五話 貴婦人切砕機関
五話 貴婦人切砕機関
堅牢な檻のなか、複数の兵士が小銃を、空気窓から照らされる少ない光で反射させる。エヴァリストは壁にもたれかかり、ブラッドがリボルバーを回している。
「ったぁくカビくせぇ。なんだって俺がこんなこと……」
「まぁそれは俺も思うところだが、これといって俺らはもう仕事ないしな。頭使うのは若いのに任せるしかねぇ」
「……まったく、随分な仕事させるじゃねぇか、えぇ?アンブロワーズさんよ」
牢屋の中に、アンブロワーズが座っていた。
「……すまないね、だが悪はこうなるものなのだよ」
「……メイデントールってな、結局何なんなんだ?」
エヴァリストはもたれるのをやめる。
「なんでお前が知りたがるんだよ」
「知り合いがそうかもしれねぇからな」
「ノイの嬢ちゃんか」
「あぁ、まだ本人はしっかり説明されたわけじゃないんだろ?」
「背負わせていいのか、俺には分からない。大人二人で考えてやろうじゃねぇの、あの嬢ちゃんいま、必死になって探してるヤツがいるとかいってたし」
「探してるだ?」
「なんでも、このアンブロワーズの計画を知る前に、その配給されてたベストリアンの肉を食わせちまったベストリアンがいるらしくてな。まだガキだったらしい」
「マジかよ……そりゃ随分と」
「結構無理矢理に食わせちまったらしいぜ……貴婦人切砕機関っつう言葉は初めて聞いたが……それでも、アンブロワーズの言ったことはだいたい俺の知ってることとは変わらない。ローザブルーの原型、メイデントールは聖典教がカヴェニャック派とプレイステッド派に分かれたときに、これ以上の分派を出さないために組織された部隊だ。目的は、科学の否定やベストリアン差別みてぇな聖典教が持つ矛盾を指摘し分派を形成あるいはそうなり得る可能性を秘めた、貴族や知識人を秘密裏に殺すこと。先祖は高い確率で力で優性や外れ値を産みやすいという外れ値っつう、なんともイカれた祖先だった。無論俺も力は外れ値……かは分からねぇがアホみてぇに怪力だし、その話でいえばそのノイって嬢ちゃんの力だって説明はついちまうワケだ」
「……確証はないらしいぜ。祖母の手紙にメイデントールの家系であることが記載されてただけらしい。だから、本人意外からは、メイデントールである必要性はないってことになって、一旦ノイは今のところまだライプニッツを名乗るらしいとかなんとか……知識人の鏖殺って話だが、貴婦人切砕機関って名前の通りだと、きっと知識人の妻を人質にするか、見せしめに殺し回ってたんだろうよ。あの嬢ちゃんには重過ぎる……」
「あんま強くねぇのか、あの嬢ちゃん」
「どんな強いやつだって、仲間の肉食ったり好きなやつが死んだりすりゃな」
「……嬢ちゃんの好きなやつ、死んでるのか……」
「いや?なんか生き返ったぜ」
「なんかってなんだよ、話についていけねぇ。だが……嬢ちゃんが色々と削れてるのは分かった」
「そういうことだ」
アンブロワーズは、前方に拘束されらた手を見ている。
「……貴様らという個の力では、数という集団の力には勝てない。メイデントールとして任務に赴く者は我々が選抜した、極めて優秀でありながらも生来で知能が低かった人間だ。人間もまた、あの怪物という数に圧され、そして敗北するだろう」
「そんなに世界の破滅がお望みか?じゃあなんだってこんなことに加担してまで聖典教を守ったんだよ。やっぱあれか?」
「……そうさ、利権だよ。宗教というものを、商品と捉えれば話は、はやい。物品を用意する必要なんてない、この場合救済などといったものだな。消費者は自らそして手ずから、商品価値に信仰という誤解、つまり付加価値をつけ始める。棚にない商品が売れることは、すべての売上が純粋な利益になるのだ。ここまでボロい商売が他にあるだろうか?そして宗派として特許の寡占を妨害する者らを許せるだろうか?この教えは私たちの先祖が編み出した、究極の商売の形なのだよ……!」
「今となってはゴミだな、まぁ科学を否定しながらも、結構頑張ったんじゃねぇの?」
「……神がいるなど誰が思い当たる、石ころがへいきに変わるなどと、金にかわるなどと誰が思い当たるというのだ……我々には先見性など足りていた」
「お前らは身の回りが安全過ぎて、低い可能性にかける度量が欠けてたんだよ」
「……では貴様にはあるのか武器商人」
「いいか?お前みたいな恵まれたやつには、欠けてるもにがある。それは……挑戦だ」
「挑戦などと気前の良い言葉を使うのではない。あれはただの賭け事だ」
「そうかもな、だが賭け事ってには、失うものがあって初めて賭け事になる。例えば俺はガキのころ、兄貴が家を継ぐって話になって、俺に財産が回ってこない可能性を感じた。俺は感覚的に一文無しになって、ひたすら家のことを嫌いになりながら、駆けずり回って金を集めて、懐に入れてた。ケツに火がつくっつうことわざがある。そうやって、背後に火事でも崖でも背負わねぇ限り、挑戦っつうのはさっきお前が言ったように、賭け事になる。失うものがなけりゃ、あるいそれ以上に自分になにか足りないものがあると感じてりゃ、挑戦とか賭け事っつうのぜぇんぶただの、いち行動に早変わりさ。つまりだ、強者は弱者に負けるようになってる。お前は負けて当然だったって話だ」
「……強者は常に上に立つ!そうでなければ、勝つことに対する対価が少ないではないか!」
「はぁ?お前はまず自分で聖典教作ってからなんか言えよボケ、受け継いだだけの三流以下が。肉食べなさすぎて頭が草になっちまったのかおい?イカれっぷりだけ雑草くらい根強くったって意味ねぇだろうにあぁ可哀想」
「……どうとでも言うがいい」
「そりゃつまり効いてるってことでいいか?部外者だが、お前のやったことがヤベェのはわかってるつもりだぞ?引き金引かれてねぇの、ありがたく思えなボウズ」
エヴァリストが二人の会話を聞いていると、溜め息をついて歩いていく。
「ちっと外の空気吸ってくる」
「おう、いってら」
「買われんなよ」
「任せろ、俺は女以外には食い付かねぇ魚だぜ」
エヴァリストは溜め息を吐くと、股間をかきはじめる。
(あぁ~、やっぱ違和感あるわぁ。ったくどこいったんだよ俺の金玉ぁ。すっげぇ痛かったのは覚えてんだが……あん時奈落だったよなぁ、喰われたか?まぁ数がとんでもなかったし、マリー守るために頑張ったしなぁ~……)
エヴァリストは止まる。
(……あっ、マリーいんじゃん!聞けばいいってことじゃね!?頭いいなぁ俺。いや、本当に聞くべきか?いや、でもそもそもアイツいくつなんだ?ババアみてぇな声してたけど、でもガキみてぇな感じもあるし……んんん~~~」
「途中から声になってますよ、なんですかババアって」
エヴァリストが、いつの間にか隣にいたマリーに気付いた。
「いつの間だっての、つか生きてたんだなぴおいおい、おいおいおいおい!!」
エヴァリストをマリーを持ち上げる。
「ちょっと、やめて下さい!」
「いいじゃねぇかよ、ったく死んじまったかと思って、マジキツかったんだぞてめぇ」
「……守って下さり、ありがとうございます。で、降ろしてください」
「いいじゃねぇか」
エヴァリストはマリーを降ろすと、ゆっくりと歩きだした。
「てか、お前どうやってあそこから生きたんだよ」
「……聖会の施設崩落後、奈落にまで避難した私たちは、ベストロの大群に襲われました」
「おう、そうだな。んで、お前を逃がそうと思っておっちゃんかなり頑張って……そっからはマジで記憶がねぇな」
「血だらけのあなたを私は……置いていきました」
「それでいいんだよ」
「……そして一度、戻りました」
「……はぁ!?お前何してんだ!?」
「……どうしても、やりたいことがありました」
「はぁん、まぁ生きてるからいいけどよ」
「……そうして、奈落を出て、ハルトヴィンさんに、拾われて……」
「おぉそっか、つまり助けられたわけか。幸運だったな。」
「そして……フアンという子を産みました」
「ほんほん、そりゃよか……ん?????」
「……あなたとの子です」
「……え???」
「えっと……その……」
「……いや、俺……はぁ?いやぁえっと、ん?んぁちょっと待ってくれ………わりい、俺記憶にねぇ」
「はい、なくていいんです」
「……はぁ?」
「あなたにそんな記憶はありません」
「……待ってくれ、まさか……俺の金玉ないのって」
「……私が取って、使いました」
「…………あぁぁぁあ!?なんだってそんな、えぇ、使ったって、ん、ん、どう使うってんだ」
「中身を取り出しました……それを、自分に使いました」
「……おぉ、身体が冷えてきたぜ。いやぁ……うん、やっぱ分からねぇ、でも……いやそうか、でも……何だってそんなこと」
「……分からなかったんです……私……言い訳にしかならないですけど……どうやって、あなたを大切にすればいいか、分からなかったんです」
「大切ってお前……」
「私は産まれてから、ベストロがヒトを犯す様を見て過ごしました。後になって、言葉を知りました。私は、どうやらあなたのことが好きなようなんです……私、分からなくて、どうすればいいかも分からなくて、知ってる限りで何か、あなたに何かしたかった。お礼なのかもって一瞬思った、でも結局私は、ただ頭がおかしかったなんです……ごめんなさい」
「……ごめんなさいって、お前」
「……ごめんなさい」
「……俺、親父になっちまってたのか」
「……はい」
「いや、そいつはまぁめでたいことだ。ありがとな」
「……あり、がとう?」
「はぁ?そりゃおめぇありがてぇこったろ。ガキなんざ持てるなんて、兵士じゃ貴重なんだぜ?」
「えぇ?貴重?」
「兵士はな、死にやすいんだ。だからベストロが現れる前から、よっぽど短期で人生考えてるでもねぇ限り、兵士は夫に選ばれない。悲しいよな、国のために頑張ってるやつほど女には人気がでねぇ。むしろ泥にまみれる俺らより、後ろで作戦考えてるやつが何人だって女を抱いていく。おっそろしい現実だ……俺は強かったが、女のそういう冷たいころを結構早くから知っちまっててよ。こう……怖ぇって思ってて、避けてた」
「そんな……あなたほどの兵士が?」
「俺ですらこうなんさ、普通の兵士なんかヤバイだろうな……だから、ありがとうだ。お前くらいの女が惚れてくれるんなら、おっちゃん生きてた甲斐があるってなもんだ。つかお前いくつなんだよ?まぁガキっつっても15とか6くらいはいってんのか?」
「……」
「……なぁおい、答え……れないってことは……おいおい」
「身体の年齢、ベストロと同じように進んでいくんです。だから、その……でも、たぶんそのくらいにはなってるはずです」
「あぁ~マジで、それは良かった……いやマジで……ってなると、フアンっていくつくらいなんだ?」
「……どうなんでしょう。私ほど年齢がはやく進んではいないようです」
「ヒトの寿命くらいはありそうか?」
「ヒトよりは、きっとはやくに……でもフアンなら大丈夫です」
「大丈夫ってか……そうか、仲良くやってんだな」
「……」
「どした」
「……親としての、覚悟を持て。そう言われてしまいました」
「喧嘩か……まぁよくあるわな」
「……普通とは違う喧嘩なんです」
「そうか……まぁでも、あったこととかは普通じゃなくても、親と子なんてなぁ、ありふれた関係だ。あんま深く考えんな、でも悪いことしちまったってんなら、しっかり謝れよ。あと俺はなんか下手なこと言っちまうかもだからあんま関与しねぇ。それでいいか?」
「凄いですね、まるでお父さんです」
「いや、いつかそういうことになったら、そうしとけってテオがよ」
「嘘だったらどうするんですか」
「ん?まぁ、オモロイなーで終わるわな。はははっ!あっ、てか、最初聞いたときはお前テオのガキだって聞いたんだがよ、どういうことなんだ?」
「私を助け出してくれたとき……あの人は自分のことをお父さんだといって、私抱き締めてくれました、助けに来たと安心させてくれました。私は、お父さんというものに、どうやってなるのかを知っていました。でも嬉しくて……その言葉を受け入れて、返事をしてしまって」
「あの野郎、裁き辛くなんだろうが……」
「それでいうと、ゼナイド様は私のお母さんだと話してくれました。全て知ったうえで、嬉しくて、それにも合わせて返事をしてしまいました」
「……ったく、善人って悪人になりやすいのか?」
「ところで気になっているのですが、結局あの二人って」
「結婚してないだけの、いやぁ付き合ってないだけ?好き合ってることしらねぇでズルズルズルズルいっちまった、アホ二人だよ。同じ牢屋にいまぶちこんでるから、何やってるか……まぁでもアイツらお互い年だしなぁ、期待はできねぇ」
「期待?」
「とぼけんなよ……会いに行くか?」
「……お邪魔して良いのですか?」
「親として、なんか助言させにいくのさ、喧嘩を終わらせる方法とかな。悪人だろがなんだろうが、ただ親の仕事をさせるだけ、なんも気にすんなよ」




