二十一話 Plan de croisement
二十一話 Plan de croisement
老婆はマリーの頭を撫でた。
「落ち着いて聞くんだ、いいね?」
「えぇ?……はい」
老婆はタバコを取り出すと火をつける。指にもったままで、話を始めた。
「……事の発端は、元局長のギ・ソヴァージュの研究施設で起きた。私は内密で、局長のみが入室を許可されている研究室に通されたのだ、私自身昔はそこまで、やれ正義だのと考えるより先に、自分がどれだけ幸せかなんてのを考える浅ましい女だった。だからだろうな……私は、その研究成果とやらを見ることになった。それが君だ……マリー」
「……はい」
「自分のことを、あまり知らないだろう?」
「記憶にあるのは、大きな檻の中で、天井がカビていたこと、あとは……」
「……研究に上層部である枢軸議会から伝達があったそうだ……その伝達の概要は……ベストロとベストリアンが血で繋がっていることを証明せよ、だったとさ。ベストロとベストリアンが同種・近縁種の関係であることの証明をせよとは……つまり枢軸議会はその当時、ベストロとベストリアンが同種である確証を持っていなかったのだ。私はその時、疑心に駆られることもなかった、疑ってこそあったが、それでもある程度、組織としての聖典教は信じていた。ベストロとベストリアンとの境界線を、聖典教側も把握していないということになるなどとは思いもよらなかったがな」
「……私は、何者なのでしょうか?」
「……plan de croisement. マリー、あなたは、獣人とベストリアンの子との間にできた子供だよ」
「……えぇ?」
「理屈は簡単なことだと、ソヴァージュは言った。つまり、ツガイになれることが可能であれば、近縁種の証明ができる。知っていると思うが、ベストリアンには生殖器官はキチンと存在する。また生物は集いツガイとなって子を残すのは知っているだろう?ギ・ソヴァージュはそこに目を付けた」
テオフィルは研究室での一幕を思い出していた。片眼鏡の壮年はそこにいる。手前は研究資料の山、湿ってカビ臭いなか、奥には牢屋があった。
「生物に雌雄が存在する合理的理由はなんだと思う?」
「合理的理由?」
「子供というのは、1人で作れた方が結果的には子孫を増やすことだってできる、だろう?」
「いいえ、例えば同じ家系の子孫同士で交配を行った場合、奇形児が誕生する確率があります」
「あぁすまない、そんな生物学的なことを話しているのではない」
「……??」
「むしろもっと社会的なものの意味合いで、私は生物にオスとメスの区別があると考えるよ、テオフィルくん」
「……それは?」
「……競争さ。オスはメスを、メスはオスを選り好みし結果、研鑽を発生させる」
「それは理屈になっていません、競争とはつまり生存競争ですよね?生物の弱肉強食な大自然を前に、同族間で争う理由など……」
「我々人間にはあるじゃないか、そのイトマが」
「……?」
「我々人間は、銃という科学、科学という文明、文明という兵器を扱う集団だ。個それ自体に強さがない変わりに、集団で圧倒的優位性を確保した結果で、おそらく今の自然的地域を会得している。我々にはもはや自然的脅威は存在しないと、考えても良いだろう。そうなると、また問題が出てくる」
「……生存競争の相手がいなくなる?」
「そうだ、競争相手がいないことはつまり、極自然的なものとして生物にある、研鑽がなくなる。そうするといつの時か、我々を越える生命体が現れたとき対抗できないだろう」
「あまりに空論ではないでしょうか?」
「ベストロは事実いるのだ、より高度な戦略を取る怪物がいてもおかしくはない、例えばベストリアンなどはそうかもしれんだろう?」
「それは」
「飛躍した思考だと一蹴するのもまた人間の権利だ。だが、私のような考えることが仕事の人間には、些末なものだがね」
奥でそびえる牢屋からは、常に悲鳴が聞こえていた。その記憶にこびりついた悲鳴が、過去から今に渡り、テオフィルの脳内で反響する。
「……見ろ、このおぞましい姿を。このような現象はコレだけではない。むしろ高い確率で存在するのだ。なんとおぞましく、なんとけがわらしく、なんと不利益で不道徳だというのだろう。雌雄としての認識をするのであれば、このような残虐非道な行為など行えない。例えば君が動物だとして、他の動物にこのような悪辣な行為ができると?
そんな猟奇なことはないだろう。だがコレを見よ!このベストロはベストリアンである獣人をメスだ認識して犯しながら、空腹に身を委ねて、現在犯すメスを食らっているのだ。
生物が求める欲求は大きく分けて3つ。眠る、食す、増える。このベストロは横暴にも2つ同時に解消しようと試みている。なんとおそろしい、なんと痛ましい、なんと厚かましいことか!!見た前この姿をこそ人間を絶望へ叩き落とす常世の醜悪の全てだ。その子孫たる者など、どうして信用できようか!!このような行為に及べる者の血族など、誰が信用できるものか!!??そうは思わないか!!テオフ」
テオフィルは記憶の中で、もう一度ソヴァージュを殺した。筆ペンを膝に突き刺して、その上で首を絞めている。
(私だってそんなに周りに興味なにのに、いったい何が……正義にでも駈られたと思ったけど、何か違うなような気がする。人間の当然の行動に、ソヴァージュを殺すことがあったかのような感覚。コイツは殺さないとダメだと、そう感じた……)
記憶の中で、テオフィルは檻に入っていたベストロを、ソヴァージュの死体を使って檻の角に追いやると、食われ犯された無残な死骸が絨毯のようになっている中から、幼体にも見える人型のベストロを抱えた。
(……こんなことが世に出ればベストリアンの虐殺はきっと止まらなくなるし、ますます実験は繰り返される……)
テオフィルの胸のなかで、その幼な子は声をあげた。
「……助けて」
テオフィルは懐古を破り、現実に戻る。その口は、既に過去のことを話し終えていた。
「……この子を助けるため、いや……誰にも見られないため?なんだろうな、1人の女性として、被害者の全員の尊厳を守るためと言ってもいいだろう。そうして私は協力者を1人用意した、テオだ。そしてテオは1人、知らないところでエヴァリストの協力を得て、マリーを連れてオルテンシアを脱出。
さらにテオは研究施設ごと爆薬で即日に解体した……テオは、私より問題を深く考えてくれていたね。エヴァリストは相変わらずだったが。そしてテオは現場で私より先に発見されゼナイドとして、私に変わって事件の首謀者としてオルテンシアで指名手配にまでなり、私もまた重要参考人として捜索を手配された」
テオは振り返ると、エヴァリストと共にゼナイドへ向かった。ゼナイドはマリーを見る。
「……生きていたいかい?」
「……はい」
「そうか、君は恵まれたね」
「……あの、私のこの鎌って、なんなんですか?色々と使うのに馴れはしましたが……」
「それは、特科礼装なんていう代物、そこの少年少女らが持つような武器がない時期にソヴァージュが作った、攻撃に特化した武装だ。きっと特科礼装が案として通ったのも、変形武器という前例を作ったソヴァージュによるものだろう。始めは難色を示すが、後々考えてみると良かったなといった具合でな」
「私が拾われた先で、ハルトヴィンという人に出会いました。これを元に色々な人が関わって武器を作って、変形武器を使って、それで村を守ることも……ゼナイドさんは、科学が嫌いですか?」
「君はどうなんだい?」
「……嫌いになんてなれません。だって、大切なものを守ることができるんですから」
「……それでいい。なんだってそうさ、才能だって武器だって、力だって知恵だって、最後は持ち手に委ねられるんだ」




