十七話 再開
十七話 再開
短い辺の入り口と長い廊下を抜けた先、裁判所や取引所を完備する高機能な礼拝堂。採光用の高窓には聖人や天使が描かれており、控壁により階層を重ねて、天上まではどこまでもあった。太い一本の円柱や束ね柱、およそ1万の人々は収容できるであろうその内部は、今は負傷者の寝台で敷き詰められていた。
包帯が足りないと神父が叫ぶ、しかし神は与えはしなかった。妹が死にそうなのですと誰かが叫んだ、しかし神は与えはしなかった。ふざけるな、何が神だと誰かが叫んだ、近衛兵は銃を構え放ち、誰かが倒れた。
「……これは試練である、信仰を疑う者は、ベストリアンと見なし射殺する」
神父が近衛兵に駆け寄った。
「すまない兵隊さん、あんたの服、キレイだから包帯にできるかもしれん、なぁ頼む!!」
近衛兵は神父を引き剥がし、神父が地面に倒れる。近衛兵は、深々と被った帽子を整える。
「あなたの服を破ればいいじゃないですか」
「治療に専念していて、すでに服は血で汚染されている!そんな不潔なことできるか!」
「信者の血が不潔だと、貴様そう言ったか……!?」
近衛兵が先込め式の銃の銃床で神父を殴打しようとしたとき、銃に手がかざされた。その首には紫色の帯を纏っている。
「司教、様!?」
「分けてあげなさい。あなたが守るべきはここの治安であることは言うまでもないだろう。試練はみなに訪れているのだ」
「……了解、いたしました」
司祭と呼ばれた者は、歩いていく。
「……御光のご加護があらんことを」
司祭はさらに奥、礼拝堂の最奥へと向かった。そこには席で取り巻き囲うような空間があり、中央には円卓が設けられていた。
座席の数だけ筆などが存在し、各員が席に座っている。その全員が、紫色の帯を首から下げていた。それらはざわつき始める。更に奥には、登り階段の先に風琴があり、その座席の前には、酷く滑稽なまでに豪勢な装飾が施された席があった。
そこには、痩せこけるようでいて健康状態は良い老人が座っている。歩いていく司祭は、その光景に含まれる平均年齢に目を向けた。議席は、全て埋まっている。議席に座る者らは、席を立たずして、短く切り削がれた先込め式の銃を構える。各員が口を開いた。
「貴様、何者だ……?」
「どうやってここまで……それにその服装……?」
最奥の老人の声が円卓に響く。
「……殺しなさい」
議席の者らが一斉に銃弾を放つ。司祭は厚手の服装の裏から取り出した穴空きの銃身を持つ短めの小銃を取り出し、引き金を引いて弾丸を連射した。
矢継ぎ早の射撃の一発づつが、集団的に射撃を行う議席側の弾丸とぶつかり合い、相殺されていった。半身になって回転しながら飛び上がると、足元に爆弾を投げて起爆。円卓の中央に降り立つように吹っ飛びながら、空中で周り、また照準を合わせて議席の各員を撃ち殺していく。直線上に残った最後の議員を、さらに服装に隠していた刀を空中で抜いて投げ、頭部を貫く。銃を構え最奥を警戒しながら、刀を引き抜いた。
「……見事」
「会議に秘匿性を持たせるため、近衛兵すら置かない……前々から、知っていたことです」
「その声……ゼナイドくんか」
「お久しぶりです、アンブロワーズさん」
「サンはつけぬか……しかしその服装……そうか、エヴァリストくんが宝剣デュランダルを盗み出したとき、変装をしていたという説があったな」
司祭は服を脱ぎ捨てる。黒装束を身体に纏っていた。
「君の先導者としての起源は、君の出自にあると私は見ている。何を思った?この世界を、破壊したいなどと思う理由は何だ?」
「……旧聖会の現場はどうなっている?」
「基礎工事の基盤から全て破壊されていた。我々でどうこうできるものではない。あれがどうしたと?」
「……ギ・ソヴァージュ、この名前に聞き覚えは?」
「聖会、第一席、君のいわば上司だな。この国の科学を底から支えた男だ。きみらが破壊した旧聖会研究施設に、今も埋まっている。彼という者の損失は大きかった。イノヴァドール、国立研究施設は年々予算を上乗せしているにも関わらず、いまだ成果は乏しい。何より。銀がベストロへ有効であることの証明、先込め式歩兵様小銃、車輪を着けても反動が吸収できる大砲。しかし、驚きのある成果とは、得難いものだ」
「……あくまでも不干渉、と?」
「何を言っている?」
「あの施設の地下で何が行われていたのか……そして、いまだ亜人・獣人はこの町に、自然発生するかのように存在している。貴様は、本当に何もしていないというのだな……?」
「……もしや、君はベストリアンの出所が、私たちにあるとでも?」
「……やはり、この土地はすべてひっくり返さなければならない。いいやあるいは、全て埋めてしまった方が良いのかもしれない。悲しみは埋めてしまうわけにはいかない、だがあれほどのことは……あれほどのことだけは……!」
高窓から声が聞こえる。
「テェェェェェェェオォォォォォォァァァァァァァ」
高窓は打ち破られ、机は砕けた。
エヴァリストが槍に乗って礼拝堂の円卓中央を破壊する。埃のなかから、骨を鳴らす。ゼナイドは、銃をアンブロワーズに構えたまま、刀をエヴァリストに向けた。
エヴァリストは髭が白く、鎧の布地は家事現場で燃え残ったもののように黒焦げており、しかし本人がいたって普通であった。ゼナイドはもはや笑った。
「ははっ、髭すら真っ白ですか。飛行船の浮遊ガスは引火性があるというのに」
「んなもん脚力でどんだけでも避けられるっつう」
「まったく、あなたという人は」
「銃を下ろせ、兄弟」
「彼は、この国の罪を、おそらく全て知る者です」
「知ってるだけは罪じゃねぇ」
「ですが、多くの者を結果殺しました。彼の率いる聖典教は、科学をもってベストロを討伐できるにも関わらず、剣や槍の使用を兵士に強制する」
「それは、神が望んでるって話だろうが!」
「ヒトを幸せにするための神だ!戒律だ!!そして信仰だ!!!そうだろう!!??ヒトに死を近付けるものなど、神でも何でもない、ただの殺戮者だ!!!!」
一瞬の静寂ののちアンブロワーズは、拍手を始める。
「エヴァリストくん、君は旧聖会を破壊した罪人である」
「……はい、間違いありません」
「ははっ、いいや違うな。私の見立てでは君は破壊を命令されたに過ぎないだろう。そこの兄弟という存在にだ。私という人物はもはやこの西陸世界でもっとも怪しい人物だ。それを疑わず、罪人だと決めつけることなく、正義を語り、そこに立っている。
それが、破壊と殺戮、研究所に当時いた人物、その全員をあの地に埋めた人間だとは、考えられない。ゼナイド……いや、テオフィル・バルテレミー。君は根回しをして法的に合法化した名前の変更の手続きで、テオフィルからゼナイドへと名前を変えた。そして君の同級だった才女、ゼナイドくんはテオフィルに名前を変更した……私は、聖会の問題の原因は、テオフィル・バルテレミーとゼナイド・ブランシュール、この両名に起因すると考えるよ。
エヴァリストくん、私は君に罪のない、少ないを信じている。罪人としてではなく真の英雄として、戦士ゲオルギウスに並ぶ栄光は欲しくはないかい?あるいは、君が罪人として誰かの罪を被ることを……認めてしまうというのも、私はいっこうに構わない。ただひとつ、私は罪人ではない、そして彼は罪人である。全て踏まえて、次の一手を頼むよ?」
テオフィルは、刀を強く握った。エヴァリストは床に刺さった槍を割れた高窓の投げ、風圧を礼拝堂内に響かせる。そして、鎖の巻き付いた大剣を抜いた。
「すまんテオ、俺は不器用だ……俺はわかんねぇ、お前の目的は教皇を殺すってなら、俺は……やっぱ止めるべきなんじゃねぇかって思うんだ、これは合ってるよな、兄弟」
「正解です。なぜそう思ったのですか?」
「あのクソデカイ、女なのかバケモノなのかわかんねぇのを見たら、思ったんだ。俺が思ってるよりずっと、お前は俺たちのことが嫌いなんだろうなって。んで俺らの一番上ってなんだ?神だ、だが神は殺せないだろう?だから教皇様を……ってな」
「正解だったという訳ですか。確かに、信仰の中心を葬ることは、ことアドリエンヌの民、そして西陸にいる者の寄る辺を喪失させる行為です。寄る辺なきニンゲンなど傀儡以下、獣と同程度になりましょう」
「……いいんだな、これで……!!」
「……いいですよ。久しぶりの、一対一ですか」
「悪いが、俺は頭使えるようになったぞ、テオ」
「そうですか。それはそれは……苦戦しそうです……」




