十話 青々と蹄、山抜き越えて
十話 青々と蹄、山抜き越えて
ヴァルト達が馬車で走っていると、フアンが操縦中に後ろを振り返る。
「どうしたのフアン?なんかさっきも扉の方向見てた気が……危ないよ」
「いえ……違和感というか」
ヴァルトが一緒に後ろを眺める。
「あのゴミ野郎がまだ生きてんだとして、あのネズミ供が上を襲ってない訳ないだろう……でもどっかにまだ繋がってるだろうな、別の入り口がないか聞いてそこへ行くぞ。つかメロディ達はどうなってる?」
「そろそろ、その付近ですが……まぁ心配ないでし……あぁ、ほらね?」
フアンの視線の先で二人組が、ベストロの死骸の中で足の踏み場を減らしながら戦っていた。クマの名付きやオオカミの名付き、イヌの名無し、ネコの名無しなどとにかく様々な種類のベストロが死骸としてそこにあった。パメラが数体のオオカミのベストロと戦っているのが見える。
「ホォワァァ!!」
裏返るような掛け声と共に、口を開けて向かってくるオオカミの名無しを殴り飛ばし、殴った拍子の体の少しの軸回転を利用して体を回転させ、体を横に向けるようにして跳躍し回転、爪先の剣を先頭に、へばり付くように着地して絶命させる。そのまま低い姿勢から回し蹴りで数体のベストロを討伐し、残る1体のイノシシのような名無しに急接近し、掛け声と共に短い距離での瞬発力での強打で吹き飛ばした。倒れ込んだところに、メロディが飛び上がって直剣を突き刺し絶命させる。
「あ、へ~そう、トドメは奪う感じね?」
「動けと言っただろう?」
「剣咥えたままで喋らなくて良いの~?」
「やめてくれ、本当にアレは一生の恥だ……!」
「でも初めてじゃなかったでしょ?」
「それが1番の恥だ……!」
半獣の羊の人型が2頭現れる。
「サテュロス……掴まったら首を切るように食われるぞ」
「怖いわねぇ、でもお母さん負けないよ!!」
「お前に近い右から行くぞ、私が撃ったら走れ」
すかさずメロディはその右のサテュロスに駆け寄る。射撃d3目をやられた隙に、溜めを作った足で膝を強打し転倒させる。パメラは飛び上がり全体重を首に乗せるようにして落下、鈍い音を響かせ首の骨を折って戦闘不能にさせる。次のサテュロスが急接近してパメラを掴もうと両腕を広げて近寄ってきた。メロディの射撃は目に当たるが怯まない。
「引け、パメラ!」
「あえて!!」
パメラはあえて前に、後ろに回転するように跳躍した。前進してくるサテュロスの運動をも利用し、回転とそれで起きる力を爪先の刃で発揮し、脇の筋肉を抉り取りながら通り抜けた。振り向こうとした隙にメロディは剣でその傷をさらに広げ出血させ、血液を剣で受け取り、サテュロスの目にかけた。視界を奪った隙にパメラは水をすくうように手を合わせ、そこにメロディは踏み込み跳躍し、サテュロスの首を通り抜けながら切り落とした。
「……どうにかなったわね」
メロディの隣に馬車が到着し、馬車に乗る全員がメロディと目を合わせた。
「……」
「おう、まぁなんだ……お疲れ」
「メロディさん、下水道なんですが……その、出口は他にありませんか?」
フアンは全てを話すと、メロディは……ノイを抱き締めた。
「……よく生きた」
「……最初の友達、だったんだ。また……動けなかった……」
「それはね、ヴァルトくんやフアンくんが凄すぎるだけだよ」
ノイはヴァルトの方を向いた。
「ヴァルト、さっきはありがとう……」
「おう」
ヴァルトとフアンは、下を向いていた。ヴァルトは左手を見つめており……フアンはそれを見つめていた。小声でヴァルトにフアンは話しかける。
「ヴァルト……あの、その……気にしないで下さい」フアンはまた扉の方を見ている。
「フアンくん、あちらに何かルノーか?」
「……いえ、ジャン=ポールを倒せていないので一応見ていようと」
「良い心がけだ」
フアンが注意深く下水道方面を見て、聞いている。
「……何か来ます、5つ!!蹄の音!!馬??」
甲高く、警戒するような、古館の木材の扉を勢い良く明け閉めするような、締め付けられる鳴き声が響き渡る。草木を踏み分け、跳ね走るそれら5つは側にあるフロトルスの死骸を越える大きさをしており、枝の生えた木のような角と乾いた血のこびりついた蹄を持つ鹿であり、角の形状からメスだと分かる。
「ケリュネイア……!?絵付きじゃねぇか!?」
うち3体のケリュネイアはヴァルト達を囲んだ。
「強いの!?」
「5体で1つの群れを形成する、速度がイカれてやがる。真正面からじゃ銃弾も避けるぞ!」
「倒せないってそんなの!?」
「罠を貼れりゃ良いが、こう囲われちゃな!しかもここは少し開けてやがる……あっちの土俵だ」
パメラは飛びはね始める。
「身体、暖まってるよ」
メロディが直剣を構える。
「射撃が効かないのなら、叩き斬るまでです」
ヴァルトは立ち上がり、馬車を降りた。拍子にヴァルトはノイに破城釘を渡し、刀剣を構える。
「やんぞ、俺が注意を引く。メロディ、遠距離が使えないといったが、避けることを踏まえて、相手を動かせ!あんたも注意を引くのに専念しろ!」
「了解!」
ヴァルトは足元にある名無しのコウモリを刀剣で切り刻み、血を被った。それを見たメロディも動きを同じにする。
「フアンくん、君はヴァルトくんに付きなさい」
「……はい」
その場にいる全員が身構える。
囲いの外側で孤立している、少し他より大きめのケリュネイアが鳴き声を上げると、彼らを囲んでいたケリュネイアが地面を踏みつけ、抉りながら一瞬で前進し、切り裂くようにして移動を完了させた。間一髪で全員が回避できたが、馬車と馬が巻き込まれる。馬は胴体が引き裂かれて絶命した。余っていた1頭が間髪を入れずにヴァルトに向かって角を振り回そうとしてくる。
「まず、一体……!」
ヴァルトは柄の引き金を引き刀剣を鞘にそのまま抜刀。鞘を引き抜き狙いを定め、刀剣を射出した。ケリュネイアは四足とは思えない動きで横に移動してくる。後ろからメロディが投石を開始し、眼球に迫るのを左目を瞑って避ける。その一瞬の隙にフアンが突っ込み脚部の蹄付近に逆手から構えて剣を差し込む。差し込むとほぼ同じ動作のまま、少しだけ溜めを作って小掌を叩き込み負傷させる、ノイはヴァルトの前に立ち、角を戦棍で殴打し、先端をへし折った。
「おりゃああ!」
ノイは先端を、食らった拍子に開いた口に全力で投擲したが、体勢が多少崩れていながら、今度は前足の蹄を持ち上げるようにして、大きく3度振りかざしてくる。ヴァルト達はすぐさま股下に入る。ノイが足を殴打して体勢を崩し、腹部が下がるのを見たヴァルトとフアンは、一気に攻撃して多量に出血させ、ふらついたところをノイが頭部を強打して絶命させた。
2頭が加わってくるが、死骸の角に引っ掛かり攻撃が反れる。ノイは声を上げた。
「……ねぇ、これどう使う!?」
ノイは破城釘を取り出した。
「俺がやる」
「ダメ、怪我してる!」
「いいや、お前じゃ見切れねぇだろうが!」
ケリュネイアが死骸を角で持ち上げる投擲し、場を馴らした。
「ノイがやって下さい、ヴァルトでは心配です」
「おい」
ノイが正面に堂々と構えた。
「……んで、どうするの!?」
蹄を研ぐように足踏みし、突撃を仕掛ける。
「正面に立ったまま、ちょうど良い距離感でぶっぱなして脳天吹っ飛ばすんだよ!」
「分かった」
ノイはケリュネイアを凝視していた。速度のある動きで距離感が上手く掴み取れない。
「くっそ、動くなっての!」
ノイは破城釘を片手で装備しながら、向かってくる角、それを生やした頭部を羽交い締めにするように受け止める。石が破裂するような炸裂音と共に土埃が舞い上がる中、踏ん張る雄叫びを上げながらノイはケリュネイアを止めた。
「これ、で!!」
片手で頭部に破城釘の射出口を当て、引き金を引く。鉄の釘が打ち出され、爆発と共にケリュネイアの首が花を咲かせるように壊れた。
「……お前、マジか!?」
「ケリュネイアを止めました!!」
ノイは破城釘を地面に起き、残る一体を見る。
「頑張ってるわね、皆」
「私達もやるぞ!」
メロディに2体が、互いの位置関係に鋭角をつけて突撃していく。パメラはメロディから直剣を受け取り、一体に真正面から向かっていき頭部を踏みつけ飛び乗る。
(やっぱり、正面って見えにくいのね。鹿の獣人ちゃんがいってた……目の付き方でどうしても正面が捉えられないって!)
直剣を首元に突き刺し怯ませ、跨がりを安定させた後、ひたすらに滅多刺しにしていく。ケリュネイアは足を高く上げ暴れまわるのを、直剣という取手や、爪先の刃を刺し込むことで耐えている。
「んもぉ!!」
「パメラ、そのままだ!」
メロディは投石機に、光る矢をつがえた。
(巡回中に回収した銀の矢……パメラのおかげで、今まで使わずに済んだ……ありがとう!)
メロディは暴れるケリュネイアの四足を掻い潜り股下に到着、できるだけ近付き顎の下から矢を放った。弓ではないためカルメが発射したときよりも数段遅いが、溶かすようにして顎に入っていき、脳天を貫通し大量の出血を引き起こした。メロディは次ぐ速さを高め数本撃ち込み、ただビクりと身体を一瞬動かした後、末端から徐々に崩れていった。体勢を崩しパメラが落下する。
「えぇ、何!?」
「保安課が残した矢だ、これは凄いな……!」
「そういえばあの人どこいっちゃったの!?今1番必要じゃない!」
「後にしてくれ!まだいるぞ!」
後方の、大きめなケリュネイアが前に出てきた。鳴き声で統制を取り始める。甲高く声を上げると、残る2頭が大きめなそれの後ろに向かう。
蹄を高く上げた大きなケリュネイアは、踏みつけと同時に角を地面に差し込み掘り返すように突き刺し、そのまま突進してきた。
「避けろ!」
全員がそれを避けるが、大きめのケリュネイアは切り返してまた突進してくる。それを回避してもまだ来る。距離が近くなった段階で、角を上に振り上げ地面を掘り返し、木の根や枝に石を大量に降らせた。間髪を入れずに残りる2頭が突進してくる。ヴァルトとメロディに来るのを予期したフアンは、懐からいまだ粘性を帯びた綱を取り出した。
「それまだ持ってたのかよ!」
ヴァルトがそう驚く中、フアンは突撃してくるケリュネイアを寸手で避け、体に投擲し接着。引っ張られていきながらもなんとか跨がった。2つの刀剣を取り出し背中から連撃を加えていく。更にそれを行いながらフアンはもう一本を大きくはない、残る侍きのケリュネイアに投げて接着させる。
「……お母さん、分かっちゃったよぉ!!」
パメラは攻撃を掻い潜ってその綱を握り、爪先の刃でよじ登るように跨がった。パメラは引き続き貸されている直剣を、首を抱くように捕まりながら顔を攻撃していく。メロディはすかさずフアンの跨がるケリュネイアの目を投石機で破壊した。パメラの攻撃をウザがるようにケリュネイアは暴走を始め、剣を避けるように首を動かし、付随して身体の軸がぶれていく。
「いくよぉ~!!」
振り落とそうと走り出した瞬間にパメラは目を破壊し、喉元に直剣を突き刺して体重をかけ方向転換し、フアンが乗るケリュネイアにぶつけた。衝突で角が相手の喉を貫き、ほぼ首が取れそうになるのをフアンは、跨がりから跳躍して空中で回転しながら二刀で追撃し、自身が乗っていたケリュネイアの首を切り落とした。フアンはそのまま離れて着地し、パメラも離れた。
目をやられ何かに衝突し、もはや半狂乱の残る一体にヴァルト達が攻撃を繰り出そうとした瞬間、大きなケリュネイアがその半狂乱を、急接近して喉を食らって殺す。ノイが驚いた。
「何してんのコイツ……!?」
パメラは銀の矢を回収し合流し、ヴァルトは武器に火薬を装填した。
最後の大きなケリュネイアは、食い殺した同胞の角を噛み、首の筋肉で死体を振り回すようにしながら突撃してくる。振り下ろし、凪払い、打ち上げるように死体を振る。死体は口から離れ宙を舞ったが、落下を待って再度角を咥えられ、投げられる。地面を削りながら転がってくるのをヴァルト達は避けようとするが、範囲が広すぎた。ヴァルトは腰を据えて破城釘を、少し上向きに構えて撃ち出す。飛んできた死体の軌道を上向きにし、勢いを少し殺した。そこにノイが戦棍で打ち上げるように殴り軌道を更に上げ、後ろのフアンらは動くことなく死体を回避した。首から落ちた死体から角が根本から折れ、勢い良く転がってくるのをパメラとフアンが止める。
「危な……!!」
「よっし!」
ヴァルト角を見ると同時に、ノイに指示を出す。ノイはそれを引きずるように構える。
「これで殴れば良いのね!?」
ケリュネイアは集団に突撃し、その中央に見える場所で身体を回転させ凪払った。
フアンとパメラが状況の理解を始めた。
「でもどうします!?」
「脚を破壊して速度を下げましょう?私達でちょうど4本、1人1本脚を持っていけば良いわ!」
メロディが懐から銀の矢じのついた矢を渡される。
「銀の矢を渡す!差し込めば溶かすように貫通していく!1人1本だ!」
ケリュネイアの攻撃を回避しながら、メロディは銀の矢を全員に渡した。
フアンはヴァルトに提案した。
「全員で一気に、脚を全て破壊するのはどうでしょう!?」
「関節に差し込む感じだな、だが……」
ケリュネイアは、その動きを加速させ、攻撃の間隔を狭めながら攻撃してくる。
「こりゃあ無理だ!避けるので手一杯だぞ!」
少し離れた距離から、ノイが答えた。
「捕まえようかぁ!?」
「なぁんで、できると思ってんだこのアホが!」
メロディが左目に射撃するも右に避けられ、右目に射撃すると左に避けられる。
メロディは再度同じ動作を繰り返すと、ケリュネイアもまた同じ動作を繰り返した。
メロディはケリュネイアの後方に付近する茂みの中から、矢が10本は飛び出す。ケリュネイアの尻に数発命中し、振り向く。全身を血にまみれたカルメが、勢いよく飛び出した。
「カルメさん!?」
カルメは急速に側面へひるがえし方向転換する。その踊りのような動きによって作られた遠心力を利用して矢をつがえ、放つ。放った瞬間に別々の方向にも矢を放った。血に引き付けられたケリュネイアはしかしその矢を捉え、巨体ながらその点の攻撃を素早く、縫うように突撃した。一本の矢が左目に接近し、回避したのは右側であった。
「……当たったね」
ケリュネイアが回避した方向には、別々に放ったはずの矢が曲がるようにして集約し、それらのほとんどが命中した。
(個体差……って奴だね。最近こっちの研究で分かったことなんだけど、君らベストロって、聖典に載っていること以外でも、しっかりと弱点があったりもする……君の場合は、その回避の癖だね)
ケリュネイアが姿勢を崩したのを見逃さず、ノイを除くヴァルトらが脚部の関節に、握り締めた銀の矢を刺す。苦痛に悶えながらも力を振り絞り凪払うように回転、速度を意識したような低い跳躍でその場を脱するようにした。しかし着地で姿勢を崩し頭部を擦るようにした。拍子に角を根本からお折ってしまうが、ケリュネイアはそれを歯軋りするように咥え、角の折れた箇所から血を大量に流しながら、これにとっての敵を睨み付けた。
ノイはその眼前に、さながら仁を弁える王のように出でる。闘士と見える不恰好な構えでいて、重い角の剣でもってしても体幹の一才を崩さない。
「ノイちゃん……!?」
ノイは角を引きずりながら接近し、両手でしっかり持ち、下から斜めに上へ斬り上げる。それを見るケリュネイアは相対する小柄に見える少女の、その剣を打ち払わんと振り下ろした。
「こいやぁああ!!」
摩擦が鉄火を舞い上がらせ、木材と鉄の中間の素材が擦れたような、言い表せない音を響かせながら、打った振り同士で押し合う。
「うえあぁぁあああぁあ!!」
ノイは一撃を振り払い、しかし振りが当たらず勢いのまま振り上げ、制御が効かずに振り抜くよう地面に当たる……二撃目、振り下ろした。ケリュネイアをそれに対抗してまた振り、打ち合う……ケリュネイアが押され、ほんの少しだけ姿勢を崩した。頭の位置が少し下がったのを見ると、ノイは両手で持ったそれを一瞬放し側面の、枝のように分かれた部分を持ち、ケリュネイアと片手で競り合いながら接近し、頭部側面の顎から上に向かって強打をし、その際の腰のひねりを利用しながら跳躍し回転蹴りを見舞った。ケリュネイアは当たった箇所が波を打ち、咥えていた角を落とした。血に見えるヨダレを出し、ふらつくのを見たヴァルトらが一斉にかかる。ノイは間髪入れず、落としたより大きな角を、首に刺すように向けて突撃した。ケリュネイアは口を開けてそれを歯で噛んで防ぐ。フアンとパメラが左右の側面を取り、それぞれの武器で顎の筋肉を削ぎ落とす。メロディとカルメは飛び上がり、背中に向けて銀の矢を、持っているだけ放った。踏ん張りに必要なあらゆる筋肉が使えなくなっていき、更に姿勢を崩したところを、ノイは全力の元に突き刺し、喉奥までそれを入れた。
「ノイ、そのまま持ってろ!!」
ヴァルトは破城釘を持ってノイを飛び越えてその角を駆け上がり、大きく振りかぶって頭に発射口を当てた。
「コイツで仕舞いだ!!」
ヴァルトは振り抜こうとすると、ケリュネイアはノイごと刺さった角を持ち上げ、振り抜いてヴァルトを打ち上げた。拍子でヴァルトは破城釘を落としてしまう。
「簡単に殺されとけよオイ……!!」
落下中であったが、ヴァルトは刀剣に手を伸ばす。
(……んじゃ、こういうのはどうだ!?)
フアンはそれを見て、破城釘を回収した。
(何か考えているはず、着地と同時にヴァルトに渡そう……!)
ヴァルトは装具を取り外し、脇を大きく開け、上段から振り抜くようにして刀剣を、鞘の引き金を引いて抜刀した。落下の勢いと火薬の威力を足し合わせ、狙ったのはもう一方の角であり、根本から少しの離れた位置で、荒く叩くように斬り落とした。角の落下より早くフアンが、ヴァルトの落下地点に破城釘を投げる。少し離れた、ケリュネイアの側面に着地したヴァルトは刀剣から手を離し自由落下させた。それを横目に破城釘を、決して届かない位置で構える。
ノイはいまだ角を持ったままで、ケリュネイアに武器として角ごと振り回された。だが、ヴァルトの前に斬り落とした角が、その断面を見せながら落下してくる。
(落下に合わせろ……この一瞬を逃すな!!)
構えたちょうどの位置に落下させた断面に、ヴァルトは構え打ち出した。釘は自由落下する角を勢い良く打ち出し、速度を持ってそれはケリュネイアの喉を横から貫いた。歪に十字に重なるようになった二つの角によって、ケリュネイアは動きを止め、徐々にその声を、呼吸と共に消していき……赤い地面に伏した。
カルメが一応確認で射撃して死体かどうかを確認し、近寄ってきた。
「打ち上げられた直後に今の戦術を思い立って、実行した……!?」
「んなことより、お前今まで何してたんだよ……!?」
「すまない……信じてもらえないかもだが、ずっとジャン=ポールを追っていたんだ。結論からいえば、彼はもう死んだよ」
「俺らも会ったぞジャン=ポール。てめぇ嘘付いてんのか」
「ここの反対側かな?下水道の施設の出口をもう1つ見つけてね?待ち構えて、殺したかったが一向に出てこなくてね?確認で潜入したら、食い殺されてた。犯人はきっとベストロだろうね」
「あっこはネズミのベストロだらけだったからな……」
「大変なことになっていたようだね……すまない、だが尾行っていうのは1度見逃したら終わりなものでね。しばらく帰れなかったんだ。おばさんだって皆と会いたかったよ。あのセヴランくんとやらとレノーは、上手く仲直りで」
「セヴランとシャルリーヌは死んだ」
「……まさか」
「教えて欲しけりゃ一旦……ベストロについてお前らが分かってること、全部話せ。個体差とか銀の有効性とか……もっと早く知ってりゃ、死ぬ奴も減らせたってもんだかんな」
「私から、オルテンシアや聖典教のことを、できるだけ教える。だからそのなんだ……言うだけ言わせてくれ、保安課に入らないか??」
ヴァルト達はすべてのことを一旦置いておいてクロッカスへ帰還した。酒場ではレノーがジェリコを抱いており、奥で店主が泣いていた。側にはセヴランが横たわっていた。目を閉じている。
「……息子が、息子がぁ、あぁ」
フアンが近寄った。
「……僕の、せいです」
「あの娘がベストロだったからだ!」
「違います、彼女はベストロにされました!」
「されましたって何だい!?訳分かんないこと言ってんじゃないよ!!」
カルメが前に出る。
「この度は、オルテンシアでの騒動に巻き込んでしまい……誠に申し訳ございませんでした。この件は至急アドリエンヌ首都オルテンシアに持ち帰り、調査して参ります。尚このクロッカスという場所については伏せて報告しますが……誰かがこの騒動を手引きした可能性があり、ここの安全は保証しかねます」
「ふざけんじゃないよ。全部あんた達が奪っておいて……入ってきておいて、ある程度迎え入れてもらっておいて……仇ばっかじゃないかあんたら!!もう国なんてないようなものだろう、アドリエンヌなんてものにしがみつきやがって!!だいたいなんだい、私達があの化け物の見えるのかい!?なんで蔑まれなくちゃいけなかったんだい!?」
「私の生まれは、狂乱の時代より後ですのでお応えできません……知らないことは語りません。知っている者からすれば、それはただの侮蔑でしかないでしょうから……」
「いい奴ぶってんじゃないわよ、私らからしてみれば、あんたらは殺人犯の末裔よ!!ベストロなんていう今までいなかった奴らと、なんで私達を同じ目で見れるのよ、あんたらの方がよっぽど奈落から来たやつらに見えるわ!!」
パメラとメロディが店主を止めた。
「……ごめん、間に合わなかった」
「あんたらなんでそんな悲しそうなんだい……私らは……私らは……」
「1度ここを離れよう……パメラの家なんてどうだい?」
「……ダメよメロディちゃん。彼と一緒にいさせてあげなきゃ」
「……我々が出る他ないか。カルメさん、ヴァルト達と話があるんだろう?パメラの家でしたらどうだ?まずはここを出よう」
「……あぁ、分かった」
カルメは振り返ることをしないで、酒場を出た。ヴァルトは酒場にいる者らに事象の全てを話す。結果としてあるジャン=ポールの死は確認できていないこともあるが、ヴァルト達の話は信じてもらえた。ノイは店主に近寄った。
「……ヴァルトも」
「なんだい嬢ちゃん……?」
「ヴァルトも、人だよ?私もそう……フアンが言ってるなら信じれるかもよ?でもヴァルトは言って信じた……私達も嫌われて良いはずよね……ごめん、すぐに出てくから……えっと、でもその……なんていうか」
「嬢ちゃん、それはちょっと難しい話だね……嬢ちゃんありがとう。少し落ち着いたよ」
「え、なんで?」
「私は、心のどこかで君らとあの人を、線で引いて区別していたんだ。部外者と仲内って別けて……全部置いて生きてきたと思っていても、被害者だとしても、やること変わらず、結局自分の不快だと思うのを嫌って生きているだけに過ぎないだけなんだよ……私はさっき、自分の行き場のない怒りを、ただあの人にぶつけただけだね。都合良く差別を、歴史から取り出すようにして……こんなだから、こんな世界なのかね?」
レノーが店主に、ジェリコを抱いたまま近寄った。
「暴力は己が快と不快に引っ張られ生まれる本能の選択であり、差別は文化的に正当化された暴力である」
「……あんたの言葉かい?」
「45年前起こった事件で、さるお方が残したとされる言葉です」
「……なんだい、オルテンシアにもまともなのいるんだね。私なんかよりずっと」
「そして彼の日記のようなものに書かれていました。考える者こそ正義であり、気付きとは救世の才覚であると。差別と暴力は、主観に頼ればそれが正当性により結び付かない性質を帯びています。故に、貴女は素晴らしい才覚を持っている。どうかその才能で未来を考えて下さい」
「坊っちゃん?」
「僕は兄を疑った、家を疑った、国や生きる者全てを疑った。僕はそうして、たった1人で自分を追い詰めてしまいました。この言葉に出会うまで僕は……貴女もそうなる予感がして……」
「大人失格だねあたしゃ……」
「子の死を慣れる世界など、有ってたまるものですか……彼は僕をクロッカスに入れてくれたようなものなんです……僕が、この事件を解明してみせます……」
「坊っちゃん……!?」
「僕がオルテンシアに戻ればきっと厄介なことになりますが……あるいは」
ヴァルトが話に入ってきた。
「いいや、もっと別の方法がある……ナーセナルだ」
「ヴァルトさん達の……?」
「……お前をイェレミアスに一旦入れることはできるかもな、伝がある。じじいから信頼を勝ち取れればの話だが」
「……分かりました」
ヴァルト達がパメラの家で、机を囲んだ。
「……まずベストロのことを、教えろ」
「……君らが知らないようなことをか?」
「そうだ、普通の絵付きとかの初歩的なのじゃないやつ」
「まず銀が有効性がある、原理は一切不明だが、堅さなんて関係無しに貫通していく。オルテンシアの武装は、ここ半年で急速に銀での武装に変わっているよ」
「……武器、作り直しかぁ」
パメラが尋ねた。
「作り直し?付け替えたりすれば良くない?」
ヴァルトが答える。
「無作為性の原則がそれをダメにしてる」
ヴァルトは机に自身の刀剣を置いた。
「コイツは無作為を利用して、特定の部品だけを優性の中でも上位な品質になるまで、鍛造と分解を繰り返して、厳選したやつで強引に武器として成立させてある」
「それがどう関係してくるの?」
「付け替える時点で無作為が発動して、部品の性能が落ちる可能性があんだよ」
「何それ……!?」
「おかしいよなぁ……でもそうなんだ、完成品ってなった瞬間に全ての性能が大きく変わる……抽選っていう状態だ。だから、もう1回作り直しなんだよ」
カルメが話す。
「私の弓もそうやってできているよ。それと、個体差の話はいいかい?」
「戦ってるときになんかボソッと言ってたのを聞いた。要は弱点が一個必ずあるってことだろ?」
「弱点だったら、それもそれが単一だったら良いさ。弱点じゃなくて、強みになっている場合もある。例えばさっきのケリュネイアなんかは、角を武器として戦うっていう特徴があった。あんな説明、聖典には載っていない。それと例えばベヒモスなんかは、知能があると表記されているが、だからたまに人の武器を認識して、戦術に組み込む奴が現れる」
フアンが喋ってしまった。
「え、じゃあ、あの時の……」
「あの時……?へぇ、君らベヒモスとの交戦経験が?その感じだと、勝っているね?クロッカスでおばさんの出番がある理由、分からないわ……」
「……他は?」
「デボンダーデという言葉の起源と、起源となる対象の存在は?」
ノイとパメラは頭から?を出したように見えた。ヴァルトは話し始めた。
「……俺がモルモーンが寄生してるんじゃないかいう発想が出たのも、正直その起源が理由でもある」
「君らから見ても、いや当然か……あれはまぁ、哺乳類かと言われればそうでもなさそうだよね」
「生き物は頂点捕食者を中心に生存本能で動くんだ。俺はモルモーンが寄生するよう進化した理由に、あるベストロが絡んでるって踏んでる。ベストロ・アベラン……絵付きの上の存在」
「確認された中でも、もっとも凶悪とされる個体さ。名前は……」
「黒竜シレーヌ」
「黒鳥だよ」
「竜って聞いてるぞ」
「見解が分かれているんだ、オルテンシアではね。竜って獣とは違うでしょ?」
「間を取って、獣竜でどうだ?」
「あぁ、それ良いかもね。黒がどっかいったけど……あの子らにも言っておこう。でね、それを……今年中にぶっ殺そうって、うちの子ら……つまり行動隊のアホが言い出したんだ」
「……それ、さっきの勧誘と関係があるって?」
「うん、君らは即戦力が過ぎるからね……それに君らは何よりオルテンシアに入りたいはずだ。何らかの目的があるんじゃないかい?絵付きとの戦闘経験があるのも……少し違和感があってね」
「……まぁな、色々あった」
「すぐには決められないだろう?日を改める、私はここを出るよ……」
カルメが立ち上がり玄関の扉を外に向かって開ける。
「いった……」
誰かを押し退けてしまった。ノイがその声に反応して飛び出す。
「……ハンナ!!」
「いってて……あ、ノイ姉。ノイ姉いるなら、ヴァルト兄さんいるよね?」
「その判断何よ……」
ノイがハンナに抱き付いた。
「……ねぇ、大丈夫?」
ハンナが、懐から箱を取り出した。箱を開けると小瓶があり、白い粉が入っていた。
「……これを、北の海に流したいの。私が、したいの。私はもう……それだけじゃないけど、大きいのはそれ。皆と約束してたんだ、海に行こうって。南の海はおじいちゃんがいうにはほぼ湖らしいから……皆に世界を見せたい」
ノイはハンナの持つ小瓶を握った。
「これが皆なのね……私が預か、っちゃ駄目だよねごめん」
「ふふっ、話聞けるようになったねノイ姉」
「何その言い方……」
遠方から誰かが歩いてきた。
「ノイ、よく頑張った。話は酒場で聞いた。ヴァルト達も中か?」
「おじいちゃん……!」
ヴァルト達が出てきた。
「あ、じじい」
続々と出てくる人物らに驚いたが、カルメを見た途端に睨みをそれに向ける。が、それは一瞬だった。ヴァルトは事情を全て説明する。
「んで、うちの子らに戦ってくれと」
「……あくまでもお願いにはなります。強制ではありません」
ハルトヴィンはフアンを呼んで、話をするとすぐにフアンは帰ってきた。ヴァルトが小声で聞く。
「何か話したか?」
「そのままの服装でいけるように、手配してくれるそうです。それからいざとなれば脱出もできるそうです。あとヴァルトには後で話があるそうで」
「……じゃあ俺ら、行くのか」
ハルトヴィンが話を始めた。
「ワシらでなんとか住家くらいは守れる……言ってこいお主ら、色々とついでで、西陸を救っときなさい。生きるにあたって必要な最低条件は、いつだってそう……世界があることじゃ」
「ついでってじじい、デカく出るなよ。お前が行く訳じゃねぇんだから」
「……良いじゃろ、どうせお主らを育てたのワシじゃし。ただ危険であることに変わりはない、」
「身勝手だなぁオイ」
「……老害は若人使ってなんぼじゃ、骨しかないんじゃから、肉を動かさねばな」
ヴァルトはその後、ハルトヴィンと話をする。
「……して、体は?」
「いや、なんとも」
「そうか……あの変幻は結局なんだったんじゃ?」
「知らねぇよ。俺も全部わかんねぇって」
「……そうか」
「……じじい、俺が変わった天使が言ってた。ハーデンベルギアなんだが……」
「……あぁ、そうじゃヴァルト。ワシがお主を、かつて拾った場所じゃ」
同時刻、イェレミアス帝国内某所
「……これから、お出かけですか?」
「あぁ、じいさんにお呼ばれ。あの人用心深いから。まぁ今回もきっと、何か色々と手回ししろってことだろうね。借りしかないから、断れないよ、っはっはっはっ」
「お一人で、ですか?」
「護衛はいるよ。あぁ~でも、アイツらじゃないから気にしないで、都合良く使う訳にはいかない。彼らの闘志を利用はしないよ」
「ユリウス……その」
「君のためさマルティナ……気にしないで、笑顔を大切に、さぁ笑って。口角、上げてこうな」
2025年6月3日時点で、997,634字、完結まで書きあげてあります。添削・推考含めてまだまだ完成には程遠いですが、出来上がり次第順次投稿していきます。何卒お付き合い下さい。




