二十話 青薔薇
二十話 青薔薇
銃声が鳴り響くオルテンシア。巨大な協会の真上、尖塔の最高所に、黒装束の者が立っている。鎖の垂れ下がる巨大な鎌を携えながら、塔の窓硝子ごしに、戦闘をする二人を眺めていた。
その者は、エヴァリストの顔をしっかり見ると、懐古に襲われる。霧のかかったような記憶の中に、その男が刻まれていた。
「嬢ちゃん、なんて名前だ?」
「……分から、ない」
「そうか……えぇ、いやマジか、ひょっとしておっちゃんのこと試してる?」
「……えっと、でも……そう、青薔薇?っていうのは、なんだか記憶にあります」
「青薔薇【ローザブルー】ねぇ……マァジか」
「えぇ?」
「ローザブルー、青薔薇騎士団……存在し得ない神域の部隊。俺くらいしかまともに知ってねぇ部隊だ」
「そんな、ものが?」
「あるんだなぁ、おっちゃんの家族、そいつらにやられちまっててよ。だまぁってなんとか掻い潜ってるんだが、いつバレるかヒヤヒヤだったぜ。こうしてお前と西陸を出てるワケだが、こりゃ久しぶりに自由を感じる。そうさな、ちょうど嬢ちゃんのような装束だ。黒じゃなくて、白だがな」
「家族……って、なんですか?」
「大切なやつ同士の絆だよ、嬢ちゃん」
「でもおトモダチとは違うんですよね……?」
「おぉ、まぁな」
「何が違うんですか?えっと、子供とかとはどう違いますか?自分で産んだりした、えっと」
「あぁああぁちょっと待ってくれ嬢ちゃん!おっちゃん結構、頭ぁ悪ぃんだ、えっと、何がなんだって?話は聞くさ、だがちょっとゆっくりめにだなぁ」
「……ありがとうございます」
「はぁ?」
「言葉を知っていても、使う機会、ありませんでした」
「……?」
「私はあなたを大切にします」
「……おぉ?おぉ、まぁいいけどよ……あぁそうだ、いやぁあんまり良くないか?いやどうだろうなぁ……お前の名前、一旦マリーでいいか?」
「えぇ?はい、良いですけど……それ、部隊名と被ってませんか?なんだか良くない気が……」
「わぁってる、あんまし良いの思い付かねぇんだ!一旦な?マジで一旦。あぁ後で良いの、考えてやっからよ!」
マリーは記憶を見つめる。胸元を掴むうようにする。
(私は、本当にもう一度彼に会って良いのだろうか?私は愚かにも、禁忌を犯した罪人だ。存在だけでも忌まわしいにも関わらず、恐れ多くも、あなたを慕ってしまった哀れな者だ。鈍感な貴方だ、あの数日、あの極短期間で、私が罪を犯したなどと気付くはずもない。でも、だからこそ、私は……貴方に会っても良いのだろうか?)
マリーは戦闘を眺めていた。
硝子越しに見える戦闘は目に見えて激化していく。片や、爆弾を背に食らっての高速移動と、日輪の片刃の刀剣による斬り込みと短機関銃。片や巨大な諸刃の剣に鎖で繋がれた分銅。
ゼナイドは短機関銃を掃射する。
エヴァリストが大剣を地面に突き刺して、盾のよいにして弾丸を防ぐ。その隙にゼナイドは柄付きの手榴弾を複数投げると、さらに自身の背後で爆弾を起爆し吹き飛ぶ。エヴァリストは大剣を床の石材ごと引っこ抜いて、怪力に任せて投げつける。
ゼナイド石材を切り払って高速で突撃し、エヴァリストの鎧の隙間に刃を通す。火花が散るのみで、切れた感触のなくゼナイドは一度は間合いを取る。脚力のみで一瞬にして距離を詰められる。エヴァリストがいたであろう位置に大剣が横たわった。
(武器を捨てて加速ですか……しかし、それで銃弾はどうするのです?)
エヴァリストは左拳を握る。
(利き手の大振り……あなたの攻撃はだいたいそうやって始まるのを、私は指摘したはずですが)
ゼナイドはその攻撃を避けると、空いた脇に前転するように入り込んで、短機関銃の引き金を引いた。
(直ってはいないようですね)
弾丸は、鎧などに弾かれながらも布に食い込む、しかし鉄の音のみが響き渡った。脇下のゼナイドにエヴァリストは腕部の鎧を鉄槌のように振りかざす。刀でいなして一歩下がる。転がる薬莢のなかに、凹んだ弾頭。ゼナイドは短機関銃をエヴァリストの頭部に向ける。
「何か、着ていますね?」
「ご明察。鉄を膜みてぇにしてあるんだ、しかも贅沢に10枚重ねだぜ、おんもてぇぇ、だがいいぜぇ、矢なんて一本も通りやしねぇ」
「矢?貴方ほどの武人が、ましてオルテンシアの兵士が、矢を警戒するのですか?」
「代々の家訓なんでな。力単体では、武器と数に勝てない。味方の誤射だろうとな」
「そうですね。ラブレー家の家訓は良い得ているでしょう」
「ラブレーねぇ……」
「何か?」
「……なんでもねぇよ、おらぁぁ!!」
言葉の言い終わるや否や、エヴァリストは瞬間的に大剣のそばに移動した。エヴァリストは追撃の弾丸を、大剣の柄を蹴り飛ばしてその場で回転させるようにして受け止めると、その回転の隙間からゼナイドの位置をしっかりと把握し、大剣を盾にして突撃する。
(位置を把握してから攻撃してはどうでしょう?っと、昔話しましたっけ。こんな初歩的なことを教えられたのは、きっと貴方くらいでしょう)
ゼナイドは空になった弾倉を抜いて捨てると同時に発煙筒を展開。エヴァリストは覚えた位置に到着して大剣を振りかざす。ゼナイドの姿は煙で見えない。
エヴァリストはやや姿勢を低くして、足音を聞いた。大聖堂の音の反響で、位置関係は把握できない。
「……あぁくっそ」
「あなたは。なんのために戦うのですか?」
「正義じゃねぇのは分かってんだろうが」
「……では?」
「おめぇが、可哀想だからだ。おめぇ言っただろ。あなたは私を殴れって……考え直せ、今からでも遅くねぇ、いやわかんねぇけどさ!」
「貴方らしい答えですね。でも遅いのです。ヒトは罪を犯した過ぎた。来るべき未来を、ただ私が迎えさせようとしているだけに過ぎない。外を見ましたか?」
「……いいや」
「民衆はベストリアンからの攻撃を恐れ防壁外周へ殺到。それを分かっている亜人・獣人も外周へ殺到。一方的な虐殺が横行し、女子供など関係はない。我々がかつて行ったものが返ってきている。ここにあるのは、たったそれだけなのです」
「だけって……お前なぁ!!」
「節度と慈悲、そして何より覚悟のない殺戮を、きっと差別というのでしょう。それに準えれば、もはやジンルイは亜人・獣人に差別される側。ヒトはもう、負けたのです」
「……あぁ……まぁ、そうだな……」
「そうです」
「……だが俺はどうだ?」
エヴァリストは、煙のなかで脚部に巻き付けていた。開脚し2度回転し、一度目で鎖を張り詰めさせ、二度目でゼナイドを転倒させる。ゼナイドの短機関銃が地面に落ちる。その音などで、エヴァリストは判断を下す。
(転けたな、ぜぇったいに今転けた間違いねぇ!あとはしっかり位置確認、煙は……)
エヴァリストは全身を力ませる。
「邪魔だぁぁぁ!!!」
逆立ちしていくように動き、背中と肩を重心に置いて、一瞬にして幾度も回転。鎖に繋がれた分銅を遠心させ風圧を発生させ、煙幕を晴らす。立ち上がろうとするゼナイドをエヴァリストが捉えた。
エヴァリストは横回転を止め、腕の力だけで飛び上がると縦に自身を回転させ、片足に巻き付いた鎖ごと分銅を地面に叩きつける。地面に引っ付くように足をつけたエヴァリストの先には、地面がまっすぐに鎖と分銅で割れており、ゼナイドが微動もせず横たわっている。
「終わりかぁ、この頭でっかちがよおぉ!」
「……」
「……死んでねぇことくらいわぁってる。ちゃっちゃと起きやがれ」
「……無理……です」
「あったぼうよ、だぁれの一撃貰ったって話だぜぇ。立つんじゃねぞ、このまま引っ捕らえるからよぉ、殴るのは後だ、すぐにでもオルテンシアの亜人ども獣人ども全員をどうにかしなきゃなんねぇ、まず出所がわかんねぇしな」
「……大方、予想は付きます。あの研究施設だけではなかったのでしょう」
「なんの話だ」
「……分かるとすれば、あの人くらいでしょうか?」
「姉貴か……!」
「その呼び方、嫌がってましたよ」
「マジかよ、謝んねぇとな……」
エヴァリストの後方で、銃を構える音。教皇アンブロワーズは、エヴァリストに切り詰めた先込め式の銃を向けていた。
「教、皇、様……??」
尖塔の窓硝子は再び破壊され、黒装束が鎌をもって教皇に飛びかかる。陰から飛び出た白装束がその攻撃を防ぎ、黒装束は吹き飛んでエヴァリストの目の前で着地した。
「……お前、おい……マリーか……!?」
「……見ましたか、今の」
「あぁ、いい一撃だったじゃねぇか」
「……あの老人は、貴方に銃を向けました。この意味が分かりますか?」
「……もう、守る理屈はなくなったってワケか」
白装束は軍列をなして不規則に動き、エヴァリストたちを取り囲う。アンブロワーズは両手を広げ、光を浴びるようにして微笑んだ。
「……駒は、取られる前に砕いておかねばならん」
エヴァリストはゼナイドを担ぎ、マリーは全方位を警戒する。
「いけそうか、マリー」
「……いいえ」
「力単体じゃ、数には勝てねぇ」
「それはただ、警戒しろという訓戒でしょう。あなたならきっと、この場を脱出できます」
「ちゃんとお前もだからまぁ、マリー!!」
アンブロワーズは号令をかける。白装束の半数は銃を取り出し、半数が剣を取り出した。
銃声が鳴り響いた。
鎌を振り回して弾丸を弾くマリーは、アンブロワーズが不必要にも前に出てきているのを見る。マリーは構えるも、ゼナイドに止められた。
「待て、それは罠だ!」
アンブロワーズは再び光を浴びるように両手を広げ、頭を上げる。ゼナイドは状況を考えた。
(駒……エヴァリストさんは確かに利用されたいた、辛くも彼は一応はしっかりと兵士としての役割に徹した。研究施設のとき、しかし彼は確かにマリーを連れ出し、西にある奈落へ逃げた。正義の在処ではない、彼は己の信じる方向こそ正義なのだ。そんな彼でも、銃を向けられたとあれだ嫌でも敵に……味方のままにしとけば良かったはず……なぜ彼は銃を向けた?そしてこの白装束は……?)
エヴァリストは溜め息を放つ。
「はぁ~……遂に現れやがったな?このクソッタレ部隊。てめぇらを相手取るのは始めてだが、しっかりとその強さは覚えてるぜ?ガキのころ、いきなり親父たちがぶっ殺されて以来、ずっと探してたんだよ。やぁっと掴んではすぐ切れて……だがいまここにいる。つまりだ」
エヴァリストはアンブロワーズを指差した。
「つまり、お前は敵ってことだ!!」
「理解が早くなったようだね、エヴァリスト・ラブレー。いや、エヴァリスト・メイデントール、かな?」
ゼナイドの知見の外の言葉であった。
「メイデン……トール?」
エヴァリストは指を向け続ける
「悪いが、俺はなぁんにもお前らのことは知らねぇ。だが一方的に知ってるってことは、きっとこの血には何かがあるんだろう……そうだな?」
ゼナイドが立ち上がる。
「エヴァリストさん、あなたはどのようにして、彼らから生き残ったのですか?」
「どうって……わりとデブだった親父の死体に、ガキの身体がすっぽり収まって難を逃れたんだよ」
「しかし、死体の裏など確認されるでしょう……あなたはその場に放置されたのでは?」
「つまり?」
「目的は滅殺ではないということ、むしろ血の外、言葉、貴方の血筋がおそらく受け継いでいる、なんらかの情報なのでは?」
「……ローザブルーのことを知ってるから、とかじゃねぇってことか」
「……発煙筒を使います。各自逃げる方向性はどうでしょう」
「どうだろうな、囲いをどうにかできるとは思えない」
マリーは構えを維持し。白い装束、ローザブルーたちを見る。
「……貴方たちは、何をもって戦うのですか?貴方たちは、何を思って、誰を思って、戦いますか?」
ローザブルーたちは微動もせず、凝集している。
「……大切なものがなくたって、ヒトは、ベストリアンは、戦える。戦いたくないのは、死にたくないだけじゃない。戦いたくないのは、自分の命が消えたとき、悲しむ誰かがいるからだと思う、悲しませないための、優しさが死を遠ざけようとする。でも貴方たちは何?自分すらなくて、戦いに赴いて……貴方たちは何者になったつもでいるの?貴方たちにはそれがある?誰か1人でも、貴方が消えて悲しむ者はいる?」
マリーは胸元を掴んで、深く呼吸した。
「私は、そんな奴らの剣じゃ、そんな奴らの銃じゃ死なないわ!」
ローザブルーたちは一斉に引き金に指をかける。マリーはしかし外で鳴り響く銃声が、反響しているがやけに近くなっていることに気付いた。
(……さっきから、何の音?)
マリーが耳をすませると、足音が3つあった。天井の窓硝子付近と、聖堂の外側。マリーが上を見つめると、明暗により輪郭はボヤけるなか、人影があった。
幾度も銃声が響き渡り、ローザブルーたちが何人も、一瞬にして倒れていく。天井からの銃撃は、アンブロワーズの側にいるローザブルーを打ち砕いていった。
議会を行う聖堂の手前に発煙筒が投げられ、白煙にまみれて大鎧が機関銃を持って侵入。明らかな脅威にローザブルーが射撃をする。
全弾が大鎧に命中し、姿勢を崩す。崩した大鎧と、天井をローザブルーが射撃する。大鎧は撃たれながら立ち直し、機関銃を手にして走り込みながら掃射していく。エヴァリストはゼナイドとマリーを掴むと跳躍し大鎧の後方に飛び込んだ。天井から手榴弾での爆撃が敢行され、ローザブルーのほとんどが死に、そして負傷した。アンブロワーズは顔をまっすぐ、機関銃に向けている。
「……仮に、私が負けたとしよう。私は、何に負けた?少なくとも正しさではない。私がは科学という忌々しい怪物に負けた。正義でも、大義でもない。そこに寛容さなどなく、ただ冷徹に処されただけに過ぎない。例えば、大きな怪物がそこにいるとしよう。怪物は厄介だ、全てを呑み込む。だがここで何でもよい、何者かがその怪物を打ち払ったとする。それは何だと考える?」
大聖堂に響くアンブロワーズに、天窓から紐を縄を垂らして降りるヴァルトが答える。
「お前の頭が悪かったってだけだろうが」
「いいや違うな。怪物を倒したものもまた、怪物だったということだ。善悪に優劣はないのだからね、あるのは対外的・排他的な力の優劣だ。傍観者から見れば、君らもまた怪物と見えるだろう。君らは正義という怪物であり、私やベストリアンは悪という怪物だ」
「グダグサうるせぇ!おいエヴァリスト、そいつを引っ捕らえろ!!」
エヴァリストは頭をかいて、笑った。
「はっはっはっ。いいねぇ坊主、あとでぶん殴ってやっからなぁ!」
大鎧は機関銃を二脚で地面に置くと、顔面を覆った鉄帽を取る。長い髪をなびかせ、そして地面に転がった何十という死体を見た。ノイが静止しているのを見て、リンデが駆け付けた。
「……大丈夫?」
「なんだろう、なんだろうね……私、こういうこと全然してないなぁって思ってた。みんなが先に解決するか、決着つけるかして……私、ちゃんと背負うよ。みんな自分のことでいっぱいいっぱいかもしれないのに、こんなこといっぱいしてる。私だけ根を上げるなんて……絶対にダメだって分かる」
「……強いね」
「みんなの方がね、でもありがとう」
フアンがその場に遅れて合流してくると、ある人物を連れてきた。もう片方は深々と頭巾を被って後ろに手を組んでいる老婆。痩せ細った女性がその手を掴みながら支えるように歩いてくる。エヴァリストはその目を合わせ、そしてゼナイドは振り返ることをしない。マリーはエヴァリストに声をかける。
「……あの方は?」
「お前の母ちゃんだろうな、そうだろテオ」
テオは振り返ることなく、黙っていた。
「……おいテオ、ほらぁ、姉貴だぞ、久しぶりの再開だろ?なぁにモジモジしてやがる、シャキッとしろシャキッと」
姉貴は、溜め息をついた。
「そんなこと、私は期待していないよ。いいさ」
「姉貴……」
「その呼び方は嫌いだが、今となってはむしろ正しい。だが今はテオフィルで名前を通している」
「……すまねぇ俺は……コイツを止めてやれなかった」
「いいさ、私が悪いんだ……なんせ旧イノヴァドール・聖会研究施設、そして当時の局長であるギ・ソヴァージュ。全て私が葬ったのだがら」
場にいる全員が、言葉を失い、あるいは純粋に沈黙していた。テオは振り返る。
「……違う、私がやった」
「私が引き金だ、あなたが背負う必要などない。只でさえ対外的には、あなたがやったこととして処理されてしまったいる。そして今やあなたは、きっと世界すら敵に回しているのだろう。持ってもらえていた重荷を、持つべき者が持つだけだ」
「……だが!」
「私は、本音を言えば逃げていたかった。ずっとずっと、私のことを誰かに知られることが怖かった。私がソヴァージュを殺したときから私の時間は止まっていた。覚悟のない、自制できなかった突発的な殺意に任せて、私は引き金を引いた……テオ、背負ってくれてありがとう」
「……少し、変わりましたか」
「ほうれい線なら増えたな」
「……少し、大胆になったように思えます」
「まさか、私はいつまでもその逆の人間だよ」
マリーは、老婆に近寄った。
「……あの」
「……私は母親ではないよ。でも……いや、全て話そう」




