六話 命の価値が低い戦いは大嫌いだ!
六話 過覚醒の天使
「……て、きて……ルト、起きて!!」
衝撃で目が覚める。頬が腫れるように熱い。ノイはヴァルトの倒れたのを叩いた。たそがれるような日差しがやけに目に刺さる。
「……太、陽?」
「起きた、ヴァルト起きた!!」
「説明の時間、取ってもやってもいいぜぇ?」
知らない声がした。
「マルセルを離せ、おばさんを返せぇ!!」
「動くなテランス!」
「なんで、なんで、あなたは……天使は味方じゃないのかぁ!?」
テランスの声がやけに頭に響いた。
「誰がそんなこと言ったよクソ供ぉ、ったく、勝手に期待して、拝んで、祈って……んでなんだぁ、期待ハズレだと裏切りってか?」
ヴァルトは起き上がる。立とうとすると、あまり力が入らない。無理矢理で、倒れた体を起こす。ノイがそばで座っている。
「くっそ、ここは……」
大地、空、窪地の中、ベストロの死体が少々。
「出た、のか?奈落から……」
「ヴァルト!」
ノイが横から腕を伸ばし、ヴァルトの肩を揺らした。ヴァルトはノイを見る。
「あのね、あぁの」
テランスの返せという言葉が引っ掛かった。
「なん、とか……できない?」
震えた声でノイが語りかけたので、ヴァルトはマルセルの足りない全員の視線の先を見る。
一瞬ではいけない距離。片腕のないカルメが仰向けで、血を流し続けて倒れている。呼吸は見えないが、目から涙が出ており、背中には斧槍が突き刺さっている。そばにはヴァルトたちを吹き飛ばした、傷だらけの天使が立っており、腕でマルセルの首が閉められている。脚は浮いており、荷物のようにして持たれており、足の負傷も相まって身動きが取れないでいる。
「お願い、します……カルメさんを、カルメさんを」
「ガキ、うるせぇ」
天使は強く腕を閉める。カルメが小声で、マルセルを呼んだ。
「えぇっと、待てよおい……あぁくっそ、一回おろすか……」
マルセルは腕が離された一瞬で天使の、人型の膝裏に向かって、怪我のないほうの脚を伸ばして蹴ろうとするも、脚を踏み潰される。出血と骨の折れる音が響いて、マルセルはおよそ発したことのない悲鳴を上げた。
「へぇ、覚悟きまってんじゃん……いいねぇ」
懐から手帳を取り出した。めくっていく。
「一、二、三……すげぇ全員か。こりゃ今回は面白くなるぞぉ~……ん?」
天使は、南東を見ていた。
「お前らの中に、頭巾がもう1人いなかったか?デカイ剣持ってたやつ、さっき出ていったんだ。あれはお前らと……」
天使は、その者が装備していた軽い、ボロボロの鎧を思いだしながら、下で喘ぐように呼吸する少年の装備を見た。
(……形が違うが類似点は多い、コイツらの関係者ではありそうだが)
天使は頭をかきはじめた。溜め息を出す。
「ありゃ別件だな、ったく……まぁいい」
めくるのをやめて、読んだ。ヴァルトは指を指される。
「……ヴァルト・ライプニッツ?」
「どうだかな」
「ここにそう書いてある、つか……会ったこと、あるよな?そこの嬢ちゃんも」
テランスとフェリクスはヴァルトとノイを見つめる。ヴァルトは天使の持つ書籍に目がいった。
「そりゃなんだ?」
その天使は、カルメを指差した。ヴァルトが問う。
「カルメはなんだ、お前らの内通者ってことか?」
「正解、オクルスってんだ、いわば平民」
「知るか。だがそうならなおのこと分かんねぇよ。なんでそいつの腕がねぇんだ」
「職務放棄……っつうか反乱だな。俺とやり合おうってんで、まぁこうした。弱かったな」
天使は、一人一人に指を指す。
「ノイ・ライプニッツ。フアン・ランボー。テランス・ジョルジュ・グランデ。フェリクス・グランデ。でガキがマルセル・モニエっと……いいねぇ」
天使は、カルメに刺さった斧槍を引き抜き、振り回して石突を地面に立てる。
「っさてお前ら……下で何を見た?そんで何を思った、どう感じた?」
テランスが走ろうとするのをフェリクスがなだめ、答え始める。
「奈落は、異質な空間だった。血にまみれた空間だと思っていたが、存外にも空気は本物だった」
「んなこた知ってんだよ」
テランスは大剣を強く握る。。
「なに喋ってるんだ兄さん、アイツは!!」
「テランス、いいか落ち着け。この微妙な距離感で我々が立つ意味を……詰めるだけで彼は、マルセルやカルメンを殺してからでも、我々の対処は可能だ。だから、動くな、怪しい動きで、敵を誘うな」
「……わかった」
天使は笑った。
「いいねぇ」
「下では、大量の天使らしき者らの遺体が見られた。奈落はほぼ壊滅状態だった、デボンダーデが起きるとは到底思えない……川は、途中で途切れていた……この穴と、原理は一緒だろうか?」
「……知らねぇよ」
「我々にとって奈落とは……あるいは、警戒する必要のないものかもしれない。原因は別に、あるかもしれない……」
天使は目を輝かせた。
「そうか……お前らもそう結論を出したか、そうかそうかぁ、良かったなぁ。収穫があったなぁオイ!良かったなぁ!?!?」
大きくニヤケながら、カルメに近寄る。斧槍を引き抜くと、カルメは声を発した。
「なぁ、じゃあよ、その情報をよ、どうしたい!?」
「……無論、これは貴重な情報だ。早急にオルテンシアに持ち帰る必要がある」
「そうだなぁ、そうだよなぁ??」
テランスが怒り始めた。
「なに、にやついてやがる!!お前、僕の大切な仲間を、よくも!!」
「聞き覚えがある……大切な仲間、そうだ、コイツもコイツも、お前らの大切な仲間だ!」
香料を嗜むように、鼻から空気を取り込む。吐き出した。そして少し下を向きながら、行動隊を見る。ヴァルト、ノイを見つめた。
「……その目、俺には分かるぜ?なんつうか、背負った目だ。行動隊なんかよりよっぽど色々と背負ったような、だがお前らの出自、この嬢ちゃんには分からねぇでいるようだな。つかえねぇ……こんな良い戦士の目は、久方ぶりだなぁ……お前らのこと、もっと知りたいよ。何を背負っているか、何を思っているか、そうすれば……」
目を見開く。
「もっと楽しく、お前らと、殺し合えるのになぁ……」
艶すらある声色で、嘆き悲しんでいる。
「でもいいさ、お前らはもう、持って帰る義務がある。仲間の命のこともある。なんとしても、俺に勝たなくてはいけない。あぁ、そうだ、それで良い!!!!!」
ヴァルトがノイとフアンに支えられて立つ。小声で、フアンとノイに話す。
「……火薬を、遠ざけろ。まだいける」
「大丈夫なの……?」
ヴァルトは、自身の状態を考える。
(なんつうか……一気に2回も使ったからか大げさなくらい力が入らなくなった、これの反動は、出血とかとと同じかもな。絶賛貧血、いけるか?)
ヴァルトがフアンに向いた。
「言い訳っていってたの、まだ通用しそうか?」
「状況を変えさえすれば、もはや言い訳なんていらないかもしれませんよ。なりふり構わず、あの力、使って大丈夫です」
「もうちょっと色々と考えろって」
「はい、なのでここは任せます」
(調子良いこと……やるっきゃねぇよなぁ。先手必勝、まぁでも一旦情報収集だ)
ヴァルトは立ち上がる。
「なぁ、お前はなんつう名前だ」
「……あぁそうだなぁ!俺のことも教えれば、なおのこと、本気になってかかってくるよなぁ!」
「本気っつうのがいまいち分からねぇな、それがお前の、俺たちとやり合う意味か?」
「いいぞもっと聞け、そして背負え!背負った数だけ願いを叶えるため、その命を燃やす!俺はそういう、たぎった奴とやりあいてぇんだ!」
斧槍を振り回して、あたりの石を吹き飛ばすように、右脇で挟み込んで構えた。
「俺はレドゥビウスってんだ、大丈夫だまだやり合うつもりはねぇ。そう警戒すんな、でも解くなよ?俺は戦争……いやぁ違う。殺し合うってのが、堪らなく好きなんだ。火薬に火が着くように、相対するヤツらは、全力をとして、命をかけて、命を取りにいく、そして来る。目に宿るあの、一個の命そのもののような眼光が牙を剥いてくる。俺らだって、別に死なない訳じゃねぇ。お互い消えるときは消える。ロウソクみてぇにな?なんつうか、そういうのが……キレイで仕方がねぇんだ。命ってのは、存在する上でおよそ最上級の価値そのもの。そこに優劣なんてものはなく、ゆえにそれを奪い合う行為は、戦況、戦局、戦場の区別なく平等で、あの時だけは貧富も人種も、クソもへったくれもなかった。雲の上で見る星々のように、一つ一つに尊さがある。お互いがお互いを奪うことを、犯すことを第一の目標に掲げ、ある限りを尽くして技を磨き、兵器を開発し、そうして腸を撒き散らしてきた。楽しかったさ、勝手に陣営を変えながら、できるだけ多く殺して、翼を隠すのも苦労したさ……でも、お前らゴミ共が出てきてからは、もう違うよなぁ……!!」
斧槍を振り下ろして地面を割る。
「聖典教っつったか?なんだか知らねぇけど、俺らや親父のことを、勘繰ったんだろうなぁ。勝手に信じて、知らねぇうちにデカくなって、消えたと思ったらまた沸いてきやがって、ウジかよ」
ヴァルトは引っ掛かった。
(消えた……聖典教のことか?)
「アイツらは命に、戦場であっても優劣を付けてきた。キレイに御託を並べてやれ聖戦だの浄化だのいって兵士を奮い立たせ、戦場をさも高唱なもののように着飾りやがった。マジでゆるさねぇ。戦う理屈をごちゃごちゃと並べて、てめえのきたねぇのを隠したつもりでいやがる。命を奪う行為は、本人たちは綺麗でも、後ろでふんぞり返ってるのはきたねぇんだよ。俺はそういうやり合いは、命の価値が低い戦いは大嫌いだ!」
フェリクスは口を開く。
「それはイェレミアスのことではないのか?あそこは、他国との戦争を仕掛け続けた結果に皇帝は後悔し、聖典教を信仰した歴史を持つ」
フアンは兵士との会話を、差別の現場を目撃する少し前に、イェレミアスに関する話をしていたのを思い出した。
―なんか、急に皇帝が信仰したらしいぜ―
(あの兵士が言っていたことは、これのことでしょうか?)
天使は溜め息を出す。
「……まぁでも、それもここまでだ。お前らはじきに滅びる。約束してくれた……このくだらないままでいることを望む世界を、根底から破壊すると。そして俺に、こんな面白い仕事をくれた。目的の単純で、本気の殺しを甦らせてくれた!!なぁんでこんなこと喋ってるか、分かるか?」
ヴァルトが天使の目を見る。
「俺たちに情報を、背負わせるためか?」
「お前らがここから生き残ることは、人にとってこりゃもう有利になる情報だからさ」
「亜人・獣人にとってはどうなる?」
「それはアイツらに聞け、お前らが減らしたせいで全然見かけねぇんだ。言いぶりからして、お前らはあの羊飼いどもとは違うらしい」
「ゴタゴタゴタゴタと……お前ら全員そういう感じか?アイツって誰だ?」
「お前らが一番よく知ってるんじゃないか?」
ヴァルトたちは、アマデアがよぎった。
「生き残りたい理由をお前らにもうかなり与えたな。あとは……俺に勝ったら教えてやるよ。だから、ほらこい、きやがれ」
ヴァルトから雷がわき出る。
(まぁこんぐらいか……引き伸ばして時間かけたらカルメが危ねぇ。足元、ぶっ飛ばせ!)
レドゥビウスの足元が吹き飛び、熱のない爆風がレドゥビウスを襲った。そして、マルセルは拍子で吹き飛ばされる。
「テランス、マルセルを回収し」
血だらけのカルメが突如として立ち上がり、マルセルに向かった。レドゥビウスが体勢を崩しているほんの少しの時間で、マルセルを抱えあげて、オルテンシアの方へ、馬よりも早い速度で走っていった。
「はっえぇ!」
レドゥビウスは眼力を強く、大きな体をヴァルトの前に、表す。
「おい、いまの……お前、誰だ?親父の子か?」
「はぁ?」
「伏せろ!」
フェリクスが銃弾を5発、発射する。レドゥビウスは斧槍を振り回してすべて弾いた。翼を羽ばたかせ浮き上がり、滑空しながら振り回して行動隊の戦列を破壊、滑りながら斧槍を振り回して、フェリクスの3度の射撃を再び弾いた。
「マルセルをカルメに任せ、我々でこの者を討ち取る!」
ヴァルトは少し体勢を崩し、フアンが抱える。
「ノイ、相手をお願いします!!」
「わかった、ヴァルトをお願い!!」
ノイは回される斧槍に向かって突撃、振り下ろされる斧槍の斧身を、前傾姿勢で飛び込みながら、体をひねって顎や胸スレスレに振られながらも回避し、ほぼ直進するようにして腹部に接近、そのまま戦棍で凪ぐように叩く。レドゥビウスは体勢が少し崩れた。
(コイツ……いいの入れるじゃねぇか!)
レドゥビウスは後ろに後退する動きで、足先まで伸ばしてノイの腹部を蹴りあげ、翼で羽ばたき、蹴りで浮いたノイを吹き飛ばす。脇からテランスが大剣を、全身を生かして回すように幾度も振り、レドゥビウスと打ち合う。レドゥビウスは石突でそれをいなしながら、振り上げられた一撃をうまく流し、相手の速度を斧槍で受け取り回し、斧槍をテランスの首に振りかざす。テランスは鎧の位置を動かし、肩の装甲で弾いて崩す。レドゥビウスは斧槍の突起を槍に引っかけててを転倒させる。
(鎧は重い、だからこそ、倒れたらおしまいだ!)
フェリクスが射撃して攻撃を中断させ、倒れたテランスはすぐさま立ち上がり大剣で凪払う。翼で飛んで攻撃を回収すると。ノイがフアンを投げ飛ばす。下から飛んできたフアンはヴァルトから預かったままの刀剣を装備している。だが抜いていないが構えている。
「抜刀してねぇだ!?なめてんのか頭巾野郎!」
飛ぶのを滑空に切り替えて、フアンに斧槍を向けて突撃する。フアンは呼吸を整え、構えを少し緩めた。
(僕の武器はこれじゃない、それを分かっていないか、覚えていないか……あの読んでいた資料にもし、僕の武装が記載されていないとうならば……)
フアンは斧槍が命中する直前で袖を振り剣を取り出し、斧槍の斧身の面を弾きながら懐に入り、再度振るい首を狙う。
(……ひかっかった!)
首を傾けて回避した影響で飛行の姿勢が崩れたたところに、フアンは脚でレドゥビウスをはがいじめにした。フアンは剣をしまって、腰に装備したヴァルトの剣を、柄の引き金を引いたまま抜刀し、刀身と柄を分離させ、それらを繋ぐ鉄糸を露出させる。鞘の引き金を引いて刀剣をノイの足元に向けて射出すると、ノイは繋がった鉄糸をおもいっきり引っ張った。
「降りてきなっさいよ!!」
レドゥビウスは、空から釣り上げられるようにして地面に落下する。フアンはそこから脱し、地面で回転しながら着陸した。ヴァルトが頭を振り払い、戦闘体勢に入る。
「フアン、貸せ!」
フアンは武装をヴァルトに投げ渡す。
「お前これ使えるのかよ」
「二度と使いません、凄いですねヴァルト」
フアンは少し、鼓動を早めていた。
(危うくノイをに当たるところでした……これ照準器みたいなのないんですよね。ヴァルト凄いですね、これをベヒモスに当てるなんて……)
レドゥビウスは砂塵のまうなかで立ち上がり、ノイとテランスの突撃を飛翔して回避する。フェリクスの射撃を弾く。
「これだけ撃っても……くそ、さすがに疲れているのか?」
ヴァルトがフェリクスのを銃を取った。
ヴァルトは射撃し終わった銃の銃口をぞ覗くと、弾丸を加速させる施条加工が削れているのが見えた。フェリクスに銃を渡しながら話す。
「装填のときに炸薬を割り増しで入れろ!」
言われた通りに割り増しで装填し発射すると、レドゥビウスに一発、肩に命中した。
「加工が削れてやがる、強壮弾で凌ぐしかねぇ」
「7丁全てか……やはり銃器は遠征には向かないな」
「7丁あんだ、いくつかぶっ壊れてもいいだろ。おい、あと1丁はどうした?」
「マルセルだ」
レドゥビウスは上空で、行動隊から離れていく。発砲し続けるフェリクスによって、いくつか弾を食らった。
「くっそ、急に弾は早くなりやがった。しかしいいねぇこういうのは、全力って感じがする」
翼を広げて移動し、夕日の方向へ向かった。緋色で少しレドゥビウスの輪郭がぼやける。斧槍を担ぐよいに、投擲の構えをした。
(狙うは、あの弱ってる小僧だな)
呼吸を深く。さらに大きく、腰を捻る。
「さぁ……歯ぁくいしばれ!!」
ツバメのように、弾丸のように、空を斬り裂く一投。円が見えるように空間を貫くそれは、瞬く間にヴァルトにの前に来た。レドゥビウスの輪郭があいまいで、全員が反応に遅れた。
テランスは、全員の反応よりはやく出ていた。テランスは穴に吹き飛ばされるのを思い出していた。
(同じだ、同じだ。たぶん同じだ!!)
テランスはヴァルトの前に、大剣を盾にして構えた。
「こいやぁぁぁ!!」
槍の衝突で大剣は爆発した。弾かれた衝撃と爆風で槍は飛んでいく。
「っしゃぁぁあ!!」
テランスに遅れて、ノイがヴァルトを庇う。
「テランス、ありがとう!」
テランスは全身を振るえさせていた。
「なにっ、君の拳よりはっ、軽かったさ!!」
テランスは考えていた。
(爆風で威力を削っても、ギリギリ耐えられるかってとこか……次は無理だ。ノイくんにこれを持たせるか?)
斧槍は窪地の上に突き刺さり、石突の上にしゃがみこむように着陸する。
「……いま俺の攻撃を防いだやつ、誰だ?」
震えさせながらも、それを抑圧する。
「はっはっはっ、どうした……怖じ気づいたか!?」
空元気がこだました。
「確かお前、ジョルジュ……だったな」
「あぁ!」
「オルテンシア最強の?」
「あぁ!」
「そうか、そしたら……」
斧槍から降りて、槍を投げる姿勢で構えた。
「選べ……俺たちは、強者をある程度生き残らせる義務がある」
「……何を言っている」
「ある程度だ。簡単な話……お前らの仲間を差し出せば、残りはすっとオルテンシアに帰れるってことだ」
「戦いたいんじゃないのか……!?」
「それはそれ、これはこれ。仕事ってやつさ。さっきの一撃で分かっただろ、俺の本気に、お前でその有り様だ。そこの女も力はあるが頭が鈍い。次に槍の投擲をくらえば、もう盾はなくなる」
「……!!」
「相手の状態くらい分からないで戦士はやれねぇよ……で、どうする?別に殺す訳じゃねぇ俺と戦ってもらうだけだ。逃げ道なしでな」
「……それは、殺すと同義じゃないか!」
「あぁ、でもそれは俺のせいじゃない。俺に仕事を優先させるアイツに、お前らの力が届いていないこと、何よりその人数で俺にいまだ勝っていないこと、それらによって俺から選択肢を引き出せなかったこと。全てお前らの弱さが、選択肢を消したんだ」
「……仕事とは、なんだ」
「……できれば俺は、そこの、さっきビカビカ光った男と、お前に残ってほしいぜ。聞きたいこともあるが、何より倒し概がありそうだ。そこの女でも良いかもな。あとは、強いことは強い。だから生かす範疇には入ってる……二人だ、選べ!!」
フェリクスは、ヴァルトたちに寄った。
「あの者と、面識があるのだな?その力と、何か関係が?」
ノイが、拳を握りしめているのをみる。
「……なんらかの因縁を持っているということだろうな。答えない理由は、我々が聖典教だからだろうか?」
フアンが前に出る。
「一人目は、僕でお願いします!」
全員が驚愕した。ノイとヴァルトがフアンに近寄る。
「フアン、何言ってるの!?」
「お前、アホか」
「いいえ……フェリクスさん、いいですよね?」
「……」
フアンはフェリクスに近寄った。
「僕は……その……突出した能力がありませんので」
「違う、君は……言ったはずだ。一人の兵士として、三人のなかでもっとも優れていると!」
「兵士としての価値、それはなんでしょうか?」
「それは……」
「第一に従順、第二に理解力。そして第三に、平均的能力。これは数を揃えら兵士の場合は強いですが……行動隊という突出するべき組織においてはどうでしょうか?場面を突破する。個々の持つ団結力の束で行うのが普通の軍隊や保安課です。ですが。できることを全員で押し付け、その突破力でベストロに対抗するのが行動隊、僕がここにいるのは……少し違うと思うんですよね」
「フアンくん……」
ヴァルトにフアンは寄った。
「ヴァルト、ヴァルトの力に関する言い訳ですが……あなた自身を、聖典の第二に登場する、聖という文言そのものであると主張するのは如何でしょうか?」
ヴァルトは、聖典の内容を思い出す。昔バックハウス家で、ユリウスに教えてもらった、聖典の内容だった。
―降り立つ翼のとどまる所 義は獣を外に見る、理は獣を内に見るー
―すべての時にかなって獣は この世の態より見棄てられる ー
―天にまします使いの如く 御光を投じ ー
―律する者こそ聖である ー
ヴァルトは最後の文言を思い出した。
「……御光?」
「そうです、いわばヴァルトは主の、何かしらの寵愛……を受けた存在としておけば、案外どうにかなりそう……というだけのこと、なんですけどね……」
「……言い訳でしかねぇな」
「はい、すみません。奈落でのときはカッコつけましたけど、ただあれしか突破できないと思いまして……」
「俺に発破かけるために言っただけか」
「はい、残念な奴でもあるんですよね僕。だからなおのこと、その……残るべきかと思いまして。ヴァルトの力でも、突破は難しいかと。雷とかを落としたとしても、たぶん避けられますね」
レドゥビウスは話を、距離がある程度あったが聞いていた。
(雷……落とす?確かアマデアが雷に……アイツは雷をさっき纏ってたんだとしたら……いや、あるいはアイツ……やっぱ親父の隠し子かなんかか?)
レドゥビウスは問い質す。
「ヴァルト、お前は親父の隠し子かなんかか?」
「親父の顔なんざ知らねぇよ」
「……そうか、いやすまんそれだけだ」
「はぁ?」
ノイがフアンを見つめていた。
「なんです?あなたは絶対に残ってはダメですよ?」
「いや、でも……」
「ヴァルトや皆さんを宜しくお願いします。あと、お婆ちゃんと母さんにもどうか」
フェリクスが前に出た。
「フアンくん、君の判断を信じよう」
「何を?」
「二人目は私で良いだろうと判断した。君の、突出した力のない者は残るべきという意見を参考にな」
「そんな!」
「兄さん、ダメだ!」
テランスがフェリクスの両肩をわしづかみする。
「兄さんだけは絶対にダメだ!兄さんは、俺の兄さんなんだぞ!俺の、もういない家族を、あの暖かい幸せを、もう一度僕に運んでくれた!」
「あぁ、だからこそだ」
「兄さん……!?」
「言っただろう?私は、お前の幼い頃の、なんら文脈のない言葉を聞いて笑わせてもらったと。私は今日、お前を救い返す……」
「だめだ兄さん、ダメだって」
「勝てば良いのだろう?」
「勝て……ないよ……」
「どうした、らしくないな」
フェリクスがテランスの肩を優しく、掴んだ。頭をもう片方の手で撫でる。
「……お前はジョルジュ、オルテンシア最強の兵士。お前が折れないなら、私はお前の中で生き続ける」
「……だめだ」
「いつもお前のことを指揮官として、よく殴ったり罵倒なりして追い込んできたが……お前の本当に追い込まれたときくらい、兄貴として何かをさせてはくれないか?私がお前に頼みごとをするのは、あるいはこれが初めてかもしれんが……だからこそ、これくらいは良いだろう?」
テランスはいつの間に泣いているのをやめる。
「フアンくん……ありがとう。兄さん、ありがとう……」
ヴァルトは、顔を青くしながら、しかし口を開いては閉じて、開いては閉じている。ノイが気付いた。
「ヴァルト、大丈夫……?」
「いや、だが……ダメだな」
「フアンもフェリクスさんも、どうにかして……」
ヴァルトはノイの言葉が耳に入らなかったようにいる。
(一個だけ、方法が……だが……)
レドゥビウスは斧槍を、なぜかおろした。
「構えを解いた?」
「兄さん、気を付けるんだ。僕らがまだ戦えるうちは戦おう」
「助かる、まぁどのみち……あれの言葉が結局信用に足りないのは事実であるからな」
「ヴァルト、皆でまだ、戦おう?」
ヴァルトは、吐きそうなようで、ただ呼吸を荒くしていた。
「ヴァルト?」
ヴァルトは、口を開いた。
「……カル」
レドゥビウスは斧槍を全員の前に投げる。石突の上に降り立った。
「……いい、いいじゃねぇか。お前らは強い。武力以外で、もはやその強さは俺の領分を越えている。しかし、一人だけ、お前らが知らないようでいて、実はただ……自分のためだけに動いているやつがいる。そしてもう一人……奈落から、ひときわ大きな外傷を背負って、しかし帰還したやつがいる……俺も、まぁぶっちゃけ仕事に関しちゃ、できるだけ働きたくないんだよな。普通に上、が気にくわなくてよ。アイツは強さを持つやつをある程度生き残らせろとかいうことほざいたからな。まぁ……その強さの判断基準がなかっただけ、お前らは感謝したほうが良いかもな」
テランスは青ざめた。
「やめろ、やめろ違うだろ!!それは!!」
「ここにいる全員、強さとして、あまりに生き残るに値値し過ぎている。故に、俺の独断で、俺と戦うのを、マルセル・モニエ、シルヴィー・カルメとしよう!」
テランスが叫ぶ。
「やめてくれ!彼らは、彼らこそ、死んじゃいけないんだ!」
「そうか……でもお前は俺の仕事の邪魔はできないし、邪魔はする選択肢は、過去で作れたはずだった。でも強さが足りないなら、それは対価を払わない売買と同様に……成立しないものだ」
「やめてくれ!!」
「恨むなら、己の弱さを恨め」
「理不尽だ、そんなの!!強い者と戦いたいんだろう!?」
「理不尽とはつまり、叶わない願いに対して弱者が、相対するように抱く自己逃避の成れの果て、ただの他責だ!」
レドゥビウスは、フェリクスの強壮弾による射撃を回避しがら、羽ばたき、風を切って、雲の上へと消えていった。傷は、見えなかった。行動部の残された面々は、レドゥビウスがおそらくわざと残していた、馬と荷車に乗り、とにかくマルセルたちを追うしかなかった。カルメとマルセルの出血後は、途中から途切れていた。オルテンシアにまっすぐ伸びているのを、追うしかなかった。
2025年6月3日時点で、997,634字、完結まで書きあげてあります。添削・推考含めてまだまだ完成には程遠いですが、出来上がり次第順次投稿していきます。何卒お付き合い下さい。




