二話 sigを冠する
二話 sigを冠する
黒い空間にこだまする、壁を挟んだかのような、遠く感じる声。
「完璧とは、末恐ろしい。いくらかの欠点より尚たち悪い。完璧という像は、誰よりも人を騙し、嗜み、しかし正しく存在できる……」
ヴァルトの眼前にこだまする近い声、目を開けるヴァルトの先には、薄いヴァルトがいた。
「俺はどうなる?」
「……意識がある、つまり生きてるってことだ」
「……そうか」
「確認だ。人は人が立ち上がる姿にしか興味がない。なにかができる者しか、存在価値はない」
「……いや、人間はそんなんじゃねぇ、もっと色々なその価値の量り方があるんじゃねぇのか……?」
「そう思うのはお前の勝手だが、価値の尺度はまず見える部分に集約される。お前だってそう思うから、モノを作ることにしたんだろ?まぁ、趣味に合ってたってのもデカいがな。確認だ、皆がなんでも、とにかく、代わりにやってくれる人を常に探している。価値を望むクセ、自分で価値を作り出すことなんて面倒だからゴメンだ。いいか、心に刻め……膝を折って涙を流すことに意味なんてないんだよ。立ち上がるのを待ってくれる程、他人という存在は優しくない。お前は良いことに、物作りには適性がある、得手不得手を理解し、伸ばせ」
「……いや、だから」
「だいたい、お前……他人の価値はなんだって思ってるんだ?」
「価値……そんなもん……そんなもん……」
「……分かんねぇだろ?お前、他人に興味あんのか?」
ヴァルトの声に、猿の遠吠えのようにこだまする。ナーセナル、崩れた館、その場にはノイとハンナがいる。ハンナはノイと手を繋ぎ、走り出してヴァルトを越した。
「兄さん遅い、皆待ってる」
「はぁ?お前ら無理すんなって……も」うみんな死んでんだろ、待ってるってどういうことだ?死んだらただの死体じゃないのか?
「ずっと計って、ずっと取り入れて……あのおっさんが言ってた一言で自分を帰るほど、自分すら持ってなくて……お前、そのことバレるんじゃねぇぞ?この社会は狭い、異物を排除するために社会がある、文化がある、集団生活がある。最悪でも、一つだけ守れ」
「分かってる……」
両者の言葉がかさなった。
「「ノイにはバレるな」」
揺れる暗がりでヴァルトは目を覚める。掛けられた布は分厚く、めくるようにして起き上がろうとする。湿気った匂いが潮に現れ、寝床が大きく揺れた。
平らな寝台に倒れそうになったとき、ヴァルトは身体を強い力で包まれる。かなり強めの感覚。沈み込むようになるも顔をあげると、そこにはノイがいた。黙ったままのノイは、しばらくの間、ヴァルトを離さなかった。ヴァルトが力を込め、肩を持って離れようとすると、ノイは力を緩める。ヴァルトはノイと目があった。
「あぁ、えっと……ん?」
「……なんて、込めればかけたらいいか、その……分かんなくて。でも、嬉しくて……ごめん。痛かった?」
「……いや」
「そっ、か……」
「……俺は、どうなった?ここはどこだ?」
「……あぁ、えっと」
「ここ船だろ、ギムレーはどうなった?お前、マジで身体は大丈夫なのか?なんだおい、幻覚だったのか?」
「落ち着いてヴァルト、全部説明するから……あぁ、でもどうしよ……」
ノイはヴァルトを背負うと、歩き始めた。
「おい、俺は大丈夫だろ」
「いや、ごめん。本当にどうすればいいか分かんなくて、なんか本当、今のヴァルト、どうすればいいのか分かんないの」
「はぁ?」
ノイとは甲板へ出た半月が立ち上る夜。視界にうつる水平線は星に飾られている。そして、フアン。そして、白い髪を後ろ手に縛って垂らす、女性がいた。
「……あぁぁ?」
自分の格好とほとんど変わらないその女性に、ヴァルトは驚く。フアンと女性が近寄ってくる。その女性は、ノイと視線を合わせると、下を向いた。
「……あぁ、えっと、その……アンタが、ヴァルトね?」
「あぁ、そうだが」
「……私、リンデ」
「……随分と俺と格好が似てるんだな」
「そう……ね」
「その武器……俺のだな」
「そうね、半自動の火薬の装填。使いやすい、わよ」
「……そうか」
フアンが、間に入る。ノイにヴァルトを下ろさせると、ヴァルトは歩いた。フアンが肩を持って補助する。
「お前も無事だったか、今、どんな状態だ?海にいるってことは、リヴァイアサンぶっ飛ばす算段でも……」
「ヴァルト……えっと……その……オフェロスさんとは、会話できますか?」
「あぁ?そりゃ……」
ヴァルトは心に声をかける。しばらく波の音が響く。
「……ダメだ、寝てやがんのか?」
「そう……ですか」
「……なんかお前、どうした?なんか、たどたどしいっつうか、なんつうか」
「えっとその……ヴァルト」
「なんだよ」
「身体に異常は?記憶に何か欠損とかは、ないですか?」
「まぁ、特には……俺が、そのなんだ、ブチキレてからのことはあんまだな」
「そうですか……」
「いや、マジでどうしたんだ。でコイツ誰だ?」
「現状、いや……経緯を、全て教えますね」
「何だよ、経緯って」
ヴァルトによるギムレーの救出、ヴァルトの消失、ジークリンデの顕在化、リヴァイアサンの討伐、ミルワードへの渡航、蒼騎士病とゼナイド・バルテレミー、魔天教の真相、リンデの活躍、そしてリンデとヴァルトの再びの顕在化、ヴァルトが【消失】していた時期に起きた出来事を、フアンはただ、赤裸々に語った。ヴァルトは頭をかきながら、上を向き、下を向き、水平線をみたいり、甲板を歩いたり、風を吸った。少し血生臭い、肉の焼けた臭いがあった。
「……俺は、俺は……じゃあ何だ、一回死んだ、ってことか?」
フアンとノイが、ヴァルトを挟んで、三人で水平線を望んでいる。フアンがヴァルトに顔を向ける。
「それは……不明です。ただ言えることは、ヴァルトの身体からヴァルトが消えて、リンデになっていた」
「俺が消えるっつったってよ……はぁ?さっぱりだ」
「リンデさんも、さっぱり……だそうです。ギムレーでも議論はされましたが……全て、分からず終いです」
「……お前、俺にオフェロスと話せるか聞いたよな?」
「はい」
ヴァルトは振り返る。中央で帆を立てる柱に、リンデは身体を預けるように、腕を組んで立っている。ヴァルトは近寄っていった。
「お前、オフェロスとは」
「……話せない」
「そうか」
「消えた、ってことよね?アンタみたく」
「さぁな」
「……ねぇ、ノイの話だとさ、アンタ結構頭良いのよね」
「へぇ」
「どう?何か思い付いたり、思い当たったり、する?ギムレーまで、あと2~3日はかかるし、やることもないし……色々と、考えるにはもってこいの時間なのよね」
「まぁ、そうだろうな。だが一番謎なのは……」
「アンタ、そして私……そしてオフェロス」
「お前はどう考える?」
「そうね」
リンデは、背中にかけていた狙撃銃を取り出すと、布を取り出して磨く。
「……思うに、私は記憶と関係性があると思うのよね。前提として、ヴァルト。私はあなたの記憶を持ってるのよ、ただ一つ、ノイのことを除いてね」
「……はぁ?」
「フアンのことも、ハンナのことも、フェリクスだってマルティナだって、機関車の操縦技術から刀剣の扱い方まで……でも、ノイのことだけは分からない。あなたが私になったときの私は、そんな感じだった、だから私にノイの情報を流し込めば、そのままヴァルトになるんじゃないかって憶測も出たのよね」
「……誰だよ、そんな単純計算考えたアホ」
「ヴァルヴァラよ」
「あんのババア……」
「そういうワケで、私はヴァルトと私、そしてオフェロスという3つの者。これを繋げるのは、記憶なんじゃないかって思うわ」
「記憶……ねぇ」
「あなた、幼少の記憶はある?」
「……いや、ない」
「私はね……あるの」
「……はぁ?」
「あなた、ノイのことを知ってるなら、ノイとの思い出とかはあるのよね?」
「……まぁな」
「……私たち1人ひとりが私たち自身である理由、それって、やっぱ記憶とか思い出、よね?」
「詩的な考えをすればな」
「……そう、だから私は記憶とか思い出が重要なんじゃないかって思うわ、たったそれだけだけどね。オフェロスのことは……そうだ、アンタ、力は使える?」
「力だ?」
「なんて言えばいいか分からない、名前なんてついてないし……ほら、雷ばぁーんってやったりする」
「あぁ、これか?」
ヴァルトは腕に雷を纏わせる。
「……アンタは、できるのね」
「……お前は?」
リンデは腕を胸前に出す。ただ、それだけであった。
「……できなく、なったのよね」
「できなくってお前……いや、お前は、つまりなんだ、俺な、ワケなんだろ?」
「……そう、とも言えるのよ、だから余計おかしくて」
「これ以上考えるとはよそう」
「そう、ね……」
「まぁあれだ、とりあえずよろしくな」
「……あぁ、えぇ」
フアンがヴァルトを連れて船内へ戻っていった。リンデが、水平線を見るノノイの隣にきた。
「……あれが、ヴァルトねぇ」
「そうだよ」
「口は……悪いわね」
「ヴァルヴァラのこと、ババアって言ってたね」
「まったく、女の子の前で何してんだか」
「えぇ?」
「……アンタ、気付いてないのね」
「んぇ?」
「お互い鈍感なことね……まったく」
「えぇ、もう分かんないって」
「……ずっと見てたわよアンタ、ヴァルトを」
「うぇ!?えっと、それは……」
「隠さなくたっていいわよ別に」
「……ごめん」
「私が生き返ったよりも、ヴァルトが生き返ったことの方が、きっと嬉しいんだろうなぁ~」
「そ、そんなこと!」
「ごめんごめん、意地悪させてよちょっとくらい」
「んえぇ、なんで?」
リンデはノイを抱き締める。少し長い。
「私、覚悟決めてたんだから」
「……ありがとねリンデ、生きててよかった」
リンデはノイを離した。
「……そうね、そう思うことにしましょ。ほら、アンタもいきな、ひょっとしたら
フアンにヴァルト取られちゃうかもよ?」
「何言ってるの……あぁ、えっと、でもヴァルトの側にはいたいな」
リンデが目をノイから背けた。
「じゃあね、先おやすみ!」
「……えぇ」
リンデは1人、月を見ていた。後ろから、歩いてくる音がする。段々と煙たい香りが漂ってきた。
「……へっへっ、二人っきりだなぁ」
「気持ち悪いわいわよ、ブラッド」
「……はっはっ、しかしお前、随分諦めがはやいな」
「……は?」
2025年6月3日時点で、997,634字、完結まで書きあげてあります。添削・推考含めてまだまだ完成には程遠いですが、出来上がり次第順次投稿していきます。何卒お付き合い下さい。




