二十一話 葡萄月
二十一話 葡萄月
風は涼しく、光が森や畑に降り注ぐ。立つ案山子には鳥が止まり、鳴いている。干された洗濯物からは花の香りが薄く立ち、子供は土で服を汚しながら遊んでいる。それら音や匂いが窓から日差しと共に入り、ヴァルトの鼻を撫でる。目をうっすらと開け天井が視界に入り、動こうとする。身体は重く、横になったのから上半身だけ立ち上がらせる。
(今のは、夢だったのか?それとも……)
寝台に横になっていることを確認したヴァルトは、その位置が中央からズレていることに気が付く。やや大きめの寝台、ふと横を見ると、ノイが眠っていた。
「……え?」
ヴァルトの疑問と驚嘆の声でノイが目覚める。日差しが目に入り眩しそうに目を開け、ひ瞳孔で光を反射させながらヴァルトを見た。ノイは起き上がるとしばらく無言になり、そして涙を流し、息を注ぐように声を出す。
「……起きた……やっと、起きた……!」
ノイはヴァルトにもたれ掛かるようにし、胸に収まる形でしばらく身体を押し付けていた。
「俺、どのくらい寝てたんだ?身体の感じそうとうだと思うんだが」
「……2年」
「……2年!?」
ノイはヴァルトを抱きしめ、締め上げていく。
「……本当に心配したんだから!」
「……すまん」
「……身体、大丈夫?」
「いま、ちょっと、あぁヤバい、痛い、痛いって……!」
ノイは力を抜いてヴァルトを離れると、勢いよく寝台に寝転がる。足を畳んで腕で組むように固定すると、鼻水をすすった。
「隣で寝ててこんなこと言うのあれだけどさ……本当に私でいいの?」
「……あぁ。いや、良いっつうか」
「……つうか?」
「……俺の、方から、頼むっていうか、その……」
「……いつから?」
「は?」
「……いつから、意識してくれてたのかなって」
「……俺がお前に初めてあったとき、俺は包丁でも金具でもなんでも作ってた。そこら辺にある廃材とかでな」
「……うん、そうだったね」
「俺の中で、こうなんつうか……これが俺のやるべきことだっていう、強迫じみた感情があった。俺は……その……あまり他人を大切だって、思えなくて……」
「そうなの?そんな風には……」
「なんていうか、深く関わるのが怖い……眠ってる間に答えは出たんだが……たぶん、俺は親を失ってるからだ。無意識に失うことを恐れて、結果興味がなかっただろう。俺は、だから……モノを作るっていうので、いるべき場所を必死で押さえてた。周囲からの期待が、段々と怖くなっていった。今度は何を作らないとダメなんだろうって、何か新しいモノを作るってにはって、得意ではあるが、負担だってあった……そんなとき、お前はずっと、出来上がっていくモノなんかより、俺のこと見てただろ?」
「えぇ?あぁ……うん、そうだね、楽しそうだなぁって思ったり……」
「……俺が作るものが例えどんな出来映えでも凄いとか言ってくれそうな顔してたんだ。構造とかもまるで分かってなさそうな顔で、何をそんなに興味があるんだって……俺だったら嬉しいなって、思っちまった。お前は俺のできることじゃなくて、俺を見てくれるのかなって、他人に興味がない、こんな俺が許されたりするのかなって……俺、ガキのころからずっとだったんだ……!なぁノイ、俺は他人と親しくなれない、上っ面良くしようとガキのころ頑張って、でも無理で、結局突っぱねようとして口が悪くなる。冷徹に誰かを切り捨てることだって、できちまう。お前はそうじゃないだろ、そんなお前の傍に……いない方が、いいのかなって……」
ノイは起き上がると、寝台の飾り板に背中でもたれる。お腹を押さえながら、そしてさすった。
「……そんな、そんないっぱい、考えてくれてたんだ……私の方が……私の方こそ、自分の自信なんてないよ……ヴァルト、なんだってやってきた。それはね、何だろう……ヴァルトのなかでは、本当は別にやりたい訳じゃなかったのかもしれないよ?でも……できるってやっぱ凄いんだよ?」
「評価が、実際の俺と乖離しすぎてるんだ……俺はそんな奴じゃない、俺は……ダメな奴なんだ!」
「ダメなのはね……私の、方なんだよ」
「どこがだよ、お前は……!」
ノイは、ヴァルトの手を取るとお腹に押し当てた。少し、膨らんでいた。
「世界を救った英雄が倒れたまま、子すら残さず息を引き取る……そんなことがあっていいのか……そういうヴァルヴァラさんの話、真に受けて、聞いちゃったの……どうやったかとか、本当は聞かれたくなんてないけど……私、寂しくて……もう作っちゃった。これ、ヴァルトに何も責任ないからね?」
「お前……じゃあ、コイツ」
「そうだよ、もうヴァルト子供いるの……何も気にしなくていい訳じゃないけど、私そんな良い子じゃないから……ヴァルトが思ってるより、ずっと悪い子だから……そんな思い詰めないで、ね?あと、責任とか何も取らなくていいし、ね?」
ノイはヴァルトに抱き付いた。
「……ねぇ、そんな私が言うのって、本当に気持ち悪いと思うの。でも……だから私、さっきのヴァルトの話聞いて、嬉しかったの!ヴァルトのことずっと考えてて、私が釣り合わない女だってずっと思ってて……それに信じてくれた。聞いてヴァルト、私たち、同じくらい変なの、誰とも仲良くなりたくない人と、勝手に好きな人と子供作っちゃう人。ねぇ、何かね、色々言ってごめんね?その、あの……私もうヴァルトと離れたくないの!!やっぱり嫌、離れないで!!もう嫌なの……連れ去られて、死にかけて、いなくなって……もう耐えられない……一緒にいて、いてください。私でいいってやっぱ言って、もうやだ……好きなのって、辛いんだよ……ヴァルトも私のこと好きだから辛いんだよ!」
ノイは鳴きながらヴァルトに訴え続ける。ヴァルトもまた、泣いていた。気付けばヴァルトは、ずっと強くノイを抱きしめている。
「……俺で、いいのか?」
「良いって言ってるじゃん!!お願いだから……お願いだから、もう好きって言ってよ!!!」
日差しが傾くなか、2人が部屋の外へ出る。誰もいない屋敷を出る。
「……ここ、ナーセナルか」
「そうだよ」
「……帰ったんだな、俺ら。ん?フアンはどうした?」
「ほとんどど外に行ってるよ。残ってるべストロとか怪物を倒して回るんだって……生き残ってるかもしれないからね、誰かが」
「……そうか」
「フアンね、ナナミと結婚したよ」
「は?」
「子供は作らない、そう決めたんだって」
「……そうか」
夕焼けのなか、二人は歩いた。フラついらヴァルトを、ノイが支える。
「やめろ、お前身重なんだろ。1人で立てるって」
「無理でしょ」
「いや、だから……」
「……じゃあ、言って。言ってくれたら……うん、支えるの、止めたげる」
「お前なぁ……」
支えられたまま、ヴァルトはノイの耳に口を近付けた。ヴァルトの口が動き、ノイが微笑んで、ヴァルトを優しく放した。
「……私もだよ、ヴァルト!!」




