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二話 無作為性の原則

二話 無作為性の原則


馬車から降りて徒歩で少し、ヴァルトらは“屋敷“の門に入った。他の家に似つかわしくない外観の良い建物、庭、併に至るまでレンガと金属、きちんと加工された木材で作られたもの。


「本当、ここだけ世界観が貴族だよな」

「元々はここより西方からの進攻対策、辺境伯の住む場所じゃからの。包括的な“外交“の最前線じゃ」

「城とか塔はなかったのか?」

「あったぞ、解体して防壁に使ったがの、主に土台にな。城を作ってた石材を地面に埋めたりなんかして、強引に整地したんじゃ」

「防壁自体に石材を……いや、ここを囲うには足りねぇか」

「そういうことじゃ。ある物は全て、生存のためにな。色々かき集めて、接いで接いでを繰り返して、お陰でベストロに突撃されても、耐えよる」

「屋敷も丈夫なのか?」

「いや、見た目は良いが内部は劣化が酷い。雨漏りしとらんのが奇跡じゃ」

「直しとくか?」

「まだしばらくは大丈夫じゃろ。あぁヴァルト、一休みしてから、色々働いてもらうぞ。まず畑の柵を直しとけ、ほら東館、子供んらがおる方の」


ノイと矢筒の少女は、少しヴァルトらから離れて会話をしている。


「ノイ姉、またヴァルトのこと殴ったね」

「あれは、だってヴァルトが」

「それで良い訳ないでしょ?」

ノイは下を向いていた。

「私、どうすれば良いと思う?」

「年下に聞いてどうするの……私、大人じゃないし」

「いいじゃん、ピーターと上手くいってるんでしょ!?」

「それは、偶然」

「それで私によく説教できたわね?」

「ノイ姉は頭が悪いから、とりあえず言えば聞くと思って」

「はぁ……」

「戦うのやめるとかは無しでね?」

「それは、分かってる……」


ノイは前を向く。


「私にできるの、それだけだし……ハンナ、はさ……」

「私も、戦うのを選んでる。できるから、でも大丈夫だった。だから、ノイ姉も大丈夫」

「う、うん。そうだよね、うん、頑張ろ」


屋敷に入ってすぐ、ヴァルトらは子供達に囲われた。ヴァルトとフアンに飛び付く子供達。その奥で疲れた顔をした少年に、弓を下ろしてハンナが駆けていった。ノイはハルトヴィンと歩いていく、少しだけ、無邪気な子供らを羨ましそうに見ながら。


「にいにおかえり」


やけに目を輝かせた赤毛の少女が近寄る。犬か狼か、そういった類いの尻尾と耳を持つ、人に近い見た目だ。


「よぉミア、元気してたか?」

「うん、してた。昼前に産まれたらしい、だからもう年取った」


何かを躊躇うように、ヴァルトは鞄から、あのおもちゃではないものを渡した。柄の先に球が付いているものだ。


「これなぁに?」


ミアはとりあえずで振ってみると音が出た。ミアの尻尾が横に振れた。


「音でた」

「楽器だ。今回のはイェレミアスでの仕事だったんだが、その時依頼人から貰ったんだよ。ほら、あの街はオルテンシアより東側、今となって西陸における文化の最先……」


ミアは楽器を振り尻尾も振り、音に浸っていた。


「こりゃ話聞いてねぇな」

「にいにの、なら~、基本嬉、しい~」

「基本?」


楽器を振るのを、ミアは止める。


「だいぶ前の、人形はいまいちだった」

「なんだったっけか……あぁ、あれか。すまんなぁ、裁縫はあの時はまだ苦手で」


フアンがミアの頬をつねる。


「こら、贈り物に文句を言っちゃダメですよ」

「おえんああい」

「はい、それから?」

「おあえい」

「よし」


フアンがつねるのを止めると、ミアは後ろに走って下がり、ハンナの傍にいる一人の少年の陰に隠れる。少年はため息を付いた。


「もぉ……また何かしたしでかしたのかミア?皆さんを困らせてはいけないよ、お兄さんお姉さんは、僕らの為に一生懸命頑張ってるんだから」

「にいにが、ちゃんと良し悪し分かれって言った」

「え?」

「だから言った」


少年がヴァルトを見る。ヴァルトは笑いながら答える。


「あぁ、そんなこと言ったっけな。だが、ハッキリ言えとは言ってねぇよ」

「ヴァルトさん、申し訳ありません……全く誰に似たんだか……」


ハルトヴィンらが向かっていった方向から、茶髪の少年が向かってくる。


「そりゃ勿論、オレだな!」


ミアが茶髪の少年に向かって走り出す。


「にぃ~~!」


ミアはにぃに抱き着いた。


「はっはっはぁ!よしよ~し、ヴァルト兄さん、調理場に来いって婆さんが言ってたよ」

「エミル、了解だ。お前妹の面倒ちゃんと見てないだろ?コイツまぁた生意気になってるぞ」


ミアはキラキラとした目でにぃを見ている。


「どこが生意気だどこが、見ろこのキラキラの目を!」


ミアはさっきとは打って変わって愛嬌を振り撒いている。


「ミア悪い?」

「悪くない!」


ヴァルトは2人を見て唖然としつつ、考える。


(本当に誰に似たんだか……でも誰に似てても、別にいいよな)


ヴァルトはエミルが歩いてきた方向に向かい、調理場と呼ばれる場所に入った。後ろにはフアンがいる。入ってすぐ目に入る大きな鍋を睨み付けるのは、フアンと同じような服装をしている者。その傍ではノイがいるが、ハルトヴィンの姿は見えない。


「ヴァルトや、ちょいとそこの包丁を研いどくれ、あと煙突周りの諸々の調子も悪いから宜しくな、ほいでそれから……」

「一応だけど、俺ベストロに追われながら帰ったんだよね。全部ガキ共でやれるだろ」

「包丁はエミルにやらせたわい、後は仕上げじゃ仕上げ」

「他は、大丈夫か?」

「洗ってる時に、シュヴァリエの嬢ちゃんがうっかり落としてな、釜が少し歪んでしもうた」

「他は?」

「まぁそれくらいじゃ」


フアンは楽しそうにそのばばあに近寄る。


「おぉフアン、怪我は?」

「ヴァルトと一緒、大丈夫です!」


ばばあはフアンの耳元でささやく。


「ヴァルトは大丈夫じゃろノイがおるんじゃから」


同じようにフアンはささやく。


「ヴァルトの側に入れば、必然と安全ですよ」

「あの戯け、ハルトヴィンのじじいから帰ってくる方角の門の場所聞き出して、朝っぱらからそこにいたんじゃ」

「その話もっと詳しく!」

「というか、結局どうなんじゃアヤツらは」

「また殴って、殴られてました……」

「あぁ、もうやはり戯けじゃのぉ……」


ヴァルトは何かを感じた。


「何の話だ?」

「ん!?ただお主に怪我はないのかと」

「それは初手で聞くもんだろ、嘘付くの下手過ぎな、後でじっくり聞かせてもらうぞ」


ノイが大量の食器を一台の給仕用の台車に乗せ終わり、運ぼうとする。


「ヴァルト、これからどうするの?」


ヴァルトは包丁を取り、砥石を棚から出しながら話す。


「とりあえずコイツを仕上げて……あ、なんか柵直せとかもあったな……」

「包丁くらいはまぁすぐ終わるだろうけどさ、やっぱしっかり休んだ方が……」

「あぁ?……あぁ、そうだ、俺疲れてるわ」

「えぇ?」

「うし、飯食ったら、その辺で寝るかぁ」

「自分の部屋の方が良いと思うよ?」

「あぁ~なんか、だって二階の奥だぞ俺の部屋。その辺で横になるわ」

「えぇ~……」

「なぁ、釜だったか鍋だったか、俺の部屋に運んでおいてくれ」

「えぇ、わた、わたし、が?」

「らすなよぉ?」

「う、うん」


ノイは無心であろうと必死に台車を押して、仕事に没頭しようとした。それが無理であろうことが、震える手に共振する皿で分かる。尚もフアンらは小声で話す。


「あれ、内心とんでもないことになっていませんか?」

「そうじゃのぉ……ノイの頭がぶっ飛ばんことを祈るばかりじゃ」


ヴァルトは、あらゆる発言を忘れているかのように包丁を研いでいき仕上げて、食事をすると決められている場所に向かった。ノイや子供らが食事を食べており、終わるとノイがまた食堂へ行き、先ほどまで火にかけていた大きな鍋を恐らく専用の、ヴァルトが作ったであろう台車に乗せて持ってきた。各人の食事が行き渡り、ハルトヴィンなども揃って、昼過ぎより少し遅く、団らんは始まった。


「ヴァルト、エルミ……アルミ……なんだっけ、その国で何してたの?」


ヴァルトの正面にいるノイが話しかける。ヴァルトの隣にはフアンがいた。


「イェレミアス帝国な、まぁ言いにくいのは分かる」

「今回の仕事は主に、じいさんの知り合いの依頼が中心でしたね、ほら、バックハウス家です。家具の手直しやらなんやら……そういえば、ノイが投げたアレ、回収できたかな……」


ノイは大きく食事を口に入れた。


「あれ何だったの?」

「聖典教内では原則、軍事関係者と聖職者を除き、武器の所持を法的に認めない」

「そうなの?」

「……は?」

「うん!?う、うん知ってるよ!?」

「それをうまく掻い潜れないかって相談があって、あれはそれを解決するらしい」


フアンは食器を指で回した。


「武器を組み合わせたなら、なおのこと武器。なぜそれが許されるのでしょう?」

「理屈はさっぱりだが……まぁ理由があんだろ」

「ノイ、あれはあまりにも出来上がりがダメなものを持って帰ってきただけですので、まぁ損失とかではないですから、投げたことは気にしないで下さいね」


ノイは目の前のものを平らげ、片付けに入った。食器を戻しにいくと、ばばあがやってきた。


「ノイ」

「な、なに?」

「あのな、良いか。まぁ、多少“暴れても“問題ないんじゃないかね?まぁ、後が怖いことを差し引けば」

「何も考えてないわよ!!」


ノイは怒りとは言いにくい感情のまま鍋を持って2階へ上がり、ヴァルトの部屋へ向かった。

ヴァルトとフアンは会話をしている。


「なぁ、俺いま思ったんだよ」

「何をですか?」

「ノイの力、やっぱヤバいよな」

「あ~……えぇ、まぁ……」

「ありゃたぶん優性越えてる」

「あるいは……」


ハルトヴィンが、ノイが座っていた場所に座った。


「外れ値……じゃろうな、やはり」

「じじい、聞いてたのか」

「あれは、まぁそうとしか思えん」


ミアがハルトヴィンに駆け寄り、膝に乗る。


「どしたんじゃミア、偉く今日は元気じゃの。まぁ当然じゃが」

「ミア、お勉強したい」

「いつもさせているではないか、ここはそういう所じゃ」

「今日まだしてない、今日お洗濯ばっかり」

「まぁわりと天気も良かったしの、あまりやらないものもやったな」

「今日ミア産まれた」

「ワシからの贈り物として、何か学が欲しいとな?」

「せーかい、たいへんよくできました」

「こやつ……まあ良い、あぁ折角じゃ、今の話に上がった外れ値、それに付随した優性や劣性……世界の無作為性について、あえて難しく語ってやろうかの」

「難しいの、キライ」

「なんなんじゃお主……」

「でも、じいじだから聞く」


ハルトヴィンは少し笑った。


「西陸だけでない、北の島国ミルワード、東にある球凰(キュウファン)日輪(ニチリン)など、世界の隅々にまで存在する、もの作り最大の敵であり味方……無作為性の原則」


ノイは今、ヴァルトの部屋の前でうろついている。


(入っていいのよ、入って良いのよ、でも、でも、でも!)


「個々の素材の性質や完成した物品ごとに性能が何故か揺れ動く現状、故に我々人類や亜・獣人は、せめて妥協できる性能になるまでひたすら製造と分解を繰り返す必要に駈られてきた」


ノイは震えた手で扉に触れた。

(ううぅ……あぁ、あぁ~~……)


「にいにの作るもの、全部すごいよ?」

「すごくなるまで作りまくったからな。実は今日、別の物をミアにやろうとしたんだけどよ……」


ハルトヴィンはヴァルトに指さす。

「ふっ、さては、組み立てし直しか何かして劣性を引いたな?」

「あぁ、ミア、すまん。原型がほぼなくなりやがった」


ミアは頭をひねると、目をカッと開く。


「れっせい……ミア分かる。ダメなヤツ」

「満点だ。そんな感じで、完成品の良し悪しで劣性や優性という呼び方があったりする。その中でも飛びきり優性なものが……外れ値。んで、ノイの筋肉も外れ値じゃねぇかって話だな」


ばばあがやってきた。


「皆、そろそろ夕方に向けて準備じゃ。洗濯もそうじゃが、何よりヴァルトらの帰還とミアを祝わんとな。勉強は明日に回す!さぁ動けぃ!」


喜びと落胆が響く中、ハルトヴィンが立ち上がる。


「そんな時間か……マリー、行くぞ。ワシらも仕事じゃ」

「うるさいねぇ。あぁフアンや、今度隣街のクロッカスに行ってもらうかもしれん」

「じゃあ、お母さんに?」

「あのオテンバに宜しく宜しく伝えておいてくれ」

「はい、でも……久しく会っていないのでしょう?母さんはおばあちゃんの娘、ですよね?」

「会わんでも良いし、会わんでも分かる、あれはたぶん飲んだくれておるわ」

「叱っておきます」

「宜しくの」


ヴァルトは椅子の背もたれにかかる。ばばあはそれを危なっかしいとみてしまう。


「隣街があるってのが奇跡だよなぁ」

「逆に、ここ以外とあそこ以外で機能してる都市は……いくつじゃったか」

「ここイェレミアスはレルヒェンフェルトとうちナーセナル、西のアドリエンヌはオルテンシアとクロッカス……10年とちょっと前までは、イェレミアス北西にもう1つあったんじゃがな、まともに機能できる都市はもう4つしかない」


ノイは、いまだに部屋に入っていない。普通これほど長く重い鍋を持つことは不可能ではあるが、当たり前のように持ち続けながら、別段必要のない葛藤に苛まれていた。

(そ、そうよ、そうよね、入って良いんだもん、言ったのは本人だから、別に中にヴァルトがいる訳でもない、何も考える必要はない、あぁでも何だろう、怖い、怖い、怖い?絶対そんなんじゃない??えぇ、もう分かんない???)


力んだその拍子に扉を開けてしまった。


「あっ!!」


ノイは部屋をぐるっと、家具の配置や置かれている物ををじっくりと眺めながら部屋を歩く。


(開いた、開けちゃった……あぁ私キモいなぁ、匂い感じちゃった……これヴァルトの部屋だぁ。子供の時以来だけど、全然変わってない……気がする)

2025年6月3日時点で、997,634字、完結まで書きあげてあります。添削・推考含めてまだまだ完成には程遠いですが、出来上がり次第順次投稿していきます。何卒お付き合い下さい。


宜しくお願いします!!!それから、誤字脱字ご容赦下さい!!!

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