三話 戦争の終わらせかた
三話 戦争の終わらせかた
「……戦争って、どう終わるんだ?」
ヴァルトは議席で呟いた。各方面の面々に、ギムレーの代表までがユリウス邸から離れ、イェレミアスの城塞の内部に備わる講堂に入れられていた。ユリウスが状況を説明していく。
「オルテンシアの生存者、ギムレーの残存兵士、そして……オルテンシア下部に敷設された施設から発見された亜人・獣人。全てここレルヒェンフェルトに収容してあります。各区画に分けられた彼らは、正直今にも爆発しそうな勢いです。人間側は生存者こそ少ないですが、ベストリアンと待遇が同じでが不服だという申し出からイェレミアス・アドリエンヌ間の文化的差異による暴行事件までひっちゃかめっちゃか……まぁ文化的っていうか、ほぼ痴漢とかで通報が多いけど、ったくいい加減にしろよなぁうちの国民。
そして、敵さんの頭領はポルトラーニンだったが、死亡が確認される。そしてギムレー側の首領としているのがヴァルヴァラさんな訳だが……うん、さすがに無実だからって何も処罰無しってのが、現状難しいことになっている。ジンルイ側の各大臣はいまのところ静かにさせてはいるが、いつ紛糾してもおかしくはない。オルテンシアからの避難民によりギムレーの存在がすでに明るみになっている。さすがに何もしないとなると、その避難民だけじゃない、イェレミアス国民にも不満が残る。そうすれば、例えばイェレミアスとアドリエンヌと、ギムレーが何が合同でしようってのも難しい。そんな状態で、あの海岸線に見える特大の化け物、バビロンをどう相手取るって話になるワケだ。レノーくんとレドゥビウススの提案により、少数精鋭での神の確保なんて作戦が上がったが、それだってただの賭け事でしかない。本音を言えば、ギムレーの生産能力を技術提供でもしてもらって爆速で大砲でも量産する必要がある。でも……」
ヴァルヴァラがユリウスに面を向け、腕を組む。
「すまないがそれはできない」
「だよね」
「分かっていると思うが、この技術に関しては渡せない。仮にそれであのバビロンを倒したとしよう……その兵器は次に誰に向けられる?オルテンシアの国民は確かに疲弊した。だがイェレミアスと残存オルテンシア避難民を合計した数は、ギムレーの現在の人口を越えている。故に、我々はこの技術を外へ出すワケにはいかないのだ……繰り返すことになる。我々の歴史を、また繰り返すことに……」
「でも、オルテンシアの地下施設にいた亜人・獣人は、武器を渡してすぐにそれをオルテンシアの国民に向けた。戦闘力でいったら、たぶんそっちの方が勝つと、こっちの見立てでは出ている」
「……これは歴史が証明していると言うしかない。あくまでそちらのアンブロワーズの話を鵜呑みにするならの話だが、我々はそちらに対して、科学で負けたという話だ。我々の祖先は、肉体に甘え……つまり産まれに甘え、そして君らを蹂躙し、され返された。
最初がどちらという話を持ち出せば話は終わるだろうから一旦置いておいて、しかしまたこちらの番という腹積もりには、私ができてもギムレーの民は無理だ。つまり必要なのは、我ギムレーの安全というワケだが……しかし、そこまで譲歩もできまい。原因は我々なのだから」
「……いや、その話の通りかもしれない。我々が負けるという情報を頼りに、ニンゲンに技術を提供されさえすれば、ベストリアンをのちに殲滅させられる可能性だって出てくる。僕らのこの負けるという情報だって、うちの大臣に出させた情報だし……いやぁ、信用ないわこの情報。見てた?今の話してたときの大臣の顔。こっわい顔してたよ。絶対思惑あったよね~」
ヴァルトは退屈そうに、椅子を自重で傾けながら上を見つめていた。
「……本当にこの戦争、終わらせる必要あるか?」
ユリウスとヴァルヴァラが口を開ける。
「何言ってるんだいヴァルトくん、戦争ってのは終わらせなきゃ」
「……終わらせてどうする?」
「バビロンを倒す、かまぁ……アマデアを倒す」
「そしたら?」
「……平和は、いや……そういう話かい?」
「あぁ、どう考えたって遺恨が残るのが今回の戦争だろ?だったら始めっから休戦状態か、まぁ継続させて……レルヒェンフェルト内部で内戦でもやらせてたらどうだ?」
「……はぁ!?ヴァルトくん、君何を言ってるんだい!?」
「はぁ?だから、どうせ終わらねぇからやらせとけって話だ。神を捕らえればいいんだろ?でもどうせ遺恨が次の戦争を呼ぶ。そもそも……」
「待てヴァルトくん……そうかそうか、その手があったか……いいかいヴァルトくん、その続き、レノーくんと話し合うんだ……で、その場に彼を同行させたい」
「は?」
「……君は、きっと戦争について、何かしら見解があるんだろ?」
「見解っつうか、なんだ?まぁいい、で彼って?」
「アクセル・ヴァイツ。うちの精神科医だ。君にはそうだね……演説、してもらいたい」
「なっつかしい名前だなおい、ん?おいおい、今なっつった……!?」
「演説だよ。いやぁちょっと思い付いちゃったよねって……レノーくんに色々と吹き込まないとなぁ……」
「おいおい、まさかその原文をアイツにか?まだガキだろ」
「きみよりはよっぽど大人だよ」
「んだと」
「はいはいーい、いきますよー。ヴァルヴァラさん、大臣各位、うちの兵士のいうことに従って、大人しくねー、ちょっと出るから」
兵士たちは小銃を持って過剰なまでに整列している。そのなかに、酒の臭いを漂わせる兵士もいた。
「酒呑んじゃ、ダメっすか?」
「ドルニエさん、しっかり指揮取ってよ?」
「あいよ~」
―別室―
「……私はいつから作家になったのでしょう?突然押し掛けてきて、急患かと驚いたかと思えば……心理学を利用して演説しろだなんて」
「ごめんごめん、色々とレノーくんには話してあるから。あとは任せます先生」
「先生と言われるの初めてな気がしますよ」
「あれっ、言ってない?」
「気のせいだと嬉しいです……」
アクセルは白衣を着込んで、少し寒そうに席に座る。
「……さて、演説ときましたか」
レノーとヴァルトが反対側の席へ座る。長椅子と長机を挟んで、会議が始まる。レノーとアクセルが羽根筆を持って、ヴァルトを見る。
「まず、貴方の意見が欲しいですヴァルトさん、僕は作家ではありますが、脚本ははじめてですので、お手柔らかにお願いします」
「全て初めてですが、まずはあなたの意見からという話ですよね?」
ヴァルトは溜め息を吐いた。
「いや、意見っつうかなんつうか……お前らって、なんつうか……戦争が終わるって、どんな感じだと思う?」
レノーは筆を走らせるが、アクセルは筆が止まった。
「……戦争が」
「終わるとき?」
ヴァルトは長椅子から足を投げ出し机に置いた。
「……いや、なんつうか、戦争が終わるって無理だろ。まず国民性だ。揃いも揃ってベストリアンだの何だのって、ふざけてんのか?聖典教の歴史とか、誰か受け継いでさ、口伝とかで、陰謀論でもいいからなかったのかって思う。ってことはだつまり、それだけ差別されてたこととが恥ずかしくて、正当にやり返したくて、ベストリアン側はだーれも自分のガキに言わなかったってことじゃねぇか?アホ極めてるだろマジで……」
レノーは顎に手を当てる。
「……確かに、それでいえば聖典教の歴史も誰も知らなかった」
「そうであることが、ニンゲンにとって都合いいからだろ?」
「……全て、都合よく受け継がれてきた歴史ということですね」
「これはたぶんだが、カエルムで使われてる言語ってよ、きっとアドリエンヌの言語の大元となる言語じゃねぇかな……だがどんな言語になろうと、受け継がれるものには限りがある。今回の戦争だって、どこかで言い伝えからも消え去る。どっちが勝者になるかでだ」
アクセルはヴァルトを見る。
「西陸の主導権をどちらが握るか……ヴァルト様、もしかしてですが、ひょっとして世界を救う気がないと?」
「……ある、生きていたい」
アクセルはヴァルトの瞳孔の動きを確認しながら、そうして羽根筆で書く。
「……ん?」
「どうした?」
「……ヴァルト様の能力、あれはどのようなものでしたか?」
「物体の創造かもしれねぇが、まぁ色々だな、爆炎でも雷でも出せる。だがその神とかいう野郎とは違って、理解してなくてもだいたいどうにかなる」
「神の権能に類似性を持つ能力……いやそこではない…?むしろもっと簡単に……」
レノーは筆を止めた。
「……あるいはこういうのはどうですか?」
「なんだ?」
「……先ほどのアクセル様の発言、ヴァルト様はひょっとして世界を救う気がないのかという発言から逆に考えたのです。ヴァルト様がもし、世界を救う気がしないとしたら?ヴァルト様々の能力を持ってすれば、ある程度の可能性をもって、世界を救うことができるでしょう」
「いや、可能性とか言われても」
「一般人と比較すればの話です。アドリエンヌ国民とイェレミアス国民、亜人・獣人、どちらにも功績を持っているヴァルト様の言葉は、どちらの陣営にも響くでしょう……」
「功績ったってな……」
「シレーヌ討伐とシュエンウー討伐」
「俺がやったわけじゃねぇ、シレーヌはテランスだし、シュエンウーに至っては俺だったのかすら怪しい」
「そう見える活躍をしているという話です。テランス様が御存命というのは国民はまだ知りません。公的にはシレーヌ討伐の功績はあなたのものになっていますし、ヴァルヴァラ様の話によれば、ギムレーのシュエンウー討伐の功績もヴァルト様になっております」
「マジかよ」
「だからこそ、あえてこんなことを言ってみるのも……うん、ひょっとしたらいけるかもしれません。少なくとも停戦か、一時的な協力関係はできそうです」
「はぁ?」
「あなたの実績を持って平和を人質に……生存する人類、亜人・獣人を、一括で黙らせます」




