三十話 大人
三十話 大人
「私は……家族を街に置いてきた。仕事だからと、家族と離れた。しょうがないなどと言うには、残すという行為は家族に残酷過ぎる……!!私は、ではそのような侮蔑を家族にしておきながら、彼・彼女を、どこか大切に思っていると言うのか……!?あり得ない、それは喉の渇きを訴えながら、他者からの提供を拒みながら、しかし水を飲むようなものではないか。理解を越えた、一切の論理のない、思考の飛躍でしかない。自分自身をどこか遠くへ置いているにすぎない。私は何者だというのだ……!この身勝手な私は、なぜこのように……このように……私は、無力なのか?ただ無力であるが故に、こうして長く言葉を連ねて、自らを糾弾するように慰めることしか、できないのか……!!!!!」
動作としては、きっとしゃがみこんでいる。
「……私は、なぜ意思を持つ。意思とは……なんだ?なぜ、なぜ……」
オフェロスは、命が飛ぶその瞬間を思い出した。それはカエルムから逃げ、しかし空でアマデアに翼をもがれ、墜落した瞬間であった。その最後の瞬間、その記憶に確かに、妻と子供の顔があった。
「……私は、生きたいと……願った。あの時強く、家族のもとに帰りたいと願った。文不相応にも、私はマリアのもとに、ジークリンデのもとに、帰りたいと願った。私は、命が消える最後の瞬間、そこで笑顔を思い描いた。なんと愚かなのだろう?自ら手放したようなものだというのに、私はひどく傲っているようだ……」
動作としては、きっと上を向いている。
「この後、私は何者として、何をなせば良いのだろう?私は何者なのだろうか、私……一個の命と、定義できるものではない。むしろそっち……私は……」
その瞳には何も移らない。だが、オフェロスの意識は、この漫然とした中に、1つの結論を得る。
「この意識、この身体……私1人のものではない。むしろ物という概念でいえば、彼であり彼女なのだ。もし、私も……私も君らのように力を扱えるというなら……いや、むしろそうだからこそ……私も、あの力を使えるのでは……?」
オフェロスの瞳に写るのは、暗闇にひどく明るく光る、白い閃光であった。
「私は、彼であり、彼女である。私は……いや、もはや何者でも構わない。一個の、個人として存在するのであれば、むしろそれは贅沢というもの。私が今どのように価値がなかろうとも、無ければ作り出すのが彼であり彼女だった!いいや、私は迷うことはない。私は私として、1人の大人として、この犠牲を甘んじて受け入れることなどできない。私は事象を拒絶する。足掻いてみせる。私は私に誓って、私を賭けよう。世界よ、これは私はが起こす奇跡である。私が起こす転換点である。この身体にいる最後の人格はみっともなく、大人としてあろうとする私であることを、幸運に思え!!物事をやり遂げるにあたって大切なことは、いつだって変わらない。空でもいいから自分を信じてやることだ」
曲解した自己実現、隠喩よりも遠い開花。その瞳には、まばゆい、枝分かれした光があった。全身を覆っていくような痺れる感覚に、オフェロスは耐える。
消えかかったリンデの輪郭は、ノイの腕の中で一層煌めき始める。肥大し、ノイがその光から手を離すと、その光は分裂と収縮を繰り返し、2つの等身に変化する。ノイの瞳が、輝き始める。
「……えぇ?」
その光は鈍くなる始めると同時に、輪郭は徐々に形成される。毛先から徐々に色付き始めるその輪郭たちは、お互いやや白みがかった頭髪であり、茶色い外套をしており、同じ履き物をしている。目をつぶり、若干宙に浮きながらそうなった両者は、自重の連れられ倒れ込む。二人の人間が同時に、ノイの胸に倒れ込んだ。
「リンデ……………ヴァルト……???」




