二十五話 空
二十五話 空
機関車はエペソ学院へ到着する。エペソからスミルナ港までの機関車はまだ存在しており、駐屯する兵士と一般人が避難の準備を急いでいた。機関車を移動させる準備をするなか、兵士の一人が港の方面の上空に、不信な鳥を目撃する。
「なんだよこんな時に……蒼くはない、普通に鳥か?」
鳥が雲に隠れるほど高く上がっていく。
「……俺も疲れてきたか?なんか……空、割れてね?」
鳥の隠れたあたりから真っ直ぐ一閃するかのように、サルディス工廠そして王都ペルガモへの方角へ、雲が真っ直ぐ道を開けていた。遅れて響き渡る風切り音がリンデたちを襲う。
太陽の見えるところ、翼を生やした傷だらけの者が、斧槍を持たずして、頭を欠いていた。
「嘘だろあのジジイ……俺のぶん投げた槍に乗っていきやがった……俺、強いよなぁ?」
舌打ちしながら急加速し、瞬く間にペルガモに到着するその者の視線の先には、王都ペルガモを全て取り込み肉塊にまみれた女人とも言いきれそうな怪物がいた。
「おぉデッケェ……で?ジジイどこいきやがっ……ん?」
血みどろに、城のように大柄な女人の後ろには、やや低空で飛行する風船にしては縦長であり鉄塊でもある物が飛んでいた。
「……んだありゃ、船かなんかか?」
その真下から真っ直ぐ一筋光る。慌ててその光を見つめ、向かってくる斧槍の柄を、ひるがえして受けとる。翼を広げるが勢いを止められず更に上空へ飛んでしまう。
「……あんの怪力ジジイが、あとでぶっ飛ばしてやる。確かに俺はてめぇに負けたが、俺は味方じゃねぇんだよクソ」
手を払う、錆びついた鎧を纏った頭巾の老人が一人、廃屋の瓦礫の上で空を仰ぎ見る。風船ではなく、怪物を見ていた。
「うおぁぁなんだぁあのデカケツ!!ずいぶんこぎたねぇが、まぁこんだけデカけりゃ例えバケモンのだろうが拝んで損はねぇな……ははっ、俺もまだ若いねぇ。さて」
老人は空飛ぶ巨大な風船を見た。
「……そこに、いるのかぁ?兄弟」
老人は背中に背負った特大にして、鎖で巻き上げられた大剣を背負い直す。鎖の先に繋がった砲弾のような大きさの分銅が目立つ。
息を確かに吐いて少し、立っていた廃屋の瓦礫を尽く粉砕しながら、上空へ跳躍した。高度は急上昇し、怪物である女人の腹部ほどまで上昇すると、浮かぶ縦長の鉄塊の風船、その下に繋がる船に大剣を突き刺した。宙ぶらりんになり、しかし腕と腹筋の力で体をひねり大剣の刀身に乗る。
「ふぅ……」
横に首を向ける。帆船の操縦桿を操舵する、黒装束が一人いた。老人は笑顔になり、白い歯をくっきり見せるようにして、短く伸ばし手を振った。そして息を強く吸う。
「よぉ兄弟!!久しぶりだなぁ!!!よくわかんねぇけどよぉ!!」
手を振ったその拳を握ると、大剣を刺しっぱなしにして、操舵する箇所に向かって飛び込んだ。目の前の窓硝子をそのまま突き進みながら割り、尚も真っ直ぐ相手を見ながら突進する。
「これてめぇがやったんだろ、テオぁぁぁぁぁ!!!!!」
拳が黒装束にかすった瞬間、その後ろから翼を生やした女人が高速で突撃し、老人を吹き飛ばした。反対側の窓硝子を吹き飛ばし外に投げ出される老人が、その船から落ちていく。
(……なんだ!?)
視界の先で翼を広げるのは、曲線美の艶かしい、睨みの効いた天使であった。
(アイツ……アマデアとかいう天使か!?)
視線の先にいる天使の背中から6本の腕が伸びる。出血としなりを繰り返しながら勢いよく生え、壮年の男を囲うように突撃しはじめた。腕が壮年の頭巾をかすった瞬間、斧槍を持った天使が直上から降下し壮年を救出する。間合いを空け、滞空しはじめた。
「おいジジイ、こんなところでやられんじゃねぇぞ!」
その天使は、老人大剣を回収しており、渡した。
「負けたクセに随分とお喋りじゃねぇか、おめぇとの10本勝負でおっさん、不眠不休なんだよ」
「最強が聞いて呆れる」
「じゃあ敵になるか?」
「てめぇと戦えりゃあ正味、敵味方はどうでも良い。だがアマデアをぶっ飛ばすまでは休戦だ」
「……てめぇらでも、この状況は合点もいってねぇみてぇだな」
「そういうことだ、アマデアを叩きのめして喋らせる。ったく、計画とは随分と違った様相じゃねぇか……おい、アマデア!!」
アマデアはやや上から睨み付けるように天使に宙ぶらりの壮年を見ていた。
「……どこか、懐かしさを感じます」
「俺はお前と会ったことあるってか~?」
「……さぁ、どうでしょう。レドゥビウス?あなたの任務はそのように私に敵意を向けることではありません。あなたの望む限り、人の望む限り、強者は常にあの禁足地に訪れます。利害は一致しているハズですが?」
レドゥビウスは、溜め息をついた。
「てめぇ、はしゃいでる自分に気付かねぇのかぁ?第3次デボンダーデ、テランスとジジイに聞いた……もし、そのデボンダーデで共々人類が全滅したら、てめぇはどうする気だった?俺の願いは、強者との対峙、力との謁見、すなわち闘争そのものだ」
「あなたのその暴力に対する神聖視、狂気の沙汰としか言い様がありません。何があなたを突き動かすのですか?」
「ははっ、分かってねぇな。暴力ってのは、知恵を越える叡知だ。いいか?暴力ってのは、様々な問題に決着を着けられる、即効性に優れた万能の等式なんだ。差別・迫害・支配・凌辱、ありとあらゆる理不尽を一挙で片付けられる。例えば差別を無くすにはどうすれば良いか?知略を練ってもそこは解決しねぇ、多角的の問題を紐解く必要があり、それに加害者と被害者が双方譲歩・理解……なんてこと、ニンゲンが出来る訳もない。だが争いの果てに加害者か被害者のどちらかが滅びるまで闘争を行えば?そう、片方の人種が滅び、差別はなくなる。強引とはいえ、暴力は知略の一本先を行けるんだ、俺はそれを美しいと思う」
「それは極論という物です」
「てめぇの目的も、大方その極論にあんだろ?お前のやってることは俺の信じる暴力の使い方として、正しい。だが現状、このデカブツ女の力は西陸を滅ぼせる力を有してると俺は考える。計画が正しく機能してりゃ、西陸は現状、ニンゲンが生きてる最後の領土だ。ニンゲンがいねぇなら、俺は暴力を求めることができない。だから俺は敵に回るぜ、アマデア」
壮年は驚いた。
「……はぁ!?おい、それどういうことだ!?」
「ジジイ、てめぇに話しても意味がねぇ。記憶力ゴミカスだろ?お前が覚えるべきは、まずあのアマデアとかいう天使と、このクソデカ女は世界の敵ってことだ」
「テオは、テオはどうなんだ」
「……さぁな、どこまで計画に荷担してるのか知らねぇが、ソイツもアマデアに利用されてるだけかもしんねぇ。話は聞くべきだな」
「……じゃあ、まずあの女をぶっ飛ばすとこからか。おい女ぁ!!てめぇ何が強いんだぁ!?腕っぷしで敵うと思うなよな!!」
アマデアは無尽蔵なまでに手腕を背中から生やし始める。
「……おい、腕っぷしっつうか、腕の数ヤバくねぇか?」
「俺がアマデアを最強だと思ってる理由は2つだ。1つはあの無尽蔵な肉体の拡張、2つ目は……不死身な点だ」
「へぇ、じゃあしこたま殴れるって話じゃん」
「頭を破壊して行動不能にさせろ。そうすりゃ俺が頭部の再生を阻害し続けて拘束する。その間なら、そのテオってやつとも会話できるだろ」
「合点だ、じゃあやんぞ、若造は俺の足場になるよう専念しろ」
「レドゥビウスだ……クソジジイ!」




