、これで良いのですか?」
「罪はいけないことじゃないさ。そして真実によってこそ罪は暴かれる。罪とは、大多数の不快感を統合し、被害者が加害者の権利を奪えるよう、加害者が苦しみによって贖罪できるよう、社会が規定しそう呼んだもの……ある意味で救済のようなものさ」
「何の話です?」
「この国の歴史の話だよ……なぁ、一番の罪はなんだと思う?」
「……誰かを傷付けるものです。ベスリアンはベストロとして、我々の祖先を食らってきました」
「……涙を知らないことだよ、誰かが傷付いた事実をね」
「私も、あなた様のいう罪人なのでしょうか……私は、何か見落としを」
「年を取ると、話したいことで頭が膨れるのさ……すまないね」
テオフィルは、どこか遠くを見るように、そっと耳を塞ぐ。消え入るよいな怒りが、響き渡った。
テオフィルは、耳を開けた。コネットが見る。
「何を?」
「いや、ただ確認しただけさ。私の理由、真相を捧げるべき者たちをね」
「それは、あなたが肉のお召しにならないのと、関係が?テオフィル様がお召しにならない理由は、どうにも何か、私たちとは違うような……」
「いずれ分かるさ」
「……あの連中には、イェレミアス産の高い食事を持たせたらしいですね」
「あぁ、あそこのなら……君も食べて良いかもね」
「お断りします」
フェリクスとテランスが先行して、下水道を進んでいく。明かりは後ろの出口からのみであり、足元にはあまり見たくない具合の水が流れる。
「これは……色々と削られるな」
「何を踏んでも、気にせずいきましょう」
「つか普通になんだこの設備……」
フェリクスは貰った紙を読みながら答える。
「衛生面を管理するための、下水道という物だ。かつて繁栄のあったアドリエンヌは、肥大化する人工に生産が追い付かず、深刻な食料不足になることを予見したそうだ。そうしてオルテンシアの各地にこういった人糞や汚水を回収する設備を固める、オルテンシアの各地にあるらしい、私はここ以外は知らないがな」
「……なんつうか、聖典教の考えることって、意味わかんねぇときは意味わかんねぇ。だがヤバいときはとことん頭がキレるよな」
「それだけに今回は異例といえるだろう……配管が2つに別れたら左、第5区倉庫だ。登りきった場所で、荷物を」
左へ進み、突き当たる大きめの空間に梯子がかかっている。そこには、4人の黒装束がいた。横列で並んで、静観している。
「よぉ、革新派」
前列に出る男は、装束の頭巾を取る。
「……あんたら、行動隊か?シレーヌはどうした」
「討伐は完了している」
「奈落はどうなった?」
「それを教える余裕はない、後でテオフィル様にも報告する」
「……後、か」
装束を来た後ろの3人も頭巾を下ろす。2人は亜人、1人は獣人だった。
「お前ら、マジでどうやってここに入ってんだよ……」
「それは君らで探せ、与えられるのと自ら導くのとでは、全く違う」
「お前らも古典派……なのか?」
「まさか、聖典なんて燃やして暖を取るためのもんだろ」
「じゃあなんだお前ら」
「まぁそれは……誰かに聞いてくれ」
男は梯子の上の蓋を指差した。
「あそこから、第5倉庫付近の道に出られる。そして、3人体制で厳重に監視されてもいる」
「どう出るんだよそれで……罠か?」
「話は最後まで聞けよ坊主。簡単だ、俺たちを使って、怪しまれないような体裁を整えて、第5倉庫に入れば良い」
「体裁?」
装束たちは立ったまま、
「銃で、俺たちをを殺せ」
「何言ってんだお前ら?」
「だから、体裁だって。近衛兵が下水道から出てくる訳を作らなきゃならんだろうが。銃で俺たちを殺す、死体を上に持っていく。別動部隊として、第5倉庫の兵と合流し、汚くなった隊服の交換を求めて第5倉庫に侵入するんだ。そ」
「まてまてまてまて、待ってくれ……!」
テランスが走っていき、その男の肩を掴んだ。
「君らは……君らは、何を言っているか分かってるのか!?」
「触るな」
テランスは、手を離す。
「俺はお前らの味方じゃない」
「……!?」
「俺はただ、この世界を……俺たちを、俺たちの先祖を、その悲しみを誰かに知ってほしいだけだ。誰かに知ってもらって……社会に潰されて泣けもしなかった俺たちの先祖を、救いたいだけだ。エトワール城だけじゃない、史上ああいったことは、ままある話だった……この国で、俺たちを蔑むのは、息をするのと同じだ」
「でも、僕は」
「ベストロによって50年前、被害者も加害者も、もろとも消えて、誰も語れなくなった悲しみが残された。お前ら……この町で、まともに俺たちを知れたことはあるか?差別の現場は、一回はあっただろうだがそれがどうした、俺たちの、俺たちとしての尊厳を消した歴史を、たったいくつかの現場を見た、それだけで何がわかる……俺が命をかける理由は、こんなことで死ぬ理由は……」
後ろの獣人が、男の背中を優しく撫でた。テランスの目を見る。
「社会の中で消え、見られなかった涙を、私たちの命で浮かび上がらせる。歴史は重い、意思なきものは、例え同族でも同胞にはなりえないほどに。だから、動ける私が、私たちが動かなければいけない。既に過去だからだと無視できるほど、私たちに引き継がれた、代々の辛い過去を、埋もれさせる訳にはいかないのです」
フアンは自身がクロッカスで経験した、自分の格好が疑われない理由を思い出していた。
「見えない、見えない……君らは、何者で、何を思って……」
「時間が惜しい……はやく引きなさい、銃は預かってる筈では?」
「……君らが死ぬ理由が、あまりにも軽いじゃないか」
「俺たちは、俺たちが信じるのを信じる」
「テオフィルというお婆さんがそんなに……それで命をかけられるのか……?命の価値は、君らが一番知っているんじゃないのか……?」
「お前、本当に聖典教かよ」
「僕は……主を信じている。けど、それが君らを貶す理由にならなかった。頭が悪かったからかな……皆と自分が、父さんや母さんや兄さんと同じに見えるんだ。どこが違うか、分からないんだ。エトワール城で君らを見たとき、シレーヌに殺される瞬間を見た。泣いていた、叫んでいた、僕は……助けられなかった、ごめんなさい……」
「お前……」
男は、目が少し優しくなった。獣人の撫でるのをやめさせる。
「命の価値を自分で決められるほど、心も身体も豊かじゃない……だから信じる人の価値に、俺の命を賭けて、何かを成し遂げる、成し遂げるという橋の素材になるんだ。俺は、俺たちは、いるかも分からねぇ神に、そこらじゅうにいる人間に、死ねと言われ、殺され、奪われてきた。この世界で、せめて自分の中でだけでも、俺たちは英雄になる。お前らみたいに何者かである訳じゃないからな……俺は俺を忘れたくない、せめて一気に自分を燃やして、誇りを持って……その瞬間を最後にしたい」
「君、名前は?」
「……フレデリック」
「フレデリック、名前は覚えた。僕は君を忘れない。マルセルは、君みたいな人の死は望まない」
「……知った口しやがって」
男は、笑ったように聞こえた。だからこそテランスは、自身が構える銃の震えが止まらない。
「ほら、引けって」
「……まだ、後ろの人たちの名前、聞いてないぞ」
「俺を撫でたクマみてぇなのがロベール。亜人の二人は、ニコル、リリアン」
「……覚えた」
「頭悪いんだろ?」
「君らを忘れるほどじゃないさ」
「そっかよ……」
テランスは匂う中でも深く呼吸をする。銃床を肩に着けて、頬を着け、簡素な照準器で頭部に狙いを定めた。荒い呼吸が、その一瞬を避けるように銃を動かす。
「おい、後ろの奴らも構えろって」
ノイは力が入りすぎて銃がきしむ。ヴァルトが構えようとするとフェリクスが、唐突に全員の銃を奪取し、右手のみで構え、片手で銃を束ねるようにした。
「私がやる。異論ないな?」
「隊長さんか……?……感謝する」
フェリクスは、まばらな発射間隔で発射し、眼前で並ぶ装束を撃った。直立して横列だったのは、一人一人と、力が頭から順に力を抜いて倒れる。テランスとノイが、それぞれを抱え、倒れた拍子で口に下水は入るのを止めた。フレデリックが残った。頭部に銃口を当てると、フレデリックは目を瞑る。
フェリクスは眼前までし撃ち抜いて、倒れるのを支えた。
「……あの、フェリクスさん」
「ラファル・ド・ソレイユ……君らは、ただでさえ背負っているのだろう?君らは君らの悲しみを背負うんだ。心における重荷は、ノイくんの力を持ってでも膝が崩れるだろう」
ヴァルトは全員を見ると、支えた拍子で血が付く。ノイが亜人を、リリアンを見ていた。長めの尻尾を持つ、髭の数本が頬にある、耳の切られた亜人。
「耳……ない……」
「ノイ、上がるぞ。お前だってバレちゃ困るから、持つのは一人だけだ」
「ヴァルトは身体大丈夫?」
「俺のは……テランスに持ってもらう」
「……うん」
「いまは、気張れ」
「……ありがと」
ずっと目をリリアンに向けながら返事をしたノイは、事切れたのを抱き締めた。身体は酷く赤で汚れた。
梯子の上から声が聞こえる。
「おい、銃声だ。下からだぞ!」
「何、何があったの!?」
全員で遺体を持って、梯子を登り外に出た。
2025年6月3日時点で、997,634字、完結まで書きあげてあります。添削・推考含めてまだまだ完成には程遠いですが、出来上がり次第順次投稿していきます。何卒お付き合い下さい。




