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ブルートアウス ~意思と表象としての神話の世界~  作者: 雅号丸
第三章 信人累々 二幕

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七話 保安課行動隊、斥候担当

第七話 保安課行動隊、斥候担当


カルメは片腕のみを頼りにマルセルを持ち上げる。マルセルは鎧が全て剥がされ軽量である。カルメは腕のないのと、鎧も脱ぎ捨てたことで同様に軽量化されており、ひたすら馬で来た道を、馬より早く走っていた。

「カルメ……さん」

「……」

「……ありがとう、ございます」

「……」

「僕たちを、助けようとしてくれたんでしょう?奈落のことはあまり知らない、きっとあなたはあの天使に利用されているのでしょう?何らかの、目的のために……カルメさん、大丈夫です。僕はあなたを、心の底から信じていますから。疑うのは簡単です、でもだからこそ僕は……」

「……やめて」

呼吸を乱すことなくカルメは、獣の通った跡でしかなくなった道を走る。

「……やめません、これではあなたがあまりにも、報われないではないですか。あなたは天使、なのでしょう?羽のもがれた、つまりもう飛べない……」

「……信じないで」

「助けてくれているじゃないですか、なぜですか。あなたは優しい、美しいだけじゃないのは、僕が誰よりも知っていて……」

「……もう、いいから」

「こんな無様ですが、僕はあなたを……あなたを、堪らなく愛しています」

カルメが泣き始めた。

「……分かってたわ」

「何度断られても、僕はもう……折れません」

「……もう、喋らなくて良いから」

「……」

「……信じています、愛しています」

「私は、私は……!!」

カルメは衝撃で倒れる。転がって、マルセルを抱えて地面を滑った。目を開ける。

「カルメさん、カルメさん……!!起きて、はやく起きて下さい!!」

カルメは、目を開けて、腕で伏せてじ上体を起こす。マルセルが下敷きだった。マルセルの目を、見入る。

「カルメさん、はやく止血を!!!」

叫び出したマルセルで脚を見ると、右足が、膝から下がなかった。鼓動は早まり、呼吸は過ぎていく。

「なん、で?」

カルメのそばに、羽が一枚落ちた。カルメの身の毛がよだつ。

「なんで……なんで……皆、死んだの……?」

斧槍を持った天使が、倒れたカルメの前に現れた。ふわりと降り立ち斧槍を、短めにして持つ。斧身には血と、いくつもの弾痕。

「シルウィア……で良かったか?」

レドゥビウスはまた資料を取り出した。めくって、文字をなぞる。

「またどうしようもねぇ名前だなおい、奴隷ってのはよ……誰が付けたんだこの名前」

「……私、です」

「自分で?」

「……私は元々、人間の命になって、興味がありませんでしたから。だから今まで、この仕事をやってこれました。でも今は……」

「……今回のデボンダーデでシレーヌまで来るっていう通達だったが、ちょっと遅れたよな?」

「私が……先延ばしに、したんです」

「ほぉ?」

「……我々に、新たな仲間ができたのですが、その者が体調を崩したのです。シレーヌ討伐やその先の奈落、そして貴方という脅威に対抗するためには……彼の力が必要だと思ったのです」

「なんでそんなことした?」

マルセルは、理解に苦しんでいた。

「何を、言ってるんですか?引き延ばし?仕事?人間の命に興味がないないって、えっ?」

「マルセルくん、これが私の……私たちの仕事なの」

「なんで、えっ?何を、全然分からないです……」

レドゥビウスは溜め息をつく。

「ようはコイツは、お前らをここへ誘導して死なせる係だ。前の奴らも、コイツが誘導して殺した。あれは奈落に来る前にシレーヌでやられたがな」

「前の……前って……」

マルセルは、呼吸を荒くした。

「父さんは、そのとき補給としてシレーヌ討伐へ向かいました……フェリクスさんの父は、ジョルジュとして……デボンダーデを遅らせたって、えっ?」

「マルセルくん……ごめんね?貴方の思いに答えられない理由は、そこなの」

「やめて、やめて下さい……!」

顔は影に染まり始め、耳をふさいだ。

「色々とはしょるようで申し訳ないんだけど……私の仕事は、デボンダーデを操ることなの。そして行」

「聞こえない、聞こえない、聞こえない聞こえない。僕は何も聞こえない!!」

「動隊という選りすぐりをシレーヌへ向かわせて、殺すのも仕事……あなたの優し」

「うるさい、うりさい、うるさい、うりさい!!」

「い父さんを、私は殺したの。あなたの愛する私は、ただ」

「やめてやめて、やめてやめてやめてぇぇぇぇ!!!」

マルセルは耳を塞ぐのをやめて、半狂乱で髪をむしった。

「の……虐殺の、加害者なの……!」

「うわぁぁぁあ!!!」

鎮まった。マルセルの目に、なんら色は写っていなかった。

(僕はどうして、この方を思っているんでしたっけ……)

―3年前―

「ねぇ坊や、何してるの?」

僕は、突然話しかけられた。なびく金髪で、目の開いてない、自分より背の大きな、腕のしっかりと太くて、でも声の優しいあなたは、ほんのすこしだけ目を開いたのを覚えている。食堂の勝手口の隅に置かれた樽の側で、まさか誰かに見つかるなんて思わなかった。

「手紙?」

僕が読んでいた手紙は、優しくてでも顔の分からない父さんの文字で、優しい中身で、溢れていて。読み返すたびに元気になれた。でも、優しいだけの父さんは戦いを避けろと書いていた。お前は戦うなと、命の価値はそんな誰か知らないやつを生かすために、なげうって、そんなものに価値はないと。この国ではそれはいけないことだと分かっていた。だから僕は手紙を、その女の人から隠した。力で負けた、すんなりと取られた手紙に、絶望した。

「……大変、だったね」

予想外にも女の人は僕を慰め、そして頭を撫でた。母親がいるとしたら、きっとこういう人なんだろうと思った。

「いえ、これはいけないことです」

「なんで?」

「みんなも、みんなの父さんも母さんも、みんな戦って、食べられて、死んでいる」

「若い子だなっておもったけど、そうか……徴兵の年齢下がったんだっけ」

「はい」

「どこから来たの?」

「……」

「あっ、ごめん……そうだね、こんな世界じゃ出身なんて分かったら贅沢だよね」

「……お姉さんは?」

「へぇっ……!?」

「えっと、お姉……」

「おばさん、だよ」

「おばさんは、どうして戦っているの?」

「仕事だからだよ」

「なんで、命をかけられるの?」

「……なんで、だろうね?」

「命は、大切なのに……」

女の人は樽の上に腰掛けながら、僕を真剣な表情で見つめていた。

「死ぬことからは、逃げられない。でも自分を死なせる原因は、いつだってこのご時世、目の前にある。きっと、前への脱出が私たちを勝利に導いてくれるよ」

「……そうしてみんな、死んじゃいました」

「みんな?」

「父さん、補給班っていうところに配属されたんです。僕が生まれる前にですが」

「いま君、いくつだい?」

「……12です」

「生まれる前……シレーヌ討伐戦かい……?」

女の人の顔が怖くなった。

「……そうだったんだね」

「僕と一緒に、保安課に入ったみんなもみんな。先ほどのデボンダーデで……」

「……そうだったんだね」

「みんな、かわいそうだよ。もっとみんな、色々なことができたはずなのに、文字が可愛いあいつも、ご飯が作れるあの子も、力持ちだったあの子も……!なにか、もっと他に、生き方がいくらでもあったはずなんだ……!」

「……」

「こんなところで……ねぇおばさん」


あの時、この子は年増にもあんなこと言ったっけ……。


「ダメだからね?」

この子は立ち上がって、樽で腰掛ける私の膝を、なけなしの力で握って、少しくすぐったかったのを覚えてる。

「……えっ、急にどうしたの?」

「おばさんにも、絶対になにかあるから……きっと戦う以外で、生きてていいから。父さんみたいな人が生きていられたんだ。きっとまだ何か、良いことがあるんだ。でも死んじゃったら、何も見られない、何もできないんだ。お願いおばさん、みんなみたいになっちゃだめ。ちゃんと幸せになって!父さんが生きてたら、おばさん紹介するよ!」

「何言ってるんだい……あぁほら、涙が」

私はこの子の顔を、手拭いで拭いた。

「おばさん、父さんと同じ人間でしょ?」

「同じ……ふっ、人間じゃないよ?」

「えっ、あぁえっと……えっ?」

「……私は天使だよ」

「そうですね、それほどに、お綺麗だなとは思います」

この子は、垂れ下がった私の、力の入ってない手を握った。

「そっか、そうだったんですか……道理で」

「ん?」

「こうしていると、無性に落ち着きました……僕こうやってかんしゃくみたいなことになるんですけど、今回はずっとはやく治りました……天使、なるほど……」

瞳に移った私の顔は、結構赤かったなぁ。

「……はぁ!?ねぇ何、本当にどうしたの!?」

「あれ、えっと……あっ、すみません!初対面で失礼なことを!!」

「……いいよ、おばさん年増な子けっこういいと思うし?」

「……えっと、第2青年連隊隊長、マルセル。マルセル・モニエです。」

この子は、一切誇ることなく称号を、懐から取り出した。

「シルヴィー・カルメ。保安課行動隊、斥候担当」

「こ、行動隊……!?」

そういえば私、勲章とか隊服に付ける癖もなかったしね……

「静かに……ねぇ、おばさんここで毎週、隠れて芋とか食べてるんだけどさ?よかったら付き合ってよ」

「はいっ!カルメさん!」

芋を懐から出して、

「カルメ、おばさん、どっちでも良いよ、マルセルくん」

まさか私が、少年が趣味だなんて思わないじゃないか……この子はきっと、最初は私のことを、母親替わりみたいな認識だったんだろうけど……私がこれで意識しちゃって、何も考えないで、一時の感情で色々とちょっかい出しちゃったせいで、私と同じように……好きになっちゃったんだろうね……

カルメは、泣いた。

「本当に、ごめんね。おばさんのせいで、君を、悲しませたね……女失格、いやもう、存在として失格だよね。君の母さんにも、恋人にもふさわしくないんだ……幼いままの心で、そのまま体だけ大きくなって、自分で自分に年齢つけてでもしないと、自分が分からなくなるんだ!ごめん、私は、だからなのかな……命になんて全然興味なかったの……仕事を指示されて、でも君がいて、大きく後悔して……それでも、君を諦められなかった。自分にも、君にも。君という男に、私は抗えなかった……!」

カルメは懐から、短剣を取り出した。足の出血は止まらないままでいるのを、レドゥビウスは蹴飛ばしてマルセルから離れるようにし、さらに腕をへし折って短剣を持てなくした。

「てめぇ、自分で死のうってか?」

「っ、違う。違うの……彼に、これを渡して……彼はいま、武器を持ってないから……私を殺せないでしょ……?」

「……あぁ、そういうことか」

レドゥビウスは短剣を拾って、内股で、怪我した足を長く伸ばし、地面に視線を落とし続けているマルセルにむかってそっと投げた。

「やってくれ、ってよ」

「……あなたは、何をしにここへ?皆さんは?」

「生きてるよ」

「……そうですか」

消え入るような声で言い残すように言うと、顔を上げた。マルセルの顔は陰を落とし、日暮れに当たってもなお、その陰鬱さは緋色に染まらない。そして、眼力は緩いようでいてまっすぐ、光を帯びないでカルメを見ていた。

「シル、ウィア……」

「私の、本当の名前よ」

マルセルは短剣を手に取り、這いずるようにしてカルメに近寄っていった。蹴飛ばされた拍子に巻き散ったカルメの、いまだ止まらない出血の上を這いずって、自身の足は片方まったく動かないのを感じる。

(壊死、したんでしょうか……動かない。踏ん張りなんて微塵も効かない……あぁ、なんだろうこの、逆に心が軽いような、いや、軽いと思い込んでるだけだろうか。、どうしようもない僕、どうしようもない現状……もう何が、何が本当なんだろうか?僕は、言葉を信じて、彼女を恨んで、それでいいかもしれない。色々なことが今日に起きすぎた、疲れた……このまま、殺す?彼女を?殺すなのだろうか、断罪というべきだろうか?僕は何をしたくて、いま彼女に近寄っているんだろう……)

働かない頭で、しかし一言だけ、心がけからの叫びが全身を、徐々に包んでいった。

―信じてあげてください その方がカッコいいですよ―

(誰かに、あぁ……フアンさんか。こんなこと言われたな。その方がカッコいいか……)

ひきつった笑顔をカルメに向けるマルセルに、カルメは涙を流し続ける。目を瞑り、蹴飛ばされて、伏せるようのなる姿勢になったまま、首を差し出すように、かしずくようして、その時を黙って待っていた。

レドゥビウスは、マルセルの目線が、不快だった。

(そういう殺し殺されは、一番嫌いだぜ……ったく)

マルセルがカルメの首に、短剣を向ける。

「……うん、それでいいよ。一番いいよ」

カルメは伏して、マルセルの目を見ないでいた。

「そう、ですよね。これが……一番……」

マルセルは懐に手を伸ばす。

「……カッコいい、ですよね?」

目を瞑って、涙を流すカルメは、ハッとしてマルセルを見る。マルセルは懐から、フェリクスから一丁預かっていた短銃を取り出し腰を回して、レドゥビウスを睨み付けた。レドゥビウスは咄嗟に斧槍を付き出そうとするも、マルセルは短剣を投げ付ける。レドゥビウスがそれを弾く一瞬でマルセルは、短銃を半分ほど装填する。

「お前……!」

レドゥビウスはマルセルの目に、光が宿るのを見た。止まり、さもひれ伏すよいな眼光で見つめる。

(戦士の目だ……重く、鋭く、夢を見て燃えている!)

レドゥビウスは狂喜的な笑顔を浮かべ、手を止めてしまった。マルセルは装填を完了する。首筋に狙いを定める。


―技巧とは、力を恐れ 力を妬みされど 高みへ挑んだ者の手に握られる 最後の弾丸だー


マルセルはフェリクスが言っていた言葉を思い出し、そうして引き金を引いて、弾丸を撃ち込んだ。レドゥビウスは太い欠陥をやられて血を吹き出し、笑顔のままに倒れる。カルメが、全てを見ていた。

「……どう、して?」

「……カッコ、つけたくなりました。ただそれだけです」

カルメは、息を飲み続けていた。

「……いい目だった」

レドゥビウスはすでに、マルセルの隣で立っていた。血は出ている。

「……これでは、ダメでしたか」

「最善手だった、いい目だよお前……殺すのが惜しい。だがもうこれは仕事なもんでな。どっかで、もう一回会ったら、まともにやりあいたいもんだ」

「……そうですか」

「俺も、命を磨いておく。千年以上、お前みたいな戦士はまるでいなかった。敬意をここに」

マルセルに斧槍を、凪払うように構える。レドゥビウスは首を狙っていた。

「……マルセル、くん」

「どうです、年増な男の子は……カッコよかった、でしょう?」

カルメは、マルセルを見つめる。夕日は落ちていく。最後に照らされるその一片までも。

(嫌ってくれないんだね。君は本当にすごいこ子で、私がダメダメなんだね、悔しいよ。せめて君に嫌われてからが良かったな……)

カルメは、夜に近い黄昏に、彼の目に移る自分を見た。

「……うん」

マルセルは、カルメの目をじっと見ていた。カルメが見つめる瞳はやけに明るく、艶やかで、もうそこにはなかった。カルメは咄嗟にを伸ばした。落ちるのを手に取り、温かいを浴びて、それを抱き締める。

「主たる父よ、この者の、安らかな眠りを……」

「……きっと聞いてくれるさ、親父なら」

カルメもまた、落ちた。夕日は消え入り、暗い空に羽を広げ、斧槍を持って雲の上へ上り、月に照らされる傷だらけの天使が独り。

(さてどうしたもんか……シルウィアは天使だが……まぁ、マルセルが二人分強かったことにして、報告するか)

レドゥビウスは、温かいのを振り払って、どこかへ舞っていく。

(追加案……ったくヴァーゴの野郎の提案がなきゃ、俺の仕事はもっと簡単で楽しいもんなんだがな。だが、アイツのあの目は……確かに、このやり方で確かに戦士は見れた。だがこの調子じゃどうにも効率が悪い。アマデアは何を考えていやがる?ヴァーゴの野郎も何を……)

死体にはすでにベストロが群がっていた。

2025年6月3日時点で、997,634字、完結まで書きあげてあります。添削・推考含めてまだまだ完成には程遠いですが、出来上がり次第順次投稿していきます。何卒お付き合い下さい。

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