十八話 戦列
十八話 戦列
曇り空の傘下、兵士の双眼鏡に移る、ポツポツと小さな黒点。イェレミアス西部で、複数の防衛部隊が一斉に確認した。
「……あれ、なんだ?」
黒い点は、時間と共にさらに黒点を連れ拡大していく。その黒点は色を視認できるようになっていき、その小ささを裏付けていく。角など一つもない、純然たるヒトの戦列は小さくて、幼くて、その戦線は一重に泣いていた。兵士たちの1人が、脳を開け、被り物は空に飛び、流血を始める。射撃はそのヒトの児童の戦列後方からあった。戦列最前列を児童とし、後方からベストリアンたちが銃を構えて移動している。
「あいつら、子供を先頭に行軍してやがる!!」
「応戦しろ!!」
「あんなん撃てるか!!」
イェレミアス、レルヒェンフェルト内部、バックハウス家邸宅。食卓に使用される長い長い机を利用して、亜人・獣人と人間による国に秘匿の会議が起こった。ギムレーから渡ってきたヴァルヴァラやイェングイなどは、やはり他兵士のように貨物に紛れ、そして会議に参加する。ユリウスとヴァルヴァラを中心に会議が進行する。
「じゃあ状況を説明するけど、話にあったように、ギムレーの戦闘員による挟撃作戦は未然に防ぐことに成功した。フアンくんとナナミちゃん両名は現在のところ治療を行っている……そして本題だ。ついさっき、ここレルヒェンフェルト西部に、亜人・獣人の混成部隊が、戦列の先頭をオルテンシアで取ったであろう児童を先頭にして、まるで遮蔽のように使いながら行軍をしている。部隊の展開が消極的なため数は少ないだろうが、逆にしれこそ、児童による防壁が機能する理由にもなっている……」
ヴァルヴァラは、赤毛をややむしるような力で引っ張る。
「我々は問われている……倫理や道徳を、損得により超越して良いのかどうか。ギムレーからミルワード、そしてここイェレミアスに来た人員であっても、ニンゲンとは中立でいたい考えを持つのだっている。だがそれでも、いくらか君ら同族よりはためらいなくうちぬけるだろう」
「それはつまり、児童ごとあの戦列をこちらから叩くと……?」
「亜人・獣人は、人類より優れた身体を確実に有する。兵器、つまり科学というものがなければ、まともに太刀打ちできるものではない。それの接近を許す……近接での格闘戦に持ち込まれた時点で、人類側は圧倒的不利に追い込まれる。例えどんな剣を装備していようとな」
「今の時点で、我々の有利な射程距離と制圧力、銃と大砲を使った応戦が望ましい……」
「あぁ、それと時間もかけられない。夜になれば夜目の利くのを先頭に行軍は続行される。そして何より、戦列の子供らにまともな扱いを受けているかも疑問だ」
「倫理と合理、その両方が子供らの即決での銃殺を……我々は強いられている……」
椅子に座っているイェングイは、頬についた綿紗を撫で、うつ向いていた。
「……私は……」
「賛成しない、そうだな?」
「……いいえ、賛成です」
「何……??」
イェングイは、腹を押さえるようにした。
「私の妻の思惑は、予想はできていた。しかし私自身、結局そこを追及することはできなかった。怖かった、理解するのも、理解しようとしている私も。私は、自分の家族だからと甘く見積もった……子供を利用して私もまた生きている。今になって、倫理などと問えますでしょうか?いいや、できますまい」
「君は、子を失うことの恐ろしさを知っただろう……反対しないのだな?」
「あなただってそうでしょう。家庭の男女比からして、あなたの家族は男児をギムレーの防衛に充てていた。あなたは悲しみを分かっている上で、尚上に立つ者としての行いを遂行している……私だけがまともを演じ、まともであることを享受しようなどとは思いません。
戦争は、まずヒトの倫理を拭き取る所から始まるのですから。子供の価値を、倫理を超越して例えましょう。そこには将来的価値のみが存在し、現在ある存在に対しては、なんら寄与しないものなのです。
投資に近い価値基準のなか、我々は常々、子供を宝とする文化を形成することで、その倫理を守ってきた。だがここでは別の問題が発生しています」
「君、少し落ち着きたまえ」
「この戦争の勝者である人種こそが、西陸、あるいは世界を制圧するのです。ミルワードの方々の情報を裏付けとして球凰【キュウファン】の実情を照らし合わせれば、世界は既に未曾有の大災害の跡しかないでしょう。残っているのは我々だけの可能性が極めて高いのです」
「それは……そうだな」
「生き残った、戦争を起こし得る存在は、アドリエンヌ、イェレミアス、そしてギムレー。この戦争で既にアドリエンヌは敗者、ここにいる我々がこの戦争に勝利しなければ、今戦列に並ばされて泣いている子供の数より多くのニンゲンが悲しむことになる。勝者がギムレーになってはいけない。イェレミアス、つまり人間が勝利し、世界を手にしなければいけない。ヴァルヴァラ様のように理解ある亜人が、獣人が、相手側にいるとは考えられない。しかもこの時勢まで足を引っ張る、ベストリアン差別こそが元凶の戦争。今後理解ある者が生まれる保証もどこにもない。この戦争に勝たなければ、ニンゲンとベストリアンの、社会的地位は逆転し、ジンルイは今後は被害者として、差別の歴史を辿ることでしょう。100や200の子供が悲しむだけではありません。そして……その流れは、ジンルイとベストリアンがいる世界がある以上、なくならない」
「……復讐の連鎖は必ず起こる。そのために、子供を殺す?」
「正義の有りかなど、今は問われていはいません……別段、正義はヒトの腹を充たすものでもない、心を充たすものでもない。正義はその相対性に現れているように、ただ世界を動かす動きを準えている、機能的な言論に過ぎないでしょう」
「知恵ありと自称することしか、我々にはできない。その証明としての正義の存在・その台頭こそ、我々が最も我々を我々たらしめる。正義はいつ何時でも問われるべきだ。賢さよりズル賢さが貴ばれる世界など御免だ。如何せんそんな世界など末恐ろしい」
「……であれば、私は何も思い付きません。ここから我々が勝利する方法など」
バックハウス邸の門前を飛び越える、決して満足していない五体の男。長い金髪のよく映えたそれはやけに水が滴っていて、大きく息を吸い込んで、大声を出す。
「何か、何でもいい!!何か、手伝えることはないかぁぁぁぁぁぁ!!!!」
大きな歩幅のそれは、破壊でも企んでいるかのような勢いで扉を叩く。一番はやい速度で走ったノイが扉を開け放った。そこには右腕のなくなった、鎧を着込んだ男がいた。
「……えぇ?」
「おぉ、ノイちゃんじゃないか!!久しぶりだな!!」
「テ、テランス……!?生きてたの!?」
「ハハッ、なんとかな!!」
「ずぶ濡れじゃん……雨とかは」
ノイが空を見る。とくに降ってもいない。
「……汗??」
「違うぞ、そこまで汗かきじゃない!水だ!川を伝って……いや、あれはつたった言えるのか……??」
ヴァルトが合流し、話を聞く。
「ヴァルト、久しぶりだな!!ちょっと話を聞いてくれ!!ほら、奈落にあったワケ分からない川の話だ!!」
「……奈落の、川?」
「あの真っ青な川の話だ!僕がケルベロスに食べられそうになったとき、エヴァリストっていう人に助けられた!そしてそこから救出された僕は、彼なりに治療を施してもらったあと、色々と情報を手に入れながら、奈落にもう一度向かったんだ!」
「危ねぇことやりやがって……ベストロはいなかったのかよ」
「あぁ……まったくいなかったな。だが奈落の内部にはいたぞ、数は少なかったがな!いや、それよりも」
「奈落……川……水……まて、じゃあお前」
「あぁ、この辺りにあるだろう!?突如として水源のなくなった川が!!」
「フェルス川……北部末端の村落から南方の海まで、西陸を縦断する川だ。ベストロ出現とほぼ同時期に上流からの流れが止まってる……」
「奈落にあっただろう、水源が不明の川が!!」
「……マジかよ」
「マジだマジ、ほとんど賭けでとりあえず突っ込んでみたら不思議!!フェルス川の上流にたどり着いたってことさ!」
「それ、いつやった……??」
「ついもつい、さっきさ!!」
「……ほぉ」
「バックハウス家は君らと仲良しだってどっかで聞いて、とりあえず走って来てみたんだが、当たっていたようだな!!で、今何を話してるんだ!?」
「お前の賭け事が成功したお陰で、ガキを殺さなくてもよくなりそうだ。お前、今すぐに戦えるか??」
「えぇ?いやぁ、武器とか修理して欲しいところだが……あと腹が減ったな」
「……反転攻勢だ。俺たちですら思い付かなかったこの経路、がら空きの背中に、鉛弾一丁だ」
「何のっ……話だ……!?」
ヴァルトは即座に議会へ切り返し、ヴァルヴァラへ発言した。
「おい!」
「おいとはなんだ、一応私は国王だぞ」
「鉄材、火薬、旋盤、なんでもいい、銃が作れる施設が欲しい。あと、エッケハルトだったか?速度の出て、水を怖がらないやつがいる」
「いきなり出ていったと思ったら……」
ユリウスが手を二回叩いた。
「はいはいーい、ご注文入りましたよー。でぇ、旋盤ってなんだ?」
「陶器作るやつ横にしたみてぇな、鉄材グルグル回して削れるようにするやつ。銃身作るのに使う。弾丸は今あるやつ、303ミルワードに対応させる
ヴァルヴァラが机の資料を眺める。
「ノンナに作らせるか?」
「できんのか?」
「あの子ならなんでもできる、甘く見るな。で、デカイ口叩いて何作ろうって?」
「機関銃だ。ミルワードでの話にあったんだが、聞いた感じでなんとなく理屈は分かってる」
「分かってるって……仮に、それ作ったとして、どうするのさ」
「フェルス川から水源を辿り奈落へ、奈落から這い上がって一気にオルテンシア西部。敵の裏をかいて、こっちの最大戦力をぶつける」
「最大戦力?」
「……俺らだ」
―レルヒェンフェルト北部へ―
ゴツゴツとした岩のような筋肉量を持った馬、エッケハルト。
腹に斬られた跡がある。草原を越えて、川魚の骨を踏み越えて、一筋の光のようなものが水源から先に雪崩れる水を飲み込んでいた。馬にまたがるのはフアンは、その足を縄で馬に固定している。
(なんで僕が乗ることに……僕、この馬を斬ったんですけど……しかも治ってるし)
連なる馬車はほぼ完全に内側から塞がれており、内部には3人、ヴァルトとノイとリンデ。ノイが謎の機械を触っている。
「ここをこうしてこう……んん????」
「ん?じゃねぇ、マジで簡単に使えるんだって。引き金引いて、終わりだ。いいか、現場に着いたらドカドカ撃ちまくれ」
「うぅん、あぁこうやって弾を……はい、できたっと」
「できてねぇ、棹桿を引っ張れ。弾が出なくなっても同じようにな」
「えっどこって?」
「そうかん、だ。もう一回、装填の練習をだな……」
リンデがヴァルトとノイを見ていると、フアンから指示が飛んだ。リンデはヴァルトとノイを伏せさせる。
エッケハルトが光の筋に飛び込む。速度の感じから、水流の方向が変化するのが分かる。逆流に突撃したにも関わらず、流されるような感覚がフアンとエッケハルトを包み込んだ。濁流に呑まれ、しかし脚力に任せて馬車ごと水から引っ張りあげながら川を上がる。赤く湿って白骨化したような地面を足で踏み、口から水を吐き出す。フアンは全身の服を搾りながら、縄を剣で切って馬を降りると、馬車に声をかける。
「息苦しくないですか?」
「あぁ、大丈夫だ。さっさと抜けちまおう。地形は覚えてるよな」
「了解です」
フアンが先導し、馬がそこに着いていく。肉々しい森を持つ山岳の地形を抜けると、指骨の木々に生える扁桃の葉は枯れはじめ、荒野にそびえ立つ岩山のような、赤みを帯びた、血肉に類する材質の大地へたどり着いた。そして更に先へ向かうと、乾いた岩肌がトグロを巻くように下に向かっており、徐々にそれは砂地に変わっていくのが見える。
「前に来たときと……変わってないですね」
フアンは、この道を少し戻ると、天使の死体が大量にあったのを思い出した。
(あれも……結局何だったんだろう。話ができる天使はもういない……結局、天使ってなんだったんだろう)
中央にある、地上へ繋がる穴の方向には、筋骨が十二分にある、ややくたびれたような一対の首の犬のベストロがいた。片方の首がいっそうくたびれており、常に喉から何かを吐き出そうとしている。フアンは奈落から脱出したとき、多数のベストロに囲まれながらその絵付きのベストロに襲われていたのを思い出す。
「あれは……オルトロス!」
フアンは馬車の中にいるヴァルトにそれ報告すると、内側から加工を破壊して、誰かが出てきた。
「ノイ、初陣だ」
しばらくして、硝煙の香る奈落に、蜂の巣のように穴だらけになったオルトロスが倒れ込んでおり、喉のシコリから飛び出る刃が見えた。ヴァルトはそれを見る。
「……コイツの動き、ちょっとぎこちねぇと思ったが……あんときぶん投げてたやつブッ刺さってたのか」
リンデの記憶に、赤毛の少年が映る。




