十八話 意思と表象としての
十八話 意思と表象としての
ヴァルトは生ぬるい地面に違和感を持ち立ち上がる。目を開けると、波紋の立つ鏡のような水面があった。水面下に何かがあるわけではないのに、ヴァルトは立ち上がることに成功した。
(……はぁ?どこだよここ)
「……ここは、どこでもない」
雲のかかった空と水面、だが渦を暖色の渦巻く雲の先に、暗がりの星々があった。その直下に見せる場所に、何かが漂っている。
「どこでもないが、どこかではある。いや、もっと具体的に話そう……ここは、世界の末端だ、ヴァルト・ライプニッツ」
声は、その漂う者から来ていた。
「……誰だ、俺をどうした?」
「始めに、まず君は世界を救った。おめでとう」
「あっそ、はやく俺を元いた場所に戻せ」
「君の未来に一件の予約があることは知っているよ」
「……は?」
「……私は全てを知っている。そう……全てだ」
「だったらどうした?」
「……どうもしない、ただ……そうだな、ヒトの言葉に合わせるならば、私の子らが世話をかけた、申し訳ない。彼と彼女を葬ってくれて、ありがとう」
「……あっそ」
「君は、その力をこれからも使いたいか?」
「力?」
「あぁ」
「……まぁ便利だしな」
「……そうか……私なら、その力の使い方を教えられる」
「なんつった?」
「……その力は、神の力に類するものではあるが、根元は私だと言える」
「ほぉん……で、使い方は?」
「起源を知らずにどうやって力を使う?」
「……わぁったよ、好きに話してろ。根元だったか?椅子くらい欲しいもんだが」
ヴァルトは、ナーセナルの屋敷の一室にいた。
「……俺の、部屋?」
漂う者はどこにもなく、だが同じ声で話すハルトヴィンがいた。
「君と親しい者と姿を合わせれば、少しは話も入ってくるだろうか……」
「……どこだっていい、好きにしろ」
「世界が、概念が、星が生まれる前……私は、存在という概念としてそこにあった。私のことは……そうだな、超越者と呼ぶのが妥当だろう」
「なんだそりゃ、自慢かよ」
「私はそこから幾十数億の歳月の果てに、世界というモノに思い当たり、生きることに思い当たった。すると私のなかで、疑問というものが溢れ始めたんだ。私の、位置が気になったのだ」
「位置?」
「社会的地位、立場、そういったモノ含めたものだ。だが、それに必要なものがあった。他者だ」
「……で?」
「作り出すという概念を思い付いたのち、私は私の耳と目と鼻、ありとあらゆる身体を削り、使い、そして作り出した。存在の法則と、生命未満の存在を」
「法則って、おいまさかよ」
「君らで言うところの、無作為性の原則だ。私に上と下の概念はなかったが、比較が必要、つまり価値の上下の高さは価値の左右の広さに比例する可能性は分かっていた。だから作り出したのだ。そして法則すら。存在の全ては私の削った身体を通じて情報を広い集め、全ての存在を知覚し、左右を把握し、私が上下を下すことにした」
「自己完結で自分を確かめるって、正気かよ」
「自我自賛の念や理論などなかったからだ、非効率で申し訳ない」
「……じゃあ、俺の名前を知ってたのは、全てが俺らを監視してたからってことか」
「これが、まだ終わりではないのだよ。君に起きた出来事、理不尽や不可解の全て、まだ何も解消されていないだろう?」
「まぁな」
「私はまず、自分に似た存在を作り出した。私に似た存在、つまり抽象的であり創造能力を持ち合わせた、しかし無作為性の原則を持った者らを。仮にその者らを、アイオーンと呼称する」
「神はアイオーンか?」
超越者の見た目はメロディに変わる。光景はクロッカスの酒場であった。
「アイオーンの外れ値だ」
「野郎のどこが特別だって話だ」
「数十世代を越えて創造されたアイオーンは、無作為性の原則により大幅に多様化していった。それは性格や文化の形成にまで至り、概念的には村社会や街を形成していった。無論街とは物質的モノではない。そうして、あの者はソフィアーというアイオーンの元に産まれた。この世界で初めて、肉体を持った存在として」
「肉体だぁ?」
「無機物以下の生命体から、いきなり有機生命体が誕生した。アイオーンは全て肉体を持たない存在、だが肉体を持った彼は、だから外れ値といえる」
「肉体があったかたどうなんだよ」
「文化が、生き方が違ったのだ、世界とな」
「……なんかあったのか?」
「現在もそうだが、アイオーンにはある思想が蔓延している。私を至上とした宗教にも似たものだ……そこでは、私に近しい存在を肯定するという文化が根付いていた」
「……似て……そういうことか」
「似ていないにも程があったというワケだ。君の言う神は、子らの文化的には肯定の逆、聖典教におけるベストリアン、ミルワードにおける植民地人……差別する対象に、選ばれたのだ。彼は産まれた頃から迫害され、その親もまたそうだった……親であるソフィアーはそれに耐え兼ね、次元の彼方へと彼を捨てたのだ」
「なぁ、次元ってのは何だ?」
「ソフィアーが作った概念だ、私たちの世界と、君らの世界を分断するための」
「そこまでして、ねぇ……」
「私も気になって、ソフィアーを訪ねたよ……答えはこうだった、私はこの子を守りたかった。子を守るために全力で、あの子の為になりそうなことをした、と」
「おい、それじゃさっきの話は」
「神の視点での、親への思いだ。親は私を捨てた、無責任な者だというな」
「……野郎が母親に会いたいとかいう話って」
「子を捨てた親への、復讐心だ。愛情も憎悪も善悪と同様、思考を狂わせる」
「なぁ、その親とか子とかの感情って、俺らから学んだとかじゃねぇのか?」
光景はまた変わる。超越者はカルメの見た目に変わり、光景は崩れる前のオルテンシアの大聖堂になっている。
「神は次元を越えてこの世界にやってくる。そして自らの感情に任せて、無作為に物体を創造した。そして宇宙が完成し、星が完成し、星がぶつかり合うのを神は眺めていた。すると、君の住まう星が生まれた。これを仮に地球と呼ぼう」
「……世界を、作っただ!?どんな質量してると思ってんだ!?」
「神は創造に対する代償を持ち合わせていなかった。地球が誕生し、生命が産まれ死んでいく様を見るまでは」
「死んでだ……?」
「成長と加齢の概念が、創造の力に宿ったんだ」
「……はぁ?」
「君の持つモノ含め、私の創造の力を、最も具体的に説明しよう。創造の力は私のモノ作りの方法に起因する。それはつまり……【思いを具象化する力】である。具象化とはつまり、創造とは違いほぼ物質を必要としないものだった。ほぼ犠牲にはしないが、犠牲は最小限で必要だった。そして残念なことに、思いを具象化するというのは、肉体にそこ個人の思想すら転写してしまうことになった……」
「おい、1個おかしい話がある。お前はさっき、次元は世界を分断するって言ってた。じゃあこっちの世界で無作為性の原則があるのはおかしいだろ」
「……この世界は物質の最小単位として、18個の素粒子というモノに分けられる。うち17個は物質が存在するから存在するもの。物理学や数学、力学や工学・化学が成立する理由を作り出す。そこに私の肉体であり、神の肉体・つまりアイオーンの一部が素粒子の1つに含まれてしまった。そして合計は18個となり、世界は星がぶつかり合い形成。かなりの分散・希釈があっても尚、無作為性の原則は物理学のように、絶対的普遍性を持つことになり、私は常にそちら側を知覚することができた。君の名前などはそうして得た知識だよ」
ヴァルトは大聖堂の壁を触る。
「物質に、法則が……」
「神は、生物を介して自身の長命さに違和感を持ち、彼自身から不死を取り払った。生き物は産まれ死ぬという認識を身体に転写したんだ」
「アマデアが死ななかった理由もそういうワケか?」
「分かりにくくなっていくから、ここからは時系列にできるだけ沿っていこう。神は不死を知る前に、天使を作った。生き物の死ぬという状態を憐れに思って、不死を越える生き物の創造を考えたからだ。死ぬことの最もな原因は、神の視点からは、戦争などでの戦死や強制的支配による困窮が多く、まずは他生物から干渉を止めるために、追い出される直接見た次元を利用して、天空に国を設営した」
「カエルムか……」
「そして天使やヒト、亜人や獣人を通じて命を知り、家族を知り、しかし自分が憐れであることを教えられたジンルイに、何か感謝や同情が産まれることなどなかった」
「そして、神は聖典教を使うことにした……」
「君らが蔵書印があるとした書籍は、実際に蔵書だったのあよ。聖典教は、神や天使の目撃情報をもとに形成された絵日記が元本だ。それを、バズレール家が脚本して、聖典が生まれた」
気付けばヴァルトはユリウス邸の地下室におり、長机を挟んで、イェレミアス13世が座っていた。
「アマデアは神が最初に設計した天使だ。カエルムは上空にあるから、天使には翼が必要だった」
「なるほどな……」
「神はアマデアと共に旅を重ねて、ヒトなどから国家の運営方法や心、生き物という存在を学んでいった。そのうち、アマデアは愛を学んだ。男と女を学んだ」
「神は男だったと」
「いや、神に性別はない」
「肉体がって話はどこいった?」
「性別を持たない肉体だったのだよ、だが容姿がそれを認識させなかった。アマデアは外見から神を男と認識していく。旅を重ねるうちに、例えば一対の旅人などと認識され、話しかけられ、自身が女性であるという認識を重ねていき、神とは考えが決別していった」
「仲悪かったのか、あれで?」
「いや、仲は良かった。問題は認識だった……神からすれば家族だが、アマデアからすれば恋愛対象」
「最悪の状態だな」
「家族同士の恋愛は禁忌とされがちであり、実際危険なところがある。子供に奇形が出来やすいなどが代表だ。神とアマデアの間で起きる気持ちのズレを、しかしアマデアはなんとかしたかった。そして、女とはどういうものなのかを学ぶ必要にかられた」
「女……とは……?」
「あくまでも当時の話なのだが、今現在でもそうした認識は強い。アマデアが学んだ魅力ある女性とは……西陸における、いわゆる淑女との姿だ。清く、美しく、慎ましく、そして従順」
「アマデアは……待った、のか……?」
「あぁ……何も行動せず、従順にし、相手が興味を持つまで待機する。どうやって夢を叶えるというのか」
「……だが、当時の女性はそう語った」
「表層的な答えだったのかもしれない。その当時のアマデアは、悪意など微塵も知らなかったのだから。彼女はそうして待っていた……2000年以上」
「2000年……そら神が死んであんなことになるワケだ」
「あの炎は、怒りの具象化だったといえる」
「で、あんな感じに……いや、なるか普通それでも」
「ここからが彼女の最悪であり、彼女が最悪となる物語だ」
2025年6月3日時点で、997,634字、完結まで書きあげてあります。添削・推考含めてまだまだ完成には程遠いですが、出来上がり次第順次投稿していきます。何卒お付き合い下さい。




