一話 感情的理論
一話 感情的理論
雷撃が島に沈み込み、バビロンは焼け落ちる。焦がれ、朽ち果てていくなか、海の上に飛び行く一機の飛行機で二名、ゼナイドとアーサーがそれら経緯を見ていた。
「エリザベス……エリザベス……」
「これはまた……私の理解を大幅に越える」
「何が起こった……」
「語れることなどない。ただ、何かが光を放ち、そして全ては焼け落ちた。計画は失敗したといってもいい」
「そんな……」
島を旋回するように飛び続ける飛行機。重なった二枚の翼の上に、アマデアが降り立つ。アーサーは操縦桿を放握っている。
「……天使!?」
ゼナイドが後ろの席からアーサーの肩に手を乗せる。
「彼女が、私の協力者だ。アマデアと言う」
「……!?」
アーサーを横目に、アマデアは焼けるバビロンを見ている。アーサーは、アマデアという言葉に、記憶があった。
「……あなたが、アマデア」
アマデアはまだ、横目である。
「エリザベスが、言っていた。彼女が、彼女になりたがっていたとき、天使にあったと。その方はたいそう美しく、私が望む理想そのものだったと。彼女は、否応なくその方に、つい聞いてしまったと。美しくなるにはどうすれば良いかと……その者はこう答えた。美しくある全てを取り込めと……彼女はそこで、動物同治という球凰の発想を会得したと、そうとも言っていた」
アマデアは、まだ焼け落ちる様を瞳に宿していた。
「……なぁ、そんなことない、と思いたいが……私が今、非情なまでの悲しみに暮れているからこそだが……」
アマデアはアーサーを見ていない。
「……全部、布石だったなどとは言わないな?」
アーサーの口から、血が垂れ始める。アマデアの触腕が飛行機を滴るように這いつくばり、側面から侵食し背中から前へと、アーサーの肺を貫通していた。
太く橙色の手槍、アーサーは呼吸をなくし、血で溺れるように呼吸する。ゼナイドも、横目であった。槍に押し上げられ、宙に浮かぶアーサーは、手槍の後退によって引き抜かれて、落ちていった。ゼナイドは前方の席へ移動し、袖にアーサーの血を着けながら、操縦桿を握る。
「……ここからの算段は?」
「バビロンはまだ健在です。じきに再生し、再び動き出すでしょう。ですが、この負傷、戦力として見れば、西陸を滅ぼし尽くせるかは疑問です」
「……西陸で大規模なデボンダーデでも起きれば話は別ですがね」
「……まぁ、保険はいつだってあります」
「そうですか」
「オルテンシアに向かいなさい。教皇を殺し、羊どもに先を示しなさい。戦いは既に始まっています」
「戦い……先など無いことを示せということですか……分かりました。しかし、私の戦いはここで終わると思っていたのですが」
「いいえ、まだ終わりではありません、あの男も生きていることです。その失態には、この際目を瞑りましょう」
「……そうですか」
「どこか安心していませんか?」
「当然、あなたは殺すことに、何ら冷徹ですから。それにいつも顔が威圧的ですしね」
「……あの男を殺し損ねたことにです。彼のような善性に犯された存在こそ、計画における障害そのもの」
「……教皇を囮に、彼を伐てと?」
「力を持つ変数の全てをです。私はバビロンを看ます」
「……聞いておきたいことがあります。やはり、私に魔天教の不都合を……ミルワードの工作であったことを教えたのは、やはり策略だったのでしょうか?」
「……どうでしょう」
「隠しますか……これは予想でしかありませんが……いや、話さない方が良いでしょうか」
「あなたですから、話しても問題ありません」
「……やはりあなたがなぜ悪の立場にいるのかが分からない。策略に成功すれば、少しは喜ぶというものでしょう」
「あなたも喜んでいるようには見えませんが」
「……だからこそ、あなたは私と同じ、元は常人であった可能性があるのです。そして罪を認めない、口にしない、推し測るに、自分を悪だと思いたくない、そのように感じる。思うにあなたは……罪人である自分を拒んでいるのではないでしょうか?私は悪である必要に、自分で駆られている……だがあなたはそうではない可能性を感じた、故になぜ私と同等以上の罪を重ねているのか、疑問が残る」
「……少し、喋り過ぎかもしれませんよ?」
「えぇ、なのでこのあたりで止めようと思います」
「結構です……では」
アマデアは、複葉から飛び降りていった。なびく翼で、空の彼方へ羽ばたいていった。ゼナイドはその方角に、疑問を持った。
(バビロンを看るといいながら、その実、向かう先は上空か。彼女はまだ、何かを隠しているのだろうな。ベストロの襲来、天使の敵対、デボンダーデ、スタンピードによる世界の崩壊、そしてバビロン……全ての鍵を握るとしたら、きっと彼女なのだろう。アマデア、君の目的はなんだ?)




