七話 一月戦争
七話 一月戦争
北方へ向かうにつれ、白々しく雪が積もっている。山間部はどこも岩肌を出すことなく、分厚い化粧で時期を唄っていた。行軍したであろう雪のわだちなどを便りに道を向かい、たまに木に登って周囲を観察しながら、出来得る限り体力消耗を抑えていく。
暗くなって半月が浮かぶ。遠くにも近くにも、兵站を運ぶ兵士がいるなか、一筋の鉄が銀世界に混ざっていた。
(……鉄道、そうか、山岳部からここまでの距離を、半月足らずで行軍できたのはこれが影響を……機関車本体は……)
機関車本体は、線路に駐在していた。青い腕章を付けた兵士たちによって次々と物資が下ろされていくなか、フアンは雪なか接近していき、聞き耳を立てる。
「……なぁ、まだ仕掛けないのか?兵站はもう十分にあるだろう?」
「俺たちにあって、相手にないものを利用するんだと。包囲して兵糧攻めは効果あるようで、だがそれでも、大砲を運んでのレルヒェンフェルト突破が現実的じゃないらしいぜ」
「どういうことだ?」
「兵士や物資を運ぶだけなら今のままでいい。だが防壁で囲われた街を占拠するには、十分な人員を送りこむ道筋が必要だ」
「んなもんこの大砲たちで……あぁ、そっか、コイツらをレルヒェンフェルトまでこっから徒歩でか」
「砲兵隊は嫌がおうにも行軍が遅くなる」
「じゃあどうするんだ、運んでるだけでも春が来ちまって、それこそデボンダーデだって始まるだろ」
「……対シュエンウー戦で活躍した超大型の兵器があったじゃねぇか」
「……列車砲か!!」
「できるだけ線路を長くした上で、列車砲の迫撃による防壁突破、それに合わせて歩兵隊が突撃、民間人を盾に場内まで進行し、一気に政権を奪取……作戦を聞いたときは、俺も大したもんだって思った。あの爺さん、伊達に参謀じゃないよな。へへっ、これで俺たちは、人類と対等に、いや、アイツらが下だ!」
「ちげえねえ、まずは爪と牙を全部引っこ抜く。飯は食わせずガリガリにして……力仕事は全部アイツらにまわす。ガキは取り上げる、女もだ!!」
「取ってどうすんだよ……」
「決まってる。殴るんだよ、永遠にな」
「良かったよ、ガキを作るとか言い出さなくて」
「誰がだよ、あんな毛皮剥いだような連中。生肉の塊みてピクリとくるってか?」
「そう思ってるかもってんだから、止めようと思ったんだ」
「へっ、んなわけねぇだろ」
フアンは大砲や弾薬、物資の木箱を縫うように進んでいき、機関車の貨車に接近した。開け放たれた内部に音が聞こえないことを確認すると、その開け放たれた貨車に乗車する。すると、貨車にあった木箱の1つがある。
ていよくそこに隠れようと接近し箱を開けようとした瞬間、中に引きずり込まれる。フアンは驚いて抵抗したが、その衣擦れのなかに、ほのかに鳴る鈴の音を聞いて止まった。貨車は占められ、外では出発の合図が響いた。
機関車は動きだし、フアンは箱を開け放つ。外に出ると、貨車の前後に連結された部分に接近し、前後の貨車に誰も乗っていないことを確認した。隙間からの薄暗い光で車内が照らされる。暗がりの木箱から、刀に包帯を巻いた女が出てきた。
「久しいの、フアン。とんだところで再開じゃな」
「ナナミさん、無事でしたか」
「状況はどのくらい知っておる?」
「……列車砲を破壊しなくてはいけません」
「おぉ、正解じゃ。じゃが生憎とこの列車には搭載されてはおらん。次の出発のときに、きっと車列に追加するのじゃな」
「それまでに、列車砲、いや、どうせですから機関車ごと破壊しましょう」
「それだけでない、線路も破壊するべきじゃ」
「そこまで全部……我々だけで?……あまり何もかもやろうとは、しないほうが良いと思います。それに、何人もの要救助者がいるはず。ギムレーはどんな状況で?」
「ヴァルヴァラとイェングイが捕まった。首謀者はポルトラーニン……あの猪じゃ。旦那やら嫁やらと人質にされておった。じゃがノンナは整備士として活用されておる、ナタリアはポルトラーニンの側に寝返っておった様子じゃが……ひとまずはノンナじゃ、このカラクリどもの急所を教えてもらわねばならぬ」
「降車はどうします?」
「機関車の走る鉄道は防壁を突貫工事で貫いて設計されたものじゃ、駅というとったか……そこで防壁付近で物資を下ろし」
「待って下さい、防壁を工事って……ザションはどうなったのですか?」
「あれ以来まったく姿を見せておらん。哨戒にまったく引っ掛からんということで、多少危険を犯して、戦争を仕掛けておるのじゃろう」
「それほどに……やはり人間を……」
「どうなんじゃろうな?案外、一部の人間だけが動かしているだけかもしれん。賛同せぬものが公開処刑されてから、一気に情勢が変わった」
「恐怖政治……」
「そこでじゃ、妾は内部に潜入し次第ナタリアを訪ねる。あやつは面の良い男を好む故、推し量るに情勢をかぎ分ける際があるはず。妾で説得すれば、敵の配置や要求救助者の場所も分かろう……」
「では、僕は火薬を確保して待機していれば良いですね」
「そうじゃ、して集合の場所じゃが」
機関車が急な角度で曲がり始める。
「存外と無理な工作をしておるのじゃのぉ」
「まぁ、きっと突貫工事でしょうから……」
「整備士のいる箇所か、貨車や列車砲を入れ替えで搭載するための設備があるはずです」
「地点はどこじゃ?いや、工業用の油の臭いを辿れば着くな。お主は任意の場所で待機しろ」
ナナミは突然、フアンの全身を嗅いでいく。
「えぇぇぇ、あっ……ちょ、はぁ……!?」
「一応お主の臭いを覚えておく、耳がやられてもこれで大丈夫じゃ。気にするな、酸っぱかったりの悪い臭いはせん。じゃが若っ干と獣っぽいの、さすが獣人じゃ」
「……はぁ」
「驚かせてすまんの、じゃがにしたって鼓動が早すぎじゃ。お主、女になれたほうがええ」
「うるさいです」
「最初にここを出るとき、ちょうど良い防壁の亀裂を見た。そこへ向かう」
白々い森を白煙撒きながら進む機関車は、えぐれた雪山を越えて海岸線を望む。
泡立って波打つ際の奥には、破壊されたことがあるとは思えない、重厚な防壁が佇んでいた。防壁の南方をくり貫かれ、鉄道が開通している。
ナナミとフアンは貨車の上部にある昇降口を開放し貨車を出ると、走行中の機関車から両者飛び降りる。転がり込みながら雪と林を滑り、受け身に成功した。フアンが受け身で疲労し若干気を抜いていたところ、ナナミが首を引っ張って急かす。
防壁を北上していき、話にあった亀裂にたどり着いた。ナナミはしばらく佇んだあと、壁を蹴り上げるようにして登り、亀裂に手を入れるようにして進んでいく、フアンも同様に登っていく。強い風にあおられながら、ほとんど同じ動作を50回以上繰り返し、防壁に登頂した。防壁の質感とも言いがたいものに、フアンは気付いた。
(シュエンウーの攻撃で防壁は崩れた。そうか亀裂、そのときヴァルトが直さなかった部分か……完全に直しきれている訳ではない)
フアンは登頂した箇所の足元を撫で、かけた砂利のようなものを手に晒す。
(建て直し……にも時間がかかる。ザションの攻撃が止まった今……やはり狙いはレルヒェンフェルトという立地なのでしょうか?)
ナナミがフアンの後ろ頭をつつく。
「ここから見て、どうじゃ?どこにならノンナはおる?」
「北西にある建物がヴァルヴァラたち政府関係者の仕事場、そこから少し西にいくと列車砲など兵器を格納する倉庫があります。駅が新しく防壁に敷設されている以上、列車砲のあり箇はそこと、格納庫の2箇所」
「では、やはり二手じゃな」
「お気をつけて」
「うむ」
ナナミとフアンは防壁に敷設されている階段を、その外周に手を掛けるようにして段飛ばしに降りていった。




