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ブルートアウス ~意思と表象としての神話の世界~  作者: 雅号丸
第三章 信人累々 二幕

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一話 敵は……歴史だ

第1話 敵は……歴史だ


シレーヌを討伐し、血まみれのテランスは頭を振り回し、なんとか目が見える程度になった。マルセルとフアンが巻き添えを食らう。

「おぉ!マルセル、フアンくん!すまない……」

フェリクスは下知を取った。

「では、一度帰還しよう。エトワール城奪還の旨を仮拠点に……」

フェリクスが仮拠点の方向を見ると、煙が上がっていた。フェリクスは、ベストリアンの存在から煙に恐怖を感じた。

「ヴァルトくん、マルセル、全員の装備を十分に点検するんだ。カルメは矢を回収しておけ、ノイくんはテランスと自分の止血を、嫌な予感がする……」

行動隊らは、城門付近へ静かに向かう。移動に際して、行きで仕掛けてきたベストリアンたちの、殺した遺体、食われた残骸などがあるが、他のベストリアンが見当たらない。ヴァルトがフアンと目を会わせるが、フアンは首を横に振った。ヴァルトはノイに声をかける。

「おい、大丈夫か?」

「うん、全部浅かった」

ノイの装備はところどころ布地が敗れ、血で汚れていた。一ヶ所ずつはまだしも、数でいえば多く、深い。ノイはヴァルトの視線に気付いた。

各員は興奮状態から一転し、慎重に歩みを進めていった。フアンの足が止まる。全員が武装を構えて歩いていくと、仮拠点は破壊されていた。

「カルメ、フアン、周囲の警戒を!残りで生存者を探す!」

争った形跡があたり一面にあり、仮拠点だったところは倒壊している。

「ノイちゃん、仮拠点お願い!」

「うん!」

カルメが走っていき、周囲の木の上に登っていき見えなくなる。

補給の人員たちがベストリアンたちなどと一緒に倒れていた。フアンとヴァルトが目を合わせる、フアンは首を横に振った。

装備している正規品の鎧はいくつか真正面から打ち壊されており、胸部をなにかが貫通していた。

ベストリアン側の死体も多く、しかし刃の形跡のみであるため、火薬による殺傷は行っていないのが見える。剣や銃はあたりにはまったくない、鎧はいくつか剥ぎ取られているが、全てではなかった。鎖のような内側に着る鎧が引き裂かれているものもいた。

「火器の使用を控えたとみえる。おそらく、他のベストロやベストリアンを警戒してのことだっただろうが……」

マルセルが、口から血を吐いて死んでいる者の、光の映らない目を閉じた。

「我々は火器を使用していましたよね……なぜ彼らは……」

「その我々に、火薬を残すためだっただろう」

ヴァルトが最も死体の多い箇所である荷馬車付近を見る。馬車を攻め、守るように積まれた死体が、オルテンシア側の意志を表しているようにみえる。荷台の帳を開けると、木箱の残骸ほどしか残っていなかった。離れた位置のフェリクスに被害を伝える。

「全部取られてるぞ、一応聞くが作戦継続すんのか~!?」

マルセルは意見した。

「帰還して再編成が最も安全です。オルテンシア、それ自体にとっては確かに、いまだ好機といえますが……」

「シレーヌを討伐した我々だからこそ、この先に進むのはもはや義務なのではと思う」

「落ち着いて下さいフェリクスさん、補給なしで、我々のみで奈落に向かうおつもりですか」

マルセルはフェリクスに近寄り訴える。

「……いや、まずは救助だ」

ノイは仮拠点で、ひっくり返した瓦礫の中に生存者を発見する。仰向けで埃だらけで、呼吸は浅い。

「息……息ある!!誰か来て!!」

腕がどこかにいっている。

「お嬢さん……あぁ、補給です、か?」

「勝ったよ、勝ったから」

「そうですか……あぁ、食事を」

「お腹空いたの?ごめん、ぜんぶ取られてるみたいなの」

「あぁ……そうでしたか」

「あ、私の、食べる?美味しくないけど、ないよりは!」

消え入るような声で、もはや自身の命に達観している。

「申し訳、ありません、どうにか、火を使わないで、暖かいものをと……学者めいたことを考えていたのですが。腕が抜き取られてしまいました……これでは作れませんね。罰でしょうか?頭巾の方……フアン様に、嘘を付いてしまったようです」

「抜き……えぇ??」

「ベストリアン……やはり、末裔というのも頷ける強さだった。ははっ、エトワール城の悲劇はここにまた……いや、そもそもあれはなんだったのだろうな……」

テランスとヴァルトが駆け付ける。

「君、君、しっかりするんだ!!」

「あぁ……これはジョルジュ様……シレーヌは?補給ですか?」

「倒したぞ、倒したから死ぬな!」

「あぁ、そうでした」

「しっかりしろ!」

「私の魂は、天へと昇ります。ほうれい線の多いのがさきに行く。これは普通のことですよ?」

「普通じゃない、普通の死ってのは、寿命で死ぬことだ!」

「普通の死とは、天命でしょう。私は42年前に母から産まれ、父を見て育ち、今日……昇る。あちらであなた方のことを、父や母、息子に、これでもかと語らせてもらいます……主は、照覧されましたでしょうか」

「あぁ見たさ、きっと見たさ!だから生きろ!」

「……そうですか、そう……」

声は消え入った。虚ろだった目にはただ何も映らない、血反吐を我慢して最後まで離していたのは、力が抜けて首を横にしたときに、多く垂れた。少し雲がかかった青空の太陽がが、崩れて男を潰していた天井の、ノイがどけたそれをも照らす。テランスは上を向き

「助けろよ、おい助けろよ!!僕たちは、お前の子供みたいなもんだろうが!!!」

フェリクスがそれを聞いていた。

「似せて作ったんだろ!?そーなんだろ!?おい、頼む、頼むって!!主よ!!」

風だけが通りすぎた、血の生臭いだけが立つ。テランスは走った、フェリクスに向かう。

「兄さん……」

テランスは涙を流しながら、フェリクスの両肩を掴み、面と向かった。

「なんで主は、あの人を、みんなを死なせるんだ!?」

フェリクスは空に指を向けた。

「あれに聞いてくれ……」

テランスは、脱力するように腕を離した。

「……あぁ、知ってる。ずっと前から。でも兄さん、兄さんは頭が良い、だからついていくって決めた。だから、もし何か知っていたら教えてくれ、僕たちはいったい……何と戦えば良いんだ、何を倒せば良い……」

フェリクスは一言。

「敵は……歴史だ」

「えっ……?」

「あまり背負うなテランス。世界にとって1つの命の価値は、あまりに低すぎて、そして背負うにはあまりに多く、重い」

「兄さん、それは……冷たすぎるぞ」

「すまない……職務上、命を数値化する業務が多くてな」

「……分かった、ごめん」

その後、襲撃はなかった。亡骸は人種ごとにできるだけ確保され一ヶ所にまとめ、埋めた。

カルメがフェリクスに聞く。

「進むの?……やめてほしいな」

「なぜだ」

「1、2、3、4、5、6、7……これでどうやって進むのよ。水も食料も、問題じゃない」

「……取り返す」

カルメがフェリクスに頼んで、全員を集めた。

「みんな、その……ここから先に進みたい?」

「いや、どうだか……お前らどうだ?」

ノイが手を挙げようとする。

「私は……でも食べ物ないんじゃ無理だよね」

ノイの手を下げるのを、フアンは賛同した。

「僕も同感です。そのあたりで釣りも考えますが、7人は無理です。冬前なので、狩りも難しく、山菜や果実も、他の動物に……」

「三人は、食べ物があればいいの?」

ヴァルトはフェリクスを見る。

「いいのっつうか……行くか決めるのはフェリクスだろ」

「そうじゃなくて、その……」

マルセルが話しに入る。

「覚悟があるか、という話ですか?」

「えっ、あぁ……うん、そう。マルセルくんんは、えっと」

「……僕はあります」

フアンは、手紙のことを思い出した。

「父親の、仇ですか?」

「いえ、ただ……あぁ、そうかもしれません。なんでしょう、シレーヌを倒すだけじゃなかったのだと、自分でもいま驚いているんです……言葉にできない……」

「あやふや……という訳ではない?」

マルセルは、何度も読んで手垢とススが滲んだのを取り出して、また読む。

「お前は戦うな……父が残した手紙は、字面が丸くて、優しくて、なんというか暖かかったんです。読むだけで、人格が分かるような。彼はきっととんでもないような人格者だったのでしょう。僕と一緒で、兵士の年齢制限が下がった時期に入った方々にも、こうして親から手紙をもらって大切にしていた者も少なくなかった。でも内容はだいたい、お前も戦え、失う前にみたいな感じで、自分の子供の命それ自体に興味がある訳でもない。ただ、何か自分が成し遂げられなかったのを背負わせるような感じでした。そんな親が多い中だったからこそ、僕はこの手紙の中の父が、たいへん綺麗にうつって……それだけに、最後すら分からないというのが……僕は、父のような人格者が消えていくのが嫌です、やめさせたい、一刻も早く、禁足地を向かって調査を始めたい。ひょっとしたら僕の思いはそこに……あっ」

マルセルは周囲にいる視線が気になった。顔を赤くする。

「自分語りが、その……過ぎました。以後気を付けます」

テランスが抱きついた。

「……マルセル、お前カッコいいな!!!尊敬するぞおい!!なんだなんだ、そうかそうか、お前そういう感じなんだな!」

テランスは、カルメに面と向かう。

「僕はコイツを守るために進む!!これ以上の理由はない!!兄さん、そうだろ?なぁ!?」

「……現実を、しっかりと見ろ。食料問題が消えた訳ではないのだ」

「みんな、進むってこと?ねぇ、ヴァルトくんたちは?」

「……ちょっと、待ってくれ」

ヴァルトはノイとフアンを集め、少し離れた。

「私は、危ないと思うよ?」

「オルテンシアに戻って報告すれば、僕らは上層とのつながりを確実に入手できます。ですが……根本的な解決にはなりません」

ヴァルトは思案する。

「遠回りで安全策か、直接ベストロを封印か……しかし、オルテンシアが抜かれてない以上は、奈落とベストロはなぜか、つながりが薄いことになる。そして怪しさでいえば天使と聖典教自体だ。安全策がもっとも真実に近付けるかもしれねえ……」

「……ねぇ、ヴァルト」

「どした」

「あの……私たちが行かないって言ったら、その……マルセルくんたち、帰ってくれるかな?」

「テランスがおだてちまったからな……行く可能性はある。こう色々あったが、シレーヌ討伐で、まだ浮き足立ってる可能性も捨てきれない」

「我々だけ、もしで帰還した場合……」

「まあ咎められるだろうな。防壁でみたあのジジイとかにどやされるのは間違いない。安全策を取ったとして、ひょっとしたら一番遠回りかもな……しゃあねぇか」

フアンが心配する。

「……2人とも、怖くは?」

「怖くは、ないわけじゃないよ?でも……もしかしたらさ、あの白い髪の、ほら……」

「アマデアと繋がるかもって?」

「……うん」

「確率は低いが……まぁそもそも天使もベストロと同様にいきなり現れたもんな」

フアンは頷いた。

「そう考えると、なんだか正解な気もしますね」

「じゃあ、行く?」

ヴァルトたちは、行くと返事をした。

2025年6月3日時点で、997,634字、完結まで書きあげてあります。添削・推考含めてまだまだ完成には程遠いですが、出来上がり次第順次投稿していきます。何卒お付き合い下さい。

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