六話 聖会の大罪人
第6話 聖会の大罪人
ヴァルト達行動隊、各保安課指揮官らは急遽、報告会を行った。フェリクスが取り仕切る中で、事件の内容や被害規模の報告、モルモーンについての議論や検討がなされた。
「今回起きた、オルテンシア内でのベストロ出現について。イノヴァドールからの報告によれば、身体機能などは聖典と比べても似つかわしくない、だが現場での報告や、死体を捕食しての即時身体の再生が上がったことで、未発見だったベストロの一種、モルモーンと推定された」
指揮官らの中で、手を上げた人物がいる。
「それについて、もっとヤバいのを俺は現場で見たぞ。黒い頭巾の、そこの坊主みてぇな格好をした奴が現場を練り歩くようにして、何かを人の口に突っ込んでるのを見た。それだけじゃねぇ、突っ込まれたやつがそのモルモーンに化けやがったんだ」
フェリクスは回答し始める。
「目下調査中である所だが、おそらくあれは、何らかの覚醒の措置が取られたと推測されている。モルモーンは人に化けるベストロ、国民の中に、モルモーンが潜んでいる可能性を、いままで我々は見ずにいたが、それが露見したという見解も上がっている」
「それじゃあなんだ、もう外出の禁止令とか出して、モルモーンが餓えて人を食うところを発見、始末しまくるしかなくねぇか?でもそれじゃ国民に被害が出すぎる」
「バズレール家の全焼事件の犯人であるとして、現場でサン・アンブロワーズ様に自ら申したとの報告も上がっていた。今回の事件の首謀者である人物の捜索を、冬季第二次デボンダーデ終結後に行うというのが、上層、枢軸議会からの通達だ」
「あのクソはどこのどいつさ、まぁ予想はしてるがな」
「犯人とおぼしき人物として議会は、元聖会第一議席、旧亜・獣解放戦線、現魔天教の最高指導者、ゼナイド・バルテレミーを上げた」
会議のための部屋は、静まり返った。
ノイはヴァルトをつついた、小声で話す。
「ゼナイドって、女の人?名前の感じそうじゃない?」
「いや、男だって聞いたぞ。お前ら話したんだろ?」
「声の感じはおじいちゃんっぽかったよ……」
フェリクスがヴァルト達を見る。
「何か?」
「いや、事の規模がデカ過ぎるから、デボンダーデの終結まで待ってても良いのかってよ」
「戦力を欠くわけにはいかないのだ、街を守りながら、モルモーンの出現を発見次第討伐する」
「当面は、対象療法って訳か?」
指揮官の一人が机に拳を叩きつけながら怒鳴る。
「新人がなに勝手に喋ってやがる!」
「はぁ?」
「なんだぁその言い草は!」
フェリクスが深く息を吸った。
「今はせまるデボンダーデに関する、モルモーンも踏まえた策を共有するのに注力していただきたい、双方態度を改めよ」
「……ちっ、ったく若造風情が」
会議は解散し、ヴァルトがフェリクスとマルセルに睨まれた。
「行動隊の威厳を損ねる真似はしないでいただきたい。確かに彼の言動には問題があったが、あれはあれで軍を、式を賜った者なのだ」
「いやぁすまん」
「ヴァルトさんは口が悪いというより、態度に問題がある感じでしょうかね?」
「……かもな」
「……良かった」
「はっ?」
「ヴァルトさんは、戦闘、判断、洞察、設計、いまオルテンシアで必要な才能のほぼ全てを兼ね備えているんです。しょうじき、1つくらい欠点があってもと思いまして。まぁ極端に悪ければ、聖会と同様の結末になりそうですが」
カルメがノイの肩を叩く。
「おばさんが教えてあげようねノイちゃん、どうせ聖会のこと知らないんだろう?聖会ってのは、一昔前まであった制度の1つでね?例えばテランスの持つジョルジュの称号だったりの、国が保障した秀でた人材を一ヶ所に集めて、枢軸議会とは別個で独立して、税金使ってなんでもできる会があったんだ。まぁヤバいことがあって、今は廃止だけどね」
「なに、そのヤバいことって」
「……さっき話に出たゼナイドって男と、あと二人……当時のジョルジュと一人の同僚が結託、そのときの他の聖会の奴ら全員をイノヴァドールの前身だった研究所ごとまるごと消し飛ばしたんだよ。生存者無し、原型もなし」
フアンにフェリクスに話しかける。
「1つ質問」
「よろしい」
「いえ、これはただそう見えただけなのですが……現場でゼナイドが、サン・アンブロワーズ様に何かを話しているように見えたんです」
「そうだ、彼は枢軸議会の近衛兵に銃撃されていたのも関わらず、身一つで全てを回避しながら、サン・アンブロワーズ様に、バズレール家の事件の犯人であると言った。あまつさえ爆弾を投げてな」
「それだけですか?」
「何の話だ、何か聞いているのか?」
「……いえ、ありがとうございます」
ヴァルトはフアンとノイを集め、サン・プルースト大聖堂の帰りに、路地へ入った。
「……なぁ、さっきフェリクスと何話してたんだ?」
「はい、それについてなんですが……」
フアンは、アンブロワーズとゼナイドの会話が聞き取れたことを告げ、聞こえた話の全て、そして老婆を盾に使っていたことを話した。
「けっこう混乱あっただろ、よく聞こえたな」
「フェリクスさんとの報告とは齟齬があります」
「つまり、知られちゃ困る部分がそこだ。推し量るに、マジにバズレール家の全焼事件には、魔天教だけじゃなくて、背後に聖典教があるって話だ。しかし奇妙なのはその確かな筋からの情報ってのだな」
「……ヴァルト、これは推測ですが」
「言ってみろ」
「……我々が掴んでいない、まったく情報のない存在がありますよね」
「天使……」
「こうしてあれら以外の情報が出てくる中で、いまだ1つも情報がない。これは、彼らが裏で暗躍している何よりの証拠だったりしませんか?」
「そりゃつまり、聖典教も魔天教も、クロッカスでの事件も全部が天使に繋がるって話になるぞ、そりゃ無いわけじゃないだけ、可能性が砂粒以下だ」
「今回の一件で、モルモーンと魔天教は繋がりました」
「確定したのはそれだけだな、例の謎々とは繋がらねぇけどよ」
「人形を掘りたまえ……ですか」
おそらく巡回の兵士達が、歩いてくる。
「よぉあんたら、行動隊んところの」
「うっす」
「もう昼だぜ、飯食ったか?」
「いや?」
「さっさと食っとけ、広場での一件もあって、厳戒態勢の時期を少し早めるとか噂もある。飯屋もしまっちまうぞ。じゃあな~」
兵士達は、曲がって路地へ消えていった。
「……ご飯、食べよっか」
「そういえば、今日は配給で携帯してますよね」
「うっすいお肉一枚だけね」
ヴァルトが漁る。
「なんか、これ厳戒態勢中の非常食らしいぞ?明日もう一回支給するから、一回食べて味に慣れとけってマルセルが言ってた。あぁ、あったこれこれ」
「不味い……ってコトね」
「まぁ食えるだけいいだろ」
ノイは包み紙から薄い干肉を取り出して食べようとする。ノイです噛みきれないでいて、力いっぱいのあまりに、欠片が遠くへ飛んでいった。
「おまえ、勿体ねぇことしやがって……」
「かった、なんいこえ。うそ、飛んでった?」
「あっち……」
欠片が落ちる音で陰から飛び出る人影。獣らしき耳があり、それは犬を彷彿とさせ、亜人であることが分かる。幼い。
「あっ……!?」
女の子は目線をノイと合わせるが、武装や服装で絶句し震え、走り去っていく。その方向は……さきほど兵士達が向かった曲がり角で消えた。
「ダメっ、待って!」
ノイは全力で走り、あたりにあるゴミをためた麻袋のようなものに、女の子と一緒に突っ込んだ。臭いが立ち、声を聞いた兵士達が戻ってきた。
「おい、なんだ!?」
フアンがノイを隠すように立った。
「配給された干し肉を落としてしまったようで」
「なんだぁ嬢ちゃん、あんな不味いの好きならくれてやるよ」
兵士は包み紙を投げて手を振る。
「このあたり、治安が悪くなってるらしいから、ベストリアンに気を付けろよ。あったらキッチリしとめとけな~」
「はーい」
女の子は過呼吸で、涙を流しながら、しかし声を出さないで震えていた。ノイは優しく、撫でる。小声で話しかけた。
「大丈夫、怖くない。私達、味方だよ」
女の子は腹を鳴らした。ノイは受け取った干し肉をフアンから渡される。
「これ……食べる?」
女の子はさきほど拾った干し肉の欠片を取り出して、ノイから干し肉を受け取った。しかし、けっして食べようとはしなかった。
「食べないの?お腹、空いてるでしょ?」
女の子は、干し肉を見る。なにやら嗚咽をしはじめるも、それを食した。血相が変わる、喉を絞るようにして、しかし飲み込んだ。涙が止まらなくなった女の子を、ノイが撫でる。
「どうしたの…!?ねぇ、何か、あれ?ねぇ、ヴァルト、フアン、私何かやっちゃったかな……!?」
ヴァルトはただ女の子を見るだけであったが、フアンはしゃがんで話しかける。
「……君、どこから来たの?」
女の子は自分の口を塞ぐ。
「言うわけないじゃない!」
「……あぁ、それもそうですね」
女の子は、口を開いた。
「ねぇ、白套ってなぁに?」
「白い、羽織り物ですね。意味が広いのでなんとも言えませんが……」
「少年って、なぁに?」
「成年未満の男児を意味……まって、その言葉どこかで」
「これで何かに気付いた人に、ばあちゃんに、言われた。生きて合えたら伝えてって……」
「君は……いったい……!?」
「私の名前は、テオフィル・ブランシャール。聖会第三の生存者。人形を、堀りたまえ」
幼女は走る。複雑な路地でノイを振り切って、どこかへ消えていった。
2025年6月3日時点で、997,634字、完結まで書きあげてあります。添削・推考含めてまだまだ完成には程遠いですが、出来上がり次第順次投稿していきます。何卒お付き合い下さい。




