表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブルートアウス ~意思と表象としての神話の世界~  作者: 雅号丸
第三章 信人累々

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

23/190

七話 ■■■▲□□□□□●●●●●●●●

第7話 開発

―5日 厳戒態勢開始―

人の気配の少なくなった西部を、ヴァルトは歩いていた。

(まぁじでどこにも人がいねぇな)

西部の本部へたどり着くと、マルセルが走ってきた。

「どこに行ってたんですかまったく」

「開発に詰まったからな、ほっつき歩くしかねぇよ」

「……あの、実は興味深い検証結果がありまして」

「おぉ」

マルセル達を、カルメとノイが窓から見ていた。

「こんなゆっくりしてていいの?」

「いいのよ、あの子らならきっと良いものができあがる」

「……なんか、作ってるんだっけ?」

「シレーヌを、落とすんだってさ」

「おっきいんでしょ?」

「うん、どうやるのかねぇ」

「……」

「ねぇノイちゃん……」

カルメは、恥ずかしそうな顔をし始めた。

「……マルセルくんって、どんな子か分かる?」

「……へぇ?」

テランスが話していたことを、思い出すノイ。

「あぁ……何かあったの?」

「……振っちゃったんだ、私」

ノイは凍りついた。

「……おぉ、おお?」

「何だろう……私、さ、その……」

カルメは顔の赤いのが引っ込んでいった。

「資格がないのよ、私……あの子に好きになってもらえるような、そんな資格」

「……???」

「こんなオバサンなのに、あんな子が好きになるなんて、どうかしてるよね」

「……」

「……ビックリしたよ、ずっと男だらけで生活してきたのに」

カルメが空を見つめた。

「……保安課の動員の年齢制限、数年前に下がってね。若い子がゾクゾクと入って来たんだ。ほとんど全員、親を失くした未亡人の子が、父親の無念を、母さんを楽させるとかでね。皆を苦しませてるのは私なのに……死んでるのは、私達のせいなのに……そんな私が、誰かに特別扱いとか……おかしいよね。誰かの特別な人を死なせてるのに。私だけ幸せって、変だよね」

「それで、断ったんだ」

カルメは涙を流している、ノイは状況に着いていけていないが、話は聞いていた。

「ごめんねノイちゃん。分からなくて良いし、こんなこと皆に言っちゃいけないんだ。こうしてる間にも皆はどんどん死んでいく、こうしている間も、どんどん私は、私が嫌いになる。こんな仕事、受けなきゃ良かった……命って大切なんだよ、だってこんなに大切だって、誰かに思えるんだ」

「マルセルくんのこと……好きなの?」

カルメは、およそ熟した女性とはいえない。むしろそれははじめて挫折を経験した、多感な時期の幼気な姿を彷彿とさせるので、なおのことノイは困惑した。だが、目の色をノイは変えた。

「……資格ってのはよく分からなけど、もし変えるなら、自分じゃない?」

「ノイ、ちゃん?」

カルメの目が、ノイに向けられる。

「わ、わかんないけど……つまり、一緒にいたいけど私でいいのかなってことだよね?私それなら、すっごく分かる……凄いなぁって思う人とか、いいなぁって思う人を好きになるって、あ……当たり前、っのことだし。だからその、凄いとか良いってのに、私は……私なりに追い付こうって思うんだ。マルセルくんの良いところは、もうおばさん分かってるじゃん?だから、それに頑張って追い付けば……」

カルメは強く、ノイを抱きしめた。

「そっか、そっか……ノイちゃんみたいな人がいれば、ここは安心だね」

「おばさん?」

「……これから、どうしよっか」

「とりあえず、謝る……とか」

「……いいのかもしれないけど。やっぱり、いいや」

「え、なんで?」

「資格の話よ。努力の果てに手にする価値は、いわば称号なの。愛とか幸せとか、そういう称号を手にする資格が、やっぱり私にはないの……」

「誰かが死んじゃうの全部おばさんだけのせいってわけないし、そんなこと……ないんじゃない?」

「ノイちゃん……あとで、私のこと……ちゃんと嫌ってね?」

「んえぇ??もう意味わかんない……はっ、わかったおばさん生理でしょ、私もそのくらいおかしくなるし」

「はっはっ……この年でかい?」

虚ろに目を開けたカルメは、視界の先にシラクが映った。カルメは首を振った。


ヴァルトとマルセルは、工房から出た屋外で、行動隊の使用する馬車の改築を行っている。

「やっとこさ、出来上がってきたな。まだ朝ではあるよな?」

「はい、ですが急いで下さい、デボンダーデに間に合わせなければ。本来なら昨日には完成しているはずでしたし、まだ武装の開発も間に合っていないんです」

「ゼナイドの一件で、けっこう時間もってかれたもんな」

「はい……」

「なぁ、さっき見せてもらった情報はマジか?」

「はい、昔の聖会の出した情報ですので間違いないかと」

「なぁんで今になって出てくるんだよ。あんなすげぇ情報」

「イノヴァドールの前身は、完成に破壊し尽くされてしまいました。地下まで伸びる研究施設ですので、資料を発掘するのにも時間がかかるんです」

「ちょうど良く、良い情報が舞い込むもんだなおい」

「ある意味、外れ値ですね」

「ひっさしぶりに聞いたわその言葉」

「まぁ、あり得ない確率でのみ実現する最高の品質ですからね」

「最高ねぇ……おい、設計とか板金、任せてもいいか?俺が武装、完成させる」

「えぇ?」

「俺なりに考えてたんだよ。さっきもらった資料とか総動員、あとおまえの作ってた爆発する矢じり、技術ごとぶちこむ、権利とかは別にいいな?」

「あの矢じりの設計図なら棚にありmかす。しかしそんな複雑なものを、考えていたんですか?」

「いや、たぶん簡単に組み上がる。工房の炉は」

「あれは常に熱を持たせています。すぐにでも使えますよ」

「しばらく部屋に誰もいれんな?」

「えっ?……

「集中したい」

「……分かりました」

ヴァルトはノイを呼んで工房に入る。

「……え、何々!?」

「すまん、こっから爆速で武器作る。まぁなんだ、あの力も使うからよ、俺が倒れたら、とびら開けて運んでくれ」

「えっ、大丈夫なの?」

「とりあえずできるだけ使わないでやっから。まぁここに来てかたこっそり色々試したりもした。思ったより監視の目みたいなのもなかったからよ。金属を作らなきゃ大丈夫っぽい、作り出す素材によって疲労度が違う。クロッカスから出た当初のあれは、完全に杞憂だったってことだ」

「勝手に色々したの!?大丈夫だったの?」

「大丈夫だったから、いま立ってる。

ノイは、邪魔をしないように遠くでヴァルトを見る。

ヴァルトは、鞄から作業用の道具一式や各種材料、マルセルからもらった資料や、おそらくナーセナルにあった様々な文献、聖典でシレーヌが記載されている頁などを開いて机に置いた。部屋にある机に置かれた資料などもまとめ、立ったままにそれらを眺める。

(まず欲しい結果は、獣竜シレーヌを地面に落とす。シレーヌの外見的特徴はさておき、とりあえず外見がほぼ骨だって点が弱点だ。飛んでるときにでもいい、翼の関節部位を破壊すりゃどうにかなる。だが、一発デカイのを叩き込むだけで済むならシレーヌは、ベストロ・アベランなんて呼ばれはしない。戦闘記録は皆無、だからこそ……確実に目的を果たすための最大限の火力で、効率良く。マルセルの作った矢じりと、もらった資料で作れる最大級の装備……)

ヴァルトは、マルセルからもらった実験記録のような資料に目を通した。

(72……記載者……なんて、ん??色々と読めねぇところだらけだが、しかし欲しい情報は載ってるな。マルセルがまとめた文献もあるが、ちゃんと原文で読んだ方が良いもんな。おぉ……おぉ……つまり、火薬を成形してくぼみを作って発破した場合は、ただ火薬を詰めたときよりも目に見えて破壊力が上昇した。モン……効果??あぁ、命名したって感じか、読めねぇがまぁ名前なんざどうでも良いな)

ヴァルトは脳内に図に書いた。

■■■▲□□□□□●●●●●●●●


(■が火薬で、▲の位置にくぼみをつくって、さらに右前方に長く□の数で空洞を作ると●の部分が貫通する……こりゃずいぶんと理屈の分からねぇ効果だな。火力がまとまるって話か?例えばこの三角の部分に、内側に張るように鉄材でも敷いて、思いっきり弾いてもらうとかしたら、力を全部受け取ってぶっ飛ばせたりもすんのか……いやぁさすがにまぁ聞いてすぐにそう感じたただけだが、成形した火薬に沿うように……)

ヴァルトは脳内で断面図を書いた。火炉の温度を確認し、ちょうど良さげな大きさの型を選び、部屋にある鉄や鉛に銅を溶かし、即行で長方形の板を成形された。金床に、少しだけ熱の覚めた状態でしき、金槌で叩いて、それは断面が く  になるように曲げる。すり鉢のような形状の板を、端を火入れして金槌で叩いて接合しした。

(んで、こっからは、俺の力で色々と面倒なのを省略する必要があるな。俺の力は、おそらく事象を引き起こすことそのものかもしれない)

ヴァルトは戸棚から、おそらく実験途中になんとなくで精製されたであろう、すり鉢状の鉄材がスッポリ入る鉄材の筒を取り出した。

「おぉ、ちょうど良い」

ノイはそれに反応した。

「それっぽいの、他にないか探そうっか?」

「おぉ、頼む」

「うん!」

「まだ力、使わない?」

「使わずいけるかも、しれねぇが……どうだろうな」

「できるだけ使わないでね?」

「わぁってるよ」

ヴァルトは筒の中にすり鉢状の材料を突っ込み、突起した方向にまず火薬を詰め込んで、端材を張り合わせ、導火線を取り付けた。

「ほい、試作1番かんっせぃ」

ヴァルトは一旦部屋から出て、あたりに可燃物のない、広い敷地に向かった。導火線に火をつける。発破されたのは、ヴァルトはすり鉢状の弾丸か、火薬の力でその突起が逆向きに押し出され鋭くなり、槍のようにして吹き飛ぶと予想していた。だが実際は違った。

「どうなってんだこりゃ?槍っつうか、はぁ?くっそはやい水、っぽかったなおい。なんだこれ、意味わからん……」

ノイは後ろから、色々と筒を持ってきた。

「ごめん、全部大きさ違う」

「んじゃ、これ使い回すか」

「大丈夫なの?」

「まぁな、あとは……まて水、こりゃ溶けた金属がくっそはやくぶっ飛んでるってことだな。一瞬でぶっ飛ぶ液体の鉄。流体金属ってな具合か。じゃあ溶ける速度がはやい金属、例えば銅のほうがよく飛ぶのか……?」

「とりあえずいっぱい試そうよ、わかんないし」

「なに当たり前なこといってんだ、でも精度は高く……あと2、3手でけりをつける」

ヴァルトは材質を変更して銅板で弾丸を製作し、火薬を詰めて発射すると、水らしきものの射程が伸びる。ノイは疑問に思った。

「ねぇ、銀が効くんでしょ?銀でいいんじゃない?」

「あぁ~マジでどうすっかなぁ~」

ノイはそれを、笑顔に見えた。

「なんか、生き生きしてるヴァルト」

「そうか?」

「うん、楽しそう。ヴァルト、やっぱこういうことしてるときが一番良い顔してる」

ハッとしたノイは、顔を赤くして反省した。

(変なこと言っちゃったぁぁ!!!)

ヴァルトは頭をかいた。

「やっぱって、なんだそりゃ。俺なんか作ってるとき、そんな感じか?」

ノイは、あわてて首を横に振ってしまう。

「あぁ?どっちだよ、まぁいいや。あと、弩を基準に弾丸を設計してるとマルセルに伝えてくれ。アイツの初期案じゃ大砲でどうこうしようとしてたから、早急に換装を頼む。倒れる真似はしねぇから、覚えたか?」

胸を撫で下ろすようにして、ノイは退散するように走る。

(開発、間に合いそうかな?たぶん間に合うよね?出来上がったらカルメおばさんに言おっか……)

目の前に、シラクが現れた。

「あぁえっと、こんにち……わ?」

「こんにちは」

ノイは首を傾げる。

「えぇっと……あぁ、フェリクスさん呼びましょうか?あぁえっと、ヴァルトなら外で、えおえっと、なんかやってます!」

シラクは首を横の振り、ノイを見つめた。

「あっ、お仕事あるので、失礼します!」

ノイは走る。振り返るとシラクは背を向けていた。

(忙しいんじゃないのかな?)

シラクは振り向き、ノイと目を合わせた。

(生きてたんだね)


窓から馬車らしきのが見えると、マルセルがいたので、付近の勝手口から出て近寄る。

「ねぇ、えっと……あれ?」

「あぁ、ノイさんですか。なにか?」

「えっと、弾作ってるから、大砲を弩に変えて、だって」

「換装し終えたばかりなのに……」

「なんか凄いことしてたよ?」

「大砲下ろすの、手伝ってくれますか?あと弩の運搬も」

「……よしきた!」

「何を張りきっているのやら」

固定している装具をマルセルが外すと、ノイは大砲を片手で持ち上げながら砲弾を蹴って運び出す。一瞬にして片付けたあとに大型の弩を運び込む。

「はっやいですね……!」

「……よし、あっごめん、すぐ戻らないと!」

ノイが工房へ入ると、ヴァルトは十字に大きく重なる筒の矢があり、完成まであと少しといった具合になっていた。

「なぁにこれ、意味わかんない」

ノイは、頭の中が真っ白になっていった。

「溶解と衝撃で食い込ませていく。時限式で、内臓された機構で、流体になった銅が、十字の側面の突起双方か噴射して。両翼を支える骨組みを、内側から、外に向かってズドン。弩で一撃、刺さってからもう一撃で体の内に入る。体の中から破城釘を2本ぶちかますようなもんだ」

「最後のほう、ちょっと分かった!」

「それで良い、これをシレーヌにぶちかます」

ヴァルトは部屋の扉を、内側から鍵をかけ、机でも椅子でも立て掛ける。窓を締め切り幕を下ろす。

「んじゃ、こっからは力を使う。最後の部品がまだなんだ、起爆するための装置が不安定で、技術がおっついてない。まぁ中々に複雑でよ。本当は金属でやんのが一番だが……欲しいのは型だけだ。つまり、木材かなんかで作っても問題はねぇはず」

「大丈夫?」

「理論はある。木材に水と熱を与えて曲げて加工してくんだが細かくなんてできねぇし、鉄でやろうにも技じゃ限度がある」

ヴァルトは周囲から可燃性のものを片付けていく。

「いま昼過ぎくらいだろ?日付としちゃもうベストロが、来てないのが不思議ってなってる。こねぇうちにやりきる必要あんだろうが」

「……なんかビカぁぁってなってたよね、窓閉めるから、やっていいよ」

ヴァルトは脳内で、設計図をできるだけ鮮明に想起させた。マルセルが構成していた機構は、大方の欠点でとして製造の費用や複雑さ、大きさが目立っていたが、ヴァルトはそれらを小型化し、素材は金属でから木材での加工に設計し直した。

(……これ、木材だってバレたら絶対、どうやって作ったか問い詰められるよな。できるだけ塗装も施して……そうだ、ベストロ使うってのはどうだ?銀と反応したら溶けるっつうのは、うまく使えば……頭の中でこうあれって願え、そしたら勝手に出来上がる)

雷が周囲を舞い踊る。脳内にある多数の点をその雷で結びつけるような、そうしてヴァルトは閃光を放ち、凝縮していった。凝縮は徐々に色を帯びて成形され、黒い部品が出来上がった。次の閃光と同時に膝から崩れるヴァルトにノイが肩を貸す。

「ね、ねぇ、本当に大丈夫なの!?」

「あぁ、だがけっこう持ってかれるなこりゃ……実験用に一発、本番で一発、それぞれ部品が欲しいんだが……」

「な、なに作ってるか分かんないけど、あと一発は普通に作ればいいの?」

ヴァルトから雷は消える。

「弱ぇな、こりゃ」

「え、何?」

「いや普通に、見た目弱いし地味だなってよ」

「……そう、なのかな?えっと、とりあえず外出て、あぁあとこれ食べて」

ヴァルトの口にノイは干し肉を詰め込んだ。

「……俺らでもあんまり美味しくないの分かるってヤバいよなぁこれ」

「まぁでも、これがオルテンシアの普通らしいじゃん?なんか誰か言ってたような」

「俺、ネズミも虫も食ったことあるぞ」

「比べて、どう?」

「ほぼ同じ」

「うわぁ、私じゃあ虫食べてたのと一緒じゃん……」

「だな」

ヴァルトの目が、ノイから離されると、少し色を見ていないような、全てを景色とすら思わないような、ただ何も見ていなかった。

ノイが工房を出て、ヴァルトの寝室に運んでいると、カルメがいた。

「おばさん、ごめん。ヴァルトがちょっと……」

カルメがヴァルトを見て、何やら血相を変えた。

「おや、なんだい。こりゃまいったね……寝かせておいてくれ、えっと……」

カルメは早々と退散してしまう。

「ノイ……」

「何?」

「マルセルに指示を出せ、くっそ……先に普通に作っときゃよかったぜ。実験で一個目を完成させろ、説明は俺の部屋でするからこい。あとはお前で完成させてくれって、言っとけ。あと、カルメとか誰でも、とりあえず上に報告がいくように頼む。まぁマジで急ぎ過ぎた、判断間違えた、しくじった……すまん」

「いいって、何が来ても、とりあえずぶっ飛ばせばいいんでしょ……!?」

「はぁ?まぁ、そうだな……ちょっと任せた」

「うん……」

ヴァルトを寝室に持っていったノイは早々とカルメの後を追っていくと、シラクがいた。何かを話して、シラクがため息を吐いていた。

ノイが近寄る。

「……おば、さん?」

「あっ、ノイちゃん」

「フェリクスさんとかにも報告しとけってヴァルトが」

「あぁ、うん、そのことを今のに伝えたんだ。大丈夫、補給も少し増やすって」

「本当!?よかった」

「うん、しばらくは安静にしときなさい」

「でも、ベストロが来たら」

「大丈夫、任せて」

カルメの声色は、先ほど変わった血相を感じさせないでいて、ただ違和感を募らせる。

日が暮れる。登る。暮れた。登った。暮れた。登った。


カルメが、ヴァルトの寝室に来る。ヴァルトは立ち上がっており、フアンとテランス、ノイがいた。

「おばさん!なんかデボンダーデ、全然来ないぞ!」

「いいじゃない、来ないくらいでちょうど良いわよ。ヴァルトくん、回復した?」

「おぅ、すまん。徹夜ってきちい」

フアンは、ヴァルトを座らせた。

「しっかり休息して下さい」

「すまん……で、カルメは何しに来たんだ?」

カルメが部屋を出ようとする。

「元気かどうか、見に来ただけだよ。ベストロいないんじゃ、兵士は暇だしね?」

「まぁ、気を張ってても損だしな」

「分かってるじゃん」

カルメは部屋を出た。

「あのばばあ、最近消えるの早くねぇか?」

「ばばあってヴァルト……でも、やっぱり全然老けてないですよねぇ」

「私この前話したけど、でもなんか子供?みたいな感じだったよ?シナシナしてたし」

テランスがノイに勢いよく酔った。

「何を話したんだい!?」

「あっ!!お、女の子同士のだから、絶っ対に言わないから!」

フアンはガクッと体を震わせ、何か激震が走る。

(いまカルメンさんが恋の話を……いやまてでも……ひょっとして、ちょっとだけ、そうだ、マルセルくんの話題が上がった可能性もある。ノイが話題をかくした、でも決して表情は暗くなかった……つまり、そういうコト!?さっそくマルセルくんに知らせなくては!)

フアンが立ち上がり走り去っていく。廊下に出てみるとすでにカルメの姿はなかった。工房や、馬車の付近を探したりするも見つからない。敷地内を探し続けフアンは、ある木の側で一人、座ってたそがれるマルセルを見かけた。

「マルセルくん!ちょっと!」

「どうかなさいましたか?」

「えっと、その……ん?それは?」

マルセルの手には、手紙があった。

「父が残した、手紙です。というより、遺書ですかね」

「あっ……えっと」

「いえいえ、年齢はが分からない皆さんよりは断然」

フアンはマルセルの隣に腰かけた。

「……マルセルくんは、どうして行動隊に?」

「父が亡くなってから僕が生まれて、僕が生まれてから母は亡くなった。この世界では珍しくない育ちです。保安課入隊の年齢制限が下がり、やることもなく、せめて命は何かの役に立てたい。父は教えを信じて死にました、しかしこの優しい字で、お前は戦うなという言葉が、最後に書かれていました。逆に火を付けられましてね……なんというか、見たことのない父の背中が、たまらなく大きく見えて、私は、聖典が否定してきた科学に興味を持った。そこに何でもいいから、答えがあるかもしれないと思った。戦地に赴く人の字には、これは到底読めず、父はきっと、他になにか、教師だったり学者だったり、他になれる人だったと思うんです。だからせめて、少しでも適材適所で人は生きるべきで……と思いました

「じゃあ、自然がどうのってのは」

「……ごめんなさい。ただのい、言い訳です」

「いえ、規模感が大きくて理解に苦しんでいましたが、そうであるなら、僕や皆は、あなたの隣にいられますよ。共感しやすいです」

「そうですか……」

「……あと、カルメさんのことで良い知らせがあ」

けたたましく、ただけたたましく、荘厳の裏から忍び寄る忌みを執拗に耳に届ける。オルテンシア中央、巨大過ぎた鐘は、あるいは食い殺される獣の断末たるの魔の呼び声としても違和感なく、街を、兵士を、陸を震え上がらせた。早く、早く、響く、響く。

「これは……!!」

「……合図です」

マルセルは馬車の方向へ向かった。

「あの、マルセルくん!」

「カルメさん足すことの嬉しい知らせ……分かりました。ぼくにはこのデボンダーデを生きる理由があります、一刻もはやく、準備して下さい!」

「……はい!」

オルテンシア内に、喉元から絶望が吐き出されそうな空気が立ち上がる。その中で、兵士は青の布地で整われた、輝く鎧を装備して、一同はをオルテンシアに流れる血液が如く街道を一挙に駆け、そうして西側の保安課本部のより西部、いびつに埋め立てられた門の前に終結した。門より少し離して壇があり、フェリクスが壇上に登る。

フェリクスは装備するのは、一本の白銀の鞘の直剣、足腰の装具で節々に装備した拳1つで握れるほどに、切り詰められた先込め式の銃を装備していた。フェリクスは剣を抜く。天に掲げ、捧げるようにして、深く息を吸い、剣先に向けられていた目を、見渡すようにして下に、その先の兵士に向けた。

「この剣先に宿る、主を、天の使いを、我らが英霊を傾注!!」

兵士1人1人が、確かな眼差しで、それぞれ持つ武器を抜し、一斉に胸に掲げながら向きを揃え、向けた。数百の、きっと猛き軍勢は、その動きを1つの軍靴のようの揃える。

「諸君、我らはかつてあった絶望の中、主と天地、使いの輝きを貴び、そうして先人を仰ぎ見、せめてそうあらんとし一心にここまで来た。我らはサン・ゲオルギウスの握った、このまばゆい不屈の剣のように、この国を、民を、愛する人を守り、世に惨劇をもたらした忌まわしき怪物、ベストロを屠るためにここにいる!今一度仰ぎ見、貴ぶのだ!主の寵愛を、天地の恵みを、天の使いの慈愛を!先人の知恵を!愛する者の笑顔を!今より我らは一騎一騎が百戦を切り伏せる強者として、命のために命をかける!さぁ奮い立て、今こそ目を開き歩を進めよ!我ら純銀の行軍を、主は照覧せり!!」

兵士はたけびを出しながら、高らかにする。

「主は照覧せり!主は照覧せり!主は照覧せり!」

フェリクスは壇上から降りると、剣を受け取ったテランスがあがってきた。場にざわめきが立つ。

「テランス・ジョルジュ・グランデ!」

「おぉぉ!!!」

とんでもない笑顔を振り撒き、銀にも及ぶ輝きで場を魅了する。長い髪のなびくそれがそれを促した。テランスは剣を掲げ、深く息をすった。

「聖典第1条、詠唱ぉぉ!!」

テランスの、もはや船が岩肌にぶつかったような大きな声で、しかし兵士は貴んだ。己、かける命、生きたこれまで、出会った人々、愛する人々を。様々なものをどこかに置いてきて、貴んだ。

「降り立つ翼のとどまる所 義は獣を外に見る、理は獣を内に見る

すべての時にかなって獣は この世の態より見棄てられる

天にまします使いの如く 御光を投じ 律する者こそ聖である」

テランスは叫んだ。

「冬季第二次デボンダーデ、我らこれより、ベストロ撃退する!」

興奮の最高潮をまったくのよそに、ヴァルト達はただ後ろの方から眺めていた。ノイはこの間ずっと、カルメに耳を塞がれている。テランスの声がそれを貫通した。

「あっ、今のテランス?」

「あちゃ、聞こえちゃったか」

「ねぇ、なんで耳塞ぐの?普通に、邪魔なんだけど」

「ノイちゃん、こういうのに必要以上に感化されちゃいそうでね」

ヴァルトとフアンは首を縦に降った。

「え、そういうのってダメなの?」

マルセルがカルメや、フェリクスにテランスの武装を点検しながら、小声で話を始めた。

「……遠回しに兵士達に死ぬことを強制しているんです。震え上がらせ、感化させ、そうして、戦地へ赴くことへの抵抗感を、少なくとも現地へ行くまで」

「えっ……?」

ノイが唖然とした。

「えっ、だって、守るんでしょ?みんなで頑張って」

「失ったら終わりの命、その価値は確かに高い……でも戦場では常にそれらは物資と同様で、数字に出して運用するんです……兵士達に己の命の価値を、一瞬だけぼやけさせ、命以上の価値を、貴さを思わせて動かすんです。これはデボンダーデと呼ばれる、人とベストロの、戦争なんですから」

「なんでそんなことするの!?みんなだって必死に……」

ノイは、自分の言葉に疑問を持ってしまった。フアンが遭遇した差別、理不尽な暴力を目の当たりにした状態が、そして彼女にこの国の、全体像が何1つ掴めない狂気を嗅がせた。ノイは初めて、人命の価値が揺らいだのを言葉なく感じ、言語化できずに言葉を詰まらせた。

マルセルは、拳を握り締める。

「皆さんが、必死に生きているのは確かです。こればっかりは……上からの、指示なんです」

ヴァルトがマルセルをみやる。が、フェリクスとテランスが来た。フェリクスは咽の調子が著しく低下しているようだ。

「あぁ、んん。では諸君、行動隊はできるだけ消耗を抑えるために後方へ下がりはするが、士気を向上させるためにも、一定量は戦闘を行う。カルメと私から遠距離で削り、テランスとヴァルトなどで仕留める」

ヴァルトが服の中に手を入れながら答える。

「それも、死なせるための?」

「理解……いや、誰かに言われたのだな」

「お前、未亡人だかなんだかっつって、我々兵士に責任があるとか言ってなかったっけか?」

「……そうだ、故に一刻も早くシレーヌを仕留める必要がある」

フアンが下を向いた。

「何か、理由があるのでしょうか?」

「フアンくん、君なら理解あると思うと思ったのだが……いや、簡潔に言っていこう。私もこれに賛同などしていない。私は父と同様、こういった命を投げ捨てさせる行為全般を止めるために指揮官の位にまで登り詰めたのだ。私の理想は、近接火力を全て捨て、研究開発をすべて銃や大砲に当てることだ、だがオルテンシア……いや、枢軸議会はなぜか近接戦闘を放棄させないどころか、近接戦闘を強制している。科学技術を見せつけるのに、銃弾や、大砲は主には見えずらいなどという、まったく理屈のない、自身の頭の上に疑問符が見えるような返答を貰ったこともある。だが上へは逆らえない、逆らえば降格、あるいは追放もありえるからな」

ヴァルトは、口を開いた。

「……あぁ、なるほど。話が通じねぇから、話をするまでもなくする。その最短距離を、お前は走りたいって訳か」

「そういうことだ、その好機として私は今回のデボンダーデを選んだ」

「国力の安定した時期にとかいってたな……ひょっとしてお前が指揮官になってから」

「あぁ、私が就任してから初めてだ。食料供給率や兵士の練度は、史上最高との評価がある」

「だが治安はそこまでじゃないか?」

「それは……」

フェリクスは少し、発言を飲んだ。

「……じきに、治まるだろう。とにかく私の取れる選択は、のちに国に捨てられる兵士を少なくすることである。では諸君、防壁の上へ行くぞ。我々の背負うオルテンシアと、立ち向かう相手と今一度ご対面しよう」

フアンは顎に手を当てる。

(あのとき老婆の側にいたのは、フェリクスさんだと思っていましたが……彼はこの国の人間を生かしたいと考えている?であれば、あの場にいたのは……あるいはこれは嘘?)

フェリクスと共に、防壁に敷設された、正方形に螺旋の階段を全員で登っていく。高さは十分すぎるほど。

「これ、消耗だろ」

カルメが振り返って話す。

「防壁の内部で警備とか補給やってる部隊以外は、負傷してない限り壁上か外だよ。防壁を越えて戦うの。市街と防壁への損害を減らす目的でね」

「あぶねぇな、外に出るのかよ」

「今日のうちらが、それいっちゃいけないでしょ」

フェリクスは先頭で、両手を後ろで組ながら、登っていく。

「戦闘を1度する必要もあるが、壁上で待機していれば、彼らの命を感じられ、そうしてその歩みをにも、真に重みがでよう。デボンダーデを目にするのは、イェレミアスから来ている以上は初めてだろうしな」

「それもそうだな」

軽々と返し、そうして防壁の上にたどり着いた。縦に2列、横に密に並ぶ、射撃角の調整が容易そうな架に乗せられた、人の頭ほど大きな口径の大砲。それらに今か今かと装填を待つ各種形状の砲弾がある。また、無数に先込め式の銃を、正方形の箱につめて装填してある兵器、大きな弩、軽量の弩が重なる兵器、試行錯誤で突っ走ったような兵器が、めじろおしに待機する。兵士待機はすでに、それらを構えていた。彼らの後ろでは、銃を肩にすでに押し当てて待機している。

「黒い、地平線」

フェリクスの呟きで壁の外を見ると、ナーセナルでみたあの時の量が遊びだったかのような、ひどく赤黒い絨毯が迫っていた。木々など見当たらない、目線のさきすべてが獣道のように荒れ果てており、壁の表面、上で足を踏む場所、兵器に至るまで、乾いた血液がこびりつく。

「血は、もはや我々のものか、ベストロのか」

壁の付近では、灰がひたすらに溜まっている。

カルメは、目を開けていた。フェリクスに声をかける。

「フェリクス、これ……報告のときと違って、兵器の数が多くないかい?」

「私が勝手に増産させてもらった。まぁ不都合なのはベストロくらいだろう、問題あるか?」

「ははっ、いや責任問題あるなって、けどすごいね……シラク様もこれ、知らないだろう?」

「現場にあれが来ることはあっても、それは今、デボンダーデが起きてからだ。私は様々なものを駆使しているだけだ、あまりものをかき集めたにすぎん。倉庫に保管されている旧式や試作機、あるだけ全て、効率の限りをあげて運用する。練度は足りないだろうが、これは接近戦を減らす良い手段だ。今回で我々がシレーヌを撃ち取り、春期の第一デボンダーデまでに穴を破壊し埋め立てることができれば良い。ここに私の生涯、そして勝手だが私財もつぎ込ませてもらった」

「帰ってきてシラク様が疲れてた理由それだね?ユリウスさんに愚痴いってたよ、なんだか武装の数字が合わないって、本部に怒らまくるって」

「保安課を立てた人間として丁重に扱いたいが、いかんせん書類を書くだけであれは生涯を終えそうなのでな。少しでも寿命を感じているだろうか……」

ヴァルトが指摘する。

「意地悪じゃねぇか」

「あれは自身のとはいえ、功に甘えすぎた。これは罰である」

「本気、なんだな」

「あぁ、本気といえよう、いや、言おう」

徐々に接近する絨毯に、しかし兵士は怯えているもにはあれど、みな目に火が灯るようであった。いまだ遠くある絨毯に対して、やけに早く号令のための調子であろう笛がフェリクスに鳴らされる。各員は、次の指示で大砲や弩を放てるよう射角を水平より上にし、火口などを持ち、引き金に指をかけた。マルセルが止める。

「フェリクス様、有効射程にはまだ入ってはいません」

「最大射程には入っている、私はシレーヌ討伐で殉教する場合に備え、接近戦を減らす有効性を、射撃というものの圧倒的強さを、結果で示さねばならぬ。案ずるな、弾は正規の、倍は用意した。補給してもしても倉庫から弾が尽きることはない」

「倍っ、どうやって……!?」

「バックハウス家だ」

ヴァルトは、点と点を線で繋げた。

(いつもは使者が来ているとかシラクが言ってたな……なるほど、裏で大口の取引があるから来たってことか。つか、俺らの前でも演技してたってことだよな?どんだけ周到なことを、てかどんだけ金積んだんだフェリクスは……私財なげうって軍備拡張は限度あるだろ)

フェリクスは腕をあげて、一気に落としながら笛を強く鳴らす。大砲のみ、フェリクスの立つ位置から、音が伝わり次第で発射されていく。戦端を切り、失ったら者達への弔いすら乗せて白煙は鉄塊を打ち出す。悲鳴ともいえるような高らかな音をベストロ達に届けながら、その痛みと怒りの雨は赤黒い絨毯を、できるだけ赤にしていった。直撃したのちに爆発を引き起こし、角も爪も、骨片や歯も飛び散り、二次被害を出しながら、忌まわしき者らは数を減らしていく。フェリクスがそれを、見ていた。

「数は、今回もきっと、毎度そうだが増えているのだろうな」

フアンが知識を合わせるようにして、呟く。

「……強さも増している、でしょうね」

フェリクスは横目に見た。カルメがそれを見つめる。

「今回くらい、増えてないといいですね」

ノイが首を傾げそうになるのをヴァルトが耳を引っ張り耳打ちする。

「デボンダーデは、毎回数を増やしてくる。名無し、名付き、絵付きが順に出てくる。覚えてっか?」

ノイは、首を縦にふった。

砲弾は降り注ぐも、接近は確かに進行してくる。フェリクスの周囲に人が集まる、それは会議でみた偉そうな面々で、ヴァルトを叱った男もいた。

「各指揮官は、持ち場にて自由に弩や銃、弓などでベストロを攻撃。接近戦はくれぐれも、最終手段であることを念頭に」

「おぉい待て、そりゃいつもと動きが違うじゃねぇか」

「実に単純だが、ベストロと、戦いたい者は?」

「誰だってそうだろうが、目の前で兄弟が食われたやつも、防壁内に侵入されて家族が死んだやつもいるんだぞ」

「その根元が接近戦にあるのは理解できるか?デボンダーデはいわば、国を上げた籠城戦である。腕を組んで待てば良いものを、わざわざこちらから出て打っていくのは駄作であろう。我々は戦争の果てに生きている、西陸での国家はアドリエンヌとイェレミアスだけであり想起し難いだろうが……君は熱意はあり現場を高揚させ、恐怖を打ち砕く才がある。私の指示のもとに動けば、あるいは無血でやつらを屠れる」

「この手でやることに意味があるんだろうが!」

「そうして接近を許し、戦略的な穴を開けられ、壁を登坂するベストロなどの侵入を許し、最悪なことにその兄弟や家族やらを失うことに意味はない。そこに意味があるという君は、殺戮で愉悦に浸れる病人だろうか?少しで良い、考えるのだ」

「……すまん」

ヴァルトは首を傾げた。

(そんなことに気付いてすらなかったのか、このおっちゃん……つか反省できんだなこの感じで)

指揮官らが解散すると、フェリクスは溜め息を出す。と同時に、戦線から弩や弓や、銃での攻撃も開始される。山なりの怒り、恨み、愛国、信仰は、ただひたすらに地面ごとベストロ達を、ことごとく解体していく。また指揮官達が走ってくる。

「デボンダーデ局面変化、名付きが現れ始めました」

「大砲の火線はそのまま、面制圧を意識、名無しごと砲弾を浴びせろ。銃や弩、弓などで徹底して名付きを撃て!」

「はっ!」

それは名無し、名付きであっても例外はなく。一方的に蹂躙されていくベストロ、火のついた彼らの目には、喜びがあった。

「このまま、絵付きにまで耐えられるんじゃないか!?」

「名前付きが来た段階で、だいたいは穴があいて侵入が出始めるってのに!」

「こりゃいいな!」

一切の隙もなく、射撃でのみで駆逐されていく。ノイがナーセナルでの戦闘の苛烈さを思い出していた。

「……なんだったんだろ、あれ」

ヴァルトは撃ち落とされていく、翼のあるベストロなどを見ている。

「緊張感ひとっつもねぇな、誰も死なねぇのが見て取れる。見ろ、飛べるやつなんて真っ先に撃ち落としてやがる……」

「これ全部当てたら、シレーヌなんて瞬殺でしょうね……」

「シレーヌもめんどうなこった。ここに来てくれりゃいいのによ。続々と餌が出来てるしな」

「あの死骸食べたら銀だらけでお腹の中から溶けて死にそうですよね」

フアンが階段でから音を聞き取り、下を見てみると、荘厳な馬車が止まっていた。フェリクスにそれを伝える。特徴を聞かれたので答える、フェリクスは驚きはしたが、同時に舌打ちと溜め息などをした。登ってきた男は老人であり、ひどく達観したような面持ちで、しかし服装はきらびやかであり、周囲の側近らしき人物は銃を持っている。

「……フェリクス最高指揮官、これはどういうことかね?」

「どういう、というと?」

「我々は常に、主や天の使い、天地に対する敬意を持って、かの者らに打ち克てと命じており、そして具体例として、接近戦での完全な絶命を提示した。それは、ベストロ達に、我々のまばゆい剣で、のちに続くベストロ達への軽蔑と牽制にもなる。絵付きの中には、我々の武器を認識するものもおり、よってそれは効果的であると、イノヴァドールより提示もあるは。それを無視するどころか、許可のない設備増強に、付随した資源の私的利用……到底感化できぬが?」

フェリクスは、深呼吸をした。

「……そうでしたか、しかし具体例は具体例に過ぎませんし、毎度毎度言い訳が変わられていてはこちらとしても困り果てる始末であります。戦場は常に変化し、犠牲者は増える一方……確かに、あの者達を神に似た人、人の子である我々が手ずから屠ることは、これ以上のあれらへの牽制にはならないでしょうし、主の照覧も叶いましょう」

「分かっておるではないか、では早急に火器の撤収を……」

「いえ」

フェリクスは堂々たる面構えでそれに、大股で1歩近寄る。

「しかし思うのであります。我らは主に似て作られた存在、であれば……我々や我々の家族が食われ、苦しむ様は、主の照覧に値するのかと」

「なに??」

「自らと似た者が血反吐を吐き、嗚咽の中で、おぉ主よ我を救いたまえと懇願し、あれらの胃の中に、噛み潰されて消えていくのを、主はかならず涙するでしょう。そうでなければおかしいではありませんか」

「主を疑うというのか……!?御託を並べおって!」

「私は、主の善性を、ただ当たり前に、しかし人一倍に信仰しているだけあります。優しさこと、慈愛こそ貴ぶもの、それは威厳でもありましょう」

「ええい、とにかく大砲でもなんでも片付けぬか!そもそも科学というもの自体が!!」

ヴァルトはただ考えていた。

(コイツら、信仰を説くクセに科学を否定しながら推進してんだったか?言ってることめちゃくちゃだな……)

登ってきてなにやら文句を言い続ける老人に、飛翔するカラスのベストロが何羽も襲いかかる。

「んあ?うわぁぁあー!」

とっさに近衛兵の1人を盾にした老人。男は、老人のしがみつきでその銃を構えることができない。思わずテランス達が飛び出ようとするとき、前にフェリクスは立ち、全身の各所に装備した先込め式の短銃を、手玉に取るようにして抜き、手元に落ちてくるのを受け止めながら撃ったそばから、また手玉にするようにして投げる。

体を回転させながら合計で8の弾丸を瞬く間に射撃し、すべて装具に納めると、老人を眼前にし、動きでズレたメガネを手で位置を戻してみせる。

「技巧とは、力を恐れ、力を妬み、されど高みへ挑んだ者の手に握られる、最後の弾丸である」

フェリクスは老人を見る。

「せめてお連れの方だけでも、どうか下へ。ベストロの脅威の差に、地位など関係なくいのです」

「く、くっそ!!」

男は青ざめを見せないでいるつもりで、震えた唇で階段を下りていった。フェリクスが銃の再装填をする。テランスがフェリクスの肩を掴み、揺らしまくった。

「兄さん、かっこよ過ぎるぞ!」

「上層は、ベストロの脅威を知らんから、接近戦などというのにこだわるのだろう、いやそう断定もできんか……」

ヴァルトが質問する。

「今のは?」

「あれは上層の人物だ。内部での立場が弱いほど、あぁして現地に来ては、主の意向と称して兵士に死を強制させる働きをしている」

「おい、お前も聖典教の上層ではあるだろうが……さっき言ってたぞ、最高指揮官だって、それシラクとかじゃねぇのか」

轟音が鳴る。

「……まぁ、そのあたりはおいおい伝えるとしよう。やっている間に絵付きも討伐しているようだ」

フェリクスの視線は、低い位置で、そして壁の近くで、ベヒモスが倒れている。穴が顔に開いており、その穴は蒸発していようにみえる。

「おい、ベヒモス1発か!?」

「銀の矢じりや銃弾で一ヶ所を集中攻撃し溶解させる、そこに脆弱性を出し、大砲で破壊する。ベヒモスはともかく、ケリュネイアも爆発での面制圧からは逃げられん。現在確認できている絵付きベストロは、すべてこの面制圧と、銀での脆弱性付与と集中攻撃で討伐は十二分に可能だ。もっとも……これ以上の火力は出せないでいるがな。武装を覚えるとはいえ、結局のところ物量以外で対抗策はあれらにはない。そして我々は、ここで決めるのだ」

フェリクスは、防壁の上を南下するように歩いていく。

「何をしている、南門へいくぞ。出る準備はできているハズだ。今回で我々の、最初で最後の、一方的な無血での勝利にするぞ」

唖然の中で全員が歩いていき、しかしノイが心配になって後ろを振り向いてしまう。砲撃の音は次第に止んで、歓声がわく。

「勝った……?」

「はっえぇ、もう終わったのかよ!」

「ろくに遮蔽に隠れず、向こうから迫ってくる相手には、相手が攻撃できない位置から一方的に叩きのめすのだ。我々には猶予があり、技術があり、知恵がある。相手の土俵に立つ必要などない。主に似て作られた我々が食われていては、おちおち主の夢見も悪かろう」

真上に向いた大砲が一発の花火を上げた。

「勝利の合図だ。急げ。下にいる我々行動隊の補給班は、あれで出発するように指示してある。外に出る熱意ある志願兵達の意思を焦らすな」

ヴァルト達の乗車した鋼鉄と輝く貴金属の馬車は、二頭の馬に引かれる。開門する南門では、民衆が固まっていた。テランスが子供に囲われる。

「頑張って!」

「兄ちゃん、帰ってきたら一緒に遊ぼ!」

「おう!」

「お人形さん返して!」

「しまった!!」

フアンがテランスの肩を掴む。テランスが子供に頭を下げている。

「ごめん、帰ったら返すから!」

「ぜぇぇぇったい帰ってきて!おとなでしょ!?サイッテェー!」

「そんなに言わなくても……!」

フェリクスが溜め息を出した。

「幸先が不安だな」

マルセルが馬にまたがる、隣の馬にはテランスが。

「まぁ、僕らに必要なのは幸運よりも技や力、知恵ですので、幸先などという不確定要素には、配慮の必要はありません」

「……ん、なんだ!?もっと簡単にいってくれ!」

「ほんとうにあなたというのはもう……」

カルメが笑う。そして鐘の方向を見つめた。マルセルが声をかけた。

「カルメさん、中央なんて見て、どうしましたか?」

「……いや、しばらく見納めかとね」

「帰りますよ、いまシレーヌは単独といってもです。ベストロは強大さに量が合わさって脅威です」

「言うねぇ……」

「……出します」

鞭は打たれた。走る馬は開けられた南門を歓声の中で進む。振り向くフアンは、裏路地から1人見ていたのを捉える。

フアンは馬が揺れて視線を外すと、そこに誰もいなかった。速度は徐々に上がっていき、それは見えなくなっていく。南門をくぐり抜け、そうして歓声が遠退くなか、右へ旋回、西へ向かっていく。壁上から、兵士達が応援するように、銃を撃った。フェリクスは怒り、聞こえるはずもないのに声を荒くする。

「資源を無駄にしないでいただきたい」

怒るために身を乗りだし、拳を掲げるのが、遠目から手を掲げるのに見えた兵士達は、いっそう喜んだ。

「な、なぜ盛り上がる……!?」

カルメは笑ってしまった。

「そりゃ、手を振っているようでも、見えたんじゃない?」

「目が悪いということか……?」

フェリクスの言動に、マルセルが笑う。

「少し、フェリクスさんやノイさんと、言い方が似ています」

「そうか、それは実に遺憾だな」

「なっ!!」

追随してくる補給部隊の1人が駆け寄ってきて、フェリクスと会話をはじめる。

「では予定通り、ひとまずエトワール城の城下にある村落跡へ向かいます。道中ベストロがいれば我々で対処、村落にいる場合も同様。皆さんはできる限り、戦闘は行わず……」

色々と話がされる中で、ヴァルトは考えた。

ヴァルトは、フェリクスの発言が気になった。

(フェリクス、なんか聖典教……信じてなくねぇか?んでだぁれもそれ咎めねぇんだよなぁ。なんつうか、これが実態なのか?この国は、辻褄が合わねえ……)

2025年6月3日時点で、997,634字、完結まで書きあげてあります。添削・推考含めてまだまだ完成には程遠いですが、出来上がり次第順次投稿していきます。何卒お付き合い下さい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ