四話 風向き
四話 風向き
月は幾度か海に落ちる。毎度日は登り、数日が立つ、朝がきた。ムタリカは、見張りから報告を受け、リンデとシャノンの元へ向かった。釣床で寝込んでいるシャノン、若干ヨダレを垂らすそれに構わず近寄り、寝床をひっくり返し寝床から落とすムタリカ。
「ロード、報告がございます」
「……うぇ?いっったい……」
「どうやら、船体の航路がずれてしまっているようで、直接、ギムレーという場所へ帰還は困難な様子です」
「……そうか。まぁ亜人・獣人の居住地に直に向かうのも中々おかしな話だ。そこまで慌てた様子でないところから、若干南方に起動がズレたということだろう?北上していればもっと慌てるはずだしね。確かイェレミアス帝国にハーデンベルギアという町が……あっ、そうか……あそこはもう……」
リンデは、倒れたままのシャノンを起こす。
「……うぅ、ありがとう」
「たぶん船を付けるだけならいけると思うわ」
「……君は大丈夫、かい?」
「えぇ、平気よ」
「じゃあ、そこに止めよう。とにかくまずは西陸へ上陸しなけれ、ば……」
シャノンはまた寝てしまった。下は木の板でしかない。ムタリカが背中に背負うと、ヨダレを肩にかけながら甲板へ担ぎ出し、日光を浴びせていく。ムタリカの表情は無であった。リンデがムタリカの隣へいく。
「大丈夫?」
「いつものことです」
「そう……嫌?」
「まさか。私、あの国では珍しく一人っ子なんです。だから、新鮮で」
「それ、王子に向ける感情じゃないわよ」
「分かってます。でも王子にしては、弱いところをあまりにさらけ出している。だったら、まぁこういう感じでも、いいかなぁと思いまして」
「なる……ほど?」
しばらくして、ハーデンベルギアらしき、波に呑まれたかのような街の跡が見え始めた。見張りからの報告で、人影などがないのを確認すると、泥にまみれた、桟橋の跡に止める。大量の魚の死体で生臭いなか、各員が船を降り始める。
フアンとノイにアル=ライスで偵察部隊を組み周囲を探索し始める。ヴァルトとリンデは、シャノンなどと共に船に残った。ヴァルトが物資を外に運んだでいるところに、リンデは話しかける。
「ねぇ、アンタも、ここが出身なんでしょ?」
「たぶん、な」
「アンタは、ここでの記憶をはある?」
「まったくない」
「……私、ある」
「……?」
「……ほとんど無いようなものだけどね。顔のよく分からない、何か色んな人。二人だけ顔を覚えてる。たぶんそれが両親。街が燃えて……お母さん、かな?手を繋いでて、一緒に走ってた。熱くて怖い、たぶん魔天教がここを襲ったときの記憶なんだろうね……」
「……続きは?」
「最後にある記憶、なんだけど……私、えっと……」
リンデの顔から、血の気が引くような状態になる。身体が若干震える。
「やっぱり、これお母さん……なのかな……?」
「これ?」
リンデから、涙が溢れたのを、シャノンが目にする。駆け寄り、リンデの涙を拭いて手を握った。
「どうかしたのかい?ヴァルトくん、何かあったのかい?」
「いや、親がどうこう話してたら、コイツ急に……」
リンデは、歯を食い縛った。
「……最後の記憶ね。私のお母さんが、ね……たぶん、ベストロなの。何体も襲いかかってきて、それで……食べられた」
シャノンの、リンデを握るのが強くなった。
「そうだったのかい……よく言ってくれた。辛いことを自分にしまいこむのは良くないことだ。勇気を出したんだね」
「なんか、なんか……悲しくなって、どうしようもなくて……ごめんね二人とも」
ヴァルトは頭をかいていたところ、フアンが戻ってきた。
「周囲にベストロはいませんね。きっと、イェレミアスの部隊がよく警戒しているのでしょう」
「おぉ、そうか……んじゃ、イェレミアスに向かおう。ユリウスに頼めば、ギムレーに行けるだけの物資はくれるだろ。それに、ゼナイドの行方もとりあえず不明なんだろ?オルテンシアにだって調子にいかなきゃならねぇ」
シャノンの指揮のもと、物資を各々背負って、兵隊や避難民は移動を開始した。波で汚された草原を越え、森を抜けていく。ノイがヴァルトの隣へ向かっていったのを、リンデが見ていた。
「ヴァルト、大丈夫?」
「あぁ?まぁな」
「私、荷物持つよ?」
「いや、逆に俺が持つべきだろ。戦えるやつが身軽じゃねぇのは違和感だ」
ノイの運ぶ荷物は、周囲の人員と比べて倍以上であった。
「このくらい平気、ヴァルトは、本当に大丈夫なの?」
「あぁ」
「……そっか、でも無理しないでね?」
「はぁ?」
全体が止まる。ヴァルトとノイ、リンデが先頭へ向かう。森を抜ける手前でアル=ライスが双眼鏡を構える。ヴァルトが近寄る。
「どうした?」
アル=ライスがヴァルトに双眼鏡を渡す。ヴァルトは前方を覗く。少し窪地になっている地点に、明らかに新しい建造物群があり、狭いなか物資が大量に配置されている。
そこでは、亜人や獣人が小銃を持って、待機していて、腕には青い腕章を着けている。アル=ライスが溜め息を吐いた。
「駐屯地……兵站を担う軍事拠点だ。ここは西陸なんだろ?」
「……どう見ても銃の形状からして、ありゃギムレーの兵士だ。だがなんだあの腕章」
「待てヴァルト、腕章はそのギムレーでは普通ではないということか?」
「あぁ」
「……では、あれは新ミルワード軍のように、本軍事から外れて行動している。いわゆる分派というヤツだろう」
「可能性は……あり得るな。ギムレーの政治的な派閥は2つあった。そしてこういうことやりそうな方としたら……亜獣第一党。勝手にイェレミアスに戦争仕掛けてるって話か?あるいは、工作を仕掛けるための……まて」
ヴァルトはアル=ライスのリボルバーを抜き取ると、振り返り、ギムレーから連れ添う亜人・獣人の兵士に銃を向けながらよっていく。それよりもはやく、ギムレーの兵士たちは両手をあげていた。
「……知らねぇってことか?」
ギムレーの兵士たちは、各々首を縦にふった。アル=ライスの指示で、一応で亜人・獣人は拘束される。1人の亜人が喋る。
「駐屯地であるなら、何かしら命令のための書類だったり、他拠点の地図があるあるはずじゃないか?それを手にすれば……」
ヴァルトがフアンを手招きで寄せる。フアンは荷物を下ろすと、水平二連の散弾銃が装填されているのを確認すると、アル=ライスと森を出ていった。リンデがヴァルトのもとに来る。
「どんな感じ?」
「狙撃だ、二人を援護しろ」
「えぇ?」
「前方敵拠点、アル=ライスとフアンが先行してる。ノイ、ムタリカと組んで側面を偵察してくれ」
ノイとムタリカは森の側面へ走った。リンデは岩影から狙撃銃を構える。脇をしっかり閉めて、フアンを捉え、付近の敵を監視していく。
フアンの動きに合わせて、必要最大限で亜人・獣人に照準を合わせて狙撃する。フアンは視界を縫うように回避して喉を掻き、アル=ライスは体術とナイフで敵を仕留める。最後に天幕のかかった場所へアル=ライスが入る。
あっさりと、拠点は制圧できた。戦闘員を少し残して、兵士たちで拠点を占領すると、いくらか生きている敵ごと死体を天幕へ押し込み、アル=ライスは情報を整理すると、シャノンへ報告した。
「……やはり予想通り、これはその亜・獣第一党とやらの仕業で間違いないようです。だが展開規模は不明。ここにある地図にはイェレミアスまでの特定地点への兵站経路のみが記されていました。ここを回避してイェレミアスへ向かのはどうでしょう」
「……なぁアル=ライス。君はこの戦況をどう見る?」
「ここはイェレミアスから北東にあります。ここに兵站を構えるということは、ギムレーとの位置関係から考えるに、直線的に兵站を敷いての真正面きっての殴り合いという訳ではなく、むしろ包囲して兵糧攻めを行っていると考えられます。この時期、イェレミアスは冬備えこそあれ、ギムレーのように、産まれで寒さを対策はできない。ここからレルヒェンフェルトを中心として12時から6時の範囲で、より強固に包囲されているとみていいでしょう」
「……僕らで少しでも駐屯地を制圧するというのは?」
「あまりに危険度が高いと思われます。戦力も物資もない、そして避難民もいる。彼らの安全を保証できません……6時以降の方角、アドリエンヌ側はまだ包囲できいない可能性があります」
「それは同感だ、そこを通ればたしかにイェレミアスに入ることはできよう。だがこのままイェレミアスに向かったところで、イェレミアスからどうするというのだい?敵の本拠地は北部、話を聞くに山間であり寒冷地だ。兵站を撃破すれば、そう簡単には進軍できまないだろう。兵糧攻めがレルヒェンフェルトに効果があった場合、我々が首都に入ることもまた、攻撃でしかないじゃないか」
「……それは、仰る通りです」
「ここ北東から時計回りにイェレミアス帝国領を南下し、駐屯地を撃破しながら進むべきだ。我々はあちら側にとって計算外である可能性は十分あることは、ここが攻め落とせたことが証明している。配置からして、ミルワードの方角ををまったく警戒していなかった。確かに避難民の安全圏は最優先だ、だが避難先がすでに敵軍に包囲されているならば、むしろ外周こそもっとも安全に然る。敵の視界の外から兵站のみでも奇襲をして壊滅させていこうじゃないか。この駐屯地を見る感じ、兵装こそミルワードに匹敵するが、情報戦は伝書鳩以上はない。珍しく、情報よりはやく弾丸を敵兵士へ届けられる」
「……ロードは、戦争の才能がおありで」
「王子として学に励んだだけさ。それに、情報の確実性にはどう転んでも乏しい。僕はただ、みんなに生きて欲しいだけ。避難民に物資を預け、戦えるもので兵站拠点を強襲しよう。細かいところは任せるよ、キリングマシーン」




